幕間:ニケの太陽
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おとしゃん、死んじゃった。
おかしゃん、死んじゃった。
あたしの名前は、ニケ。
狼人族キトリ村、アロスとレナの娘。
おとしゃんのアロスは、村でも有数の凄腕狩人だった。
おかしゃんのレナは、村で1,2位を争う美女だった
だから2人の結婚は、周りから羨ましがられつつも、祝福されたそうだ。
だけど、あたしが生まれてから、それは変わってしまった。
あたしの毛の色が、金色だったから。
普通は灰色か黒色だから、あたしは忌み子と呼ばれ、いじめられた。
周りの子供たちとは一緒に遊ぶどころか、よく石をぶつけられ、馬鹿にされたものだ。
よく泣いて帰ったあたしを、おかしゃんは優しく慰めてくれた。
「みんなひどいことをするわね。だけどニケ、周りの人を恨まないで。人は自分と違う者、理解できないものを、傷つけようとするの。本当はニケのこの金色の髪は、誰よりも強くなる可能性を示してるのよ。ずうっと昔に狼人族を束ねた英雄が、やっぱり金色の髪と尻尾を持っていたんだって。だからニケは大きくなったら、きっと強くなるわ。でもその時は、弱い者いじめなんてしないでね」
おかしゃんはあたしを抱きしめながら、よくそんな話をしてくれた。
あたしは英雄の生まれ変わりだから、いずれ強くなる。
そしたら周りの見る目も、変わるだろうって。
だけどそんな期待に反して、事態はさらに悪くなった。
あたしの成長は異常なほど遅く、体があまり大きくならなかったからだ。
見た目が異なるだけでなく、成長も遅いあたしは、さらに多くの人から、忌み子と呼ばれるようになった。
するとそれまでは優しかった人々も、次第に態度が変わる。
いつしかあたしの家族は、村中から疎まれ、居場所がなくなっていった。
おとしゃんとおかしゃんは、それでもがんばっていたけど、とうとうあたしが9歳の時に村を出た。
村を出てからは、さらに苦しい日々が待ち受けていた。
何の後ろ盾もないような獣人に、この世界はひどく厳しいから。
満足にものも食べられず、外敵に怯える日々が長く続いた。
だけどおとしゃんもおかしゃんも、決してあたしのことは責めなかった。
あたしは悪くないんだから。
あたしはいずれ強くなるんだから、くじけずにがんばれって。
やがて迷宮都市ベルデンに落ち着くと、状況が少し好転する。
ここにはいろんな人種が暮らしていて、冒険者としての仕事もある。
思えばあの時が、一番楽しかったかもしれない。
あたしも10歳になってからは、2人と一緒に迷宮に潜った。
最初はおっかなびっくりだったけど、あたしにもゴブリンやコボルドは倒せる。
そんなあたしを、おとしゃんとおかしゃんが、とても褒めてくれた。
さすがは俺たちの子だって。
さすがは未来の英雄だなって。
そんな言葉が嬉しくて、あたしもがんばった。
だけど迷宮をたった3人で攻略するのは、とても厳しい。
普通は最低でも6人はいないと、3層の探索なんてできない。
だけどあたしたちはがんばって、守護者部屋までたどり着いた。
そこまで行ければ、守護者戦に混ぜてくれるパーティーがいるだろうという、目論見があったのだ。
実際にそれからしばらくして、おとしゃんとおかしゃんを混ぜてくれるパーティーが見つかった。
だけどあたしは、連れていってもらえなかった。
こんな小さな子供が、戦えるわけないだろうって。
絶対に足手まといになるから、置いていけって。
それでおとしゃんとおかしゃんに説得されて、あたしは宿に残った。
だけど、いつまで待っても、おとしゃんたちは帰ってこない。
それで何回か冒険者ギルドに確認に行ったら、おとしゃんとおかしゃんの冒険者証が、守護者部屋で見つかったって、言われた。
たぶんパーティー全員が、返り討ちにあったんだろうって。
嘘だ!
おとしゃんとおかしゃんが、あたしを置いていくわけがない。
きっと彼らは帰ってくる。
ただいま、ニケ。
俺たちは、守護者を倒したんだぞって。
これからまた、一緒に探索しようなって、そう言ってくれるはずだ。
だけど待てど暮らせど、おとしゃんたちは帰らない。
やがて1週間もしないうちに、宿から追い出された。
あたしにはお金が無いんだから、仕方ない。
それからは数少ない顔見知りを頼って、生き延びた。
知り合いの手伝いをしながら食べ物をもらって、軒下で寝させてもらう。
たまにはちょっとしたご馳走を食べさせてもらったり、温かい寝床を貸してもらうこともあった。
そんな時は、またちょっとだけ幸せになれた。
悪い奴に奴隷にされそうになったこともあったけど、その後はより用心深くなることで生き延びた。
だけどそんな幸運も、長くは続かない。
なぜか貧民街の悪ガキたちが、あたしに目を付けたのだ。
奴らはあたしを追い回し、とうとう知り合いに迷惑を掛けはじめた。
おかげであたしは頼る先を失い、生活する術を絶たれてしまう。
満足な食べ物も手に入れられず、眠る場所もない。
あたしは徐々に弱り、そして絶望していった。
寒いよう、ひもじいよう、寂しいよう。
助けて、おとしゃん、おかしゃん。
なんであたしを、残していっちゃったの?
なんであたしだけ、苦しまなきゃいけないの?
あたしが忌み子だから?
忌み子は、生きてちゃいけないの?
そんなことを考えながら、もう涙も枯れ果てて、ほとんど意識も失いかけていた。
もうこのまま死ぬんだって、覚悟していた。
だけどあの日、あたしの頭に触れる、温かい手があったのだ。
「おい、大丈夫か?」
初めて聞く声に驚いて、頭を上げると、知らないお兄さんが、あたしを見てた。
黒い髪に黒い瞳で、見慣れない格好をした人だ。
そして彼はなぜか、あたしのことを心配してくれるようだ。
もう誰も、関わろうとしないあたしを。
だけどもう喋るのもおっくうなあたしは、ただうなることしか、できなかった。
「ウ~ッ……」
「あ、ああ、起こしちまったか? 悪いな……おい、どうした?」
あたしは彼の持ってる串焼きが欲しくて、目が離せなかった。
さっきまで死を覚悟してたのに、目の前に食べ物を出されると、どうしてもそれが欲しくなる。
あれが食べたい!
こんなあたしなんかに、くれるはずはないのが、とても悲しい。
「あ~、なんだったら、食うか?」
信じられないことに、彼はあたしに串焼きを差し出した。
もう我慢なんか、できない。
「ガウっ!」
あたしはそれをひったくるように取ると、猛烈な勢いでかぶりついた。
おいしい!
あたしの体に、新たな力が湧いてくる。
瞬く間に食べ尽くしたあたしに、お兄さんはもっと串焼きを買ってくれた。
どうやら彼は、本格的なお人好しのようだ。
そんなに人が好くて、生きていけるのだろうか?
しかし今は、彼の好意に甘えよう。
いつかこの恩は、返せばいいのだ。
誇り高き狼人族は、命の恩を決して忘れない。
十分に食べさせてもらったあたしはその後、なぜか服まで与えられた。
久しぶりに会った古着屋のおばちゃんは、相変わらずパワフルで、あたしを洗ってから、服を着させたのだ。
そして彼女の助言もあって、あたしはタケしゃまの宿に泊めてもらう。
そう、お人好しのお兄さんの名前は、タケしゃまだった。
本当の名前はもっと難しいけど、あたしにとってはタケしゃまだ。
だって、そんな呼び方するの、あたしぐらいしかいない。
タケしゃまはあたしにとって、太陽だ。
彼と一緒にいれば、心も体もポカポカになる。
タケしゃまと一緒に寝たら、次の日は体調が最高だったのだ。
たぶん魔力か何かを、分けてもらったんだと思う。
タケしゃまといれば、あたしは何でもできる。
そして彼に、恩返しをするのだ。
おとしゃんとおかしゃんは、もう戻ってこない。
だけど今のあたしには、太陽がある。
この命、この力、全ては彼のために使おう。
それがあたしの、天命なのだから。




