16.新魔法の必要性
見事に3層守護者を突破し、昇格さえも果たした俺たちは、1日の休養を挟んでから、再び迷宮に潜った。
まずは4層の様子を確認して、今後の進め方を考えるためだ。
俺たちは初めて1層の水晶部屋から、4層へと跳ぶ。
みんなで水晶に手を当てながら、古代語で”4”と唱えると、わずかな眩暈と共に、転移していた。
「え~と、ここはもう、4層なんですよね?」
「ええ、同じに見えますが、1層の部屋とは微妙に違いますよ」
「においも、ちがうでしゅ」
言われてみればたしかに違うが、部屋の造りは1層と全く同じなので、本当に転移したのかどうか、自信が持てないほどだ。
ニケが臭いの違いも指摘しているが、俺にはよく分からない。
しかし少し奥に進んだだけで、その違いは明確になった。
「本当だ。なんか、森の中みたいな臭いがする」
「そうでしゅ。きやくさのにおい、するでしゅ」
「まあ、4層ですからねえ」
3層までは土や魔物の臭いしかなかったのに、そこには木や草の臭いが漂っていた。
さらに進んで最初の部屋にたどり着くと、そこにはまるで、地上のような景観が広がっていた。
「ちじょうみたい、でしゅ」
「本当だな。ちょっと暗い森の中みたいだ」
その地面はほぼ草に覆われていて、所々に2~3メートルほどの木も生えている。
それらを育てるためか、天井の光も心持ち強いようだ。
そんな光景に驚きながら部屋に足を踏み入れると、あちこちから奇妙な音が聞こえてきた。
――キシキシ、キシキシ
何かと思って身構えると、多数のアリが姿を見せる。
それもただのアリではなく、体長が50センチもあるような巨大アリだ。
そんな魔物が黒い甲殻を光らせながら、俺たちに迫る。
「出たぞ、兵士蟻だ」
「かたそうでしゅ」
「実際に見ると、厄介そうですね。しかも数が多い」
「とりあえず風魔法で吹っ飛ばしてもらえます?」
「了解です。『突風』」
アルトゥリアスの風魔法によって、一部のアリは吹っ飛んだが、それだけで全ては片付かない。
ウジャウジャと押し寄せるアリに、俺とニケが武器で応戦した。
しかし手近なアリに槍の穂先を突き刺そうとすると、ツルリと滑って弾かれてしまう。
「げっ、滑った」
「それにけっこう、はやいでしゅ」
さすがにニケのナタは弾かれないが、動きが速くて対処が間に合わない。
ウジャウジャと忍び寄るアリに危機感を覚えると、そこへ頼もしい助っ人が現れた。
「クエ~!」
「キシキシ、キシキシッ」
ゼロスがアリの群れに突っこんで、かき回してくれたのだ。
俺たちの魔力供給ですくすくと育っているゼロスは、今は中型犬ほどの体格になっており、ポンポンとアリをはね飛ばしていく。
「よくやった、ゼロス。今日はここで撤退しよう」
「はいでしゅ」
「それがいいですね。『突風』」
ソルジャーアントの手ごわさを実感した俺たちは、早々に撤退することにした。
アルトゥリアスの援護を受けて、ゼロスも無傷で撤退すると、そのまま地上へ帰還し、近くの飲食店で対策会議を開いた。
「予想どおり、今のままでの探索は、難しそうですね」
「ですね。手っ取り早いのは味方を増やすことだけど、それはそれで面倒なんだよなぁ」
俺たちがぼやいていると、ジュースを飲んでいたニケが訊ねてくる。
「しんらいできない、でしゅか?」
「ああ、そうだ。アルトゥリアスさんだけならまだしも、俺とニケは舐められやすいから、変な奴が寄ってくるんだ」
「森人もけっこう、嫌われやすいんですけどね」
そう言って、アルトゥリアスも苦笑する。
俺たちが今いるフィルネア王国は、基本的に人族中心の国だ。
そこにはニケのような獣人種や、エルフ、山人などの妖精種もいるが、よほどの強者でもない限り、その地位は低い。
そのため彼らは同じ種族で固まることが多く、アルトゥリアスのようなフリー冒険者は少ないのが実情だ。
しかもそういったあぶれ者は腕が悪いか、犯罪に手を染めている者がほとんどなので、うかつに誘えなかったりもする。
そうなると次に取る手段は、俺たちの戦闘力を上げることしかない。
「やっぱり俺たちの実力を底上げするしか、ないですよね。この間も言ったけど、魔法を補助する道具とかって、作れませんかね?」
「ふむ、昨日言っていた、”てっぽう”とかいうやつですか? まあ、鍛冶師に頼んで、作ってもらうことは可能でしょうが、時間もお金も掛かりますよ」
「まあ、そうですよね。でもこれぐらいの筒を作るだけなら、大したことないですよね?」
俺は直径5センチ、長さ30センチくらいの筒をイメージしながら、手ぶりで示す。
「そんなものを作って、どうするのですか?」
「例えば、小石を何十個も固めた弾を、爆発的な力で撃ち出すんですよ。するとたくさんの石が飛び出して、複数の敵にダメージを与えられます」
俺はテーブルの上に水で絵を描きながら、散弾銃もどきの説明をした。
するとアルトゥリアスが興味深そうに、方策を考えはじめる。
「ふ~む……タケアキ殿は地精霊と契約しているから、石の弾は作れますね。それを爆発的に撃ち出すのは……無属性魔法でやれますか」
「無属性魔法って、なんですか?」
聞き慣れない言葉について問うと、アルトゥリアスはていねいに教えてくれた。
「地水火風などの属性によらず、物理的な力を生み出す魔法ですよ。魔力が制御できるなら、誰でもできますが、その威力は人によって、大きな差があります」
するとニケが耳をピクピクさせながら、期待するように訊ねる。
「あたしにも、できないでしゅか?」
「う~ん、ニケさんは外に魔力を放出できないので、難しいかもしれませんね」
「ダメでしゅか……」
ニケの耳がペタンとしおれ、ひどくがっかりした顔になる。
どうやら身体強化以外の魔法が使いたくて、仕方ないようだ。
俺はそんな彼女の頭を撫でながら、慰めた。
「ニケは自分の体が強化できるんだから、それで十分だって。いずれにしろ、無属性魔法を使えば、弾を撃ち出せるかな……」
「いや、筒の中の物を撃ち出すとなると、難しいと思いますよ。普通の金属では魔力を通さないので、外からの操作は難しいでしょうし……」
「普通の金属ではってことは、魔力を通す金属もあるんですか?」
「ええ、ミスリルやアダマンタイトなどは、魔力を通しやすいですね。しかしその値段は、鉄の何十倍もしますよ」
「うへぇ、何十倍も高いんじゃ、とても作れないか。そうすると鉄で作って、なんとか外から操作するしかないのかなぁ……」
「それはやってみないと、分かりませんね。まずは鍛冶屋へ、相談に行ってみましょうか」
「ええ、そうですね」
その後、何軒か鍛冶屋を回って、鉄の筒の制作を依頼してみた。
奇妙な依頼なので3軒ほど断られたが、なんとか受けてくれる所を見つけた。
構造自体は簡単なので、1日で作ってくれるらしい。
その日は再び迷宮に潜って、3層で資金稼ぎをした。
すでに守護者すら倒せる俺たちにとって、3層は楽な稼ぎ場である。
半日で銀貨30枚ほどを稼いでから、俺たちは迷宮を後にする。
しかし新たな魔法でも開発しないと、先に進むのは難しそうだ。