2話 悩める巨人
「お前ら、走れー」
「なぁ、中河、30点差だぞ」
「だから何だ?諦めるのか?」
「どう足掻いても無理だろこれ、頑張っても何が残る?これ以上惨めな負けを晒してどうするんだ・・・もう適当に流そうぜ相手も本気じゃねーし」
「ふ、ふざけるな、負け確定だとしても意地見せようて気はねーのか?」
・・・ふと、目が覚めた、思い出したくない夢を見た。
自分の背が大きい理由で始めたバスケ、どんなに頑張っても周りのチームメイトが完全に冷めきってしまい、更にチームメイトは完全に泰に任せきり士気も下がった。
あの中学最後の試合以来バスケを嫌いになった。
「また、あの夢か・・バスケはもうやらない・・・」
重い足取りで登校する泰、後ろから騒がしい声が木霊する。
「ヒデ、居たぞ確保だー」
「カズ、指図すんなーお前も手伝え」
「な、何?カツアゲ?」
「俺、3組の今村栄人よろしく」
「4組の遠藤一志だお前をスカウトに来た」
馴れ馴れしく肩を組だし、自己紹介をし始める二人、泰にとってはいきなり過ぎて驚くのもむりはない。
「スカウト?」
「お前長谷中の中河だよな?同じクラスの伊藤だ」
遅れて大樹がやって来た、バスケ部の勧誘と大樹が泰を知っている事を全て話す。
「弱小校に居た俺を知っているなんて、光栄だな」
「忘れもしないさ、あのリバウンド力にゴール下の脅威的な身体能力、俺のスリーがなければお前らに勝てなかったかな」
「買いかぶり過ぎだ・・」
「なぁなぁ、そんなにスゲーなら俺と勝負しようぜ」
煮え繰り返らず、栄人がわくわくしながら泰に勝負を持ち掛けた。
それでも泰は固くなに黙り込む。
「今村君だっけ?悪いけど俺、もうバスケはやらない・・だから・・部員探しなら他をあたってくれ」
「勧誘じゃねーよ、単にお前と1on1がしたいだけだ」
「はっ?」
何を言っているのかわからず、そのままスルーした。
栄人とは身長20㎝の差があるのに、勝てるわけないだろうと思い込む泰、それよりも自分より小さい相手を負かしてしまうのが腑に落ちない。
何でこいつと勝負しなければならない?自分に何のメリットがある?
とりあえず、勧誘じゃないならさっさと終わらせよう。
そんな思いを胸に、栄人と泰の勝負が始まろうとしていたのだが・・・。
キーンコーンカンコーン。
「やば、始業のチャイムなるぞ、ヤス放課後体育館な」
「ふぅ・・めんどくさ」
どうしてこうなった?バスケ何て嫌いだ。
背が大きいから?背が大きいから強いのか?
背が大きい理由でレギュラー取った・・。
周りからは非難の嵐。
俺と勝負?ふざけるな・・やるとは言ってない・・何なんだあいつは・・・。
何て事を思いながら、重い足取りで気付いたら体育館の前に来てしまった。
「待ってたぜ、アップは良いか?」
「いらない、直ぐに終わるから」
勝負はハーフコート攻守交代の10点勝負、つまり5ゴールした方の勝ちとなる。
「俺から行くぞ」
「いいぜ」
泰の先攻から始まった。
背丈の割には素早いボール裁きとドリブルでシュートに行く。
栄人も負けじと果敢にぶつかって行くが、身長とパワーの差では泰に分があった。
ドテーン!!
当然栄人は吹き飛ばされ、泰は軽々ダンクを決めた。
「まだやるの?これ以上やっても無駄だよ、埋めようのないこの身長差はどうしようもないよ」
「何言ってやがる、今度は俺の番だな」
栄人の得意の高速ドリブルで泰のディフェンスを掻い潜るが。
「甘いよ」
栄人がレイアップシュートのモーションに入った直後、泰のリーチの長い腕が伸び栄人からボールを奪った。
「ま、マジかよ」
攻守交代で泰がドリブルで栄人を交わすが、栄人が腰を落とし、今度は吹き飛ばされないように踏ん張りを効かす。
急に硬い壁に阻まれたかの様に泰の動きが鈍りだす。
「諦め悪いな・・」
「往生際の悪さは誰にも負けねーよ」
「じゃあ、これならどう?」
振り向き様に泰が手に持っていたボールを横から放つ、言わばフックシュートを繰り出す。
僅かだが栄人の指先をかすめ、泰のフックシュートは外れ、栄人は間一髪危機を免れる。
パワーだけじゃなく、柔軟性にも優れている、この対決の固唾を見守る部員が全員そう思っていた。
「次は決めてやる」
「やってみろ、て言うかさぁ、お前バスケ好き?」
「はぁ?嫌いだけど」
バスケが嫌い?嘘だ、自分と勝負している内に泰の顔が楽しそうな顔をして笑っている。
バスケ嫌いなんて絶対嘘だ。
栄人は確信した、こいつはバスケが好きだ
「あら?勧誘成功?」
「監督?いや・・それが」
「なるほど・・勧誘じゃなくて勝負ね」
練習が始まる時間が迫り、沙弥が顔を出してきた。
そんな事はお構いなしに、栄人は泰との勝負に夢中になっている。
「取って置きを見せてやるよ、お前の頭上からシュートを叩き込んでやるよ」
「はぁ?やってみなよ、俺が全部叩き落とす」
何をし出すかと思えば、フリースローラインから飛んだ、誰もが驚いた。
そんな場所から飛んでシュートに持ち込んだとしても、間違いなく外すか泰のブロックの餌食となる。
「えっ?こいつまだ浮いてる?て言うか近づいてる」
泰が不思議に思うのも無理はない、栄人が飛んでまだ着地していない、むしろ泰に近づいている。
「あの子、あれエアウォークじゃない?」
沙弥は栄人のプレイを見て直ぐにわかったようだが、他の部員は全くわけがわからない。
そう、栄人は空中を歩いてる、ボールはそのまま真上に栄人の手から離れ、更には泰の頭上を越え垂直落下で綺麗にゴールネットに突き刺さった。
「俺の頭上からシュートを叩き込むて、そう言う事か・・」
「おぅ」
笑った、微かだが泰が笑った。
自分より小さい奴にゴールを奪われた、初めての感覚で全身に何かほとばしる。
「ん?お前やっぱバスケ好きじゃん」
「嫌いだって言ってるだろ」
「バスケ嫌いな奴が笑うか?」
表向きは意地を張り、バスケが嫌いとか言っているが心底感じた事は、こいつ面白いと。
「君達、熱くなるのは良いけど練習時間始まってるわよ」
「げっ監督」
沙弥が水を差すように割って入り、その場はこれにて終了。
栄人は何なんだ?この実力は未知数、沙弥もこの場に居た全員がそう感じていた。
「中河君、君の事は伊藤君から聞いたわ、無理にとは言わない君の力を貸して欲しい」
「それは・・・」
最後まで言わずに泰はその場を去った。
「さて、喜べ男子共、女子マネージャーが入るわよ」
「えっ?」
「但し、女子部員と試合して勝ってからね」
「えっ?えっ?」
「こんな所で負ける様では全国なんてとても無理よ、女子部員には話はつけてあるから」
女子部員と試合、実力は県大会ベスト8まで行った実績を残している。
沙弥は更に過酷な条件を突きつけた。
それは点差15点からの、試合時間は20分更にはジャンプボールなしで女子の先攻からとなる。
「ちなみに、私は女子の指揮を取るから頑張ってね」
「なっ」
「しょうがない、僕がボールを運ぶから今村君、遠藤君、伊藤君は確定で後一人はどうしようか」
「河村先輩、僕が行きます」
「茅野君」
名乗り出たのは栄人達の他に残った三人の中の一人、茅野と名乗る一年生部員、身長は185㎝と一年生の中では今の所一番大きい。
茅野は初心者ではあるが何とか役に立てればと名乗り出た。
「よし、これで行こう場合によったら他の一年生にも出てもらうから、アップはしといてくれ」
残りの一年生二人は二つ返事で納得し、試合開始。
15点差をつけられ、女子部員達が全員で攻めに入る。
「香菜、そっち任せるよ」
「オッケー」
香菜と呼ばれる女子部員は主将であり、部長でもある言わば女子部員達の精神的支柱でもある。
「柳平先生、今日だけですのですみません」
「沙弥先生構いませんよ、新設男子バスケ部の船出ですし」
柳平先生は女子バスケ部の監督、見た目は怖いがとっても優しい先生だ。
「香菜フリーだよ打って」
「オッケー・・・て・・・あれ?」
香菜がシュートを打った、打ったはずだった・・・。
いつの間にか栄人がボールを奪い去っていた。
「河村先輩よろしくす」
奪ったボールは河村に託され、反撃開始。
初心者の茅野には無理させられない、とりあえず楽しんでやれとアドバイスをする。
「さぁ、1本大事に行こう」
「げっ・・・まじかよ・・・いきなり伊藤のスリーポイント対策か」
「遠藤何とかしろ、俺は厳しいから打てないし、中には切り込まない」
「ふ、ふざけんな、伊藤後で覚えてろよ」
「もう忘れた・・」
沙弥が女子部員に与えた指示は、厄介な大樹のスリーポイント封じ、更には得点源の一志をダブルチームで抑えるボックスワンのフォーメーションだが、栄人が妙に引っ掛かる。
公式戦経験がない栄人が何故、あんなにトリッキーで速い動きができるのか。
「く、二人だし、女子だしやりずれー・・・けどいい匂いがする」
「おい、カズ無理ならよこせ、それともあれか?女子の前でカッコいい所見せる?」
「う、うるせーぞ、ヒデ」
やむを得ずパスを栄人に出すが、栄人はノールックで河村にパスを出す。
「えっ?あの子、河村君を見ずにパスを出した・・まさか」
沙弥と女子部員達が全員あっけに取られた。
マグレとしか思えない。
河村のシュートが見事に決まり、急ぎディフェンスに戻る、河村と伊藤で茅野をサポートしながら。
何とか攻撃は凌いでいるが、大樹と一志が執拗にマークされ男子チームも点が取りづらく、10分経過で僅か4得点。
「はいっ5分休憩、その後再開よ」
「しかし、どうする?このままじゃやべーぞ」
一志と大樹がマークされぱっなしだと、このままじゃ相手のドツボにはまってしまう、何かきっかけが欲しい。
「何面白そうな事してるの?」
「ヤス?」
帰ったはずの泰が戻ってきた、栄人との勝負に忘れていた闘志が甦ったと言う。
自分の中にくすぶっている何かを断ち切り戻ってきた。
「じゃ俺も出るよ、但しあんまり期待しないでくれ、監督俺入部します」
「えっ・・・えぇわかったわ」
茅野と交代で泰が入り高さに威圧感が増したが、状況は変わらず試合再開。
「とりあえず、カズと大樹をフリーにすれば良いの?」
「今村君?」
「何だ?ヒデ出来るのか?」
「わからないけど、河村さん俺にボール運ばせて下さい」
自信ありげに栄人がボール運びをさせろと志願、栄人の表情を見た河村は何かやるつもりだと確信し、栄人に託す。
「んじゃ行くぜ」
栄人がボールを持ち出し、中に切り込み出す。
意表をつかれた女子部員は慌てて栄人のマークにつくが、栄人はまたもやノールックパスを出し河村にボールが渡った。
「河村先輩、外しても良いからスリー打っちゃって下さい」
「変な事言わないで貰いたいな」
ぶつぶつ言いながらも河村がスリーポイントシュートを放つが、綺麗な弧を描いたボールはそのままゴールネットに入るかと思われたが、勢いが良すぎて弾かれてしまう。
「ヤス、後はよろしく」
「栄人お前、最初からこれが狙いか」
「高さでお前に勝てる奴はいないと踏んだからな」
河村が外したシュートを泰がリバウンドを取り、そのまま豪快にダンクを決めた。
このワンプレイにより、沙弥の思考が狂い出す。
この起点を作ったのは栄人、完全に裏をかかれた。
「今村君にダブルチームよ」
直ぐ様に沙弥の指示が女子部員に飛ぶ。
「ちょっと、いくら何でも買いかぶり過ぎじゃない?」
「今村君、今の攻撃の起点は君だよ、だから行かせない」
主将である香菜がピッタリと栄人をマーク。
栄人は女子部員のディフェンスを引き付けるが、あまりにも栄人にスピードがあるため二人では手に負えなくなり、ついには大樹のマークについていた女子部員がヘルプに入った。
「いらっしゃませー」
待っていたかの様に栄人がパスを出すと、大樹にボールが渡りだす。
「大樹任せたぞ」
「この野郎・・何て絶妙なパスを」
大樹のスリーポイントが鮮やかに決まり、点差が縮まり出す。
女子も反撃のスリーポイントを決めて18対7となり残り時は後8分。
「行けるよな?これ」
「さて、カズそろそろ準備しとけよボール集めるから」
点を取られて再び男子チームの攻撃に入る、息つく間もなく栄人が切り込み、一志も同時に走り出す。
栄人のプレイに警戒したのか、一志へのマークはマンツーマンとなり動きが取りやすくなり始めた。
栄人がパスを出すと、泰が栄人の動きを読んだのかディフェンスをブロックし道を空ける。
「やるじゃねーか中河」
フリーとなった一志がレイアップを決め、点差が縮まり出した。
「今村君がボール運びをした途端にあっさり・・あの子もしや、空間認知能力があるとでも?」
沙弥の言う空間認識能力とは、物体の位置、方向、姿勢、大きさ、形状、間隔など、物体が三次元空間に占めている状態や関係を、すばやく正確に把握、認識する能力のこと。
それを15歳の栄人が兼ね備えているのか?
「カズ、すげーなお前」
「当たりめーだ」
考え込んでいる内に、一志の連続ゴールが決まり残り時間後3分でついに25対21となる。
女子チームも負けじと反撃はするが、中は捨て外一辺倒となり、そう易々シュートが決まらず攻め倦む。
「後4点行けるよな?」
「あぁ、負けるのはゴメンだ勝とう」
一志の心配を、河村がなだめる。
外から大樹、中からは一志と泰が居る、完全に打つ手が無くなった女子チーム。
終ってみれば25対30と男子チームが見事に勝利した。
「約束通り、マネージャー付けるわよ」
「初めまして、水樹菜々子です」
「か、可愛い・・」
「カズ、顔赤いぞ」
「う、うるせー」
「男子、妹に手を出したら・・この場にいる女子を敵に回すと思ってね」
「お姉ちゃん・・」
マネージャーに付いた菜々子は、主将である香菜の妹で、星形のヘアピンとストレートなショートボブの髪型がチャームポイント、一志が一目惚れしたらしい。
「おいっエロカズいつまでも鼻の下伸ばすな」
「ヒデ、うるせーぞさっきから伸ばしてねー」
第2話も書き終わりました。
読んで頂きありがとうございました。