姉妹、ゴミ出しをする 2
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「ほ、本当に大丈夫なのかなぁ……」緑子はびくびくおどおどとした様子だ。「お、怒られたりしない?」
「怒られたらお姉ちゃんが相手するで」紫子はそう言って肩を竦めた。「おまえは何も怯えんでえぇ。ウチはやりすぎなんやとしても、おまえはただの被害者なんやからな?」
気弱な妹をパシリに使おうとする人間などゴミだらけになって当然なのだ。他人をナメ腐り軽んじるということがどれだけ罪深いことなのか理解させてやったまでである。怯えて何も言えない緑子の悔しさを代弁するのはいつだって紫子の果たすべき使命なのだ。
「ごめんねお姉ちゃん。わたしの為にあんなことまでして怒ってくれて……」
「ええんやで。ウチがムカつくだけや」紫子は言う。「それよりおまえ、なんで一人でゴミなんか出しいったねん? ウチを起こしてくれや」
「起こしたけど起きなかったんだもん。だからわたしが代わりに出そうと思って……」
「そんなん叩きおこしてくれや」
「ご、ごめん。お休みなんだから朝寝坊したいかなって……」
「なんや気ぃ使ってくれたんかぁー。ありがと」紫子はそう言って妹の頭を撫でる。「でも起こしてえぇんやで」
「う、うん。えへへぇ」緑子はたわいもなく相好を崩した。
二人でゴミ置き場に辿り着く。よいしょとゴミを捨て置き、二人して家に戻ろうとしたところだった。
「てんめぇえええ!」髪の毛にカップ麺のナルトをひっつけたさっきの女がやって来て、紫子の胸倉をつかんだ。「さっきは良くもやってくれたなぁ!」
ブチギレていた。緑子は息を呑みこみ硬直している。紫子は眉を顰め、相手の顔を睨みつけて吠えた。
「あんたが人の妹パシリに使おうとするからやろうが! 当然の報いやボケカス!」
「あ? そいつおまえの妹? ……だろうね顔一緒だもん、双子かなんか? そりゃあいいけどさ、でもそれはちゃんと断らないそいつが悪いんじゃん? あたしはただお願いして聞いてもらっただけだし? それで文句言われても困るんですけど?」
「断れんと思うて押し付けたんやろうが! 卑怯やわ、このいじめっ子!」
「いじめられる奴が悪い」女は断言した。「やーなんだよね? 嫌なもんはちゃんと嫌だっつったら良いだけなのにそれをせず、一丁前に被害者面してさ? それで周りからかばってもらえるんだから良い身分よね? どっちが卑怯者だかわかりゃしない」
「あん?」この言い分には紫子も流石にブチギレた。「盗人猛々しいわボケ! 黙れや! 自分のゴミは自分で出さんかい! あんまりアホなこといよったら殺すぞワレこら!」
「殺してみなよドチビ!」女はそう言って紫子の身体を壁に向けて投げつけた。背中をぶつけて紫子は顔をしかめる。相手は体格がかなりしっかりしているし、力も強かった。「喧嘩なら買うんだけど? そんだけ威勢良いんだったら逃げないよね? 今すぐボッコボコに……」
「お姉ちゃんを……っ!」緑子の声がした。「お姉ちゃんを、いじめるなぁああ!」
スコーンと小気味の良い音がして、緑子がフルスイングしたコンクリブロックが女の後頭部を直撃した。緑子の腕力は非力な十歳児レベルであり十二キロの水の入った段ボールも持ち上げられないが、しかし鉄の塊を用いて全力で殴打すれば致命傷くらいは与えられる。女の身体はふらりと大きくよろめいて、それから白目を剥いたまま真後ろに向けて倒れた。
「み、みどりこーっ!」紫子は思わず妹に縋りついた。「緑子おまえなにやっとんねぇん!」
「何って! お姉ちゃんこいつ! こいつお姉ちゃんをいじめようと! お姉ちゃんに暴力を振るおうと! なんて奴! 酷い奴!」緑子は涙を浮かべながら半狂乱で訴えた。「こんな奴どうなったって良いよ! 殺しちゃえばいいんだ! うぇええん!」
泣きじゃくり始める。姉である自分を守ろうとするあまり興奮しすぎたようだった。スイッチが入ると自制が効かないところは姉妹で共通する。本当にヤバいことをしてしまいそうな時は片割れの顔を思い浮かべることで七割くらいは踏みとどまれるが、そうもいかない場合もあって今がその時だ。
「マジで死んどったらどないすんねん……」紫子はぞっとして女の方に視線をやる。泡を吹いている。「……い、い、いざとなったらウチが身代わりに……。でもそれやとおまえの面倒は誰が……。ああああ死体山に埋めんとあかんのかなぁ!」
言いながら半狂乱で女の様子を確認する。この女の命などどうでもいいが、だがもし死んでいたらどっちかは精神病院で生涯を過ごすことになる。
「い、生きてる?」ちょっと冷静になったっぽい緑子が青い顔をしていった。
「……息しとる」紫子はそう言って息を吐き出す。「心臓も動いとる。……気絶しとるだけや」
「そ、そう……」緑子は胸を撫で下ろす。「ご、ごめんねぇお姉ちゃん」
「……全部こいつが悪い」紫子は尚もそう言い張った。「こんな自分勝手な奴がおるけんおまえがつらい思いしてパニくったりするんや。ホンマメーワクなこっちゃで」
「でもわたしが悪いよ……」緑子は言う。「どうしよう、この人……」
「ほっとけや。その内起きるやろ」言いながら、紫子は妹の手を引いた。「家帰って朝飯食おう。腹減ったわ」
「……だ、大丈夫かなぁ?」
「ヘーキヘーキ。ところで今朝はなんや?」
「鮭焼こうかなって。あとミートボールと卵焼きと千切りにしたキャベツと……どれもお姉ちゃん好きだよね?」
「大好き!」
姉妹は和気あいあいと自分達の巣へと戻って行った。
ゴミに埋もれながら哀れにも泡拭いて気絶している女を残して。
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霞がゴミの散乱した廊下の掃除をしていると、隣人の姉妹が前を通りかかった。
「お、北野さん」紫子がそう言って手をあげた。「廊下の掃除? ええでええで、そこ散らかしたんウチやねん。やっとくけん箒貸してや」
霞は黙って箒を差し出すと、メモ帳を取り出して姉妹に見せた。
『なにかあった?』
「ん? まあちょっとな」
『どうしたの?』
「ええとやなぁ……」
「わたしがゴミ置き場で女の人コンクリートブロックで殴っちゃって……」緑子が控えめな表情と口調でとんでもないことを言った。「殺しちゃったかと思ったんだけど、大丈夫そうだってお姉ちゃんが」
「そいつ、緑子のことイジメた上ウチに喧嘩売って来たんや。そんで緑子が興奮してもうてな。アイツが全部悪いわ」紫子はぷんすか怒って言った。「緑子がスイッチ入ったんはウチがちゃんと止めてやらなあかんかったけど……ほんでもあの女にはムカつくわ」
『その女ってのは、どんな人?』
「ムッチャケバい」紫子は言った。「茶髪で厚化粧。あんなんせんでもふつうに綺麗な顔しとんのになぁ……。ああそれと、あかねちゃんの高校の制服着とったで」
霞は姉妹に背を向けて、ゴミ置き場の方へと歩き始めた。
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ゴミの真ん中で文江が泡を吹いて伸びていた。
霞は妹の友人の身体を抱き上げて、その頬に向かって強烈な気付けを一発かました。
「ひでぶっ」文江はそう言って目を覚ます。「な? なに? なんなの? 霞ちゃん?」
『あの姉妹に手を出したみたいね』霞はメモ帳にそう書いて見せる。
「姉妹……? そうだ! あの双子! あの妹の方急にブチギレて人のことなんか硬いもんでぶん殴ってきやがった!」文江は立ち上がり、足元に落ちているコンクリートブロックを見て仰天する。「うわっ! もしかしてあたし殴ったのこれ? そんであたし気絶してたの? 死ぬとこじゃん!」
『そう、死ぬトコだったの』霞はメモ帳にそう記す。『ききいっぱつだった』
「あの野郎……。いるんだよねああいうのたまに! 普段ずっと弱いですいじめてくださいみたいな態度で何されてもへらへらしてる癖にさ、前触れもなくブチギレて他人の親にまで連絡入れたりケーサツ沙汰にしてくるような奴! 嫌なら普段からそうはっきりいやいいのにさ! ヤキ入れて二度と生意気なこと出来ないようにしてやんないと気が済まない!」
『いじめっ子のヘリクツ』霞はそうメモ帳に記した。
「うぐぐ……」文江は狼狽えたような表情で固まった。「でも経緯はどうあれやられたらやり返すのは当然よね? 無抵抗にやられっぱなしでいる義務なんてないし」
『おすすめはしないわ。あの子たちはあなたが思っているよりよっぽどデンジャー』
「デンジャー? 危険ってこと?」
『世の中にはうかつに手出しをしてはいけないソンザイがいくつかある。あの姉妹はそういうソンザイ。キョリをおくか、テキイを向けなければだいじょうぶだけれど、スイッチが入ったあとのミの安全はホショウできない』
「…………確かに。いきなり人の顔にゴミぶちまけて来たり、コンクリで殴って来たり、フツーじゃないわよね? キチガイなの?」
『限りなくそれに近いソンザイ』そう書いてから、霞は遠慮がちに書き足した。『わるい子たちじゃない。あたしのトモダチ』
「霞ちゃんの友達ぃ? じゃあしゃーないね。……でもさぁ? あたし今ゴミ塗れだし、学校いけないじゃん? どうしてくれんのホントに。一言くらい文句言ったっていいでしょ?」
『汚れが気になるなら、セントー、つれてってあげるから』霞はとりなすようにそう書いた。『朝あいてるところがキンジョにある。奢るわ。着替えは貸してあげる』
「あーんーっと……」文江は少し迷って見せてから、うんと頷いてピースサインを寄越した。「いいよ。牛乳付けてね。っていうかさー、霞ちゃんと一緒に風呂入るのとかって初めてじゃね?」
『そうね』
「楽しみ!」
言いながら、文江は霞の手を引いて勝手に車の方まで歩いて行く。霞が停めてある車がどこにあるのか、この子は全部承知だった。
気持ちはとても素直だし、人情深さも義理堅さもある。弱い者イジメが癖になっているのはタマにキズだが、人を傷つけるのが好きでやっているのではないし、やり過ぎれば反省することもある。他人を使い走りにするのだって単に自分が楽したいからで、本人的には悪意すらないのだ。本当に酷いことをする人間にはむしろ怒りを露わにすることもある。良くも悪くも動物的な子だ。
「ほらほら、いこいこ霞ちゃん」
姉妹と争ったことなどすっかり忘れ、楽しそうに自分の手を引く妹の友達に霞の鉄面皮が少しだけ緩んだところで、この話はおしまい。




