姉妹、毒蛇と戯れる 1
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紫子がぼんやり眺めるテレビの向こうでは、深く頭を下げる禿げ頭がシャッターの光を反射している。何かをやらかした誰かが謝罪会見を行っているのだと見て分かった。
「何やらかしたんこん人」と頬杖を突いて紫子。「つか誰やねん」
「動物園の園長さんなんだってさ」と緑子。「毒蛇を一匹逃がしちゃったんだって」
「そら大変やん。はよぅ捕まえてもらわんとあかんなぁ」
蛇の管理体制などについてマスコミ側は矢継ぎ早に質問を繰り返し、園長は何度か言いよどみながら必死に説明と謝罪を行っている。誠意は感じる。この動物園側に落ち度があることは間違いないにせよ、集団で寄ってたかって攻め立てられているその姿は哀れでもあった。
「人前でこんだけしっかり謝りよるんやけん、もうちょっと優しいにしたってもええやろうに」と紫子。「こん人責めても解決せんわ。そら責任は問われるやろうけれども、少なくともこの人は何があかんかったか説明して謝んりょるんやけん。それより蛇やで。蛇を捕まえる協力をしたらんと」
「うんそうだねお姉ちゃん。見付けたら直ちにその場を離れてから通報してくださいだってさ。なんかかなり危険らしいよ」
「どんくらいヤバいん?」
「噛まれたら死ぬって」
「マジで?」
「この蛇が本来生息している東南アジアの方では、実際に子供が噛まれて死んじゃった例もあるんだとか。失明したっていう大人の人も。憶病な性格で刺激すると襲い掛かって来るから、見付けたら触ったり近寄るのはもちろん、目を合わせるのも良くないんだって」
「偉いモン逃がしたなこの園長……」
まあそれでも逃がしたくて逃がした訳でもないのだろうが。誰も被害に合わずに済むことを願うばかりである。さもなければこの園長の禿げ頭がストレスにより加速することは想像に難くない。
蛇は結構な大きさであるらしく体長は二メートル弱、男性の腕程の太さがあり色は鮮やかなブルー。瞳は黄色で大きく、濁った色をしている。日本では俗に『ブルーフルスタ』と呼ばれている種類らしい。
紫子は蛇の特徴をアタマに叩き込む。これに出くわすようなことがあったら何を置いても妹を連れて逃げねばなるまい。
「まあほな気ぃ付けながらやな。銭湯行こうか」と紫子。「ウチらにとっても他人事やない。注意せなな」
「そ、そっか。わたし達だって気を付けなきゃね」緑子は青い顔をする。「大丈夫かなぁ」
「ヘーキヘーキ。いざとなったらおまえ担いで逃げるわだ」
そう言って姉妹が玄関の扉を開けてアパートの廊下に出る。
青く細長い蛇が廊下をのたうっていた。
「ぎゃああああ!」と紫子。
「ひぃいいいい!」と緑子。
つるつるとした光沢のそいつは凄まじい勢いで廊下を突き進み、姉妹に向けて接近して来た。紫子は妹の手を退いて玄関に引っ込もうとするが、緑子は完全に腰が抜けていてその場を立ち上がれそうもない。
その震え切った細い脚に毒蛇が到達しようとする。紫子は覚悟を決めて蛇の身体に掴みかかり、身体の真ん中あたりを両手で持ち上げることに成功した。作り物みたいな硬く冷たい感触がした。
「死ねぇっ!」紫子は反対側の壁に向けて毒蛇をスローイング。床に叩きつけられた毒蛇はガシャンという乾いた音を響かせると、階段の方へわにゃわにゃと走り去っていった。
「怖かったよぉ。お、お姉ちゃあん……」緑子は涙を流しながら姉に縋りついた。「ありがとぉお……。大丈夫? 噛まれてない?」
「う、うん」紫子は冷や汗を流しながら呆然とする。「い、いやでも……待って。触った時なんかおかしかったような。プラスチックでできたオモチャみたいな……」
「正解です!」
そう言って、青い毒蛇を首に巻き付けて現れた女がいた。茜である。
「あ、あかねちゃぁん?」緑子は目を大きくする。「な、何なの……?」
「何なのってドッキリですよただの。いやぁものの見事に怖がってくれちゃってまぁ。HAHAHA」言いながら茜は首にかかった青い毒蛇を両手に持つ。「このスイッチを押すと……」
毒蛇はわにゃわにゃと身体をくねらせながら凄まじい速度で廊下を突き進み、壁にぶつかって停止した。どうやら自立移動する蛇のオモチャというところらしい。
姉妹が銭湯に出かける時間は決まっている。悪戯を仕掛けようと思えば容易だろう。しかしながら、毒蛇が逃げ出したというニュースが流れている状態でこんな蛇のオモチャでからかうなどと、冗談が行き過ぎている。
「性質悪いわ!」紫子は怒鳴りつけた。「性質悪いわ! 妹泣かしやがったな!」
「まあ、ちと大成功過ぎたきらいはありますね」茜はそう言って目を閉じて腕を組む。「申し訳ありません緑子ちゃん。これから銭湯ですよね? 奢りますから許してください」
「うん……うん」緑子は涙を拭いながら立ち上がる。「いいよ、あかねちゃん。驚かせてくれようとしたのに大げさ泣いちゃってごめんね……」
「おまえはそんなんで謝んなや」紫子はそう言って妹の頭を撫でる。「……ったくもう」
何かあるとすぐ自分が悪いと思い込む性質なのだ。妹がこれなので、姉の自分はそれを補うように他人に対して攻撃的になってしまっている部分もある。今だって姉妹の大切な友達である茜に噛み付いてしまった。
茜は蛇のオモチャを回収して首に巻き付けていた。唇を尖らせてちょっと気まずそうにしている。
この友人には照れ屋なところがあり素直な方法ではじゃれて来られない。小中高校と碌に友達を作って来なかった為、相手を悪戯に巻き込むという小学生の男子みたいなやり方でしか親愛を表現できないのだ。悲しい奴なのだ。そんな茜の理解者で紫子はあるつもりなのだが、妹が泣いたのでつい怒りを露わにしてしまった。
「まあ緑子が許すんやったらえぇわ。けどあんまり心臓に悪いことはもうせんといてな?」紫子はそれで許すことにした。
「善処します」茜は分かっているのか分かっていないのかよくわからないことを言った。「毒蛇のニュースはご覧になったようですね。なかなかデンジャーなことになっているようですねぇ」
「まあな。正直ちっと怖い」
「もし本物に出くわした時は、今みたいに掴み上げて放り投げようなどとせずにとにかく距離を取ることです。ブルーフルスタは警戒心の強い蛇ですから、こっちからちょっかいをかけない限り襲い掛かって来ることはありません。そりゃあ身体に巻き付いてくるようなことがあれば、命がけで掴み上げるしかありませんが」
「ホンマおっそろしいよなぁー。早う捕まえてもらわな困るでホンマに」
「まあそうですね。とうの蛇氏の為にもそれは早く行われるべきでしょう」
「蛇の為?」
「ええまあ。人間を噛み殺した、失明させた、などということになれば、被害者感情を考慮して殺処分ということにもなりかねません」
「そらま……もし家族が毒で殺されたりしたら、蛇とは言え絶対に許せれへんやろうな」
「しかしながら、蛇氏は少し興奮してしまっただけでその魂に罪はないのですよ。ブルーフルスタは狩りに毒を用いることがありません。危機を感じた時にのみ分泌される護身用の毒なのです。超強力とは言えね」
「そら蛇に罪はないけど、ほんでも人間にとってメーワクで危険な奴に違いあれへんやろ」
「ええまあ。それはそのとおりなんですよ」茜はそう言って腕を組み、姉妹の方をじっと見つめた。
その意味が分からず、姉妹はそれぞれに首を傾げる。
「……まあ、今は銭湯に行きませんか」茜はそう言って息を吐きだした。「本当にごめんなさいね緑子ちゃん。紫子ちゃんも。次はもうちょっとラブリーな悪戯を考えますのでどうかご勘弁を」
「悪戯自体を二度とすな!」
紫子は吠え声をあげた。
今書いてる原稿のどこにもない情報なんでここで書いておくと、西浦双子姉妹の誕生日は6月6日という設定があります。
最初から決めていたわけではなく、シーズン1を書き終えて彼女らに対する愛着がわたしの中で確かになったときに付け足した設定です。同じ数字が二つ並んでいてかわいらしいのと、星座が『ふたご座』になることがこの日にした理由。
彼女らの生きる世界の時間の流れは現実と比べて緩やかで、彼女らが十七歳になり互いの誕生日を祝うのはもっともっと先になりそうではあります(そこまで続けたいものです)。しかし現実世界の6月6日、彼女らの誕生日を祝う人間が一人くらいいてもよいと思うので、いつも僕の妄想世界をうんと楽しいものとしてくれる彼女らにお祝いの言葉をささげたいです。
ハッピーバースデー! 紫子ちゃん、緑子ちゃん!
読者の皆様につかれましても、心の中で一言『おめでとう』とささやいてくだされば、これに勝る喜びはありません。




