姉妹、お菓子くれなきゃ悪戯する 4
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「ちょりっす。胡桃千秋です」パイレーツはそう言って長剣を振りかざす。「またの名を、キャプテン・サウザントフォール! 南の姉だよ」
「東条茜を申します。胡桃くんのガールフレンドです」茜はそう言って頭を下げる。「この度は勘違いから悪戯に巻き込んでしまい誠に申し訳ございません」
「いいよいいよ。っていうかカノジョいたんだ南」そう言って弟の方を見る千秋。「すごい美人だね」
「少しばかり非常識なところがあるけれど、とても素敵な女性なんだ」と胡桃。「それより、すまなかったね紫子さん。けがをさせてしまった」
「へーきへーき」緑子に鼻にティッシュを詰め込んでもらいながら紫子は言った。「こっちが全部悪いけん気にせんとって。性質悪いことしてごめんな」
「ご、ごめんなさい」と緑子。
『もうしわけないわ』とハイカワさん。『でも楽しかった』
「楽しめたのはアタシもです。ところでペイントを担当したのはあなたなんですっけ? 同じ歳くらいかな? アタシ十九だけど」
『二十よ』ハイカワさんはノートに描き記す。彼女の正確な年齢を知るのは初めてだ。『来年二十一』
「なら一つ上か。たいしたものですね。本当にゾンビだとしか思えなかった。あたし漫画家志望なんだけれど、今度絵を教えてくださらない?」
『オワビというわけね。あたしなんかで良かったら』北野は親指を立てた。
「というか、僕は茜さんに試されていたのか……」胡桃はそう言って頬に手をぽりぽりとかく。「別に文句は言わないけどさ……どうだろう? 及第点くらいの行動はとれたと思うけれど」
「本気で言っているので?」と茜。
「……姉さんのことは見捨てられないよ」胡桃は表情を引きつらせる。「家族と恋人と、どちらを取るか。究極の選択だと言えるね。ただ両方を助けられる方法があるならそれをとことんまで追及するのが正しいと僕は思う。姉さんも頼りになる人だけれど、こと荒事となったらやはり茜さんに分がある。さらに言えば、二人を襲うゾンビを比較して何とかなりそうなのは君を襲っていた紫子さんゾンビだ。よってそちらには援護射撃で止めて置き、より厄介な方に加勢したという次第なんだけれど……」
「南」そう言ってパイレーツ……キャプテン・サウザントフォールこと胡桃千秋は弟の頭を叩いた。「あんたは乙女心を傷付けた。あんたの行動の良し悪しは関係なく、純粋に恋人が傷ついているという結果がある。ならばあんたはすべきことをしなさいな」
「と、いうと?」
「誠意を持って謝罪し、慰めることよ。アタシは一人で遊んでるから、恋人のとこにいってやんな」
「いいのかい?」
「弟の恋路は邪魔できないわよ」そう言って千秋は長剣をぴらぴら振りながら立ち去っていく。「じゃあね皆さん。弟を好きになってくれてありがとう、茜さん」
そうして胡桃の姉がその場から消え、茜軍団五人組が欠けることなくその場に集った。
「なんであかねちゃんの誘い断る時、お姉ちゃんと出かけるっていわなんだん?」紫子は尋ねた。
「茜さんは人が何か断る時理由を尋ねる人じゃない」と胡桃。
「まあそらそやな。うーん……」
「……この歳になって姉と遊びに出掛けるなんてことは、ちょっと言いにくいんだ。恥ずかしいっていうか」胡桃は苦笑しがちに言った。
緑子には良く分からない。兄弟姉妹で仲良しなのはとても良いことのはずだ。親友になるべくして同じ環境に生まれた絆を約束された魂なのだ。それが仲良くお出かけするのが恥ずかしいことのはずがない。
『男子のカンカクよ』とハイカワさんはノートに描いた。『まして恋人にそんなこと言いにくい。リカイできるわ』
「このシスコン野郎」茜はそう言って胡桃に指を突きつけた。「……と、でも言われると思ったのですね?」
「そういうこと。そちらの双子姉妹さん程ではないけれど、僕達姉弟は程々に親密でね。姉は高校を出てから漫画家になるとか言って引きこもっていて知人も減っているし、僕は僕で教室じゃ独りぼっちだから、こういうイベント事ではお互いを相方とすることがままあるんだ」
「…………ふうん」茜は少し不満そうな顔をする。
「ごめんよ茜さん。姉との約束の方が先約だった。君が聞かなかったとはいえ、誘いを断る時に理由を告げなかったことも、少々ばかり短慮だった。実姉とは言え女性と二人で行動するからには、万一の誤解が生じる可能性を僕の方が考慮できても良かったかもしれない」
胡桃の態度は非常に真摯なものだ。そもそもの話、どう客観的に見たところで彼に落ち度というものは何一つとしてないのだった。彼はただ仲の良い家族と行動していただけであり、それに対しこちら側が一方的に誤解をしたという話なのである。それをこのように些細な落ち度を自分で見付けて謝罪している胡桃は立派だろう。
「私の方こそ、らしくありませんでしたね」茜はそう言って頭をポリポリとかく。「私は自分の魅力に最大の信頼をおいているつもりでした。そんな私に胡桃さんがメロメロであることに対しても。だというのにあなたが浮気をしているだなんていう考えに至った自分が解せません。いったい何だったのでしょうか?」
『それは』ハイカワさんはそう言ってノートを取り出し、マーカーで何やら書き込んだ。『あなた自身が、ボーイフレンドを心からすきだからよ。うらぎられた時に心からキズつくような相手だからこそ、レイセイでなくなって、シンコクに考えてしまったの』
「そんなものですか?」
『カレはうらぎっていなかった。良かったじゃない』
「…………複雑な心境ですね」茜は溜息を吐く。「ただまあ、十七年を共にした実姉を見捨ててこっち来いなどと期待する方が間違っていますね。私にも父がいます。家族の大切さは理解していますよ」
などと言いながら微妙に納得していない表情の茜。この人ってこんなに嫉妬深いんだと緑子はちょっと意外に感じた。ひょっとしたら、茜は胡桃を恋人として認めた時に、自分の中の何かしら大切なものを少しだけ彼に預けたのかもしれない。自分の中の気高さや孤高さ、ポリシーやプライドとでもいうようなものを、少しだけ。
「少し恥ずかしい話をするよ」胡桃はそう言って顔をくしゃくしゃにして笑った。照れているようでもあり、やけっぱちのようでもある。そんな笑い方だ。「家族っていうのは何も血縁だけをいうんじゃない。僕の両親は共に健在なんだけれど、彼らは元々は他人同士だった。しかし今では家族同士だ。お互いのことを何よりも大切に思っている」
「…………何をおっしゃりたいので?」
「うんと将来の話、ということにしておくけれど」胡桃はそう言って視線を逸らす。「僕はもう少し魔法少女を続けたい。さらに言えば君がこれからどういう人生を歩むのか僕には想像もつかない。だから今は高校生同士のプラトニックな関係を楽しもう。だけれどこの先それぞれの人生を歩んでいく中で、生涯の伴侶としてお互いを選ぶことができたなら、その時僕は何を切り捨てても君のことだけを絶対に守り抜くと誓うよ。それだけの男になっていて見せるから」
緑子は思わず顔から火を噴きそうになって姉に縋りついた。紫子は胡桃の言った意味を咀嚼しきれないのか釈然としない表情を浮かべていたものの、緑子の表情を見てなんとなく察したらしい。戸惑った様子で茜の方に視線をやった。
胡桃は愛を囁いたのだ。将来を約束するとは言わないまでも、共に生きて行きたいのだという気持ちを口にしたのだ。
「…………」茜はらしくなく頬を赤らめて、胡桃が見詰めているのと同じ靴のつま先を見詰めてつぶやくように言った。「ならば、世界一の男になっていなさい」
きゃあきゃあと言いながら緑子は思わずピョンピョン跳ねて、それから姉に頬擦りする。こんな気分の時は自分だって一番大切な人にくっ付いていたい。一番大事な人の傍でドキドキしていたいのだ。紫子は緑子の求めに応じてしっかりと抱きしめてくれた。
『お熱いわね』ハイカワさんはそんな表情で姉妹の肩を両手に抱いた。『私達はお邪魔よ。少し離れていましょう』
「そうだねハイカワさん」そう言って緑子は姉の手を引いた。「じゃあお姉ちゃん、ちょっと離れてよっか」
「お、おう……」紫子は表情を引きつらせた。「な、なんかあかんわぁ。見てられん。なんちゅうか……あかねちゃんも昔とはちゃうんやなぁって……」
「でも素敵だよぅ」緑子はニコニコとする。「お姉ちゃんも、わたしにああいうこと言ってよ」
「……ああいうことってなんやねぇん……。ウチらは姉妹や、家族として愛し合っとるし二人でずっと一緒や。それ以上に素晴らしいことってないやんけ」
「そうだけどぉ」
なんて言いながら姉妹とハイカワさんは茜と胡桃からはちょっと距離を置く。緑子はずっと姉にじゃれていた。
『ちゅうくらいしてあげたら?』とハイカワさんはノートに描き記し、紫子に見せる。『その子は良く、あなたのことを恋人みたいに話すのよ』
「……ウチはこの子とは双子の姉妹で一番良かったと思うとる。思い出を全部共有できるからな。恋人っていうのは『途中から』や」
『でも乙女心はそんちょうされるべき』
「あー……えっと」紫子は緑子の髪の毛をかきあげ、ほっぺにちゅうをしてくれた「お姉ちゃん、おまえのことが一番好きやで」
「うん。わたしもお姉ちゃん大好き!」
少し離れたところでは、胡桃と茜が身を寄せ合っている。
フランケンの怪物にかしずくようにした黒い魔法少女が、見つめ合うその唇に自分の唇を触れさせたところで、この話はおしまい。




