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姉妹、猫殺しと対決する 後編12

 〇


 「お姉ちゃん。それやめてよ」

 背後から妹の声がかかる。洗面台に向かって自分の腕を切り刻んでいた紫子は、すごく困った顔をして振り向いた。

 「ストレス解消や」

 「綺麗な腕なのにダメだよ」

 緑子はとても悲しそうな顔をして後ろから紫子の腕を取った。白い腕から生きた体液が垂れ流しになっている。これまで何度か切った中でもかなりの出血具合であるし、もうちょっと力加減をミスしていたら流石にヤバかったかもしれない。

 「可愛そうなお姉ちゃん。あんなにがんばって、わたしの為に今の暮らしを手に入れてくれたのに……こんなに傷ついて」

 緑子は泣きそうな声で言う。自分は妹にこんな顔をさせてしまっているのか。一瞬消え去りたいと願ってしまうくらい深い罪悪感を覚え、自分自身の愚かしさに全身がむずむずと疼く。

 だがそうなることが分かっていてもやめられないのが自傷癖である。妹を守れない自らの弱さや愚かしさに苛立つあまり自分を傷付け、そのことでさらに妹につらい思いをさせる。悪循環だ。

 「すまんな」

 紫子は妹の頭に手をおいた。カッターナイフの刃をしまうと、ほっとした顔をしてくれる。

 洗面台から離れ、床に転がって窓を眺めた。いそいそと手当を始める緑子に紫子はされるがままだ。自分で傷付けて置いて献身的な姿に心安らぐ。そして己の情けなさがつらかった。

 紫子が昔かかった精神科医は、紫子の自傷癖は自分は傷付いていることを人に知ってもらいたいが為のものだと言っていた。だがもしそうだとすれば、つらい時はいつも緑子が傍にいようとしてくれるのに、どうして自分がそんなことをするのかが良く分からない。

 施設時代ならまだしも青沼や周囲の人間達に対する当てつけという理由も成り立つ。だが今この瞬間、自分はいったい誰に自分の傷を知らせているというのか。いったい誰に、助けを求めていたというのか。

 「……あかねちゃん」空は真っ黒で星なんか一つもない。なのに大きな満月だけが我が物顔で輝いている。不思議な夜だ。「あいつ今どないしょんやろか。アホなことやってへんとえぇがな」

 「心配だねぇ」緑子は言いながら、自分の傍に腰を下ろした。「『犯人を捕まえる』って言ってたんだよね? お姉ちゃん、そんなの期待してないから、いいって伝えたんだよね?」

 「…………」紫子は妹の顔を見る。

 緑子は小さな手を伸ばして自分の頬を撫でた。「正解だと思うよ、お姉ちゃん」

 そうだ正解だ。そう言っておかないとアイツは何をやらかすか分からない。当時から茜は無茶苦茶だったが、今はそれに輪をかけて無謀なところがあるような気がする。子供の頃はどこか自分のことを所詮ガキだと理解した上での節度というか限界を知っていたが、今の茜は本当に何を相手にしても無敵のように振る舞うところがある。ガキの頃のように無邪気に助けを期待してしまえば、大切な友達がどんな風に傷付くか分かったものではない。

 奴にだって限界はある。むしろできることの方が少ないくらいのはずだ。自分達より一つ年上なだけの十七歳の高校生に過ぎない。警察でも捕まえられない動物殺しの犯人達に、まさか本当に首を突っ込んだりしないだろうし、増して紫子がそれを求めたりはしない。

 その時、紫子の携帯電話が鳴り響いた。緑子が身を震わせて縮こまる。

 この程度のことで動揺してしまう妹の姿に胸を痛めつつも、肩を抱いてやって「あかねちゃんやで」と発信者を伝えた。電話に出る。

 「はいはいなんやねんあかねちゃ……」

 「今すぐ家を出なさい!」茜は強い口調で言った。

 「あ? いやなんやねんいったい」

 「今そっちに動物殺しの首謀者が向かっています。他は全員ぶちのめしたんですがすいませんそいつだけ取り逃がしました。細身の女性ですがあなた達よりは力もあるはずですし、何より拳銃を持っています。今すぐ家を出てどこでもいいから隠れなさい!」

 「ちょ、ちょう待って……あかねちゃん」紫子は困惑する。「何の冗談や?」

 「冗談じゃありませんよ! 私のいうこと、信じてくださいよ!」

 泣き喚くような声だった。珍しく茜が弱味を見せたような気がして、紫子は驚く。さっき訪ねて来た時からこの友人はなんだかおかしい。

 「何やらかしたん?」

 「わたしのことは良いからとっととそこを出なさい! 私達もタクシーでそっち向かいますから大家の部屋にでも匿ってもらうんです。早く!」

 紫子は妹の手を引いて家を出た。何が何だか分からないが危険であるらしい。緑子は完全に気が動転して怯えた視線をあちこち飛ばしながら自分にしがみ付いているし、紫子自身頭の中がパンクしそうな心地でいた。

 一体何をやらかしたんだ、あの友人は……思っていると、目の前に長身痩躯の影がゆらりと現れた。

 「どうもぉ~」ニコニコと屈託なく微笑む美しい影は虹川憩だ。「夜分遅くにすいません。えへへ、来ちゃいました」

 「なんやねん」紫子は背後に妹をかばう。「なあウチら今あんたに構っとる暇ないねん。何の用か知らんけど失せろや」

 「紫子ちゃん? 一体誰と会ったんですか?」通話を続けていた茜が焦燥を帯びた声で言った。「まさか虹川憩ですか? そいつです、そいつが敵の……」

 「相談があるんですよぅ。ハワイとグアムならどっちが良いかなぁって」虹川憩はくすくすと笑いながら懐から拳銃を取り出す。「あたしの逃亡先のことなんですけど」

 紫子は目を剥いた。思わず両手を開いて妹の前で壁となる。

 虹川憩は長い腕を伸ばして紫子に狙いを付ける。綺麗な形をした指が引き金に触れた。茜の話が本当ならこの拳銃は本物で、となると紫子の命はもう秒読みだ。思わず目を閉じる。

 「姉さん!」

 虹川憩の背後から懐かしい声が響き渡った。その場にいた三者が同時に凍り付き、声のした方に視線をやる。

 黒いハットの少女が立っていた。見間違えることなどありえない。姉妹の友達だ。

 虹川梢は静かな足取りで憩の方へと近づいて行く。「姉さん」

 「梢ちゃん!」憩は銃を下げ、この世に他に優先するものなど何もないとばかりに、梢の方へと飛びついた。その場で屈んで、ほとんど羽交い絞めにするかのように梢の身体を抱きしめ、捕まえる。「梢ちゃん! 来てくれたんですね? 今までどこにいたの? あたしのいないところで、怖い思いをしていたのよね? つらい思いをしていたのよね? 大丈夫、大丈夫だから……。もうお姉ちゃん、あなたのことを絶対に離さな……」

 バチりと何かが弾けるような音が響いたかと思ったら、青白い稲妻が紫子の視界に走り抜ける。虹川姉妹は衝撃を受けたように後ろ向きにのめっって、鏡合わせのように尻餅を着いた。

 「梢……ちゃん?」憩は震えた表情で自分自身の妹に視線をやった。「なん……で……」

 「……姉さん」梢は手に持ったスタンガンを掲げながら、決死の表情で這うようにして姉に近づき、手を伸ばす。「ごめんね」

 憩の首筋に押し当てられたスタンガンから激しい稲妻がバチバチと弾けた。自信の姉に電撃を浴びせる梢の表情は、紫子の知る友人のどの姿とも一致しない。強い覚悟を帯びていた。

 その中でも憩は妹に向けて手を伸ばしていた。綺麗な形をした手の平が震えながら梢に伸びて、それがとどき切る前に力尽きたように地面に落ちた。どさりという音。電撃が止む。

 「…………」

 梢は静かな表情で憩を見詰めていた。そしてその場にかがんで、自分の頭にかぶっていたハットを外し、つるっぱげの頭皮を露わにしながらそれを憩の頭にかぶせてやった。

 そこで紫子ははっとした。止まっていた時間が動き出したかのように、まずは背後を振り向いて腰を抜かしている緑子を助け起こす。それから二人して、二年ぶりに再会した友達の方を向き直った。

 「「虹川くん?」」

 同時に声が出る。虹川梢はふっと立ち上がると、何も言わずに背を向けて立ち去ろうとする。

 「待てや!」紫子は吠えた。「なんも説明せんと勝手に行くなや」

 梢は返事をしない。紫子は妹と顔を見合わせる。緑子は目を閉じて唇を結んで頷いた。

 紫子は梢に駆け寄りその肩を掴んでこちらを向かせた。緑子が脚を引きずって遅れてやって来る。梢はされるがまま、薄らぼんやりとした視線を双子姉妹に注いでいる。

 その場にいる全員にとって必要なだけの沈黙が終わり、梢は唇を捻じ曲げるような笑い方をして、紫子と緑子をそれぞれ指差した。

 「君が紫子、君が緑子だ」

 「合っとるで」紫子は笑うことができた。「あんたが間違う訳ないもんな」

 「今までどうしてたの?」緑子は姉の傍で梢の腕を両手で掴む。「あのね虹川くん。わたし達、あなたのことをずっと探していたの」

 「それは東条さんから聞いた」梢はぷいと視線を他所に飛ばす。「君達の友達から」

 「あんたやって友達や」と紫子。

 「そうだよ」と緑子。

 「君たちは変わらないね」梢はそう言って姉妹の方へ視線を戻した。「ボクは君達を拒絶し続けた。なのに、君達は昔と同じ優しさを、昔と同じようにボクに注いでくれる。ありがとう」

 「礼を言うんはこっちの方や」「ありがとう虹川くん、お姉ちゃんを助けてくれて」

 「君達が無事で本当に良かった」梢はそう言ってから、両手を開いて姉妹に向けて晒して見せる。「いい加減にボクに触れるのはやめておかないか? 最初に姉にスタンガンをぶつけた時に、抱き着かれていたものだからこっちまで感電してしまった。まだ電気が身体に残っているだろうから、触っていると君達も危ないかもしれない」

 姉妹が手を離しても、虹川はもう二人から離れていくことはなかった。彼女がここを立ち去ろうとしたのは、ほんの少しの臆病さと、気持ちのすれ違いに過ぎなかったのかもしれない。それは多分、あの日あの時、姉妹にカミングアウトをして立ち去った時も同じなのだろう。

 どういう経緯かは分からないがとにかく虹川は姉妹を助けに来てくれた。拳銃を持った狂人と戦って気絶させてくれた。ならば虹川は自分達のことを今でも友達だと思ってくれている。そして姉妹が虹川に感じる友情は二年たっても何も変わらない。

 今はそれだけで良い。それだけが分かっていればいくらでもやり直すことができる。彼女が何を考え、何を苦しみ、何を理解して欲しかったのか、それを知っていく機会はこれからいくらでもあるはずだ。

 紫子が虹川に微笑むと、虹川は一秒程視線を合わせた後で、ぎこちなく俯いた。照れたように見えた。


 〇


 「紫子ちゃん! 緑子ちゃん!」足音と共に、これまた聞きなれた友人の声が耳朶に響いた。「大丈夫ですか?」

 背後に胡桃と来たのを従えてやって来た茜は姉妹に向かって大股で走り寄り、通路に伸びている虹川憩に気付いて立ち止まる。それから梢に視線を送ると、梢は小さく頷いた。

 「スタンガンで気絶させておいた。ぎりぎり間にあったよ」妙に優越感を匂わせる言い方で梢は言った。「ボクに感謝をしておくことだね、東条さん」

 「今回はそうしておいてさしあげましょう」茜は腕を組んで言う。「もうすぐ警察が来ます。それまでこいつのことはふん縛っておきましょう。器物破損に誘拐未遂に銃刀法違反に殺人未遂、最低二つは立証可能です。豚箱送りですね。あなた達の敵はいなくなります」

 「あかねちゃん。ウチらの為に戦ってくれたんか」紫子は言う。「胡桃さんも、北野さんも」

 「当たり前ですよ」茜はふんぞり返った。「約束しましたからね」

 「無事で良かったよ」胡桃は額に汗して溜息を吐いた。膝が破れてるしなんだかぼろぼろだ。

 『勧・善・懲・悪』北野はノートに太い字で書いて親指をサムズアップした。そんな難しい漢字使われたら読めない。

 「まあ最後はそちらのお友達に助けられてしまいましたが」そう言って茜は梢の方を見る。「ちょっと見直しましたよ。ほら、これ、あなたのケータイ」

 茜が投げたスマートホンを、梢は不器用に両手で受け取る。「人の持ち物を乱暴に。やはり君とはウマが合いそうにないね」

 こいつらいつの間に知り合ったのか。自分達の知らないところで、自分達のことを想う人間達が、共闘をしていたのだということを紫子は知った。なんだか胸の奥に熱いものが広がって、紫子は心の中にある何か大きなしこりのようなものが溶け始めるのを感じた。

 「そうだ。虹川くん」緑子はそう言って梢の腕を取る。それやめろっちゅうのに。「わたし達ね、虹川くんに渡すものがあるね。ねえ、お姉ちゃん」

 「そういやそうやな。待っとれ」紫子は頷いて、数メートル先の自宅へと走り、以前アパートの敷地で拾ったハットを取って戻って来る。

 梢がここに来た時被って来ていたのと同じ帽子だ。それは今梢自身の手に寄って彼女の姉の頭にかぶせられている。梢は姉妹の持っていた帽子を受け取って、じっと見詰めた。

 「こないだここの敷地で拾うたねん」と紫子。

 「虹川くんのかなと思って」と緑子。

 「これはおそらく姉のものだね」梢は言った。「世界に二つしかない帽子さ。姉はボクの頭をこんな風にした後で、取り返しのつかないことをしたと泣きじゃくりながらボクに縋りついたんだ。姉にはそういうところがある。それから高い金をはたいてお揃いの帽子を作らせた。姉はここ最近の動物殺しの主犯格だから、ここにも訪れていたんだろう」

 「じゃあ、虹川くんはもう動物を殺したりとかはしてないの?」緑子は問う。

 梢は首を横に振る。「あれっきり一度も」

 「偉い偉い」紫子は笑う。「また会おうや。ケータイの番号とか教えて。ずいぶん遅くなったけど、あの日約束したかったこと果たせるわ。ウチらだけの家を手に入れたら虹川くんを最初のお客さんにするって。まあ、最初の一人は実際にはあかねちゃんになってしもうたけど……」

 「その帽子が何かは知りませんけど、肝心の私は蚊帳の外ですか」茜はそう言って腕を組む。「暇です。ポケモンGOやってていいですか?」

 「ちょっと待っとってや」

 紫子は苦笑する。後でいくらでも英雄扱いしてやるから、ちょっとだけ待ってて欲しい。

 「なあ虹川くん。仲直りしようや?」

 「君たちはボクを許してくれるのかい?」

 「当たり前やろ」「怒ってないよ」

 「……良いのかな?」

 梢は言いつつも、後ろを振り返る。そこにはふてくされて本当にポケモンGOをやりだした茜と、それを苦笑しながら見守っている胡桃、植物のような静けさで皆を見守っている北野がそれぞれ立っている。

 「そうだね。良いのかもしれない」虹川はそう言って、顔全体を捻じ曲げて笑った。それは普段の彼女の笑い方とは違い、嘲笑には見えなかった。「君達はたった二人で閉じた世界を生きているのだと思っていた。けれどもそれは違ったんだね。こんなにも変わった人達が周りにいるんだ。ボクみたいなのがいたって許されるよね」

 虹川はそう言って、姉妹から受け取ったハットを自分の頭に乗せた。

 「ありがとうボクの友達。また会う日まで」

 パトカーのサイレンの音が聞こえて来た。


 〇


 それから警察官がやって来て、銃を持って倒れている虹川憩をどこかへ連れて行った。

 その場にいた全員がパトカーに乗せられて警察署に運ばれた。茜が嬉々とした表情で自分から警官に近づき、自慢するような様子で説明というか武勇伝を語り始め、『署で聞くから』と

黙らされていたのは印象的だった。

 そこで分かったことなのだが、茜はその日の夕方から夜にかけて町の動物殺しの犯人探しと証拠集めをしていたらしい。その甲斐あってか虹川憩、上坂深紅、リチャード・ブラウンの三名は警察に拘留され、今後何らかの処罰が下るということらしい。


 〇


 「それはもう愛と冒険の大スペクタクルでした」

 茜がそう語るのは、姉妹や茜達がそれぞれ事情を語り終え事後処理が警察の手に渡った数日後、平和な午後の昼下がり西浦姉妹の自宅でのことだった。

 いつものように部屋の中央の机に尻を乗せ、両足を組んでふんぞり返った姿勢で、正座して拝聴する姉妹を相手に茜は自分の経験した大冒険を語り聞かせてくれた。

 「そのきらめく頭脳と行動力によって犯人を特定したこの私は、全国ベスト16の格闘家や元アメリカ陸軍の戦闘経験豊富な大尉を正面から次々と撃破。ついには首謀者である虹川憩を追い込んだという訳なのです。最後破れかぶれになった憩に逃走を許したのは失敗ですし、その部分でまあ一割くらいは虹川梢を頼りましたけれど、でもあなた達を取り巻いていた厄介な誤解が晴れたのは九割がた私の手柄という訳です。いやぁ自分の実力が怖くなりますよ。この功績によりいずれFBIからのスカウトが来ること間違いなしです。まあ私は公僕などに飼いならされる女ではありませんがね!」

 人が褒める前にとことん自分で褒めてしまうのが茜という人間だ。紫子は苦笑する。これではもうこっちから何とも言いようがないではないか。

 「ありがとうあかねちゃん」緑子はニコニコしながら言った。「えっと……すごいね!」

 「せやな。すごいな」紫子は頷く。「すごいすごい」

 「なんですかそのテキトウな感じ。……まあ良いでしょう。ところで紫子ちゃん……どうですこれ? 見事に贖罪をやり遂げたんじゃないですか、私?」

 「ショクザイ? 一体何のことや?」紫子は首を傾げる。

 茜は恐る恐ると言った口調で話し始める。「ほら私、昔あなた達の糞義父野郎をぶちのめすって約束してできなかったじゃないですか」

 「ちょっと、嫌な奴の話すんなや」紫子は顔をしかめた。緑子は面食らった表情で固まっている。自分達にとって義父野郎はかなりのデリケートポイントであり、厄介なトラウマを呼び起こさない為にもあまり触れられたくはない。茜で無かったら下手すりゃ怒鳴り返しているところだ。

 「すいません。でもね紫子ちゃん、このことって紫子ちゃんと私の間で、結構引っかかっていたんじゃないですか? 私自身約束を守れなかったこと悔いていますし、あなたも正直裏切られた気分だったでしょう?」

 「気にしてへんで。あれはあれで、あん時のあかねちゃんなりの元気付けやろ?」

 「違いますよ! 本気でしたってば!」茜はムキになる。「本気だったんですけど、間に合わなかったんです! ごめんなさい!」

 「わーったわーった」紫子は言って、立ち上がり、手を叩き合わせる。「あかねちゃんはウチらの敵を命がけで倒してくれた! だから今度こそあん時のことはチャラや! 完璧にチャラ! お釣りが出る。これでえぇか?」

 「イヤッフー!」茜はそこで唐突にでかい声で叫んだ。そして机の上で立ち上がると言う究極のマナー違反をやらかす。「HAHAHA!」

 茜は躁状態に陥ったように机を飛び降りて壁に向かって全力で走り始めた。そして正面からぶつかって弾かれて倒れる。鼻から血を吹きだして、その場で倒れてもだえ始めた。まったくもって奇行としか言いようがなかった。

 「えぇ……」紫子は口をぽかんと開ける。

 「うわぁ……」緑子が心配そうに茜に駆け寄る。

 ガンガン! 隣の部屋の北野から怒りのノックが響き渡った。

 「ちょ、ちょっと、あかねちゃぁん?」紫子は壁に全力衝突してもだえ苦しんでいる友人の前に座り込み、恐る恐る声をかけた。「い、いけるんか?」

 「……あはは。うふふふ」茜は涙を流していた。涙を流しながら妙ににやにやと笑っている。不気味だ。「うふふ。あは。ぐえっへっへぇ……うぅ。うぅ。うぇええ……」

 笑ったかと思ったら今度はしくしくと鼻血をすすりながら号泣し始める。元々半壊気味だった脳みそがとうとう全壊したのかと紫子は心配する。うれし泣きだか壁にぶつかった痛みで泣いてるんだか知らないが、再会してから茜が泣いているのを紫子は初めて目の当たりにした。はっきり言って気色悪かった。

 「あかねちゃん」緑子はずるずる泣いている友人の肩を抱きながら笑った。「ありがとうね。わたしもお姉ちゃんも、ずっとあかねちゃんがしてくれたこと忘れないから。ずっとずっと友達でいてね。お願いだよ」

 茜は子供みたいな顔で緑子を見上げると、うんうん頷いてさらなる泣き声をあげながら緑子に縋りついた。大事な妹が茜の鼻血でべとべとに汚れている。迷惑野郎め。紫子は溜息を吐きつつも、そのアホな友人のことを見詰めながら声をかけた。

 「あかねちゃん、ウチな。自分らのことどっか不幸やと思うとったねん」茜は紫子の方に顔を向けた。「知ってのとおり親に捨てられたし、別の親には酷ぅボコボコにされたし。施設にも馴染めんと苦労して、今は生保の中卒フリーターや。そんでもウチ自身少なくとも今は納得しとったよ? 今に満足しとった。けど世間一般の基準に照らせば全然何一つ恵まれてへんって、ワリくっとるって、そういう風にも思うとったんや」

 紫子は茜の顔に手をやった。血と涙でべとべとの頬を手で拭ってやる。

 「でも違うたんやなって。こんなにすごい友達が回りにおってくれたんやなって。あかねちゃんも、胡桃さんも北野さんも虹川くんも、ウチらのことを本気で心配してがんばってくれた。お陰でウチら、二人ぼっちやないって気付いたんや。近所からの誤解が晴れたとか嫌がらせがなくなったとかより、ウチらそのことの方が嬉しいんよ」

 「……やっとわかっていただけましたか」茜は泣きじゃくった目で紫子のことを睨む。「あなた達ってずっとそうだったですもん。いっつも二人だけの世界作っちゃって、私一人……置いてって、だから寂しくて……」

 「もう一人にせんて」

 「約束ですよぅ……」茜はそう言ってまた緑子に縋りついた。まだ泣くか。こいついくつだよ。

 茜はこのとおり相当変な奴だ。ムチャクチャな人間だ。だけれど何の因果か自分達はこの茜と友達になって、それが今も続いている。自分達の為に命を張って戦って、自分達の敵を倒してくれた。そのことは一生忘れられない。

 緑子は自分より頭一つ分は大きな茜のことを慈母のような表情であやしてやっている。それを眺めていると、ある時ふと緑子はこちらに目を向けた。そこには紫子に向けられた優しい微笑みが浮かんでいる。同じ表情を紫子は返した。

 それだけで全て伝わった。茜がこの先何をやらかしたとしても、誰からも見捨てられたとしても、自分達だけはきっと彼女の味方でいる。茜が行動で示してくれたことに報いていくのだ。

 瞳だけでその気持ちを共有し合った姉妹が頷き合ったところで、この話はおしまい。

 シーズン2はこれにて完結です。お疲れ様でした。

 このように長い連載作品をここまでお読みいただいたこと、まずは心からお礼申し上げます。本当にありがとうございます。


 最終エピソードなど自分でも想定外の長さになってしまいました。正直自分自身かなりの難産という感じで、上手に描けているかと言われるとちょっと物足りない気もしています。下手くそなのはこのエピソードだけじゃないですけどね。

 ただ個人的にこの連載作品を描く上で絶対にテーマにしたかったことでもあるので、自分自身これを描けて、そして読んで貰えてよかったなと感じています。


 ところでシーズン1のあとがきに「この作品宣伝のためにもなろう系異世界転移小説に挑戦する」と書き込んだの覚えていらっしゃいますでしょうか。あれがどうなっているのか一応報告しておくと、実は二回ほど描いて投稿して二回ともランキングにも乗らず爆死するという苦い経験をしています。自信喪失するレベル。

 売れ筋の研究をやっぱりちゃんとやらないといけないのか根本的に能力が足らないのか。両方だと思うしどちらにしろもっとがんばらないといけませんね。なろうでやっている以上、異世界系の小説で一発当てるというのはやっておきたいことなので、近いうちに三回目に挑戦することになると思います。もしよろしければ応援いただけると嬉しいです(ひょっとしたらそれにともなってこっちの更新を一週間に一度に減らすかもしれません)。


 小説を描くことは好きです。特にこの西浦姉妹は自分の中でいくらでも描いていられる作品で、だからこそ週に二回の投稿ペースがこれだけ続いているんだと思います。

 完全に好きなだけのものを描いていますが、それでも物書きとしての体力みたいなものはこの作品のお蔭でちょっとくらい進歩していると思いたいものです。


 シーズン2はかなり茜ちゃんの出番が多く重い話も多かったですが、3は主役の姉妹を軸に楽しくて優しい話を中心に仕上げているつもりです。

 大好きな作品だけに読んでいただいている皆様には本当に感謝しています。これからも西浦姉妹をよろしくお願いいたします。

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