表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/108

姉妹、猫殺しと対決する 後編9

 ノーベル文学賞を受賞しました。

 皆様の応援のおかげです。本当にありがとうございます!

 △


 虹川姉からの返信メールは怒涛の勢いだった。一分に一回の割合で送って来る。『どこにいるの? 本当に梢ちゃんなの?』『お姉ちゃん行くからね今すぐ行くからね待っててね絶対に』『ねえ返事をしてよどうしたの梢ちゃんまた誰かに意地悪されたの? 助けるからね何でも言ってねお姉ちゃんに全部任せて』

 「返信しないの?」北野の運転する車の後部座席で、胡桃が引き攣った表情で言った。

 「……文体で本人でないってバレたら厄介です。ここは沈黙が生着手でしょう」助手席でふんぞり返りながら茜は言った。「さて。決戦は近いですね」

 北野に指示をして途中百貨店に寄らせ、そこで顔全体をすっぽり覆う覆面を三つ購入する。馬と鳩と蜥蜴。

 「こんなの買ってどうするのさ?」と、駐車場で胡桃は困惑した様子で言った。

 「人を浚うのですから顔を隠すのは当然でしょう?」と茜。

 「冗談だろ?」

 「目的の為に手段を選ぶのは愚かです。紫子ちゃん達を救うための最速最短の手段は虹川憩を誘拐し洗いざらい吐かせること。警察にはできない強引な手法を用いてこそ、警察でも捕まえきれていない猫殺しを打倒し得るのです」

 『ナンバープレートの細工はすませた』ノートに殴り描いてから北野が親指を立てる。彼女の車のナンバープレートは真っ黒いビニール袋で覆い隠されている。『ユウカイ上等』

 「よろしい」茜は胸を張る。「では手順を説明します。まず北野さんが虹川憩のいる公園前に車を停車させ、三人がかりで車に押し込む。そして港の傍にある工場の廃墟に車で移動、拷問して洗いざらい吐かせた上携帯電話を押収、あわよくばそこから虹川憩の仲間をも罠にかけます」

 「そんな方法で真実を吐かせられたとしても、証拠として警察には持ち込めないんじゃないの?」胡桃はあきれ顔だ。

 「携帯電話に証拠が残っている可能性も高いですからね。裁判で使われることはなくとも、それを元に調査を行うことは確かです。最悪、吐かせた内容を録音してネットに晒せば世間様に真実は知れますから、紫子ちゃん達の嫌疑は晴らせますよね?」

 「下手すりゃ少年院だよそりゃ。ムチャクチャだ」

 「ビビってんですか?」

 「紫子さん達は君が犯罪をすることを望んだりはしないよ。友達なんだから」

 「バレなきゃ良いんですよ。その為の覆面なんですから」茜はけらけらと笑った。「それともあなただけ降りますか? かまいませんよ。責めも笑いもしません。私は一人になったとしてもやり遂げるでしょう」

 「…………」胡桃は眉を顰める。「いいや。君を一人にすると本当に少年院に行く羽目になりそうだ。最後まで付き合うよ」

 「良い心がけです」茜は胡桃の肩を叩く。本当に良い根性だ。十分に常識的な判断力を持ちながら、それでも自分に付いて来ようとしてくれる。こいつは本当に良い。


 △


 約束の時間の一時間前、虹川憩は指定の公園にやって来て、ベンチに腰掛けた。

 しかし一人でやって来るという約束が守られることはなかった。二人の手下を引きつれていたのだ。チューブトップにホットパンツという肌の露出の多い恰好の高校生くらいの少女と、迷彩柄のタンクトップを着用した筋肉隆々の外人の男。虹川憩は二人と何やら相談を交わすと、それぞれ持ち場に着くかのように散って行った。

 露出の多い少女は虹川憩から少し距離を置いたベンチに腰を掛けて、一人で携帯電話をいじっているふりをしはじめ、タンクトップの男は公園と道路を区切る茂みの道路側に身を顰める。

 それを近くの工場の屋根から見下ろしていたのは茜だった。

 「……一人で来いってメールしたんだよね? なんであんなに警戒されてるのさ?」茜と一緒に工場の屋根に上っていた胡桃は眉を顰めた。

 「最初っから信用してないってことなんでしょうね。予想の範囲内ですが」茜は溜息を吐いた。「これでは誘拐の難易度がぐっと高まってしまいますね」

 「紫子さんが言っていた二人組だよね? アパートに訪れて、紫子さんと緑子さんの気を失わせて逃亡したという。まるで虹川憩の手下のように動いているね」

 「実際に手下なんでしょうね、あの様子だと」

 「このまま監視を続けて三人の住所を特定すると言うのも手だと思うよ? 君と僕と北野さん、三人で一人ずつ尾行を担当するんだ。それで監視を続けていれば、いずれ決定的瞬間を目撃できるかもしれない」

 「……まどろっこしいのは嫌いですね」茜は工場の壁に背中を預けていた北野に視線を送った。「車の準備を」

 「まさか三人まとめて浚う気かい?」

 「いいえ。少し搦め手を使います」

 夜の帳はとうに降りていた。虹川憩を呼び寄せた公園は公園と言っても遊具もほとんど撤去されて久しく、敷地も狭い為ほとんど休憩所に近い。そうでなくともこのあたりは人通りも少なく、車を走らせていてもほとんど誰ともすれ違うことがない。廃公園だの廃工場だのがひしめいていることから人目を嫌う不良なんかには人気があるが、それも今日は見受けられない。

 公園の近くに車を停めて、茜だけが降りる。タンクトップの外人の姿が見える。車を停めたことに気付いた様子はない。

 「そこのオニーサン!」茜は、外人に近づきながら、声を張り上げた。

 「オー! ドナタデスカー?」外人は目を丸くして茜の方を見る。

 「あなた、俳優のキルバート・ジャクソンですよね?」茜はテキトウな名前をその場で考えて行った。もちろん、キルバート・ジャクソンなどという役者はいない。「私、ファンなんです!」

 そう言って茜は外人の腕を抱き、身体を押し付けた。ボディには自信がある。伊達に毎朝豆乳1.5リットルを一気飲みしていない。

 「オー! そうです、ワタシこそが、その……なんだっけ? 俳優のナントカさんデース!」外人はあっけなく相好を崩した。鼻の下が伸びている。「ファンの方デスカー? ドウデスカー? ホテルへ行きマスカー?」

 「……待ってください。あなたカタコトじゃないですか?」茜はぱっと外人から離れ、警戒した態度を露わにする。「キルバート・ジャクソンは日本語ペラペラのはずなんですけど。まさかただのそっくりさん?」

 「ち、チガイマース! じゃなくて、違います。ワタシは本当にそのキルバートなんとかです。確かです。日本語検定一級です」

 「ではあのシーンをやってみてくださいよ。ほら、傑作映画『君の膝の裏を舐めたい』の名シーン。キルバート演じる主人公が、昔の恋人の名前を付き合った順に叫びながらブリッジ状態で全力疾走する奴! あの感動のワンシーンを再現してみてください、できるものなら」

 「そ、そんなシーンがあるのか?」キルバートは困惑した様子だった。

 「ある訳ないでしょう」茜は両手をぴらぴらふった。「偽物に興味はありません。それじゃあ」

 その場を走り去っていく茜に対し、キルバートは憎々し気な声で「ビィーッチ!」と叫んだ。

 茜は北野の車に戻って来る。

 「上手く行きました」茜はポケットからスマートホンを取り出した。自分のものではない。さっきの外人の持ち物だ。「私の色香に騙されましたねあのエロ外人めが」

 「峰不二子かい?」胡桃は苦笑する。「流石の手際だよ。それをどうするの?」

 「殺した猫の写真でも入っているかもしれません。或いは、仲間と動物虐待に纏わる相談をした記録が残っている可能性もあります」茜はスマートホンを起動しようとして、顔をしかめる。「なんですかこれ? ロックかかっているじゃないですか?」

 縦横三つずつ並んだ九つの点を、特定の順番で通過するように画面をなぞらないといけないタイプのロックだった。少なくとも六つや七つ程度はチェックポイントを設けているものと考えられるから、九の七乗でとうてい総当たりで解けるものではない。

 そうと分かりつつも、やけくそ気味にテキトウに画面をなぞってみようと指を立てた茜に、胡桃が制止を呼びかけた。

 「待って茜さん。触らないで。そのままそれを僕に貸して欲しい」

 「なんですかあなた。解けるとでもいうつもりですか?」

 「中学生の時のことだ。クラスの男子が、音楽室に置き忘れた有村綾乃のスマートホンを発見したことがあったんだ」胡桃はさらりと意味不明なことを言い始める。

 「ちょっと待って。ふつうに言ってますけど誰ですその有村綾乃というのは」茜は困惑する。

 「当時のクラスのマドンナだよ。色白で目が大きくてとても可愛らしいんだ」

 「……あ、そうですか」茜は酷くどうでも良さそうに言って顔をしかめた。

 「もちろん、その男子はそのスマートホンの中身を確認しようと試みたのだけれど……」『もちろん』ってなんだよ。普通に返してやれよ。「しかしそれは適わなかった。ロックがかかっていたからね」

 「有村女史の防衛意識の高さが功を奏したのですね」

 「そのとおり。しかしその男子は諦めなかった。なんとしても有村綾乃のスマートホンをのぞき見し、彼女がラインやメールで誰とどんなやり取りをしているのかを知りたがったんだ。だが彼一人ではロックを解除する方法など皆目と検討もつかない。そこで仲間と結託し、何か方法はないものかと議論を重ねた」

 北野は『男子ってバカね』とノートに描き込んで茜に見せた。茜は深く頷いた。

 「そこで僕にも声がかかった。当時から僕はクラスの中ではパソコンやスマホには詳しかったからね。期待されたんだろう。僕は力を貸すことにした」

 「参加しちゃったのかよ。バカかよ」茜は眉を顰めた。

 「パスワードを忘れた場合などにロックを初期化する機能くらいは、どんなスマホにも密かに備わっているものだけれど、まず時間がかかるし、ロックを初期化したという情報がスマホの中に残ってしまう。大きな問題にもなりかねない。そこで僕はかなり物理的な方法でのアプローチを試みた」

 「それはいったい?」

 「画面を開く度に同じ順番で画面をなぞり続ける訳なのだから、当然画面にはそれなりの痕跡が残っていると考えられるよね? 人間の視力でそれを見抜くことはまず現実的ではないけれど、しかしそこは学校だ。僕達は理科室へ向かい、顕微鏡を用いて画面を観察し、皮脂の付着の濃淡などを分析した。その結果……ついにそれらしき痕跡を発見することに成功した!」

 北野は『男子ってバカね』ともう一度書き込んで茜に見せた。茜は深く頷いた。

 「歓喜した僕達はすぐにその痕跡に従って画面をなぞった。しかしロックを解除することは叶わなかった。なんてことはない。その痕跡というのはロックを解除する時に付いたものではなく、彼女が普段遊んでいるスマホゲームで常に要求される動作によって付いたものだったのさ。僕達はそれでも諦めることなく分析をつづけたが、ついにロックを解除することは適わなかった」

 「……結局失敗してんじゃないですか」

 「今度は失敗しない。僕がロックを解除してみせる」胡桃は決意に満ちた表情を浮かべる。

 「まどろっこしい」茜は画面を見詰めた。「あの外人全身脂ぎってましたからね。ふつうに目で見て分かるんじゃないですか? ……おや?」

 本当だった。黒い画面の表面に付着するテカテカとした指の油が、アルファベットの『Z』のような動線を描き、最後に真上に跳ねたところで終わっている。他にも指紋の跡はあったが、それは単に画面をタッチしただけというような小さな痕跡で、画面全体を広くなぞったと言えそうなのはそこだけだった。茜は尻の跳ねた『Z』の痕跡に従ってロック画面をなぞってみる。数字キーの位置でいうと7,8,9、5、1、2、3、6……と言う具合だ。

 ロックが解除され、ホーム画面が表示された。

 「ウッソだろ」胡桃は目を剥いた。「そんな簡単に……当時の僕の苦労は……」

 「有村女史の指先はこのスマホの持ち主と比べ清潔だったのでしょう。……しかしこれは幸運ですね。顕微鏡を用意したり、パスワードを初期化したりする手間が省けました」茜はほくそ笑む。「さあて、猫殺しの証拠は入っていますでしょうか……」

 茜は嬉々としてメールや写真などを見て回る。文章は英語で書かれていたが、英語の全国模試順位二ケタでハリーポッターも原文で読んだ茜の敵ではない。

 ロックをかけておいたことで油断したのか、そこは犯罪の証拠の宝庫だった。動物を殺す計画を練る為のライン上のやり取りはもちろん、動物を殺害している写真や動画なんてものまであった。

 「……こんなものを撮影して喜ぶ輩がいるなんてね」

 鉄網の上でのたうち回る子猫の前で、虹川憩がきゃっきゃと屈託なく笑っている動画を視聴しながら、胡桃は吐き気を催したように口元に手をやった。動画ファイル名は『私の女神』

 「殺害される動物を撮影したというより、動物を殺害している虹川憩を撮影した動画が多いように見受けられますね。キュートだのエンジェルだの自分でコメント付けてますし、きっとあの外人は虹川憩の美貌に惚れこんでいるのでしょう」

 『早くこれをケーサツに持って行きましょう』北野がノートに描き込んで、身を乗り出すようにしてそれを茜達に突き出した。『一匹でも殺される動物をへらすには、少しでも早く彼らをつかまえるべきだわ』

 「賛成です。『落とし物を拾って興味本位で中を見たら、すごい写真や動画が入っていた』というシナリオでどうでしょうか」茜が提案する。

 「一応、バックアップを取っておこうか」胡桃は自分のスマートホンを取り出す。

 「それが良いでしょうね」茜は頷く。

 その時、北野の長い腕が伸びて、茜と胡桃の両手を掴んだ。

 「なんですか?」と茜。

 『車が一台、こっちに向かってる』

 黒塗りの高級車が正面からこちらの車に突っ込んで来たかと思ったら、ぎりぎりのところで停車した。茜は度肝を抜かれる。ほんの一、二メートルの距離だ。

 運転席には虹川憩の姿が見えた。目が合った虹川憩はにっこり微笑むと、後部座席と助手席に乗せた二人の仲間と共に車を降りて、こちらに向かって手招きをした。

 前書きに描いたのは四月バカの嘘です。

 騙されただるぅうううお???

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ