姉妹、猫殺しと対決する 後編7
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それぞれが持っている情報と考えを話し合い推理をした結果、どうにもその医者が怪しいという結論に辿り着く。
「『たまたま』その場に居合わせたというのが偶然にしては出来過ぎています。居合わせたのが真実だとしても、患者の警察沙汰にまで自分から首を突っ込むのは不自然な行動です。何かあるのでは?」と茜。
「その女子高生と外国人の二人組の仲間だとか? 三人合わせてお日様マークの動物虐待グループという訳だ。他にも仲間がいるかもしれないけどね」と胡桃。
『といつめてみる?』と北野がノートにマーカーで書き記す。『きんむしている病院が分かっているなら、会いに行くことができる』
「考えるより行動するべきだろうね」
茜は頷いた。目的達成の為にはまず思いつくことを一通り実行してみることだ。全てやり終える頃にはまた別のことを思い付いているだろうし、それを繰り返す内に確実に目的に近づいている。
「精神科医で虹川ですか。勤務先は虹川医院……病院の名前と苗字が同じということは、院長の血縁か何かですかね? まあ勤務先が分かっているのなら、駐車場あたりで待ち伏せて締め上げるのが手っ取り早いですね」
「そういう強引なやり方は最後に取っておかない?」胡桃は目を細くする。「まずは正攻法でいかないか? 僕に任せてよ」
胡桃は携帯電話を取り出して虹川医院の番号をプッシュする。
「あ、申し訳ありません僕は胡桃と申します。はい。そちらの病院に虹川という医師は勤務しておりますでしょうか? 西浦緑子さんの友人と言えば通じると思います。僕の電話番号を言いますので、時間のある時にかけるように言ってくださいますか? ……要件ですか?」
胡桃はそこで一瞬停止しながらも、どうにか出鱈目をひねり出したようだ。最近緑子の容態が思わしくなく一人で家で過ごしているのも難しいのだが、姉の紫子はアルバイトに出かけなければならず、その間に友人として代わりに面倒を見ることを申し出たいのだが、その為に一度担当医の虹川の話を伺いたい。
「はい、はい。……はい、そうですか。分かりました。はい、失礼します」
胡桃はがっかりした表情で電話を切った。「『だったら患者を通せ』と言われたよ」
「無能」茜はぶった斬った。「家族でもないのに緑子ちゃんを出汁にするのは無理がありますよ。ストーカーとでも思われたんじゃあないですか?」
「まさにそんな感じだった。結構キツい電話番だったよ……」
「まあ今回は無能な結果に終わりましたが、一度試してみるべきことだったとは思います。私が指揮を執る限りあなたが役に立つ時も来るでしょうから、その時汚名返上しなさい」
『カン者としてシンサツを受けに行くというのはどう?』北野が提案する。
「どうでしょうね? 睡眠改善薬貰って帰って来てもしょうがない気がします。医者という人種は頭が良いですから、単純に問い詰めても躱される気がするんですよね、正直言って」茜はふうと息を吐き出す。「まずは相手の車のナンバーなり自宅の住所なりゲットするところから始めるべきでは? 虹川医師と例の二人組が仲間だという推理が正しいなら、虹川医師を付け回せば女子高生と外人のペアにもたどり着けるはずです。そうすればいずれ犯行の決定的瞬間を抑えることも可能なはずですよ。今日これから病院の前に張り込んで……」
「刑事でもないのにストーキングは犯罪行為だよ」胡桃は言う。
「何ですか根性ないですね?」
「まあ待ってよ茜さん」胡桃は苦笑する。「名誉挽回させて欲しい。実は一つ、僕にはアテがあるんだ」
「あ?」
「精神科医で虹川だろう? 年は二十九で、美人で、虹川医院の跡取り娘。歳の離れた妹がいる。だったら多分間違いはない。佐藤や鈴木程ありふれた苗字でもないしね」
「何を言って……」
「中学の頃の同級生に虹川っていうのがいた」胡桃は頬に笑みを浮かべる。「三年の秋ごろに転向して来て、卒業する前にまた違うところへ旅立った。連絡はできる。その子には十二歳離れた姉がいてね。当時はまだ研修医だったそうだけれども……。そいつのツテを辿れば会って話すくらいはできるかもしれないよ」
茜と北野はあっけにとられた。
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虹川妹の今の住居はここから遠く離れていた。高速を使って一時間はかかる。
ここで北野が役に立った。電車代ケチれて時間の節約にもなる。
後部座席に行儀よく据わる胡桃に対し、茜は助手席でふんぞり返っていた。車の席なら茜はそこが好きだ。単純に前とか上が好きなのもあるが、幼い頃父親の運転する車でいつも隣で座っていたのが癖になっているのかもしれない。本当なら運転席に座りたいのだがそれは十八歳になる数か月先までは我慢である。
「しかし胡桃さん。あからさまに怪しい虹川医師の血縁者に知り合いがいるのなら、まずはそれを先に言いなさいよ」
「ごめんごめん。……実を言うとね茜さん、僕の知っている元クラスメイトの『虹川』は結構アクの強い奴でさ、できれば会わずに済ませたかったまであるんだよ。だから手段として後回しにしてしまったのだけれど……まあ、君も会ってみれば分かるよ」
胡桃のナビに従ってたどり着いたのはやたら綺麗なマンションだった。背も高く立地も良好ないわゆるタワマン。ロビーには職員付きの受付にでっかいふかふかソファまである。西浦姉妹の住んでいるような貧乏アパートとはまさに次元が違う。同じ日本人でもこうまで生活というのは違うものなのか。
「虹川? 僕だよ胡桃南。うん。今ロビーに付いたところだ。入れておくれ。うん? いや、友達を一人連れて行くよ。君今一人なんだろう? 女の子が一人いた方が……」
エレベーターで二十三階(高ぇ!)に上る。ちなみに北野は置いて来た。交渉事で役に立つとは思えないし、車で待機してもらっている。
チャイムを鳴らす。しばらくすると、室内だと言うのに帽子をかぶった少女が現れた。
「やあ」
これが虹川妹か。背丈は百五十センチくらい。病的に白い肌をしていて、茶黒い両目はピンポン玉のように無感情だった。無感情に思えるのは視線があまりにも一定だからだろう。顔がこちらの方に向いてはいても胡桃と茜のどちらとも目を合わせておらず、それでいて意図して外しているというふうにも感じない。こういう奴もたまにいる、風景の一部分として人間を捉えているのだろう。
「ひさしぶりだね虹川」胡桃は言う。
「初めまして虹川さん。私、胡桃くんのガールフレンドで東条茜と申します」
「ひさしぶり胡桃。そして初めまして東条さん」虹川妹は眠たげな無表情で答えた。「ここに客が来るのは初めてだ。どのような用件かは知らないが、喜ぶべきことだろう。話が長くなるというならボクの部屋に案内するところだけれど」
「それは良いですが。虹川さん」茜は虹川の頭を指さす。「部屋の中で帽子を被るとは、なかなかイカしたファッションですね」
「これを被っていないと太陽に見下されてしまうんだよ」虹川は淡々とした口調で言った。「奴はいつだってボクの方を注目している。視線を直接浴びたくはない」
胡桃が肩を竦めた。なるほど変な奴だ。もっと変な奴である茜はそれを真っ向から受け止めて反論した。
「注目されるのは帽子を被っているからじゃないですか? 太陽からしたら、そんなものを被っているくらいで自分から隠れられると思ってる人がいたら、そりゃ面白がって注目しますよ」
「太陽がそんなことを考えるなんて君も思っちゃいないだろう。あれはただ熱と光を発する天体さ。そこに意思や視線を感じるのはいつだって人間の方。だから人間の方がやりたいようにやれればそれで良い。崇拝しようと忌避しようと実際のところ奴は何も言いやしない。ボク自身がこれで納得するのだからそれでいいのさ」
気取った言い回しだったが喋り口調は淡々としていた。虹川妹のその帽子には見覚えがある。ちょっと前姉妹の家に遊びに行った時に棚にあったのと同じ奴だ。その時は疑問に思わなかったが姉妹どちらにも帽子を買う趣味はないし、あれはいったいなんだったのだろう。
結構上等な帽子だし、この世にそういくつもあるようなものではないんじゃないか? 茜は思い、虹川の帽子をヒョイと掴んで持ち上げた。
胡桃が慌てた様子でそれを制止しようと手を伸ばすが、間に合わない。
「あら?」茜はぽかんと口を開けた。
「意地悪をするね」虹川は茜の手から帽子を取り返すと、自分の人差し指にひょいとのっけた
頭髪がなかった。ただ切っただとか剃っただとかいうものではない。そもそもの毛根が存在していないかのようだ。茜はテレビで見た癌患者の女性を思い出す。薬の副作用で毛が生えなくなるのだ。だからいつも帽子をかぶっている。
「気にすることは何もないさ」虹川は淡々とした口調だった。「君がハゲだのタコだの口に出して罵らないのであればボクの方にも支障はないよ。ただなんとなく被っているのが癖になっているだけのことだよ。小学生の頃はこれで良くからかわれたから」
茜は虹川の頭部にいきなり手をやって、撫でまわし始めた。つるつるだ。
「ちょっと茜さん」胡桃は目を剥いて言った。
「人間という生物の良く分からないところは、他は申し訳程度の毛しか生えないのに、頭頂部にのみかなりまともな毛が生えるというところです。おまけにそれは切らなければ数十センチ、一メートルにまで及ぶというのだから変わった特性ですよね。それだけならまだしも、その髪の毛を切り整えたり輪っかで縛ったりする習性となれば、これはもう奇妙と言わざるを得ません。宇宙人に生物学者がいればこれをテーマに論文の一つも書いてくるんじゃないですか?」
言いながら虹川妹の頭部を撫でまわす茜。虹川妹はされるがままになりながら淡々とした口調で言った。
「昔の友達に似たようなことを言われたことがあるよ。意図は分からなかったけどね」
「毛があるとかないとかは些細なことだと伝えたかったのでしょう」
「そういうなら君のその綺麗な髪の毛を今すぐ切り落として見ることだよ。ハサミなら貸してあげようじゃないか」
「良いでしょう」茜はそう言ってポケットから鍵束を取り出す。そしてギザギザとした原付の鍵を取り出すと、肩口までの髪を持ち上げて根元のあたりにあてがった。
力を込めればバッサリ切り裂ける。そうしようとした。
「茜さん、やめな」胡桃がその手を掴んで止めた。「取り返しがつかない」
「頭髪などあろうとなかろうと私が気高き美少女であることに違いはありません」
「なあ虹川。この人は平気でこういうことをする人だ。言ったことを取り消してくれないか?」
「最初から本気じゃないさ」虹川妹は自分の頭に帽子をかぶせて言った。「やめなよ。掃除が大変だ。君が自分で散らかした髪の毛を掃除する姿は思い浮かばない」
「ならやめてさしあげましょう」茜は鍵をポケットに仕舞いなおした。ぱらぱらと何本かの髪が落ちる。「ところで、私喉が渇いているんです。お茶をくださいな。客人はもてなすものですよ、虹川さん?」




