姉妹、ポケモ○トレーナーになる 3
○
「負けちゃったぁ……」
しゅんとした表情で、緑子は目を伏せた。
「ごめんねお姉ちゃん。わたしがもっとすごいポケモンを育てられていたら……」
紫子は妹の肩をぽんぽんと叩く。「ええんやで。お姉ちゃんおまえと遊んで楽しかったわ」
思えば、今回のポケモンバトルはどちらかと言えば緑子の戦いだったように思う。本を読み戦略を考え、得意の単純作業でポケモンを育て、姉妹で茜に勝とうと最大の努力をした。
この子は本気になったら自分などよりよほど真摯に物事に取り組む。ただ誰かと競おうとか争おうとかいう気持ちが薄いだけだ。それでも最初は紫子が言い出したポケモンで、昔から遊びの上ではライバルだった茜の提案で、始まったポケモンバトルで緑子は本気になれた。いつもなら、紫子と茜が競っているのを後ろで眺めているのを好むのに、自分から一生懸命に勝つ方法を考えた。
「ウチも勝ってやりたかったわ。ごめんなあんま役に立てんで」
「ううん。お姉ちゃんとやるの楽しかったよ」緑子はそう言って笑う。「ひさしぶりにポケモンできてすごく夢中になれた。負けたのは残念だったけど、良かった」
「せやな。しかしおまえホンマこういうん得意よなあ、頼りになったで」
「お姉ちゃんもレベル上げしてくれたし、一緒考えてくれたじゃない」
一緒にポケモンやれて良かったのは確かだ。きっとまだまだ遊べるだろう。これからは姉妹で対戦すれば良いのだ。まあこの妹には逆立ちしても勝てないだろうが。
「HAHAHA。まあなんと言おうと本当に価値があるのはいつだって勝利だけです。さあ敗者共、私を称えなさい。私には称賛を受ける権利があります」
健闘を称え合う姉妹にそのようなことを言い放つのは、クッソ大人げないフルミュウツーパーティで姉妹をねじ伏せた茜であった。
「ところで私だったらフリーザーのところはラプラスにしますね。初代で『ひこう』タイプってデメリット大きいですよ。あとはまあゲンガーってのも正直流行らないんじゃないですか? いくら『ノーマル』空かせると言っても後出しでケンタロスに勝てる訳でもないですし、マルマイン対策するならサイドンとかのが良くないですか?」
「あんたのミュウツー六匹が反則なだけや。緑子も十分よう考えてパーティ組んでくれたわ。そんな批評みたいなことせんといて」
「お互いの成長の為に議論は必要ですよ。まあどうあがいてもミュウツー六匹が正解という結論に導かれる訳ですが。それを用意できた私とできなかったあなた達、勝負は最初からついていたということです。HAHAHA」
「あかねちゃん、友達なくしてもそういうこと容赦なくするもんね」緑子は悪意なく言った。
「ガハっ!」茜は吐血するように激しい咳をする。「ゴホ! ゴホ!」
緑子に嫌味のつもりはないのだろうがかなりクリティカルヒットしている。まあこの茜は小さい頃からそういうところある。トレカで大会優勝者のデッキ完コピして男の子達を蹴散らして、仲間に入れてもらえなくなってたりとか。
どんな遊びでも手を抜かず究極の手を打ち続け、勝ち続けるので誰も相手をしなくなる。それで比較的大らかな性格の姉妹のところへやって来るのだ。姉妹は強い茜を素直に尊敬してやった。
「まあでもあかねちゃん、どんな遊びも真剣にやってくれるしな。そういうところは昔から好きやったで。ウチの遊びってだいたいウチと緑子で始まって終わっとったけど、その分ガッコーの流行とかからは取り残されとったしな。あかねちゃんが付き合ってくれるんは嬉しかったねん」
「そうだったそうだった」
「まあでも、だいたいの遊びは最終的にあかねちゃんに適わな過ぎて終わるんやけど」
「それでも今回はちょっと勝ちたかったな」
緑子はちょっと残念そうな顔をする。ああ、やっぱそうなんだ、そうだよね。紫子は思う。
この妹はあんまり負けず嫌いとかではない。『お姉ちゃんやあかねちゃんと遊んで楽しかった』で満足する子だ。それがこんな表情を浮かべるのなら、きっと緑子はこのポケモンバトルにこだわりを持っていたのだろう。あれだけ真剣にプレイしていたのだから当然である。
だったら、姉としてはどうにかしてやりたいところではある。しかしリベンジを誓おうにも、ミュウツー六匹に勝つ方法は今の姉妹にはない。何か良い手は……。
「……せや」紫子はそこで、ちょっと悪い表情を浮かべた。「良ぇ方法があるんや。思い出したで」
「え? どうしたのお姉ちゃん? 方法って?」緑子は首を傾げる。
「あかねちゃんに勝つ方法」紫子はそう言って、ゲームボーイと、妹用に買ったつもりで数回しか起動しなかった緑版を手に取る。「なああかねちゃん、あかねちゃんはどんな相手からの挑戦も受けるよな?」
「ははあ。いったい何をするつもりなんでしょうかね」茜は肩を竦める。「王者はあらゆるものの挑戦を受ける義務を負います。どんな卑怯な手を使ってもかまいませんよ?」
「言質取ったで」にやり、と紫子は笑った。「三十分……いや二十分くれ」
○
小学生の頃だ。施設時代自分用のゲームボーイを持っていた仲間がいた。
当時は携帯ゲーム機と言えばDSやPSPが主流だったが、しかしながら小遣いなど雀の涙しか受け取れない養護施設の子供にとってそんなものは贅沢品である。なのでその子は、学校の友達のお兄さんから化石のようなゲームボーイを譲り受けてプレイしていた。
世間では主に最新の『ブラック・ホワイト』が遊ばれていた。その中で一人一番古い『赤版』をプレイするのは彼にとって少々みじめだっただろうが、それも学校の友達との間の話。施設では同じ境遇の子供がたくさんおり、彼らにとってその仲間の持つ『昔のポケモン』は興味の対象で、その仲間がポケモンを起動すると背後には人だかりができた。
『ポケスタ』を妹とプレイした記憶を持つ紫子もそれは気になった。当時から仲間内で色物扱いされていた姉妹だったが、『赤版』を持つ少年は分け隔てなく人と接する性質の持ち主で、時間を選べば紫子は妹の手を引いてプレイを眺めることができた。このポケモン知ってるとか好きだったとかそういう話をして、それなりに心休まった記憶がある。
その時、少年から聞いた。『すごいバグ技がある。これを使えばコイキングでもミュウツーに勝てる。セレクトバグの一種なのだが、一部にしか知られていない特別な裏技で……』。
「出でよコラッタ!」
二十分程の準備期間を置いて二回目の対戦が始まった。茜の初手はやはりミュウツー、姉妹の初手は『コラッタ』である。序盤の草むらに登場するポケモンでお世辞にもスペックは高くない。しかしレベルは最大の『100』だ。
「ははあなるほど。『セレクトバグ』ですか」
茜は納得したように言った。
『セレクトバグ』とは初代ポケモンのディープなファンに存在を知られる特殊な裏技である。『もちもの』欄の特定の場所で特定のボタンを入力することで、ポケモンのレベルを一気に最大にできたり、普通の方法で入手できないポケモンを入手できたりする。有名な『ボロのつりざおでミュウを釣る』というのもこのバグを利用したものだ。
「しかしコラッタ如きレベル100になったところでミュウツーに適うとお思いで? 『サイコキネシス』で消し炭に……」
「『たいあたり』」
コラッタの攻撃がミュウツーに先制した。最強のポケモン、ミュウツーはその一撃に体力をみるみる減らし……ゲージを赤くしてぎりぎりで耐えた。
「……は?」茜は硬直する。「は? いや待って。おかしいだろこれ? なんでコラッタ如きが同レベルのミュウツーに先制すんだよ? ミュウツーの『すばやさ』はマルマインに次いで全ポケモンナンバー2だぞ? 増してなんで『たいあたり』でこんなに削れるんだよおかしいだろおかしいってこれ」
半死半生のミュウツーが後攻で放つ『サイコキネシス』を、コラッタはHPを八割以上残して耐えた。明らかに勝負になっていない、明確にこのコラッタは相手のミュウツーより強かった。
「技が弱いし、そこまで圧勝っちゅう訳にはいかんのやな」と紫子。
「十分だよお姉ちゃん!」緑子は笑顔。「すごいよお姉ちゃん! HP以外のステータスをカウントストップの『999』まで上げる裏技なんてどこで知ったの?」
「ほらかずおっておったやろ? 一学年上の和夫くんや。施設で一人ポケモン持っとった子。あの子から教わったやんコイキング一匹でもチャンピオンに勝てるようになる裏技。あれウチ覚えとったねんな」
「流石お姉ちゃん!」
「誰ですか和夫って!」茜は憤慨した表情になる。「全ステータスカンストだと? あ? ふざけんなよんなもんチートじゃねぇか!?」
「アハハっ。あかねちゃんいうたやん『どんな卑怯な手でも使え』って」紫子はせせら笑う。「言われたとおりにしてやったまでやで。おら『たいあたり!』」
「ああ! 私の、私のミュウツー(A)が!」
残る僅かなHPを情け容赦なく刈り取られ、ミュウツー(A)は無残にきぜつした。これには姉妹も大はしゃぎ、手を叩き合って喜び合う。
「ミュウツー死んだやでー」「八つ裂きだー!」「この調子で皆殺しまくったるわー」「殲滅だー制圧だー虐殺だー!」
「いやあなた達ちょっと言葉の選び方がおだやかじゃな……っていうかこれマジでなに? 私が負ける奴じゃないですかこれ?」
「天誅や天誅! 大人げないことするからや!」「勝っちゃうよ! 勝っちゃうよお姉ちゃん!あかねちゃんに勝っちゃうよ!」「ミュウツーでコラッタに負けるとかなああかねちゃんどんな気持ちなあどんな気持ち?」
「……良いでしょう」茜は瞳に闘志を輝かせる。「この程度で折れる私ではありません。私に勝てると本気で思っているその生意気な根性を圧し折ってさしあげますとも!」
茜はミュウツー(B)を繰り出した。こちらのやることは同じである。『たいあたり』でミュウツーを攻撃する。赤ゲージまで持っていかれるHP……しかしそれは『一撃で倒れる訳ではない』ことを意味していた。
「『かげぶんしん』!」
茜がミュウツーに指示した変化技は自身の回避率を上昇させるというもので、一発積めば相手の攻撃を三分の一で回避できるようになる。
「悪足掻きやな!」「……いや、ちょっとまずいかもしれないよ」「え? なんで?」「『じこさいせい』と組み合わせられたら……『かげぶんしん』持ってる子が何匹かにもよるとは思うけど」
コラッタが繰り出した二度目の『たいあたり』が命中し、茜の回避率上昇作戦は儚くも費える。
「アッハッハ。ほら見てみぃそうそう上手くはいかんのや」
「ふふふ……どうでしょうかね?」茜はせせら笑う。「行きなさいミュウツー(C)」
何匹来ても同じことだ。紫子は『たいあたり』を指示する。ミュウツーは赤ゲージぎりぎりで攻撃を耐え、性懲りもなく『かげぶんしん』を積んだ。
「アハハっ。猪口才な。おとなしく死んどけ。ほら『たいあたり』」
「かわせっ!」茜はアニメの主人公のようにポケモンに向けて叫んだ。
かわした。
三分の一というのは二回繰り返せば五割を超える確率で出現する。なのでこれは確率上幸運でも何でもない出来事だ。決してトレーナーからの無茶な指示にミュウツーが応えた訳ではない。
茜は頬に笑みを浮かべる。「もう一丁『かげぶんしん』!」0
ミュウツーはさらに回避率を上昇させる。「あわわわっ」隣で緑子が顔を青くした。
「どないしたん緑子?」「……これ、このまんまだと攻撃当たんなくなるよ……」「は? なんで? たかが『かげぶんしん』二回如きやろ?」「……今だと、攻撃が当たる確率は二分の一以下」「は?」「次積まれたら五分の二。その次だと三分の一以下……」「いやいやちょっと待って。え? そんな強いんこの技?」「強いんだよ、ものすごく……。わたしたちの手持ちにもこの技をたくさん持たせたでしょう?」「そ、そんでもいつか当たる訳やん? 向こうの攻撃じゃこっちのコラッタ倒すのに五発か六発はかかりそうやん? 勝つのはこっちやで」
紫子はまたも『たいあたり』を指示する。捕まえて来てバグでステータスいじっただけなので持っている技は『たいあたり』『しっぽをふる』だけだ。ひたすら攻撃を打ち続けることしかできる行動はない。
しかし茜は戦略的に動くことができる。ミュウツーはただただ強力な馬力とスピードと耐久力を持つだけではなく、『かげぶんしん』『ドわすれ』『じこさいせい』など変化技をも使いこなす最強のポケモンだ。
茜のミュウツーはコラッタの『たいあたり』を回避し三度目の『かげぶんしん』を積んだ。四度目、五度目の『たいあたり』を回避した後は『じこさいせい』でHPを元に戻す。さらにそこから『ドわすれ』で特殊攻撃力をも上げ始めたので、紫子もいよいよ状況がまずいことに気付き始める。
「これ要塞やん……」紫子は頬を引きつらせる。「攻撃は滅多に当たらん。当たっても『じこさいせい』で回復。『ドわすれ』で火力も上げきっとる。絶対あかん奴やんけ……なんでこんなことに」
「私に勝てると思うからです」茜は頬に笑みを浮かべた。「おらサイコキネシス!」
『ドわすれ』を最大まで積んだミュウツーの『サイコキネシス』は、ステータス全カンストのコラッタをも一撃で粉砕する。
残る五匹のポケモンもステータスカンストバグを仕掛けてはいたが、しかし元が『キャタピー』『ビードル』『ポッポ』『ヒトカゲ』『ピカチュウ』の五匹ではこの地獄の要塞を止められない。一匹、また一匹とポケモンを撃破され……そして最後にピカチュウだけが残った。
「最後はピカチュウですか」残る一匹まで追い詰めて、茜は頬に笑みを浮かべた。「世を去る前に何か言いたいことはありますか?」
「やっぱり茜ちゃんには適わんかったよ……」紫子は肩を落とす。
「ズルしてごめんなさい……」緑子はべそをかく。
「よろしい。あの世でも姉妹仲良くすることです。HAHAHAHAHA!」
「「ぐわわぁああー!」」
ピカチュウをひんしにして対戦を終わらせ、茜が悪役の笑みを浮かべながら腰に手を当てて仁王立ちする。
……まあしょうがないか。紫子は打ちひしがれながら内心で思う。ズルまでして全力で勝ちに行って負けたのなら受け入れるしかないし、ここまでやったなら一教科落としてまでミュウツー育てて来た茜にも申し訳が立った。緑子だって納得してくれるだろう。これからたくさんポケモンで遊んでやれば良い。
なんてことを考えながら、しかし哄笑する茜の嬉しそうな声を聞いて、やっぱりちょっとムカつくなとか紫子が思ったところで、この話はおしまい。
ダメージ計算とかはしてないのでつっこみどころは多いと思います。
というかこれ詳しい友達に見せたら「コラッタがしっぽをふる使ったら終わりじゃね?」とのことで目からうろこ。「ポケットクリーチャー」っていう架空のゲームにするのが正解だったかな?
ともかくポケモンするこの子らは描きたかったので満足してます。




