表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/108

東条茜、魔法少女に振られる 3

 ◇


 その映画館はショッピングモールの三階にある。

 週末だけあって人はかなりいる。密集した人間の臭いを、映画館独特の作り物めいた清涼な香りが塗りつぶすこの感じを、胡桃は割と嫌いではなかった。

 『白身の苗字』は大人気映画だから特別込み合うだろう。上映の十時には少し時間があるので席が確保できないということはないだろうが、早めにチケットを確保しておくに越したことはない。そう思って茜の方を見た。

 茜は上映スケジュールが表示されている電光掲示板を凝視していた。何がそんなに気になるのかと思っていると、『学生友情割引。三人以上で来場の方は500円引き』とある。

 「ああ、この手の割引か」胡桃は頬に手をやりながら言った。「僕みたいなあぶれ者には、こういうの『友達のいないみじめなウンコくんは500円割高!』と書いてあるようにしか見えないんだよね」

 「HAHAHA。何をそんなに落ち込む必要があります?」茜はそう言ってから笑いをした。「何事も知恵と工夫で打開できるものですよ」

 「へ?」

 「そこの人!」胡桃はベンチに腰掛けた中学生くらいの少年に声をかけた。

 「へ? お、おれ?」少年はニキビ面を困惑の形にして、茜の方を見る。 

 「一緒に会計をしましょう。三人で行けば500円得です!」

 「お、おれ、友達と来てるんだけど……」少年は向こうからやってきているメガネの少年に視線をやる。

 「それはそれで良しとしましょう」茜はメガネの少年の肩を抱き、ニキビ面の少年の手を引くと、強引に会計へ向かった。「では胡桃さん。後で私の席教えますのであなたはあなたで努力してください! お先に失礼!」

 いきなり現れた美人のお姉さんに肩を抱かれ、腕をひかれ、困惑しつつも逆らえない中学生共を見送りながら、胡桃は呆然と呟いた。

 「……マジかよこの女」


 ◇


 正規料金を支払った。

 茜は『近い方が良い』というだけの理由で最前列のど真ん中という席をチョイスしていた。色んな価値観があるのだろうが、しかしそこだけはないと正直思う。胡桃が好きなのは、できるだけ後方または中央あたりの、端っこの方で二席か三席くらい孤立した席のそのまた端だ。

 ものすごく首を上に傾けて予告編を見る。胡桃的にはこの時間が一番楽しいくらいなのだが、茜にとっては退屈らしくマナー違反にも携帯電話でゲームなんかしてる。その内それにも飽きて勝手に散歩しに行った。ほとんど空っぽに近いポップコーンの箱を持って帰って来た。

 「ぶちまけでもしたの?」

 「食べただけですよ」茜はぼりぼり残りのポップコーンをほおばる。どう見てもその箱はLサイズだ。「喉乾きました。お茶買って来てください」

 「マジかよこの女……」

 Lサイズのお茶を茜に買って来てやったあたりで映画が始まる。

 予告でどういう話なのかは知っている。田舎に住む少女と都会に住む少年の精神と肉体が入れ替わり、そこから恋愛に発展するとかそういう内容が示唆されていた。ただの恋愛映画でもないだろうが茜と見れるならもちろん嬉しい。

 だが正直茜に楽しめるのだろうかという憂いもある。というより茜の映画の好みなんて胡桃は知らない。茜がこれを見たいと言ったのだから何か琴線に触れる者があったのだろうが、所詮はティーン向けの(おそらくは)恋愛映画だ。どうも茜のイメージと合わない気がする。

 媚びた猫なで声のミュージシャンが良く分からない歌詞の歌を歌いつつ、登場人物が意味もなく走ったり見つめ合ったりするオープニング映像を視聴していると、その不安は増した。なんとなくこれから始まる物語の内容を暗喩しているんだろうし、オシャレでステキな雰囲気は伝わるので、正直胡桃は嫌いじゃない。だが茜はというと案の定しかめっ面で『なにこれ』みたいな顔だった。

 君はそうだよね、これだけじゃ意味が分からないもんね。

 序盤は如何にもオタク向けでガキ向けな感じの茶番だった。まあ胡桃はオタクでありガキでもあり、映像も音楽も声優の演技も一級品なので十分に楽しめる。男も女も楽しめるようにできているところにも監督の手腕がうかがえた。確かにおもしろい。

 おもしろいけれど……社会現象を起こすようなものなのかな、『こういうの』が?

 という、胡桃のひねくれた疑問符も、中盤まで視聴する頃には完全にかき消えていた。

 世界そのものがひっくり返るような怒涛の展開を突きつけられ胡桃は度肝を抜かされる。明かされる驚愕の真実。ただの茶番に思えた序盤の展開の中で、巧妙かつ狡猾に数多の伏線が張り巡らされたいたことを胡桃は思い知る。課せられる大きすぎる使命。必死の戦いの中で交差する気持ち、告げられる想い、訪れたのは残酷な結末と、最後に残る一縷の救い……胡桃は背筋を伸ばし、画面に食い入るようにして視聴していた。

 例のミュージシャンが囁くように歌うエンディングを聞きながら……胡桃は感動していた。すごかった、本当にすごかった。世の中にはこんなに凄まじい物語を考え付く英知があって、それを映画という形でこれ程隙のないものとして完成させ、世に送り出そうというエネルギーがある。この英知とエネルギーはまさにこの国の至宝であり、それらが存在する限り、この国の映像文化や創作文化は世界に誇れるものであり続けるのだと胡桃は確信し、一視聴者としてそれに立ち会えたことに感謝すらした。

 こんなに素晴らしいものを惚れた女の子と一緒に視聴できた胡桃は幸せだろう……思い、感動を分かち合う為に胡桃は隣を見た。

 茜はいなかった。

 「はぁ?」

 消えている。完全にもぬけの空だ。そう言えば途中まであった『ねぇこれどうなってるんですか?』という質問が、いつからかなくなっていた。

 胡桃は大焦りで携帯電話を取り出した。茜にコール。出ない。何か失礼なことでもして怒らせたかな? いや胡桃はただ夢中で映画を視聴していただけだし何もおかしなことはしていない。

 とにかく茜を探さねば……しかし手がかりが……悩んだところで、胡桃は一つこういう時の為の備えがあったことを想いだした。

 電話番号を呼び出す。登録名は『西浦紫子』

 「あ、はい。西浦です。西浦紫子」

 「胡桃だよ。胡桃南」

 「あーあの魔法少女のお兄ちゃん」紫子はなんだかおかしそうな声で、隣にいるおそらくは相方に「胡桃さんから電話かかってきたで。なんやろな」と囁いている。 

 「実はね、映画を一緒に見るところまではいったんだけれど、視聴を終えたら茜さんが消えていて……。どういうことだと思う? 僕何かしたかな?」

 「どういうことも何も。飽きたんやろ?」

 「へ? 飽きた?」

 「映画がおもんなかったんちゃう?」

 「それで、席を立った? 一人で? 何も言わず?」

 「あんたはおもっしょそうに見よったんやろ? あかねちゃんが出ていくんにも気づかんくらいな。そしたらあかねちゃんはそれを邪魔したりせんわ。そうっと出ていくんが礼儀で思いやりやって本気で思う人やで」

 「は? はあ? 一緒に映画見に来てんのに?」胡桃は目を剥いた。マジかよあの女。「電話にも出ないだけど」

 「あかねちゃん電話とか出たい時しか出んで。ウチらと話っしょう時にかかって来たことあったけど、あかねちゃん誰からの着信か確かめもせんかった」

 「えぇ……?」

 「近所のモールの映画館やろ? 家帰ってないとしたらゲーセンちゃうかな? ワニ○二パニックのとこやと思うからいったげて? ホンマ大変やなあんたも」

 「あ、ありがとう。恩に着るよ」

 「緑子が『がんばって』いよったでー」

 「そうか。じゃあ、そっちにもありがとうって」

 「うん。ほななー」

 電話が切られる。


 ◇


 ゲーセン行ってワニワニ○ニックの台に向かうと、案の定茜がいた。

 ハチャメチャに見えて案外行動パターン限られてるんじゃないかとか思いながら、声をかける。返事がない。額に球の汗を浮かべてド必死でワニを叩き殺している茜の姿には鬼気迫るものがあり、胡桃は一歩身を退いた。ムッチャ早いし上手い。

 ワニを叩き終え、『107』という数字が『本日のスゴウデ』を更新したのを見届けてから、茜は胡桃の方を見て言った。

 「ちょっとしたものでしょう?」

 「え? あ、気付いてたの」

 「あなた私に声かけたじゃないですか」

 「返事しないから」

 「ゲームしてる時に返事なんてします?」

 「……ごめんよ。君の言う通りだ」胡桃は額に手をやった。この女とはまともに話そうとしない方が良いと悟った。

 「まったく。いつ男と女が殴り合うのかと思ったら、あいつら面と向かいすらしないんですもん。あれじゃ視聴者は退屈ですよ」茜はどうやら映画の批判をしているようだ。

 「殴り合いはしないと思うよ。どう考えても」胡桃はアタマを抱えた。「なんで君、『白身の苗字』なんか見に来たの……?」

 「筋を知っておきたかったので」茜は腰に手を当てる。「今どこまで進んでます? 男の強烈な左フックが、女の脇腹にしこたま命中したあたりですか?」

 「フックは打たないし脇腹に命中したりしないし、ついでにいうと映画は終わったところだ」

 「言われてみればそんな時間ですね。楽しいところだけ見ようと思ってたのについワニ○二パニックに夢中になっていました。失敗です」茜はふんふんと頷いた。「しょうがないですね。じゃあ胡桃さん、筋を聞かせてください。こんなところで立ち話も難ですし、どっかテキトウに喫茶店とかで」

 「……一応、目的は果たせたということになる、の、かな……?」

 微妙なところだなと思う胡桃だった。


 ◇


 「で、ここでこういう事実が発覚して」「ほう! なるほどアレは伏線ですか!」「そうなるね。で、こうなって、それで……」「ふむふむ……。ん? となるとこういう矛盾が……」「こう考えれば補完できるよ。明確に描写はされていないけれど、話の理解しやすさを優先したんだと思う」「まあ細かいことですね」「それで最後はこうなるんだけど……」

 これでも人よりアニメや映画は見てきた方だ。ネット掲示板でのレスバトルで批評にも慣れている。物語構成を自分なりに咀嚼し、茜にも分かりやすく分解し、自分なりに見どころを伝えつつ、一通りの説明をこなした。

 「ふうん。……結構良くできてるんですね」

 「うん。だから、途中で出ていくことはなかったと思うよ」

 「なんか絵的に地味じゃないですか。怪獣とか宇宙人とか、アメリカンヒーローなんかが出てこないと視聴を継続するのは難しいですね」

 「……何故最初からアクション映画にしなかったのかな?」

 「しかしそれは面白そうですね。ええと次の分は……」茜は携帯電話を取り出して何やら確認する。「二時ですか。じゃあここで食事を済ませてそいつを視聴するとしましょう。今日はありがとうございました」

 「え? もっかい見るの?」胡桃は目を剥いた。

 「あなたの話を聞いているとおもしろそうだと思えました。それを踏まえてもう一度視聴します」

 「なら僕も付き合わせてよ」

 「解説係はいてほしいですが、私の為に二倍の支払いをする義理もないでしょう」

 「君と映画を見る経験を二度もできるなら安い出費さ」

 「良い心がけです」茜はほほ笑んだ。

 まさか二回見ることになるとは思わなかったが良かろう。だが茜はというと二回目の視聴の中盤当たりで豪快な体勢で眠り始めてしまい、起こそうとして脇腹をつねったところ強烈な肘打ちをお見舞いされた。痣ができた。

 寝ぼけていたお詫びということで食べ残しのアメリカンドックをもらった。マスタードが多くて辛口だったが、それは胡桃の好きな味だった。

 ふつうにデートを描いてしまった。

 割と楽しかった。

 まだ割とこのエピソード続くけど付き合ってください。なんでもしますから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ