姉妹、パラレルワールドでもやっぱり通報される
無事シーズン2を迎えました。
不定期になりますがよろしくお願いします。
〇
九月一日という日付は不思議なもので、気温が三十度を上回っていようがエアコンが付いていようがかき氷がおいしかろうが、九月一日というだけで『夏が終わった』という気がしてしまう。それは小中高校の『夏休み』を一度でも経験したものなら誰でもそうであり、中卒フリーターの紫子にとってもそれは同じことだった。
これから頼りなく下がっていくだろう気温に思いをはせると、ありがたいことのはずなのにどこか寂しい気持ちになって来る。
そんな気分で、早朝、町を歩いていた紫子に声をかけた者がいた。
「おやこれは紫子ちゃん」東条茜である。ニコニコというよりわくわくといった具合の、普段より三割増しの笑顔だった。「奇遇ですねぇ私です。あ、ちなみにレモン〇ーナを売っている自販機を探しているなら、このあたりにはないですよ? まったく嘆かわしいですよね。一緒に『コカ〇ーラ』に意見をしに行きません?」
「誰が行くかアホ。っていうか、九月に入って、直接まともに話する最初の人間があんたとはなぁ」」
「緑子ちゃんとの会話がない訳ないでしょう?」
「それがちとやらかして病院で一泊」
「なるほど。緑子ちゃん迎えに病院行くのなら付き合いますよ?」
「いや入院しとったんウチ。今は帰り」紫子は溜息を吐く。「緑子が病院の前でナンパされてん。太もも触ったりちょっと酷かったもんやから、ウチつい胸倉掴んでカッター出してもてな。ほんでセンセーに羽交い絞めにされて、気が付いたら縛られて病院のベットやった」
「なるほど。カッター出すのは良くなかったと思いますが、相手にも非がある訳ですし、少し不運だったかもしれないですね」
「センセーに腕掴まれてからちょっと記憶ないねん。ウチ羽交い絞めにされたらアタマ真っ白になるんやけど、なんかヤバいこと口走ったかもしれんな。一泊で済んだいうことはカッター振り回したりはしてなかったんやろうけど……」
実際のところは目の前の医師を義理の父親と勘違いし、泣きじゃくりながら命乞いをして仕舞にはでかい声で媚態を振りまくという、地獄のような光景が繰り広げられていた。困惑した若い医師からすれば、そりゃベットに縛り付けてやたら強い鎮静剤の一つも打ちたくなる。
「ほんでウチのこと知っとる別のセンセーとちょっと話をして、診察増やすいうことで一応帰してもらえた。緑子一人にするんムッチャ心配やし助かったわ」
「それがあるから一日で帰れたのかもしれないですね」茜はひきつった笑みを浮かべる。
「しっかしウチもなー。なんでこんなキチ〇イになってもたんやろなー」
「客観的にそうだという自覚はあるんですね。でも私は少しデンジャーなあなた達のことが大好きですよ」
「他人事や思うて。ウチらがこんななったのも元はと言えば本当のパパが蒸発するから……。あん人がちゃんとおってくれとったら、あのクソみたいな義父とも会うことなかったし、ウチらフツーに高校いったりしとったんやろか」
「おや、気になりますか?」茜はどういう訳かそこで不敵な笑みを浮かべる。
「施設時代ならともかく、今はウチらふつうに幸せやし、どうでも良いと言えばどうでも良いけど、まあ、想像はするな」
「ふふ。だったらちょうど良いものがありますよ」
「あ? なんやそれ」
「それがですね。ちょっとマイナーな、しかしとてもおもしろい占いをする占い師がいましてね。お客の『もしもの人生』を占ってくれるというものでして。あの時ああいう選択をしていたら、ああいうことが起きなかったら、どんな風な生活を自分が送っているのかを占ってくれて、その占いの内容が映像として水晶の中で見れるんです。おもしろそうでしょう?」
「へ? 水晶の中に? 嘘やろーそんなん。あかねちゃんそういうん信じる人ちゃうやろー」
「それが本当なんですよ。一緒に遊びに行きません?」
「えーでも緑子心配やしー。だいたいあんた学校はええんか? 今日は九月一日で月曜日やから、始業式っちゅうんがあるんではないん?」
「授業もないのに学校行くなんて、体育館に並べられたパイプ椅子の座り心地が大好きなモノ好きくらいじゃないですか?」
「出席日数は!?」
「計算してますよ」茜は笑顔になる。「あなたのことです、病院を出てすぐに緑子ちゃんには連絡いれたんでしょう? だったら十分か十五分くらい良いじゃないですか。お金なら私が出しますし付き合ってくださいよ」
「あかねちゃんがそこまでいうかー」紫子は首を傾げる「でも、そいつはどこにおるん?」
「そこです!」
茜が力強く指さした先には、ローブを被った背の高い影があった。青い布をかけられた机の上に大きな水晶玉を置き、椅子に座ってじっと俯いている。頭から黒いローブを被っているので顔はうかがえないが、くるぶしの細さや履いている靴を見ればどうやら女性らしい。
「またちっかいな」紫子は呆れて言った。
「あなたがかの有名な占い師天沼キリカさんですよね?」茜は紫子の手をひいてずんずん占い師に近づいた。「占ってほしいのはこの子です! この子の本当のご両親が共に健在な場合の、この子たちがまともに生きて育った世界を見せてください」
「イイデショウ」良くできた機械音声みたいな声だった。人間が喋っているのと指して代わらないだけの感情表現が備わった、しかし確かに人間とは異なるそんな声。「コチラノノスイショウヲゴランクダサイ」
「さあ始まりますよ紫子ちゃん」茜はにやにやとした表情だ。「IFの世界を……さあ、共に覗きこもうじゃないですか!」
半信半疑の紫子。しかし水晶玉の中が光ったかと思ったら、驚くことに本当に映像が現れ始めた。
☆
「お姉ちゃん。おねえぇちゃん」
妹の緑子がそう言って部屋を尋ねて来たので、十六歳でニートの西浦紫子は「なんや」と言って振り返った。
「お姉ちゃん今輪ゴムで遊ぶんに忙しいんやけど」
「うん。半日くらいずっと伸ばしたり咥えたりしてるよね。我が姉ながらちょっと気の毒になるよその姿は」
「やってみたらおもろいで。それで何の用や?」
「いやね、わたしも暇だったから、ちょっと遊びに来たの」
「アッハッハ。おまえは昔から寂しがりやからなぁ。しゃーない、お姉ちゃんが面倒見たるわ。ホンマ手のかかる妹やで」
「お姉ちゃん。その物言い、ウザいとまでは言わないけど、ウザいよ?」
「おまえ、お姉ちゃんにウザいとかいう子やったんか」
「結構気安く話してると思うけどね、普段から。だいたいさ、ただでさえ同い年なのに、輪ゴムで六時間潰してるニートの人に、そんな偉そうにお姉ちゃん面されても困惑するよ?」
「おまえかてニートやろ?」
「そうでした」
高校に入って二学期を待たずに二人は退学になっていた。ちょっと学校に行かなかったくらいで酷いもんだと愚痴を言い合ったものである。
「いやな。お姉ちゃんがお姉ちゃん面するんにもな、実は理由あるねん」
「いったいどんな?」
「緑子。ウチらが一番仲良かったんって、いつや?」
「今も十分仲良いんじゃない?」
「相対的にや。あのな、ウチらが一番仲良かったんは、ホンマに小さな頃、ウチが『お姉ちゃん』としておまえからふつうに慕われとった頃やと思うねん?」
「まあ、そうかもしれないけど。同い年なのに、なんでかお姉ちゃんがお姉ちゃん扱いで、お姉ちゃんもその気になってわたしを前で引っ張って。わたしは自分のこと妹だと思ってるから後ろでそれに付いてって……」
「せやせや。べったりやったもんな」
「で、その内、目の前にいる『お姉ちゃん』のレベルが自分とそう変わらない現実に気付いて、同等の扱いをしてもらうようにしたんだよね?」
「都落ちやったな……」紫子は遠い目をする。「ほんでな、その時期なんでウチらが特別仲良かったんかと言えば、『姉』『妹』で役割分担がはっきりしとったからやと思うんよな。同等の扱いやとどうしてもお互いが『個人』を主張するやろ? で、いつも一緒って訳やなくなる」
「お姉ちゃんにしてはおもしろい考察だけど、でもそれはそれぞれが自立したという風に、ポジティブにとらえることもできると思うの」
「ニートの分際で自立とのたまうか。こりゃおかしい。アッハッハ」
「それはお姉ちゃんもでしょ」緑子は眉を顰める。「お姉ちゃんだって昔は結構頼りになったのに。わたしが学校でいじめられたとき助けてくれたりしてさ」
「おまえかてウチが鍵失くした時とか、夜中まで探してくれたやん」紫子は言う。「ウチ、思うんよ。まず、ウチらって根っこは基本自堕落やんな?」
「うん。割と本気で自分の将来がどうなるのかとか興味ないし、ニートなことも危機感とかない。どうとでもなれと思う」
「自分のことで本気とか出せへんやろ? ウチもや。でも誰かの為なら割とやる気になる。そういうとこあると思うねんなウチら」
「そうなのかな? 分かんないけど」
「そうやと思うで。ほんでな、ウチな、考えたねん。また昔みたいに『姉』と『妹』として仲良くしながら、自分の為やなく相手の為に物事を解決しようと努力できれば、きっとニートたる現状も共に乗り越えていけるんちゃうかなって、そない思うんよ。いわば絆パワーやな」
「ふーん。で、真意は?」
「一人で始めるん嫌やけん、一緒にバイトか勉強しよ」紫子はあっさり白状した。「大検の勉強とバイト、ママにやれって言われとるやろ? おまえどっちかでも手ぇつけたか?」
「お姉ちゃんと一緒だよ?」
「なんでお姉ちゃんが手ぇ付けてないって知っとるん?」
「聞くまでもないよね?」
「この野郎……。とにかくバイトにせよ勉強にせよ、一人で始める勇気はないし、かといっておまえに先に始められても気まずい。どっちやるかはおまえに選ばしたるけん、一緒に始めんか? なあ?」
「……動機はともかく、そうやって自分から共同戦線を持ち掛けてくれるところは、『お姉ちゃん』なんだよね」緑子は目を伏せて小さな声で何やら口にした。
「ん? なんか言ったか?」
「ううんなんでもない。そのどっちかなら、わたしはアルバイトの方がいいかな?」
「ほーん。どして?」
「気が狂う程お金がない」
「HAHAHA。おまえも無計画やなー。ニートなんかかましとったらママにお小遣い止められるんは分かっとったやろ? なーんで小銭の一つも残しとかんかってん。真面目に今、いくら残っとるん?」
「せんさんびゃくえん」
「千三百円! アハハ! ふつうなら花の女子高生やっとる十六の娘が、全財産千三百円っておまえ! 傑作やな!」
「うるさいなぁ。そういうお姉ちゃんはいくら持ってるの?」
「十二円」
「良く人のこと言えたよね!?」緑子は目を剥いた。
「小遣い止められるんに備えて小金は残したんやけど……。ギータが出るまで日ハムの野球カード買いまくったんは失敗やったわ」
「バカじゃないかな? っていうか、柳田の所属チームはファイターズじゃなくてホークスだよね? なんで買ってる途中に気付かないかな?」
「ウチ、ギータは格好えぇけん好きやけど、野球全体のことは良く知らんねん。パックによって出る選手の球団が違ういうことすら分かってなかった」
「このにわかが……」
「とてもつらい思いをした。打ちひしがれたウチは、最早日本ハムファイターズのファンになるしかなかったんや……」
「大谷大谷うるさかったもんね」
「ただ、ウチという勝利の女神がファイターズに付いたお陰で、今年のホークスは向こう十年は忘れられんこっぱずかしい逆転二位に陥った訳やけどな。アハハっ、ざまぁみろや!」
「それはわたしが熱心なホークスファンと知っての暴言なの!?」
「今年のホークスの情けなさと言えば、最早ホークスというより『たかさんチーム』レベルよな? アハハっ!」
「黙れ『くんせいにくかこうしょくひんさんチーム』が! もう、ホークスをバカにしてぇ……お姉ちゃんがギータを好きになったのだって、元はわたしの影響な癖に」
「ま、分かる人が限られる野球ネタはこの辺にして……。バイトならバイトで今から探しに行こうか。確かに求人出しとったコンビニが近所にあるけん、あそこに行って『お仕事くーださい』ってしようや。な?」
「う、うん。まあ、今日を逃したらまた何か月か輪ゴムで遊ぶ羽目になりそうだし、そんなお姉ちゃんは見たくないもんね」
そんな訳で、二人は共にアルバイト探しの為に家の外へ出て、自転車置き場へ向かった。
「ほな。自転車で行こうか!」紫子は家にいた時のパジャマのまま自転車に乗り込んだ。
「ねえお姉ちゃん」緑子は姉と同じくパジャマを着て隣で自転車を出す。「なんでパジャマのままなの?」
「バイトと言ったら正装やろ? ウチらが学生なら当然制服を着るべきやけど、ニートにとってパジャマとは魂でありユニフォームや。これ以外の服を着ていくことは逆に失礼にあたるで」
「あっそ。まあテキトウでいいんじゃないかな? こういうのは」
「ホンマおまえは昔からおおらかやな」
ってな会話が繰り広げられ、姉妹はパジャマでバイトの面接に向かうという狂気をやらかした。
「ここ昔通学路だったよね」緑子は隣を走る姉に声をかける。
「せやな。一緒に中学まで行ったもんや。懐かしいで」
「四日に三回サボったよね。それでさ、いつもお姉ちゃんは、わたしに歩道側を走らせてくれて、自分は車道側を走ってくれてたよね?」
「そやったな。お姉ちゃんなりの思いやりやで……」
「うん。そういうところでお姉ちゃん面しようとするあさまし……健気さは受け取ってたしうれしかったけど、でもお姉ちゃん自身ビビりだから、車が来るとちょっとずつこっちに寄って来てあぶな……」
などと言っていると、トラックが後ろから走って来た。紫子が自転車をやや左に寄せると、それに押し出されるようにして緑子が田んぼに落ちた。
「み、みどりこーっ!」自転車ごとパジャマで田んぼに落ち込む妹の名前を呼ぶ紫子。「みどりこー! ごめんよー!」
「本当にこうなった! いつかこうなるだろうなと思ってたけど、よりにもよって今日こうなった!」
姉に田んぼから引っ張り出される緑子。今はまだ九月とは言えずぶ濡れのパジャマでは寒い。くしゃみをする妹の鼻水を自分の袖でぬぐってやると、紫子はおもむろに自分のパジャマを脱ぎ始めた。
「お姉ちゃんどうしたの!? 引きこもりすぎてアタマでもおかしくなった?」
「ちゃうちゃう。おまえずぶ濡れやったら寒いやろ? ウチの服きぃ? 元はと言えばウチが左に寄せ過ぎたからや」
「お、お姉ちゃん……」緑子は感動すらして姉から服を受け取った。「ありがとう」
通学路で服を脱ぎ合う姉妹の姿に、人々の視線が集まっては逸れる。最早人の視線など気にする必要がない程落ちぶれた二人はたいして気にせず服のやりとりした。
「ほんなら、自転車引っ張り出してコンビニ行こか」あられもない下着姿になった紫子は笑顔で言った。
「う、うん。あ、でも、この自転車もう泥まみれだし、お姉ちゃんの服でこれに乗るのはちょっと抵抗があるような」
「誠意の塊かおまえは。しゃーない、ウチの自転車の後ろ乗せたろ」
「ありがとうお姉ちゃん。じゃあ乗るね」
緑子が自転車に乗った直後、二人分の重みにバランスを取っていられなくなった紫子の自転車が、姉妹を田んぼに投げ出しながら左に倒れた。
「お、お姉ちゃーん! 何すんのーっ!」叫びながら再びずぶ濡れになる緑子。
「……ごめん緑子。ウチ失念しとったわ。おまえと二人乗りしたんなんてもう数年ぶりっちゅうことをな。バランスとれへんかったわ」
「……しょうがないよお姉ちゃん」言いながら、自力で這い出して姉に手を伸ばす緑子。「はい。お姉ちゃん」
「ごめんな」
二人で田んぼを這いだし、アスファルトに座る。二人で小さく溜息を吐くと、紫子は自分の下着を脱ぎ始めた。
「え? ちょ、何やってるのお姉ちゃん」
「こんな泥だらけのモンつけとってもみっともないやろ?」
「お姉ちゃんには、裸になることが一番みっともないという、ホモサピエンスなら最低限度身に着けていてしかるべき感性は存在しないの?」
「気色悪いやん? おまえもそんな泥だらけのパジャマ脱いどけや」
「まあ、気色悪いのはそうかな」
「お姉ちゃんは全裸になるんやで。おまえやって下着姿くらいなんともないやろ? な?」
「毒を食らわばって良くいうしね。分かったよ」
などと、狂気じみたことを口走って流されてしまう緑子。裸の姉と下着姿の妹という地獄のような二人組が通学路に爆誕した。
「しっかしおまえおっぱい小さいな。良くそんなんでブラジャーや付けようと思ったわ。アハハっ」
「ねえお姉ちゃん。体格同じだよねわたし達」
「アハハっ。まあ、とにかくとっととコンビニ行こか。バイト受かって今度こそホークスの野球カード買うんや」
「ギータには未練あるんだね……。この期に及んでまだコンビニに向かおうとするお姉ちゃんの勤労精神にはアタマが下がる思いだけど、一応服買ってからにしない?」
「ウチ十二円しか持ってない。お前のなけなしの千三百円には手ぇ出せへん。裸で面接行くしかないな」
「あー……。そうだよね。千三百円じゃ一人分の下着も微妙だよね」
「そういうことやな。まあ、事情を話せばコンビニの人も許してくれるやろ?」
「無理だと思うけど、やれるだけのことはやってみようというその精神こそが、今のわたし達にもっとも必要なものだとお姉ちゃんは言いたいんだよね? 分かったよ」
「おまえもいい加減に壊れて来たな……」
「それはそうとお姉ちゃん、寒くない?」
「うん、水びたしになった後裸っちゅうんはムッチャ寒い。悪いけど緑子、姉妹として今あるものを分かち合ってくれんか?」
「何を要求するつもりかな?」
「下着どっちかくれ」
「今まさに身に着けている下着を双子の姉に要求されるなんて、とても貴重な経験をわたしはできたね。で、どっち欲しいの」
「選べるならパンツかな」
「情け容赦ないね」言いながら、素直にパンツを脱いで差し出す緑子。
「ありがとう緑子。ところで、今ここでパンツ脱いだおまえの下の毛がどんな風になっとるか克明に描写したら、誰か偉い人に怒られたりするんかな?」
「それはメタいよ、お姉ちゃん」
「まあ発育の大幅に遅れている緑子は、十六歳にして下の毛ぇなんてまったく生えとらんのやけどな。アハハっ」
「テメーもだよ!」緑子は怒声を発した。「っていうか、結局言っちゃってんじゃないかよ!」
「しかし、妹がパ〇〇〇〇〇コ晒しとるっちゅうのに、ウチだけがのうのうと恥部を隠すいうんも、ちょっとムシの良い話ではあるな」言いながら、紫子は妹から差し出されたパンツを見詰める。「アタマにでも被っとるか。少しは暖を取れるやろ」
「その発想は狂人のそれだし、自分のパンツを頭に被る姉の姿を見る経験はちょっとしたくなかったかなわたしも」
「ほんなら緑子、もうこうなったら自転車が泥まみれな如き気にする必要性はないやろ? とっととチャリ乗って面接受けに行こうか」
「うんそうだねお姉ちゃん」
「受かるといいな」
姉妹はそのままコンビニに向かい、周囲の人々の視線をかっさらいながら自転車を店の前に停めると、二人並んで自動ドアの前に立ってコンビニの中へと入って行った。
「う、うおぁああ!」
同じ顔をした少女二人が、一人はブラジャー以外何も身に着けず、もう一人はアタマにパンツを被っている以外何も身に着けず、ほのかに土臭い香りを漂わせながら入店する姿を見て、店員は悲鳴をあげた。
「「お仕事くーださい」」
声を合わせる姉妹。店員は胸ポケットから通報ボタンを取り出すと、ピンと立てた人差し指でその赤いボタンをリズミカルに連打した。
○
「HAHAHA。なるほどなるほど。これがまっとうな親の元で健やかに成長した紫子ちゃん達ですか!」茜は愉快そうに笑い、手を叩く。「これは楽しそうな毎日ですね! HAHAHAHA」
「……なああかねちゃん」紫子は表情を消していた。「この映像な? 素人の自主製作映像やろ? 占いとかやなしに」
「ほう? どうしてそう思うのですか?」
「映像というよりコントやん。何枚かのウチラの顔写真切り替えながら、機械音声で喋らしとるだけやん……」
「ちなみに音声担当はボイスロイドです。音を打ち込めばまるで本当に人間であるかのような愛らしい声で喋ってくれるんですよ。素晴らしいですね」
「うん。すごく綺麗な声やったで……っていうか!」紫子はローブを被った占い師をぶん殴る。占い師はそのままあっけなく椅子ごと後ろ向きに倒れ、地面に転がった。「これ、マネキンやんけ! 中にレコーダーかなんか入れ取るんやろ? ああ?」
「気付くの遅かったですね」ニコニコと頷く茜。
「全部あんたが仕組んだんか!? この映像もあんたの自主製作映像なんやろ? ここに占い師の人形置いて、映像準備して、得意の待ち伏せでやって来たウチをこの映像でからかうっちゅう手はずやな? そうやな?」
「HAHAHA。なかなか手が込んでいるでしょう?」
「暇人か!」紫子は水晶を地面に叩きつける。水晶玉が割れ、中に仕込まれていた小型のモニターが顔を出す。「手ぇ込みすぎやろ! 何を思い立ってこんなモン作ったか知らんけど、ふつうに見せろや!」
「だってふつうに見せたらふつうに怒るじゃないですか」唇を尖らせる茜。
「どんな風に見せられても怒るわ! 見せるな作るな!」
「HAHAHA。いやまあ、途中まではユーモアも挟みつつ結構真面目にお二人の根っこの性格についての考察をしていたのですけれども、自転車で出かけたあたりからお二人に変なこと喋らせるのが楽しくなっちゃって、ついこんな内容に……」
「『つい』……ちゃうわ! っていうか中盤からの下着になったり裸になったりするシーンの画像はどこで用意した?」
「ヒント・銭湯」
「答えやんけーっ!」
紫子は吠えた。茜は酷く愉快そうにニコニコと笑っている。
この女にまともに抗議をしても無意味だと分かっていた。この女は技術もエネルギーも有り余って入るものの、自分たち以外にまともな友達がいない為、暇があるとこうした意味不明な一人遊びに走る。そんなに暇なら自分達のところへふつうに遊びにくれば良いといつも言っているのだが、そうするのには変な照れがあるらしく、いつもいつもこうして意味不明な手段で接触してくるのだ。アホな友人を持ったものだ。
「……それで? どうなんですか、この映像の出来は?」
「1か2でいうと1かな」
「通信簿ですか。1ということは落体、辛口ですね」
「だいたいな、『まともな親の元でまともに成長したウチら』をテーマにしとるのに、なんでウチ今のままの口調やねん? これ最初養護施設に溶け込もうとしてウチなりに努力した結果身に付いた喋り方やで? おかしいやろ?」
「まあそこは、今となってはその喋り方じゃないとあなたじゃないというかそんな感じで」
「ご都合主義やな! あとはまあ、キ○ガイみたいに脱衣するところを除いたとしても、ウチはこんな愉快な性格には育たへんわ」
「持ち前の明るさが素直に育てばこんなところでは? あとはまあ、友達である私の影響も受けるのではないかという考察もあります」
「ありえるかボケっ。……ただま、緑子は確かにこんな風になるかもな。アイツなんやかし昔から、遠慮忌憚なく素直に自分の思うたこと喋る方やから、ふつうに育てばこのくらい不躾な物言いをするようになるかも。まあしっかり者やからニートにはならんやろけどな」
「あなたがニートになれば緑子ちゃんもそれに習ってニートになるんじゃないですか? そういうところは当時から今も変わりませんし、本当の両親の庇護の下で育っても、きっとそうなるでしょう」
「まずウチがニートにならへんわ。アホ」
「どうだか。緑子ちゃんがいなかったらあなたニートどころかホームレスでしょう? 自分の将来とか心底どうでもいいって顔してますよあなた?」
「将来のことくらい考えとるわ」
「では貯金はどのくらい?」
「い、いや、そういう経理的なのは緑子がやってくれとるし……。あんまお金のこと考えるん得意やないというか、貯金額も金額言われてもピンとこんから、『すごく余裕がある』とか『ちょっとピンチ』とかそんな風に言うてもろとるというか」
「ほれみなさい」茜は笑顔になる。「まあ、あなた達は二人一緒にいるのが前提で、二人でないと生きられないようになっちゃってますからね、もう既に。だから喧嘩もしないで毎日仲良くやっていけるんでしょう、もはや『姉妹』という一つの共同体なんですね」
「……それは良ぇとしても」紫子は溜息を吐く。「またバカにしたもん作ってくれたな。最後通報されて終わるところとかホンマ舐め腐って……」
その時、紫子の携帯電話が鳴り始めた。手に取ってみると、知らない番号。
「緑子ちゃんですか?」茜が問う。
「……いや」紫子は言って、電話に出る。「誰や? うん? 西浦やけど、西浦紫子。え? 警察署? 妹がそっちにおる? え? あ、はい、はい。え? えー? ま、待って。ヤバい、ヤバいヤバい、ヤバい……。はい、はいはい。すぐに引き取りに行きます。はい」
「どうされましたか?」
「……緑子が通報されて今警察におる」
「はあ?」
「い、いやなんかな。近所のコンビニに一人で行ったらしいねんアイツ。ほんでな、なんか知らんけどおもむろに店員に縋りついて、『わたしは万引き犯じゃないです』って泣きじゃくり始めたらしいわ」
「ちょっと何言ってんのか分からないです」
「ほんで最終的に文房具コーナーでハサミ手に取って、自分の首に突きつけて『近づくな!』騒いだ挙句警察呼ばれたらしいわ。ほんで警察署からウチに引き取りに来るよう電話が来たっちゅう……」
「なんで一人でコンビニなんか?」
「醤油でも切らしたんちゃうかな? ウチが帰って来るけんちゃんとした料理作ろうと勇気出したんかも」
「それはまた健気な……」
「ままま待っとれ緑子―っ! お姉ちゃん、すぐ行くけんなー! すぐ迎えに行ったるけんなー! うわぁああ!」
そのまま二人で警察署まで行った。紫子は青ざめた緑子と二日ぶりの再会を果たし、二人で抱き合いながらおいおい泣きじゃくったところでこの話はおしまい。
中盤の茜ちゃんの自主制作映像の部分は、この作品を精神患者をネタにしたコメディではなくふつうの変人コメディとしたらどうなるかという試みから構想したモノです。
これはこれで描いていて楽しかったですし、不謹慎さがない分まだしも一般受けもいいのかもしれませんが、でもやっぱり頭のおかしな西浦姉妹が僕は好きかなーとも思いました。




