姉妹、旅行を断る 4
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お散歩コースの終点には近所の公園が存在しており、そこのベンチで腰かけて二人でなんとなくぼーっとするのが姉妹の好きな時間であった。
「そういや昔一つのブランコに二人で乗るんようやったな」
などと言いだしたのは紫子である。緑子はかつての記憶を呼び覚ましながら返事をする。
「お姉ちゃんが立つんだよね。それでお姉ちゃんの脚の間にわたしが座るの。それでお姉ちゃんがスカート穿いてると顔突っ込む形になって……」
そこで緑子はちょっとまずいことを思いだした。
「……唐突に股に息吹きかけて来た時のことは今も忘れれへん」紫子は引き攣った顔をした。
「ご、ごめんごめん」緑子は苦笑する。「ほら、パンツにクマさんの絵が描いてあって、そのプリントが剥げかかってたから。ふーふーしたらぴらぴらってなるかなって思うと、やめらんなくて」
「……ブランコから落ちるとこやったわ。あれいくつの時?」
「八歳」
「おまえやっぱ前から変わっとるよな」紫子は苦笑する。「まあ今日はズボンやしいけるいける。緑子、またあれやろうや。おもろいで」
「いいねいいね。やろうやろう」
ってな訳で姉妹は西浦式二人漕ぎの体勢を作った。紫子が膝で、緑子が脚全体で漕ぐ力を生み出すことで二倍のエネルギーを生み出すことができる画期的なアイディアである。
「これで昔あかねちゃんに引き分けたことあるよな」と紫子。「だいたいどんな勝負もあかねちゃんには負けよったけど、これは引き分けにもちこむことができたんや」
「どっちが高く漕げるかって遊びでしょう?」と緑子。「競技自体の勝敗判定がかなり曖昧だからねぇ。両方が自分の勝ちだって主張しちゃうと、どうしても引き分けで処理しちゃう」
「リアルな話すなな」紫子は苦笑する。「ほな漕ぐで。いーち」
「にーの」
「さーん!」
絶妙な呼吸は当時と何も変わらない。言葉で連携を確認したのはそこだけで、後は一つの生き物であるかのように息のあった動きで姉妹はブランコを揺らし始めた。
「ひゃあっほお」と紫子。
「きゃあきゃあ。速い! 速い!」と緑子。「ちょっと怖い! でも、楽しい!」
トップスピードに達するのに大した時間はかからなかった。自分の身体が前へ後ろへすごい勢いで動くこの感覚は、スリルを伴った快感を緑子に届けてくれる。脚が悪くて全力疾走もできないとこういう快感って簡単には味わえないのだ。
「もっと速くしよう! お姉ちゃん!」緑子は叫んだ。
「おっしゃぁ。いくでぇ」
紫子は身体全体を折りたたみ、開き、激しくブランコを揺らし始めた。
緑子はおもしろくってたまらない。何が楽しいって自分も脚を大きく畳んだり開いたりして運動をしていることだ。自分の運動によってこれだけ大きな動きが引き起こされていることだ。
脚を引きずっている緑子は激しい運動というのをほとんどやらない。姉と散歩をしたり家で体操をしたりする程度だ。こんなにめちゃくちゃに身体を動かして汗をかいて息を切らしてくたくたで、それでも体の奥からいくらでもエネルギーが湧いてくるというこの感覚は、本当に数年ぶりくらいに体験するものだった。
きゃあきゃあ笑いながら猛烈な勢いでブランコを漕いでいると、唐突に姉が言った。
「もうそろいったん止めよう」
「へぇ?」ぜぇぜぇと息を切らしながら緑子。「もうやめるの? お姉ちゃん疲れた?」
「いやおまえ」紫子はブランコを漕ぐのをやめて言う。「汗だくやもん。息切れとるしちょっと休もう?」
もうちょっとハイになっていたかったが姉の言うことなので従う。つま先を地面にこすりつけてブランコを止める役割は座っている緑子なのだ。ブランコを停め、先に紫子がひょいと地面に降りた。
「ほら。もう水浸し」紫子は言いながら頬の汗を袖で拭ってくれる。「くたくたやん。息もやっぱり切れとるし顔も真っ赤や」
「へーき。へーき。……楽しいから」緑子はそう言って笑う。「はあはあ……ちょっと休んだら……また漕ごうね」
「よっぽど気に入ったんやなぁ」紫子は苦笑する。「ウチも楽しいで。ほなけど今はちょっと休んだ方がええわ。脱水症なる。ちょうポ●リ買うてくるけんまっとってな」
「わたしも行くよ」言いながら立ち上がろうとして、上手く腰が浮かないことに気付く。脚に力が上手に入らないのだ。「はえ……なんか、身体が……」
「……うん。ウチが軽率やった。おまえの体力考えんと激漕ぎしすぎた」紫子は額に手を当てる。「つい調子に乗ったわぁ……。まあ楽しんでくれたなら良かったねんけどな。次はもうちょい緩めにやろうや。それかウチが後ろで背中押して揺ったろ。それならおまえ疲れんしな」
「そう言えばわたしって昔……一人じゃブランコ漕げなくてお姉ちゃんに揺ってもらってたんだっけ?」と緑子。
「そんなんウチもやろ? 交代でお互いのこと揺らっしょった。どっちが先に自分で揺るコツ掴んだんやっけ?」
「さあ……思い出せない」
「まあとにかく水分補給や。パーッと言って戻って来るけんちょっと待っとってな」
ってなわけで自動販売機に向かって走る紫子。緑子はブランコに腰かけたまま青い空を仰いだ。
汗だくの頬に風が気持ちいい。十一月は結構寒い季節だが、身体は火照っているから冷たくは感じない。こんなに体中ベタベタで疲れ切ってもいるのに気分はとてもさわやかだ。
「思いっきり遊んだなぁ」緑子は苦笑する。「ただの公園が本当に楽しくて……やっぱりお姉ちゃんは素敵。夢のような人」
遊園地や温泉旅館に行く必要なんてないんだ。姉のいるところが一番なのだ。緑子はそのことを再認識した。
幸せ心地で一人でぼーっとしていると、公園の柵の向こう側で女性と目が合った。
度の厚そうなメガネをかけた痩せた女だった。視線はどんよりとしていてボリュームの多い髪を二つ結びにしている。肌は浅黒く日焼けしていた。
「西浦さんっ!」
女は叫んだ。ほへぇ? と緑子は目を丸くするしかない。
何が何だか分からない緑子の前に、柵を迂回して入口から公園に入って来た女が立ちはだかる。あわあわとする緑子の前に仁王立ちして、女は緑子に迫った。
「西浦さんっ、こんなところで会うなんて!」
「え? あ、は、はい」
「……? どうしたの西浦さん? ちょっと様子がおかしいわ。いつもと全然違う感じ」
「あ、いや。あ、あわわわ」
「どうしたの? 本当に様子がおかしいわ?」
「そ、その! わたしは多分違くて……」
「何が違うっていうの? あなた西浦さんでしょ?」
「そうですけど……」
そのとおり緑子は西浦だ。西浦じゃなかったら困る。でもたぶんこの女性の求めている西浦は緑子ではないのだ。この世界には同じ外見と苗字を持った人間が確かにもう一人いるのだ。
姉の知り合いというところだと思う。間違われているのだ。緑子にとってそれはよくあることだ。昔から紫子は妹の自分と比べて活発で、確かな存在感を持って振る舞う少女だった。周囲は紫子にばかり注目して自分のことは存在も知らないということが多くあり、緑子を見た多くの人間が姉と勘違いした。双子の姉が優しくて素敵な紫子だったから耐えられたけれど、そうでなかったらつらかったかもしれない。
「ねえ西浦さん。あのね……あのね」女は目を真っ赤にし始めた。何が始まるんだ。「私……あなたのことが好きなのっ!」
緑子は自分の頭上でぼかんとなにかが爆発し、煙が吹きあがるのを感じた。
「あなた自身に指摘されたことだけれど、私ってほら、他人にものとかお金で媚びて繋ぎ止めようとするところ、あるでしょう? 人に慕われるのにごはん奢るのとか旅行とかで釣るみたいな卑怯なところがあるのよ。そういうところを見抜かれて人から利用されてるって、あなたに指摘してもらったじゃない?」
緑子は察する。ああこの人だ。この人がお弁当を忘れた紫子にご飯を奢ったのだ。
姉は人の本質を見抜くのが上手いというか、他人の本質に恐れず踏み込み向き合う能力がある。上っ面の付き合いができない反面、変な人には好かれるのだ。
この人も『変な人』なのだろうか? と思っていると女は唐突に緑子の両手を熱烈に握った。
「あなただけよ? 私が物やお金で媚びなくても、私のことを想ってくれたのは! あなたは私の為に怒ってくれた。私の卑怯さを許して、私の卑劣さを利用する人達に怒ってくれた。私、私……嬉しかったの!」
「あわわあわあわわわ」
緑子は混乱しきっていた。これはまずい。完全に姉だと勘違いされているのだが本当のことを伝えることができていない。それがトラブルに繋がってしまえば姉にもこの人にも迷惑がかかる。しかしこの熱烈に迫りくる女にどうやって真実を伝えたら良いのだろう。それが分からず困って怖くて緑子は涙を流し始めた。
「緑子!」公園の向こうから紫子が走って駆け寄って来た。「緑子何やっとるねん!」
「お、お、お……お姉ちゃああん!」緑子は姉の方を見て叫んだ。「お姉ちゃんごめんねぇ! 助けてぇ!」
「は? え? なに? ふ、二人?」女は困惑した表情で双子のそれぞれの顔を覗き見た。「西浦さんがどうして二人? ……双子?」
「そうや、……じゃなくて。そうです。リーダー」紫子は女をリーダーと呼んだ。「リーダーなんしとん……ですか?」
「あなた双子の妹さんがいたのね」女は紫子と自分を見比べる。「本当にそっくり」
「店長には話しとんですけどね」紫子はバツが悪そうになって頬をかいた。「ほんで、妹に何の用ですか? ちゅうか、ウチやと勘違いしとったんですか?」
「そ、そのとおりよ。ところで紫子さん、ダメじゃない、外で妹さんに自分の制服きせちゃ」
「禁止条項にはそんなこと書いとりません」
「書いてるじゃない」
「書いとりません」紫子はメモ帳を見せた。「ほら。『従業員が』外で制服着るなって書いとるやないですか。緑子に着せるんやったら良いはずです」
「…………」毅然とした態度の紫子に、女はとっても微妙な表情を浮かべてから頷いた。「そうね。私が悪かったわ」
この人は多分バイトリーダーってところじゃないかなと緑子は推測した。ただし、紫子のこの勘違いを訂正する意思を見せないあたり、あまり能力や責任感に優れている訳ではなさそうだ。制服のことは後で緑子の方からもうちょっときちんとお話ししておこうと思った。
「ほんで何の話しょったんです?」
「あ、いえ、その……」女は焦燥した様子で緑子の方に縋るような視線を向けると、非難がましく言った。「ちょっと恥ずかしいことよ。ねえちょっとあなた、なんできちんと自分が西浦さんじゃないって言ってくれないの? 恥をかいたわ。勇気を二回出さなくちゃいけなくなった」
「あ、いや、その……すいま……」緑子は拳を握って俯いた。だってわたしも西浦なんだもんとは言えなかった。
「言いそびれたんやな緑子は」紫子はふうと息を吐き出す。緑子はぶんぶん首を縦に振ってうなずいた。「この子、ちょっと事情あるんです。ウチに用があったんなら改めて聞きます」
「私、あなたのことが好きなの!」
紫子の頭上で何かがぼんと爆発し、煙が吹きあがるのを緑子は感じた。
「いつか私の為にバイトの子達に怒ってくれてありがとう! 本当に嬉しかったのよ。お金やもので人を釣ろうとする私の卑怯なところも、あなたは許してくれた。許して、私を守ってくれたの。良く奢ってくれるからとかじゃなくて、純粋に私を想いやってくれたのよ、あなたは。嬉しかったわ。愛しているのよ」
「ちょい待ちちょい待ち」紫子は目を丸くしていた。「あんたビアン? ちゃうかったやろ? パチンコ大好きなヒ……カレシがおるっていいよったやん! そいつを愛したれや」
ヒモと言いかけてカレシと言い換える紫子。
「別れたわよ! 何度言ってもパチンコやめてくれないんだもの!」女は絶叫した。「これが最後だから、パチンコにだけは絶対に使わないからって約束で何度お金をあげても、それを裏切るのよ。裏切られることで私が傷つくって分かっててそれでも裏切るあの人に、私はもう耐えられなくなったのよ!」
「……公私ともやなぁあんたは」紫子は目を細める。「まあそれはしゃあない。その男が反省して自分でちゃんとすることを祈るで。でもその男の次がなんでウチやねんな」
「好きになってしまったのがたまたま女の子だっただけよ!」
「あ、そう」紫子は溜息を吐く。「あんたがあんたなりにウチを好いてくれとるんは分かる。他人への愛情みたいなもんって、一番尊ばれるべき感情やとウチは思うねん。けどな、すまんけど、ウチはあんたの気持ちには絶対に応えられんのよ」
「悪いところは直すわ! あなたになんでもしてあげる!」女は強く主張した。「お友達からでいいわ。今よりもう少し仲良くしてくれればそれでいいの。私の理解者になって!」
そう言って紫子の両手を握りしめる女。弱り切った顔で緑子を見詰める紫子。
これ自分が何とかしなきゃいけないんじゃないか? 緑子は深い焦燥を感じた。このままではこの女に紫子は貢がれて貢ぎ抜かれてしまう。紫子は形は何であれ他人からの愛情は尊重してしまう性分だ。増してこの女はバイトリーダーとして社交性のない紫子を守護できるし、おいしいごはんを奢ってあげることもできる。そりゃもちろんそんなことで紫子が自分から離れていくわけではないけれど、自分のいないところでこの女にまとわりつかれる姉のことを想像すると寒気がした。今ここでなんとかしなきゃいけない。
勇気を振り絞った緑子が『お姉ちゃんはわたしのものだっ!』とでも叫びながら立ち上がることを決意した時、公園の向こうから大きな声がした。
「ヨシエーっ!」全力で駆け寄ってくる男がいた。「ヨシエーっ! 俺だぁ! 悪かったよぉ!」
全力で駆け寄って来た男は飛び込み選手のように地面をジャンプすると、着地と同時に土下座の体勢を作った。
ヨシエというのはどうやらこの女のことを指しているらしい。緑子の中で目の前の女を指し示すワードが一つ追加された。『紫子にご飯を奢った人』で『バイトリーダー』で『ヨシエ』だ。
「何よ! 今更!」そのヨシエは男に指をさした。「今更もう遅いんだからね! 私のことを愛しているなら、反省をしているなら、どうしてパチンコをやめられなかったの? もうあんたのことなんて知らないっ!」
「パチンコはもうやめる!」
「聞き飽きた!」
「仕事もする」
「聞き飽きた!」
「内定をもらった!」
女はそこで力が抜けたように硬直し、よろよろと腰を抜かしたようになりながら男の前に跪いた。
「なんて?」
「内定をもらった」男は顔をあげる。「俺は君のことが心から好きだ。ダメ人間でヒモのようだった俺のことも根気よく面倒を見てくれて優しくしてくれた。このやさしさの傍にいれば俺は幸せだと心から思った」
「……タカシ」男はタカシというらしい。
「けれども俺は俺のことしか考えていなかった。君に甘えていた。もう少しで君のやさしさを食い物にするところだったと、自分が嫌になったんだ」
紫子は緑子の方を見た。そして小声で言った。「すでに割と食い物にしとったと思うねんけど」
「でもわたしこの人の苦しさちょっと分かっちゃう」緑子はたははと笑った。「自分がお姉ちゃんの迷惑になってることを毎日考えちゃうんだもの」
「おまえは良ぇ子やで。家事に内職にがんばっとって健気や」紫子は言った。
タカシの演説は続いた。「君のことを本当に感謝をしているのであれば、俺はもっと君の為に行動をしなければならないはずだったんだ。パチンコだってもっと早くやめるべきだったし、仕事もちゃんと見付けなくちゃいけなかった」
ヨシエは涙ぐんだ顔で頷いた。「そうよ。わたしはあなたにそういうことをしてほしかったの!」
「内定が出たんだ!」タカシはそう言って内定書を取り出した。「昔の知り合いに土下座をして雇ってもらった。来週からだ。これなら君に借りたお金も返して行ける」
「タカシ!」ヨシエはタカシに抱き着いた。「ありがとうタカシ! ごめんなさい! 私はあなたを無一文で放り出すだなんて酷いことをしてしまった!」
「俺の方こそ済まないヨシエ!」タカシはヨシエに抱き返した。「必ず君を幸せにするーっ!」
蚊帳の外となった姉妹はブランコに腰かけてその感動的何だかなんなんだかなやり取りを眺めていた。紫子は呆れと優しさの入り混じった恐ろしく微妙な表情で、緑子は慈母のような微笑みを浮かべながら。
「……これどうなるん?」紫子は妹の方を見た。
「頑張ってお仕事見付けて来たのは素敵なんじゃないかな?」
「それはひとまず偉いわ。でもこの人仕事続けれるかなぁ? それが心配」
「続けられなかったらまた別のお仕事探せばいいの」
「合う合わんはあるやろしな。でもやめた後でふらふらしたらまた破局やし……」
「傍にいてあげれば励ますことだってできるし、つらい時は慰めてあげることだってできる」
「この人甘やかしてまわんかなぁ……」
「それは二人で一緒に成長していけばいいよ」
「まあせやな」紫子は頷いた。「とにかく仕事見付けて来たっちゅうんは偉い。うんと偉い」
「……ごめんなさい西浦さん」ヨシエはこちらを向いた。「私……あなたにあんなこと言ったのに」
「いやいやいや」紫子は両手を振った。「ぶっちゃけ助かったねん。ウチはレズとちゃうし。あんたはその人と仲よぅしたりや。あんたと一緒におりたいがために頑張って仕事見付けて来たし、これからもがんばるんやろ? 偉いやんけ。二人で幸せにな」
「ええ」ヨシエは心底幸せそうに微笑んだ。「ありがとう」
ってな訳でその男女は両手を握り合ってその場を立ち去った。
「あの人らはあれで噛み合っとるんかもしれんなぁ」紫子は膝に肘を付いて手の平に頬をおいた。「助けのいる人間と、慕われたい人間」
「わたし達もひょっとしたらそれに近いのかも」緑子はちょっとそんなことも言ってみた。「わたし、お姉ちゃんなしじゃ生きていけないし」
「ウチかておまえが生きがいや。おまえなしに生きてけん。それにおまえは健気にがんばっとるよ」
「そうかな?」
「せやせや。この家で一番偉いんはおまえや」
「お姉ちゃんでしょ?」
「ホンマに大事なことは全部おまえが考えてくれとると思う。ウチはただ自分にできることをやっとるだけや。ビョーキ抱えながらそんでも家の経理して家事して内職してってしとるおまえがどう考えても一番偉いよ」
「わたしは外にも出れないしお姉ちゃん以外の人と話もできない。お姉ちゃんはそんなわたしのことも許して受け入れて優しくしてくれる。働いて養ってくれる。それなのにそんな風に言ってくれるお姉ちゃんの方が絶対偉いよ」
「いや緑子や!」
「お姉ちゃんでしょー!」
「緑子やいうとるやんけ!」紫子は言って、それから釈然としない顔でたははと笑った。「なんやこの喧嘩」
「本当にね」緑子はくすくす笑う。「神様は本当に素敵なお姉ちゃんをわたしにくれた」
「ウチもおまえと生まれて良かった。おまえと生きて来られて良かった」
「これからもずっと一緒にいてね」
「当たり前やで緑子」
言いながら、紫子は緑子の座っているブランコに立って乗り込む。
「今度はゆっくり揺ろうや」
「うん! お姉ちゃん!」
二人の力が合わさったブランコが、優しい軌道で天へと駆けたところで、この話はおしまい。