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姉妹、旅行を断る 2

 「削除されたら削除する」の精神で結構えぐいこと書いてたんですがいい加減怒られましたね。運営から「これR18だから直さな削除するで」言われました。


 多少は気も使ってたんでいけると思ったんですけどねぇ。12話を削除2話を修正という対応を余儀なくされましたがこれで許してもらえると思います。

 ×


 一時間の遅れをとりつつも姉妹は日々のルーチン通りに動き始めた。姉妹は近所の銭湯へと出かける。これは緑子の散歩も兼ねている。

 互いの髪を洗って身体を洗って風呂に入る。緑子はお湯が大好きである。基本自宅で動かない生活をしているので、お風呂によって血行が全身に行きわたるのはとても心地が良く感じられるのだ。

 ちなみに紫子はあくまでも『妹と一緒に入る』ことが好きで風呂自体は然程好きでもない。前に緑子が病院で何泊かした時は一人で銭湯に行くのを面倒臭がって垢塗れになっていたほどだ。過眠を伴う無気力と無頓着の症状を紫子は持っており、この点については妹のサポートも受けながら日々を生き抜いている。働くのだって普通の人よりずっとつらいはずだ。

 「なんでこんな素敵な妹がウチにおるんやろなぁ」

 紫子は言いながら妹の頬を両手で掴んでぐにぐに撫でる。

 「おまえだけやで優しいんは。ああー、もう、つらいんやバイトがぁー。人間関係とかぁ。緑子ぉ、ちょっと甘やかしてぇ。しんどいよぉしんどいよぉ。ふぇえん」

 そう言って裸の自分に縋りつく紫子。最近ちょっとナイーブみたいで何かと自分の身体を触りたがる。緑子にそれを拒む理由があるはずもない。

 「良いよお姉ちゃん。わたしのこと好きにして。わたしのことお姉ちゃんの鼻水塗れにして泣いたって良いから」

 「ウチそれホンマにやるでぇ。うぅ……うえぇえん」

 縋りつき泣きじゃくる紫子。今度の職場ではあまり紫子のすばらしさは理解されていないらしく、仕事を教えてもらえなかったりあからさまに邪険にされたりしてつらい思いもしているようだ。

 「お姉ちゃんは偉いよ。世界で一番偉いよ」

 「ありがと緑子。おまえだけやで優しいん。おまえおって良かったわ、ホンマに」紫子はそう言って緑子の頬を手の平でぐにぐにとする。「まあでもいやらしい奴もおるけど、全員が悪い人やないんや。聞いたら教えてくれるような人もおる。それに、今日の昼ごはんも世話になった」

 「え?」

 「弁当忘れたやろウチ? そなから休憩室で割り箸を舐めて我慢しとったんや」

 「なんか買わなかったの?」

 「もったいない」

 紫子にとって自分の稼いだ金は『妹と二人のお金』という認識で、かなりの倹約家だ。経理担当の緑子の負担を減らそうとしてくれているのだと思う。遊行費など月に漫画を数冊買うのみで子供の小遣い並の金額で済んでしまう。

 「そしたら三つか四つくらい上の女の人にな、声かけられてん。まあまあ綺麗な人でな。『西浦さんお昼食べないの』言われたけん事情話したら、近所の飯屋連れてかれて飯奢られてん」

 「そ、そうなんだ……。良かったね」

 「ムッチャ美味かった」紫子はそう言って頬に手を当てた。「今度おまえ連れてくわ。なんやろ、あのなんかチーズみたいなんのっとる飯。あれヤバい。ムッチャ美味い」

 「グラタンじゃないの?」

 「その人がいうにはちゃうんやって。なんちょったんかな、なんか横文字の食い物な。三文字くらいの」

 ドリアとかそんなだろうか。思いつつ、緑子はジェラシーを感じてもいる。自分と二人でご飯を食べに行くのはとっても楽しい素敵な時間だ。けれども自分以外の誰かが姉の手を引いて美味しいものを食べさせにいくだなんて、そんなものは緑子から姉を奪う行為だ。許されることではない。緑子は今朝お弁当を渡し忘れたことを激しく後悔していた。

 「そ、その人なんて名前なの? 一緒似ご飯食べてどうだった?」

 「んとな。まず名前が……名前なんちょったっけ?」紫子はそう言って目を細め、首を傾げた。「人の名前覚えるん苦手や。あと美味かったけどやっぱ気まずいわ。あんな美味いもん食わしてくれたのに、ウチついついむすっとしとって。最後はお礼言えたけど……つまらん奴やとか思われたやろうなぁ。ほんでもウチ親しい無い人の前で上手にニコニコでけへんし……」

 自分と食べに行く時のようには楽しくなかったようで一安心する。一安心したら余裕ができて、余裕ができたということを自分自身に示す為に緑子はこんなことを言い始めた。

 「お姉ちゃんは正直な人なだけだよ。演技とかそういうのはできないの。それにその人は、普段のお姉ちゃんのことを見て、それで奢ろうとしてくれたんだよね? それはつまりありのままのお姉ちゃんの素敵さをその人が見抜いたってことなんじゃない?」

 「いんやどうかいな」紫子は首を傾げる。「その人、ウチ以外の誰にでもそういうことするらしいで」

 「え? そうなの?」

 「うん。愛想良いっちゅうんやったらあの人こそ愛想良い。コーコーセーの子ぉとかに飯食わさしたり、カラオケとか連れてったりして楽しそうにしとる。そないして人に慕われるんが好きなんやろな。ほんでも裏で『金づる』とか呼ばれとるんは、やっぱり気の毒や」

 「……ひ、酷いね。でもお姉ちゃんそんな人達と会話しないでしょ。そのお姉ちゃんにも聞こえるような大声でそれって言われてるの?」

 「そうなんよ。本人も多分知っとってやめれんのんよ。そういう人もおるし、そういう人を食い物にする人もおるんよな。世の中アホなんってウチだけとちゃう」

 「お姉ちゃんはアホとかじゃないでしょ? ちゃんと頭の良い人だとわたし思ってるよ」

 紫子は自分の知能に対する自己評価が異常に低い。ある事情から、漢字の読み書きや四則計算など勉学で得た基本的な能力を大幅に喪失しているのがその理由である。それでもいろんなものを怯えずに直視して深く見通せる人だ。深く見通し触れ合った上で朱に交わって赤くなるようなこともなく、揺るぎない自我を常に持ち続けていられる。それはつまり正体を見極めているということだ。

 「いやほんなことない。前にどうしてもムカついて、金づる扱いしとる奴をパイプ椅子でどついてもたもん」

 「だ、大丈夫だった?」

 「……始末書で済んで良かったわホンマに」

 この姉は義憤に駆られるようなことがあると自分を抑えることをしない。守られ続けて来た緑子からすると割と真面目に愛と正義の人だと思う。腕力は伴わないがそこがむしろ姉のすごいところで、自分より強い相手にも果敢に立ち向かうことができるのだ。

 「そういやそのお礼とか言われた気がする。怒ってくれてありがとうとか。ほんで、飯食うた後、旅行誘われた」

 「ほへ?」緑子は目を丸くする。

 「店舗改装がどうとかで、ウチらバイトはしばらく仕事なくなるねん。その間にバイト先の皆で旅行行くけん付いて来いとか言われてな」

 「そ、そうなんだ……えっと」

 「温泉旅館やて。後でっかい遊園地にも行くんやって。おもろそうよな?」

 姉のスケジュールを姉よりも良く知っている緑子なのだ。紫子に長い休みがあることは知っている。姉と一緒にいられる時間が長いのは緑子にとって嬉しいことだし、もっと言えば一人でいる時間というのはどうしたって精神の安定を欠きやすい。緑子にとっての姉とは安心と喜びと希望なのである。それが自分を置いて旅行に行ってしまう……。

 「お、お姉ちゃん。や、やめてよ」緑子はつい姉に縋りついてこんなことを言ってしまう。「そんなの行かないでわたしと遊んでよぅ。置いてかないでよ。酷いよ酷いよっ」

 ぽかんとする紫子。最愛の姉が自分を置いて他の人達と仲良くしているだなんて耐えられない。年の近いバイト仲間たちに囲まれて姉が笑顔を浮かべている時、緑子は部屋で一人で膝を抱えているのだ。こんなにせつなくて寂しいことがあるだろうか。

 でも同時にこうも思う。それはつまり姉の幸せを願えていないということではないのか? 姉が楽しいのなら、それを喜び応援できることが本当の忠義なのではないか。緑子は自分の矮小さに打ちひしがれた。

 「ごめんなさい! ごめんなさい!」緑子はずるずる垂らした鼻水で姉の顔を汚しながら泣きついた。「ごめんねお姉ちゃん。すごいわがまま言っちゃった。お姉ちゃんがバイト先の人に受け入れられて楽しく働けるようになるチャンスなのに、自分勝手なこと言ってごめんなさい。うぅ……ふぇえん」

 「……コロコロ変わるの態度が。忙しいやっちゃで」紫子は苦笑しながら、自分の背中に手を回して抱きしめてくれた。「おまえはホンマに可愛いな緑子。安心しぃや。お姉ちゃんおまえのこと置いてったり絶対せぇへんけん」

 「ほへ?」

 「ごめん不安にさしたな。でもおまえおらんのにから旅行や行ってもつまらんに決まっとるやんけ。せやから断ったんや、その場でソッコーな」

 「そ、そうなんだ」緑子はほっとして息を吐き出す。「ごめんねお姉ちゃん。お姉ちゃんがわたしのこと置いてったりするはずないのにね。酷いことを言っちゃった」

 「分かればええんやで」

 「えへへぇ。……でもお姉ちゃん、ごめんね。わたしがこんなんじゃなかったらお姉ちゃん、旅行に行けてバイト先の人とも仲良くなれたかもしれないのに」

 「それ逆。おまえがおるけんウチはバイト仲間と旅行とか面倒なことせんで済む」

 「ほへ?」

 「人付き合いとかって面倒やけんども、ずっと一人ぼっちやおれんけんふつうはせなあかん。ウチに飯奢ってくれた先輩が人に愛想と金を振りまくんも人に好かれたいからやで。でもウチはそんなことする必要ない。家族で大親友の緑子が絶対に傍におってくれるんやけんな」

 「お姉ちゃん……」

 緑子は感動する。ようするに姉は緑子さえいてくれればそれで良いのだと言ってくれたのだ。それに即した行動を取ったのだ。緑子は当然同じだけの忠義を差し出し返す。

 「ありがとうお姉ちゃん。わたしもお姉ちゃん以外何もいらないよ」

 「ほんなら、ウチはうんと良いお姉ちゃんでおらなあかんな」紫子は少し表情を凛々しくして頷く。「まあでも遊園地とか温泉はちょっとおもろそうなんよなぁ。……今度行かん?」

 「お姉ちゃんと一緒ならどこだって楽しいと思うけど……でもちょっと怖いかも」

 「ほうか?」

 「せっかく二人で計画しても、わたしがパニックになっちゃったら全部台無しになっちゃうんだもの。そしたらすごく悲しいよ」

 「そん時はそういうもんやとウチは思うで。一つの結果や。婆さんになったらそういうんも等しく手放しがたい思い出になっとるんとちゃう?」

 「そうかな?」

 「そうやと思うで」紫子は言いながら、緑子の背中に回していた手を肩に持って行き、身体を伸ばしてお湯の中で息を吐きだした。「まあおまえが怖がったり悲しい思いしたりするんやったら今は無理することあらへん。銭湯行ったり家の周り散歩したり中古のゲームで遊んだりするんも、全然楽しいやんけ」

 「うんそうだね。お姉ちゃん」

 緑子は頷いた。

 夢を広げることはいくらでもできる。姉と二人ならやりたいことなんていくらでもある。でもそれらはやらなければならないことではないのだ。紫子と二人でいるということさえ満たされ続けるのならば、結局のところそれはかけがえのない幸福で不満なことなど一つもないのだ。

 世界には、この人だけが存在して自分のことだけを愛してくれるなら、それ以外の幸福など何もいらないと本気で思えるような存在もあるのだ。緑子は色んなものを……健康な身体と心、姉以外の家族や親類達との繋がり、学校に行くことや社会との関わり、などなどを……奪われながら今ここに生きているけれど、紫子だけは自分の傍から離れなかった。自分が姉を求めるのに命がけで戦って応えてくれた。自分の思い描く最高の家族の姿を揺るぎなく体現し続けてくれた。こんな奇跡のような人が世界には本当にあるのだ。

 だからたまに怖くなる。万一のことがあってこの人がいなくなったら、それは世界そのものの喪失と同義なのだ。

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