五 異能の発露
それは、至る所に落書きがされた大きな館だった。
早く助けたい。どんなに辛い思いをしてるのか、そもそも無事でいるのか。
不安で不安で仕方がないけど、キトにこの前諫められたせいか、不思議と冷静でいられることができた。
「どうする?あたしとしてはすぐにでも乗り込みたいんだけど」
ドンチャン騒ぎが聞こえて来るから、今がチャンスなんじゃないかと思えて来る。
キトはじっと館を見つめていた。
「オレも乗り込みたい。でも…」
「分かってる。あたし達じゃ敵わないんだよね」
「ああ」
あたしは何をしたら良いのかなんてさっぱり分からない。
でもキトは賢いからきっと思い付くから、待つことにした。
その間、辺りをぶらぶらして見たら、館の壁に内側にある木の枝を見つけた。
「君、元気ないね。大丈夫?」
枝が死にかけてた。すごく大きな樹だから、もう寿命なのかな?
『…………』
このぐらい大きな樹なら大体片言じゃない言葉を喋れるはずなのに、何も返事が無かった。
その代わりに、記憶を見せられる。
その記憶だと、この樹は山賊の刀の切れ味を試されているみたいで、だから弱っているみたいだった。
このままじゃきっとこの樹は死んじゃう。切りつけられたところから、どんどん樹の命が奪われていってるのが分かった。
可哀相だったから、治してあげることにした。
「治してあげるよ」
あたしは人や植物の怪我を治すこともできるのだ!
でもそれはすごく疲れるし、見られたらほんとにヤバいから殆ど使ってないけどね。
誰かに利用されるかもしれない、というのがあたしの異能にはつきまとう。
だからいままで極力人前で使えなかった。そのせいで制御が出来てないんだから、困ったものだけどね。
命を分け与えるような想像。
きらきらとあたしたちの周りを光の粒が舞い上がって、樹に吸い込まれていった。これがあたしの治癒だ。
力を使えば、ぐっと膝が落ちそうになるような感覚と一緒に、貧血がやって来た。
「すごい大怪我だったんだね」
元気になったらしい樹を見上げて笑いかけたけど、内心ではもうこのまま気を失いたいぐらいの疲労感だ。
『人の娘、礼を言う。助かった』
わん、と脳内に声が響く。嗄れた、でも品のいい声。
長く生きた樹は、強い力を持つという。
片言でないのは、きっとそのせい。
「どういたしまして。元気になって何よりだよ」
『何か礼をしたい。望みはあるか?』
お礼、お礼、お礼、ねえ…。
はっきり言って何も思い付かない。樹に出来ることなんてあるんだろうか。
「うーん…特にないなあ」
『欲の少ない娘だな』
樹はちょっと笑ってた。
別に欲がないわけじゃないんだけどなあって苦笑し返した。
『娘、この館に用があるのか?』
「うん。そうだよ。かあさん達がさらわれたの」
声が低くなったのは仕方が無いと思うんだよね。
今だって必死に怒りを押さえてるんだよ?はははは。
『ならばこの館の中を教えてやろう』
「え!樹なのに何で知ってんの!?」
樹は気を悪くしたように答えた。
『娘、儂をなんだと思っておる』
「ご高齢のおじいさん大木」
『……………』
あ、黙っちゃった。
「とにかく教えて」
何か失言をしたのは分かるんだけど、どうしたらいいのかわからなかったから、流すことにして、あたしは樹を急かした。
『はあ…』
ため息をついてから、この館の構造を、口頭で教えてくれる。
言葉で説明されたのを、図に興すのはすごく大変だった。樹もあたしにいちいち文句を言うから直す方もムキになるってもんだよ!
でも、そのお陰でこの館の構造や部屋割り、そんなものがすべて分かった。
きっとこれをキトに見せたら、キトはすごく喜ぶだろうな、と思う。
いやしかし、恐るべし、樹。
「ありがとう!」
『礼だからな。それに今の住人は儂も好かん』
照れ隠しみたいに、早口で言った樹。あたしは忍び笑いをこぼす。
でもやっぱり、植物も山賊のことが嫌いなんだね。
まあ、試し切りなんてされてたら、誰だって嫌いになると思うけど。
でもこれは嬉しい。あたしにも役に立てることがあるかもしれないな、と思った。
ウキウキとキトのところへ行けば、キトはあたしが持ってる紙を見て目を丸くする。
あたしは調子に乗って、格好つけてその紙を披露してみせる。
「じゃじゃーん!」
「それ、どうしたの」
あたしの仕草になんの反応も見せないからこっちが恥ずかしくなる。
でもキトは、あたしの手から奪い取るようにして、幾枚にもわたるそれを受け取り、食い入るようにして見つめた。
バサバサと、紙をめくる音がして、一度あげたキトの顔に喜色を見つけて、あたしはとても嬉しくなった。
「親切な樹が教えてくれました〜。怪我治したお礼にって」
そう言えば、キトは心配そうな顔をする。
「体の方は、大丈夫なのか?」
さすがキト。あたしのことをほんとに良く分かってるなって思う。
確かに貧血気味でふらふらだし、ひどい疲労感でまばたきひとつで全身の力が抜けそうだ。
「何か、思いついた?」
「思いついたってほどじゃないけど、これがあれば突破口になる」
話をそらすようにして聞いたあたしに、それでも不思議そうに返したキト。
それを聞いたあたしはほっとして、少し笑ってから頷いた。
「あーうん。それなら、大丈夫」
光明があるんだったらあたしはまだ頑張れる。元気な振りもできるし、それと同じぐらい元気が沸いてくる。
「本当か?」
「大丈夫」
それでも心配そうなキトに笑いかけて、またそう言った。
道が開けたと思ったら、気力が湧いてきたもん。だから大丈夫。
「じゃあ、飯食って、所長にここのこと知らせに行こうか」
「うん、了解」
かあさん達、待っててね。きっと助けるから。