四 誠意の価値
あたしたちは、ふもとの街の騎士団所長の家に世話になっている。
里が燃えているのを見て、心配していきなりやって来た所長は、なかなか骨のある奴みたい。
だってイタクおじさんに似てるから。
イタクおじさんに似ているなら間違いない。
だから、この人はきっと信頼できるから、と思ってあたしとキトは彼について行った。
騎士団のみんなで、かあさんたちの居場所を、山賊のアジトを、探してくれてるのは分かる。彼らは信頼するに値するぐらいいい人たちだってことも。
でもそれは、信頼、じゃなくて、過信、だったのかもしれない。
―――だって、3日経っても山賊の居場所は特定できない。
あたしたちは黙々と身支度を整える。
煤にまみれたり、穴が開いたりした服はもう着れない。でも、この他はみんな灰になってしまったんだと思うと捨てられなくて、大事にとって置いてある。
着替えはキアスさんのご近所さんが、厚意で下さったものを着ている。
子供の古着だと言うが、充分きれいだ。
あたしたちの里の服とこの街の服は全然違うから、とても慣れない。
すかーと、というのは、とても走りにくいけどそれしかないから仕方がないし、こんな時でも、可愛い服というのは着てみたいものだった。
キトも、いつもと違って襟や袖がかっちりしてる服で、慣れないのか、襟元を崩してる。
「あたしたち、もう充分待ったよね?」
キトに聞けば、キトは頷いた。
「オレ達で動こう」
キトは弓と刀を持ち。あたしは食料を籠に入れて背負った。
かあさん達が苦しんでるんだ。早く行かないと。
手紙を書いた。
山賊の場所を探したら、伝えます。
目につくところに置いておく。
そしてあたし達は集落に向かう。
集落は焼け落ちて、跡形も無かった。
灰や、燃え尽きた炭、燃え残った木片ぐらいしかそこにはなくて、あたしたちの故郷の面影は何処にもなかった。
「…………」
二人とも黙り込んでしまった。
キトと手を繋いで無かったら、きっと手を傷つけていたから手を繋いでいて良かった。
きっと繋いでいなかったら、あたしは掌を爪で傷つけるように、きつくきつく拳を作っていたはずだ。
そのぐらいの激情があたしの中には渦巻いているはずなのに、あたしはキトと繋いだ手には力を込めなかった。
しなかったのは、ただ、キトの手を、傷つけたくないと思ったからだ。それだけが、あたしに理性を思い出させる。
たぶん、それはキトも同じだろうと思う。
隣を盗み見れば、キトの瞳は呆然とそこを見ていて、この三日間で乾いてひび割れた唇は、噛み締めたせいで血まみれだったから。
拳を握る代わりに、キトは唇を噛み締めた。
それはとても痛々しくて、あたしは見ていられなかった。
あたしと繋いだ手は、ただ暖かく、優しかったから。
痛々しいキトを見たくなくて、あたしはキトに声をかける。
「キト、行こう」
「ああ」
頷いたキトの手を引いて、一緒に森の中に入った。
森の中は鬱蒼としていて、薄暗く、街の人なら恐いと思うのだろう。
でもあたしは恐くなどなかった。
小さい頃から遊び場はこの山の、この森の中だったから。
それにもうひとつ。
あたしはその能力を行使するため、手近な一本の木に近づき、その幹に額をつけた。ああ、これは楢の木なんだ。
後ろの方で立ち止まって、キトが様子を見てるのが分かる。
これはあたしだけでやるべきこと。邪魔したらいけないって、わかってるから。
そしてあたしはその楢に尋ねる。
「教えて。山賊はかあさん達をさらってどこへ向かったの?」
『コワい、コワい、コワい』
『ヒがモえてた』
『リンジンがモえてた』
『リンジンがナいてた』
『コワい、コワい、コワい』
脳に響く声が聞こえた。
あたしは植物と意思を交わす事ができる。だから山賊の場所を知る事ができる。
ただ、これは制御しにくい力。だけど、この力の訓練は諸事情あってやれていないから、ただでさえ制御しにくい力なのに、制御できてないんだよね。
制御できてないから、楢の木に聞いているのに、他の植物の意思が雪崩れ込む。
重い付加がかかる。頭痛がする。
でも、これが一番いい方法だから。
「教えて。かあさん達はどっちにさらわれたの?」
『あっち。さらわれた。サケんでた』
『カワイソウ。でもタスけられなかった』
『ゴメンなさい』
「ありがとう。あなた達は悪くない。悪いのは山賊だよ」
そうだよ。この木達は被害者だ。
「行くよ、キト」
植物を慰めて、少し離れたところに立っているキトを振り返る。
キトに驚いた様子はない。
当たり前か。何度も見てるから。
「こっちだって」
「わかった」
草木が教えてくれる方向へ駆けるあたしを、キトが追いかける。
キトは木達の声なんて聞こえないけど、分かってる。
『あっち』
『あいつら、ワレらをキった』
『イタい』
『タスけて』
植物の声を聞き続ける。その方が、どこにかあさんたちが連れていかれたのかがよく分かるから。
やっぱり苦しいけど、でも足を止めるわけにはいかなかった。
「大丈夫か?」
声のせいで走る速度の落ちたあたしを、キトが気遣う。
「もちろん大丈夫」
何があってもやり通して見せる。絶対にバテるもんか。
あたしたちは山の中なら大の大人にも負けない。
生まれた時から山で育ったんだ。
遊ぶのも、生きるのも、ずっと険しい傾斜の中だった。
平地より山の中の方がずっと得意だ。
だから、他よりずっと早く助けられる。
しばらくずっと走っていた。頭痛のせいで思考や記憶が霞がかっていて、何をしていたのか定かではない。まあ、多分走ってたんだと思うけど。
そしたら唐突に、誰か木が記憶を見せて来た。
連中は、ここで一度休んだらしい。
〜・*・〜・*・〜
「いやっ!さわるなっ」
数人の女性が、何十人もの男に囲まれていた。
「あの野郎を殺せただけでも儲けもんだが、あの集落すげー金持ってたなあ!」
筋肉でなくでっぷり肥った髭男が、二人の女性をあぐらをかいた上に座らせていた。
青褪めた二人はされるがままになっていて、若い方は失神しかけていた。
「溜め込んでやがった!これで当分遊べるぜ。ぎゃははははは」
ほかの男がそう言って奪い取った酒を煽って笑えば、また別の男が言った。
「その前にこっちで遊べるぞ」
下卑た笑いをした男は、後ろ手に縛られて、地面に転がされている女の顎を持ち上げた。
「上玉だからな。精々楽しませてくれよ」
気の強そうな顔をした彼女は、それの顔に唾を吐きかけた。
「触るな。外道が」
瞋恚に燃えるその瞳はとても力強い。
「クソッ、このアマっ」
唾を吐きかけられた男は女を殴り飛ばし、蹴りあげた。
他の女性の悲鳴が響き渡る。
蹴られた彼女は咳き込むことはせども、悲鳴をあげること無くただ男を睨みあげていた。
その視線も男を挑発していたのだろう。
男は剣を抜いた。
〜・*・〜・*・〜
記憶を見たのは一瞬だった。
でも手先からどんどん冷えて行くのを止められない。
恐くて堪らない。
かあさん、無事なの?
「キト、もっと急ごう」
あたしはキトに叫んでもっとスピードをあげた。
「大丈夫…か?」
スピードのことか、さっき見た記憶のことか。
多分両方。
キトは鋭いから今何かを見たということも分かっているのだろう。
「大丈夫…」
弱音なんて言ってられない。
あたしよりずっとずっと辛い思いをしたキトが我慢してるんだ。だからあたしも大丈夫。
走って走って走った。
『ここ』
『コワいヤツラ、ここにイる』
「キト、ここだよ」
そう言ってあたしはその建物を見上げた。
それは、至る所に落書きがされた大きな館だった。
そして記憶は立ち返る。
翻った剣先。煌めいた刀身。
かあさんの強い視線。毅然とした態度。
―――抵抗のできない、後ろ手。
生きてるのか。無事なのか。
分からなくて、怖くて、怖くてたまらない。
でも、声が聞こえた。
『マだココでは、イきてた』
それは光明。




