三 吉報と凶報
毎日更新するつもりだったのですが……すみません
いっぱい泣いたら少しすっきりした。
だからあたしたちは、次に、現実を見なければならない。
前を向く勇気を振り絞って、あたしはキトに尋ねる。
「さっき、女達が連れ去られたって言ってたよね?」
キトもあたしも、そんなこと考えたくなかった。でも、もしも誰かが生きているのなら、あたしたちが助けたかった。
キトが噛んだ唇を湿らせてから答える。
「金を奪って、ついでに女も奪って逃げたらしい。イヨ姉ちゃんとか、オレらの母さんとかがいなかった」
「あたしらのかあさんも?!」
つい大声をあげていた。驚愕が心を満たし、希望が雲間から差す。
「生きてるの!?ほんとに?………よかったぁ…」
へなへなと地面に座り込んでしまうけど、本当に良かった。嬉しい。かあさんが、生きてる。
「若いから、対象になったらしい」
淡々と言うキトだけど、キトもこの事にどれだけ救われたんだろうな、と思った。
「こうしちゃいられない。助けに行かないと」
勇んで立ち上がったあたしを、キトは止める。
「ちょっと待て」
「助けに行くなっていうの!?」
確実にあたしの行動を咎めて、制限しようとする声だった。あたしがキトをにらめば、キトはくわっと怒鳴った。
「そんなわけねえだろ!!」
びりびりと空気が震えて、キトが切羽詰まっているのが分かった。
怒ったキトは恐い。いつもはあんまり怒らないから、尚更恐い。イタクおじさんよりずっと。
あたしががちがちに恐がっているのを見て、少しだけ表情を和らげた。
「ただ、イタクが勝てなかった奴等に特攻かけても無駄死にするだけだって言いたいんだ」
慰めるように言われて、あたしは思わずうなだれた。後先考えずに突っ走ってしまうのは、あたしの悪い癖だ。
「ごめん…」
謝れば、キトは気にするなと言ってくれた。
「それじゃあどうしたらいいの?」
あたしたちじゃ敵わないことは分かったけど、純粋にあたしたちはどうすべきなんだろうかと思って顔を上げた。
「ふもとの騎士団の詰所を頼ろう」
キトはそう言うが、あたしは納得できない。
詰所とは地域ごとに派遣されている警備の為の騎士達の集まりのこと。でもふもとの街は腐抜けの騎士ばっかりが集まってた。
「あんな奴等、きっとすぐにげちゃうよ。
あんな腰抜けばっかの騎士に頼ったって無駄だよ。
今までだって、詰所の騎士達よりイタクおじさんのほうがみんなに頼られてたじゃん」
あたしたちの里は、異国の民だったあたしたちのおじいちゃんぐらいの人たちが、この国にやって来て一から立ち上げた里なんだって。
だから、麓の街とは、食べ物も、服も、建物も違って、あたしたちの顔立ちの雰囲気も、この国とは全然違う。
それはともかく、文化が違って、あたしたちの里の商品はよく売れるし、物珍しいから、夜盗やら、盗賊やらがいっつもくるんだ。
だから、一度、盗賊退治を騎士団に依頼したことがある。でも、所長はあたしたちをこの国の人間じゃないって言って、協力なんてしてくれなかった。
あたしたちだって高い税金払ってるのに!
それでも頼んだら、渋々数人の騎士を派遣してくれたんだけど、イタクおじさんとか盗賊に恐れをなして逃げちゃった。ほんとムカつく。
イタクおじさんに師事してる、あたしとキトなら騎士の一人や二人倒せそうな気がして更にムカつく。
だからあたしはキトに反対だ。でもキトは微かに笑って愉しそうに言った。
「それがな?この前赴任して来た所長は違うらしい。都でも有名な奴だって話だ。だから、きっと頼れる」
キトは強いやつが好き。好きこそ物の上手なれ、って言うけど、キトは武芸も狩りも、好きだから上達した。
ついでに言うなら、あたしもキトと遊びたかったから、武芸もがんばって練習した。だから結構強い方。
強いやつが好きなキトは、その人に好印象を抱いてる。こんなときでもやっぱりキトはそうなんだな、と思ったら、あたしも少し笑った。
「なんだよ」
キトに不審がられたから、真剣な顔をする。
まだあんまり納得できなかったけど、キトの言う事なら確かだと思う。
「分かったよ。キトを信じる」
そう言えば、キトは力強く頷いた。
頬を、熱が焦がした。キトの頬を照らす光を見て、あたしは振り返る。まだ里は燃えていた。
〜・*・〜・*・〜
キアスが左遷されて赴任した街の側には山があり、その山の中腹には変わり者の集落があると聞いた。
異国の情緒の溢れる里を作り、決して街の者と関わらない訳ではないが、一般の移民とは違い、故郷の国と同じ習慣で暮らし、この国に染まらないらしい。
そこの集落では、小物や反物を作って売買し、それの利益を得ているという。隣人に見せてもらった作られた物は、独特の雰囲気を持つが、どれも品がよく、人気があった。
キアスはまだ彼らを見た事は無かったが、一応貴族でもあるキアスから見ても、相当良いものであった。
そして、一番キアスがその集落を意識する原因になったのは、彼らの集落には腕の立つ男がいるらしい、ということであった。
この街の騎士団も前任所長が腐抜けなので、些事から大事件まで、彼に頼っていたらしい。
某少年のごとく、強い人と聞くと血の気が騒ぐキアスは、ぜひ一度手合わせしたいものだと思っていた。
そんなことを考えているうちに、その集落の娘が物を売りに来ていると聞いた。
キアスは急いで行ったのだが、人気のある商品ばかりなので、すぐに売り切れ、キアスがつく頃には帰宅していて、残念ながらすれ違いに終わった。
うなだれるキアスを街のみんなで励ましているうちに、誰かが異変に気がついた。
「山が燃えてる…山賊かな」
「あそこ……集落のある所じゃねえか?」
「ほんとうか!?」
「火事か?」
「でもそれなら、集落の誰かが助けを求めて来るだろ?」
「じゃあ家事じゃないのか。……でもそれなら、何だ?」
「山賊?」
誰かが呟いたそれに、皆が静まり返る。
「なに?でもあそこにはイタクさんがいるんだろ!?」
誰かが笑い飛ばし、
「じゃあ火事か?」
誰かが再びそう言い、
「ちげーだろ。山賊だよ」
そして結論に至る。
「イタクさんが敵わなかったんだ…」
茫然と煙を出す山を見つめる住民達を尻目に、キアスは騎士団の詰所へ駆け込んだ。
「山の集落の辺りが燃えている!山賊の仕業かもしれん!早く準備をしろ!」
キアスが赴任したばかりの頃は、腐抜けばかりだった騎士達も、気合いを入れて鍛え直したのでマシな奴ばかりになった。
その成果もあり、5分で準備し終え、馬を駆ける。
しかし山を登るのに馬では難しく、麓に馬を置いて山に登った。
山は険しく、すぐに部下の息が上がってしまう。
「ここでばてた奴は、明日から一週間いつもの3倍の訓練だかんな!」
そう言えば今にもへばりそうだった部下は必死に山を上り出した。
キアスも全身汗だくになりながら上る。高度はそれほどないが、傾斜が急な道だったのだ。
皆が漸く集落に着いたとき、そこには目を疑う光景が広がっていた。
炎が、集落を覆っていた。
「おい…嘘だろ?」
燃え盛る火の手を見た部下達は、口を開けて見ていた。
辺りに人影はなく、燃え残っている木や建物には、血飛沫が散っている。紛れもない蹂躙の跡がそこにはあった。
「あの、イタクさん、が………」
イタクの腕を知っているからこその驚愕なのだろう。
一足早く冷静になったキアスは、部下たちを怒鳴り付ける。
「てめえら!ぼけぼけすんな!生きてる奴がいねーか探せ!」
巨大な炎を止めるのは不可能だ。
位置的に山火事にはならなそうだから、全てが燃え尽きるまで待つしかないと判断したキアスは、生き残りを探させる。
すると彼の背後から唐突に声がした。
「信頼できる?」
「少なくとも前の奴とは違う」
「確かに隙が無いね」
「でもオレらがこんなに近付くまで気がつかないってのはなあ」
「うん。いただけないね。ほんとに大丈夫かな?」
「…まあ、大丈夫だろ」
少年と少女の声。
キアスがハッと振り替えれば、木の上に座っている二人。
東方のもののような独特の衣装を着た二人。
足をぶらぶらと揺らす少女の方は、比較的綺麗な格好をしていたが、木に立っている少年の方は煤に塗れて、焦げ跡のついたぼろぼろの服を着ていた。
「誰だ!」
キアスが問えば、二人は木から飛び降りる。
結構な高さから降りても音も無く着地する二人に目を見張った。
「あたしはムメ」
「オレはキトだ」
自己紹介をうけて良く見れば、二人とも10歳かそこらの幼い顔立ちで、顔には酷い疲労の跡が残っていた。
「この集落はなぜ…」
「山賊が現れたって。助かったのは街に降りてたあたしと、森にいたキトだけ」
キアスは瞠目した。
この子供たちはどんなにむごい仕打ちにあったのだろうか、と。
それなのに気丈に立っている二人に感銘を受けた。
「それで…」
少女の言を、少年が受け継ぐ。
「女達がさらわれた。だから助けて欲しい。ここに俺たち以外に助かった者はいないから」
「なぜいないと分かる?」
「オレが全員確かめた」
今度はキアスは絶句した。
「いないのはさらわれたらしい女達だけだった」
淡々と告げる少年は、どれほどむごい物を見たのだろうか。それから目を逸らさずにいるのは辛い事だったろう。
「……分かった」
重々しく告げたキアスは号令をかけた。
因みにキトとムメが着ているのは、ファンタジーちっくな和服です