表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

 二 ふたりの涙

「なに、なんでよ…どうして……」


 故郷が、燃えていた。


 愛しい我故郷が、燃えている。


 今日の朝はみんな元気だった。普通だった。あたしが、集落を下って物を売りに行っている間に何があったの?


 煌煌と燃え盛る炎の前で、あたしはただ立ち尽くした。


 あたしたちの集落の建物は、全て木でできていて、麓の街のようにレンガの洋風な建物じゃないから、燃えやすくて危ないことは、教えられていて知ってた。

 物心ついた頃から、大人が口を酸っぱくして教えるものだから、耳にタコが出来るぐらい知ってた。


 どうして燃えてるんだろう。火事の時のための水だって各家に用意されてて、それにみんな、何がなんでも火を消すような、強い人たちだったのに。


 どれほど茫然としていたのか、気がついたら人間の燃える臭いが、した。


「とうさん!かあさん!どこっ!?」


 我にかえってかあさんととうさんに声をかける。生きている人はいないのだろうかと、必死に声をかける。


 あたしが集落の中に入れるような、燃えてないところはない。だから声をかけるぐらいしかできない。


「じじさま!ばばさま!おじさん!おばさん!」


 返事が無い。あたしの声が、ごうと燃え上がる炎に吸い込まれる。だれか。


 恐怖に震える声帯をどうにか動かして、一番仲がよかった幼馴染みを呼ぶ。


「キトー!」


「はーい」


 耳元で声がした。え?


「きゃぁぁぁぁっ」


 ついうっかり叫んでしまうのも仕方が無いと思う。だってこんなに近くで返事があるなんて思わないよ!


「え?どうしたの?」


「あんたのせいだよ。いきなり驚かさないで!」


 振り返れば、すぐ後ろにキトが立っていた。あたしの幼馴染み。産まれたときからずっと一緒の男の子。


 驚いた上に、キトがいるってわかって安心したからか、全身の力が抜けそうになった。


「おい、大丈夫?」


 素早く幼馴染みのキトが支えてくれる。あたしはなんとかまた立ち上がって、大事なことを口にする。


 キトが生きてるんだから、きっと。


「みんなは?!」


 良く見れば、キトの服は煤まみれで所々焦げていた。


 顔色も悪いし、怪我もしている。


 炎の中から逃れて来たという風貌のキトは、あたしよりちゃんと状況を知っているはずだ。希望が募る。


「……みんな、あの中だよ」


 あたしの頭の中が真っ白になった。


「みんな…」


 みんな?とうさんも?かあさんも?じじさまも?ばばさまも?お向かいのおばさんも?仲の良かったあの子も?妹や弟のようだった子たちも?


「どうして…?」


 キトは頭がいいから、きっとあたしの聞きたいことがきっと分かった。



 なんで?なんでキトだけが外にいるの?



 でも、キトはその、ともすれば責めるような言葉を気にしないように、話し出した。


「オレは、森に行ってたんだ。狩りに行ってた。森から煙が見えて、行ってみたら、燃えてた。でもまだ炎がまわってなくて、集落の中にも行けたから、必死で中に入った」


 キトは弓が上手で、よく間近の森に行って晩御飯を狩ってくる。あたしも一回見に行ったけど、百発百中で凄かった。

 うちにもお裾分けしてくれるから嬉しい。


 だから、キトが森に行っていた、と言うことには納得なんだ。


 でもそこで、初めてキトの顔色がものすごく悪いことに気がついた。


 キトは強がってるだけで、あたしと同じに怖いんだ、って思った。ずっとキトの方が頭がよくて大人っぽいけど、あたしと変わらない11歳。


 怖くないわけが、ないんだ。


 勇気づけるようにキトの手をギュッと握って先を促す。


 キトはごくりと唾を呑んで続けた。


「山賊だ。山賊がここを襲った」


「嘘………いつも追い払ってたじゃない」


 山の中ほどにあるのがこの集落。

 確かに山賊にはよく狙われていたけど、武術に明るいイタクおじさんとかが、いっつも追い払ってくれてたのに。


「洒落にならないぐらいの大人数だったらしい。イタクも対応しきれなかったのだと」


 キトは震えていた。


「大体みんなもう息が無くて、女達は連れ去られたあとで、辛うじて息のあったムメのじじさまに、逃げろって言われた」


 キトはそれで逃げて来たんだ。炎の中を、突っ切って。


 あたしたちが着てる服は前袷で、総じて袖が広くなっている。キトの袖に、黒く縁取られた穴が空いていた。火の粉が、かかった痕。


「あと、ムメを頼むって」


 あたしを…。


「火を、消さないと…」


 まだ、間に合うかもしれない。あたしは譫言みたいに呟いた。


 火を消せば、誰かが生きて助かるかもしれない。

 そう思ったけど、水場も一緒に燃えていて、あたしは天候を操る能力なんて持っていないから、為す術はない。


「無駄だ。もう助からない」


「分かんないじゃん!もしかしたら助かるかもしれないじゃない!」


 冷酷に言い切ったキトに、半泣きで叫ぶ。

 まだ誰か生きてるかも知れないじゃん!

 キトは全て見たわけじゃないんでしょ!


 その心の声は漏れていたみたいで、キトは悲しげに目を伏せた。


「全員死んだ。みんな亡くなってた。オレが、確かめた」


「え…」


 みんな?みんな死んでた?


「嘘だ!嘘だ!ねえ!嘘だって言ってよ!」


 信じたくなくって、あたしはキトの胸倉を掴んで揺さぶった。


 キトは泣きそうに言った。


「嘘じゃないんだよ、ムメ。みんな…死んでたんだ」


 あたしは涙がほろほろこぼれて、止まらなかった。

 だってあたしには、キトの言葉を疑う理由が、信じない理由が無かったんだ。


「………なく、な、よ…」


 ただ頬を伝う涙を脱ぐって、キトが慰めてくれた。

 あたしはキトを慰める。


「キトだってないてる。ないていいじゃない」


「そ、だな………ぅぁっ、……うぁぁぁ………っく」


「うわぁぁぁぁっああぁぁぁぁ!」


 握った手を離して、キトにとんと抱きついた。ほとんど変わらない身長。首筋に顔を埋めた。


「…………ぁぁぁぁぁっ!」


 キトもあたしと変わらないで、いっしょになって、泣いた。


 足の力が抜けて、座り込んで、肩に顔を埋めた。キトも、似たような感じ。




 あたしたちには、辛すぎる現実。死を悼むように、現実から逃げるように、あたしたちは泣き続けた。





有難うございました

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ