二 ふたりの涙
「なに、なんでよ…どうして……」
故郷が、燃えていた。
愛しい我故郷が、燃えている。
今日の朝はみんな元気だった。普通だった。あたしが、集落を下って物を売りに行っている間に何があったの?
煌煌と燃え盛る炎の前で、あたしはただ立ち尽くした。
あたしたちの集落の建物は、全て木でできていて、麓の街のようにレンガの洋風な建物じゃないから、燃えやすくて危ないことは、教えられていて知ってた。
物心ついた頃から、大人が口を酸っぱくして教えるものだから、耳にタコが出来るぐらい知ってた。
どうして燃えてるんだろう。火事の時のための水だって各家に用意されてて、それにみんな、何がなんでも火を消すような、強い人たちだったのに。
どれほど茫然としていたのか、気がついたら人間の燃える臭いが、した。
「とうさん!かあさん!どこっ!?」
我にかえってかあさんととうさんに声をかける。生きている人はいないのだろうかと、必死に声をかける。
あたしが集落の中に入れるような、燃えてないところはない。だから声をかけるぐらいしかできない。
「じじさま!ばばさま!おじさん!おばさん!」
返事が無い。あたしの声が、ごうと燃え上がる炎に吸い込まれる。だれか。
恐怖に震える声帯をどうにか動かして、一番仲がよかった幼馴染みを呼ぶ。
「キトー!」
「はーい」
耳元で声がした。え?
「きゃぁぁぁぁっ」
ついうっかり叫んでしまうのも仕方が無いと思う。だってこんなに近くで返事があるなんて思わないよ!
「え?どうしたの?」
「あんたのせいだよ。いきなり驚かさないで!」
振り返れば、すぐ後ろにキトが立っていた。あたしの幼馴染み。産まれたときからずっと一緒の男の子。
驚いた上に、キトがいるってわかって安心したからか、全身の力が抜けそうになった。
「おい、大丈夫?」
素早く幼馴染みのキトが支えてくれる。あたしはなんとかまた立ち上がって、大事なことを口にする。
キトが生きてるんだから、きっと。
「みんなは?!」
良く見れば、キトの服は煤まみれで所々焦げていた。
顔色も悪いし、怪我もしている。
炎の中から逃れて来たという風貌のキトは、あたしよりちゃんと状況を知っているはずだ。希望が募る。
「……みんな、あの中だよ」
あたしの頭の中が真っ白になった。
「みんな…」
みんな?とうさんも?かあさんも?じじさまも?ばばさまも?お向かいのおばさんも?仲の良かったあの子も?妹や弟のようだった子たちも?
「どうして…?」
キトは頭がいいから、きっとあたしの聞きたいことがきっと分かった。
なんで?なんでキトだけが外にいるの?
でも、キトはその、ともすれば責めるような言葉を気にしないように、話し出した。
「オレは、森に行ってたんだ。狩りに行ってた。森から煙が見えて、行ってみたら、燃えてた。でもまだ炎がまわってなくて、集落の中にも行けたから、必死で中に入った」
キトは弓が上手で、よく間近の森に行って晩御飯を狩ってくる。あたしも一回見に行ったけど、百発百中で凄かった。
うちにもお裾分けしてくれるから嬉しい。
だから、キトが森に行っていた、と言うことには納得なんだ。
でもそこで、初めてキトの顔色がものすごく悪いことに気がついた。
キトは強がってるだけで、あたしと同じに怖いんだ、って思った。ずっとキトの方が頭がよくて大人っぽいけど、あたしと変わらない11歳。
怖くないわけが、ないんだ。
勇気づけるようにキトの手をギュッと握って先を促す。
キトはごくりと唾を呑んで続けた。
「山賊だ。山賊がここを襲った」
「嘘………いつも追い払ってたじゃない」
山の中ほどにあるのがこの集落。
確かに山賊にはよく狙われていたけど、武術に明るいイタクおじさんとかが、いっつも追い払ってくれてたのに。
「洒落にならないぐらいの大人数だったらしい。イタクも対応しきれなかったのだと」
キトは震えていた。
「大体みんなもう息が無くて、女達は連れ去られたあとで、辛うじて息のあったムメのじじさまに、逃げろって言われた」
キトはそれで逃げて来たんだ。炎の中を、突っ切って。
あたしたちが着てる服は前袷で、総じて袖が広くなっている。キトの袖に、黒く縁取られた穴が空いていた。火の粉が、かかった痕。
「あと、ムメを頼むって」
あたしを…。
「火を、消さないと…」
まだ、間に合うかもしれない。あたしは譫言みたいに呟いた。
火を消せば、誰かが生きて助かるかもしれない。
そう思ったけど、水場も一緒に燃えていて、あたしは天候を操る能力なんて持っていないから、為す術はない。
「無駄だ。もう助からない」
「分かんないじゃん!もしかしたら助かるかもしれないじゃない!」
冷酷に言い切ったキトに、半泣きで叫ぶ。
まだ誰か生きてるかも知れないじゃん!
キトは全て見たわけじゃないんでしょ!
その心の声は漏れていたみたいで、キトは悲しげに目を伏せた。
「全員死んだ。みんな亡くなってた。オレが、確かめた」
「え…」
みんな?みんな死んでた?
「嘘だ!嘘だ!ねえ!嘘だって言ってよ!」
信じたくなくって、あたしはキトの胸倉を掴んで揺さぶった。
キトは泣きそうに言った。
「嘘じゃないんだよ、ムメ。みんな…死んでたんだ」
あたしは涙がほろほろこぼれて、止まらなかった。
だってあたしには、キトの言葉を疑う理由が、信じない理由が無かったんだ。
「………なく、な、よ…」
ただ頬を伝う涙を脱ぐって、キトが慰めてくれた。
あたしはキトを慰める。
「キトだってないてる。ないていいじゃない」
「そ、だな………ぅぁっ、……うぁぁぁ………っく」
「うわぁぁぁぁっああぁぁぁぁ!」
握った手を離して、キトにとんと抱きついた。ほとんど変わらない身長。首筋に顔を埋めた。
「…………ぁぁぁぁぁっ!」
キトもあたしと変わらないで、いっしょになって、泣いた。
足の力が抜けて、座り込んで、肩に顔を埋めた。キトも、似たような感じ。
あたしたちには、辛すぎる現実。死を悼むように、現実から逃げるように、あたしたちは泣き続けた。
有難うございました