灰かむりの瞳(2)
「おいおい、もしかして俺だけが見えてない感じか?」
「いえ、ルイだけが見えています」
頬杖をついたまま片眉をひそめたローガンに、顔を逸らして笑いを堪えているリュカが答える。
「よくあるんだよ。ルイにしか見えない人が来ること」
「そうそう。だから僕らは慣れっこなだけ」
「ああ、そう」
小さなイスの上で足を揺らしているぬいぐるみたちの言葉を聞いてローガンは胸を撫で下ろした。
「……え? よく?」
だが、言葉の意味を今一度理解したのち開いた口が塞がらない。
「それって霊がよくここを訪ねてくるってことか? 幽霊アトリエじゃねぇか」
そんな彼にお構いなくルイへ尋ねるリュカ。
「ルイ、今回の方は?」
「ライラさん。歳は12くらいだと思います。灰かむりの瞳を持っていました」
その一言を聞いてローガンも思わず黙る。
「灰かむりの瞳か……」
この世界ではあまり浸透していない病名だ。だが、彼らにとっては他人事ではなかった。
「あいつも、ネロもそうだからな」
ネロは、頭からつま先まで全身が黒の男・闇属性の国家魔法使いだ。
灰かむりの瞳を持って生まれてきてしまった彼は家族にも忌み嫌われ、名前すら与えられず侮蔑的に灰を意味する“アッシュ”と呼ばれていた。
暴力・暴言は当たり前。部屋はなく屋根裏部屋、食事抜きだって日常的。扱いは奴隷そのものだ。
もうどうでもよくなり自ら命を手放そうとしていた時偶然通りがかったローガンに拾われ、彼の中に眠っていた魔法使いの素質はみるみると開花されていき現在は五芒星の地位についている。
名前はローガンの提案した黒を意味する“ネロ”が気に入ったようで即採用。以降、彼は自身をネロと名乗っている。
「……ルイ、あの眼鏡は?」
琉衣に尋ねたローガンの緑青色の瞳はわずかに揺れている。
「ライラくんのおじいさんが彼のために作った眼鏡です。灰色の世界を色付ける眼鏡」
「そんな物、作れるのか?」
「おそらくあれは完成されていなくて、きっと作っている途中で亡くなってしまったのでしょう」
「……そうか。いや、ははっ、そうだよな」
ローガンは愁いの滲む瞳で俯き気味に笑い声を漏らした。
『ねぇ、おじいちゃん。どこに行こう?』
『ライラの好きなところへ行こうか』
『じゃあ僕、海に行きたい!』
アトリエを出た二人は手を繋いだまま空を飛び海に向かっていく。
――――――
『……ねぇ、聞いた? あそこのお宅、生まれてきた息子が灰かむりの瞳だったらしいわ』
『まあ! 忌み子ねぇ』
ライラが灰かむりの瞳を持って生まれてきた噂は近所伝いに広がっていった。周囲の目線は哀れみ、もしくは蔑みに満ちている。それでも家族はライラを愛した。
『おじいちゃん、なにつくってるの?』
『眼鏡さ』
『めがね?』
『ええ、おじいちゃんは眼鏡の職人さんなのよ。誰かの世界を美しくする素敵なお仕事よ』
『それもだれかのめがねなの?』
『ああ、これはな、お前の眼鏡だ。ライラ』
ライラが生まれてからウォルターは作業部屋に閉じこもることが多くなった。一日の境がわからなくなるほど眼鏡作りに没頭し、体はやつれていった。
どうしてもライラへの、そして灰かむりの瞳を持つ子への眼鏡を作ってあげたかったのだ。きっとこんな眼鏡を作ろうとするのは自分しかいない、そんな焦りが日に日にウォルターを苦しませ続けた。
『……ゴホッ、ゴホッ』
元々患っていた病が悪化し、ウォルター自身も自分の死期を悟り始める。だからこそここで手を止めるわけにはいかなかった。
『あなた少し休憩したら?』
『もう少しなんだ。これでライラに色のある世界を……』
『あなた!』
とうとうウォルターは志半ばで倒れてしまう。
彼の死は家族を、そしてライラをいたく悲しませた。
指折りの眼鏡職人であるウォルターなら創り上げてしまうのではないか、というわずかながらの希望は彼の死とともに無惨にも打ち砕かれた。同時に家族の中で保たれていたなにかも音を立てて崩れてしまったのだ。
ライラがいじめられた際、以前まではいつだって彼の味方で居続けた両親もどこか諦めにも似た感情で受け流すようになり、愛情は新しく健常者として生まれてきた次男に注がれるようになった。
それでもライラは一人で戦った。
だが、まだほんのこども。耐えきれるほどのものではなかったのだ。
ライラはある晩、川へ飛び込んだ。
遺体となって戻ってきた我が子に両親は泣き崩れた。後悔はしてもしたりないほど溢れて止まらなかった。
――――――
『おじいちゃん、海奇麗だね』
『ああ、奇麗だ』
『これが青色なんだね』
『そうだな、コバルトブルーなんて言われもするな』
『太陽は白なんだ』
『本来は燃えるような赤なんだがな』
『葉っぱの緑も花によって全然違うね』
『花も同じ花なのに違う色だってある』
『色って聞いていたよりも、ずっとずっと奇麗だ! おじいちゃんのこの眼鏡のおかげで、僕こんな素敵な世界を見ることができた。ありがとう』
ウォルターの瞳から溢れ出す涙。
『……生きている時に渡してやれなくて、すまない』
片手で顔を押さえて涙を堪えようとするウォルターに抱きつくライラ。
『僕、色を見るならおじいちゃんと一緒がいいってずっと思っていたんだ。だから今夢が叶ったよ』
『……ありがとう、ライラ』
ライラを抱きしめ返すウォルター。
未練が断ち切れた二人の霊は光の粒となり、空へ昇るようにそっと消えていく。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
二人は最後に素敵な景色が見られたことでしょう。
灰かむりの瞳の物語、もう一話お付き合いください。




