小さな愛され魔法使いのおともだち
どんな忘れ物をしたことがある?
宿題? 資料? スマホ? カギ閉め?
じゃあ、こんな忘れ物はしたことあるだろうか。
思い出、恋心、夢、約束、未練。
異世界に忽然と開かれた”忘れ物探偵事務所”ではどんな忘れ物でも取り扱っている。
扉を開けると、小さな魔法使いが出迎えてくれることだろう。
ほら、あなたの”忘れ物”を伝えてみて。
必ず解決してくれるよ。
◇
「ルイー、オレンジマーマレードを練り込んだマフィンを作ったよ」
両手にミトンを付けてオーブンからトレイを出す、左耳に縫い跡がある桃色のウサギのぬいぐるみ。トレイの上には湯気立つ黄金色のマフィンが六つ乗っている。
ウサギのぬいぐるみが自分の何倍もある大きさのトレイを頭上で持ち上げれば、ひとりでに棚から動き出した皿たちが階段をつくりぬいぐるみをテーブルの上へと導いた。
「合わせの紅茶は何にしようか?」
様々な茶葉が並ぶ棚の前で腕を組んでいる、破けた首の縫い跡を隠すように赤いリボンを首に巻いた茶色のクマのぬいぐるみ。
熟考ののち決まったようで短い手足を動かして棚に上ると、自分の背丈の半分ほどある缶を両手で抱えて飛び降りた。
クマのぬいぐるみの動きに合わせて棚からテーブルに移動したティーカップとソーサー。パカパカと蓋を弾ませながらテーブルの定位置に移動するシュガーポット。クルクルとバレリーナのように回転しながらソーサーの上に舞い降りたティースプーン。
「いつもありがとう」
それらは柔らかな表情を携えた少年の前に並ぶと役目を終えたように静まる。
が束の間、遅れてテーブル上に現れたミルクピッチャーに、飛んだり、音をたてたり、蓋を動かしたりと抗議を始めた。ミルクピッチャーは中身が零れないように注ぎ口を下に伸ばす。さながら申し訳なさそうに頭を下げているようだ。
「ふふ、今日もみんな元気だね」
口に手の甲を添え笑った少年。名をルイ。
ススキの穂のように光を透き通す茅色の髪、春に芽吹く若葉を思わせる淡い萌黄色の瞳。
歳は8歳ほど。穏やかな表情も口調も動作もどこか年相応ではない。けれど、可愛らしい顔立ちから紡ぎ出される笑い声にはまだあどけなさが残っていた。
「はい、どうぞ。とっても美味しくできたんだよ。僕食べられないからわからないけど」
「紅茶はダージリンにしたんだ。マフィンが美味しくなかったら紅茶だけ楽しむといいよ」
「うん、ありがとう」
クマのぬいぐるみが注いでくれた紅茶を飲み、ウサギのぬいぐるみから手渡されたマフィンを食べていると、どこからかやってきたブラシがルイのやや癖が見られる髪を梳かし始める。
整ったと見るとブラシは元の場所へ戻り、次いでやってきたのはネックレス。
中に光を閉じ込めたような小さなキューブのチャームがついたネックレスは、蝶の羽ばたきのようにチェーンを揺らし彼の元へ辿り着くと、花に止まるが如くその首元を飾った。
――ガチャリ
奥の扉が開きやってきた一人の青年。
キャラメルのような褐色肌は、林間に差す朝日のような承和色の髪と瞳を引き立たせる。すらりと伸びた体躯を包むドレスシャツ、青みがかった黒のウェストコート、同色のスラックス。非の打ちどころのない美しい青年だ。
彼の左耳ではルイのネックレスと同様のキューブがついたピアスが揺れている。
この青年は光の精霊。名をリュカ。現在は精霊界を離れ人間の世界でルイと共にここで過ごしている。
「ルイ、本日の――先程朝食を召し上がったばかりでは?」
「リュカさんもこのマフィン食べませんか? とっても美味しいですよ」
「では、お言葉に甘えて」
ルイの正面に腰かけたリュカは、自分の元にトコトコと歩んできた皿からマフィンをひとつ取り口に運ぶ。
「どう? 僕が作ったマフィン美味しいでしょう?」
「ええ、味は。ですが時間を考えなさい」
「えー。だって僕たちはお腹空いたとかお腹いっぱいとかわからないもん」
ウサギのぬいぐるみは自分の腹に手を当てて首を傾げてみせる。だが、傾いたことで大きな頭を支えきれなくなりそのままテーブルに倒れた。
ため息をついたリュカはぬいぐるみを持ち上げると、テーブルの端に用意された小さなイスに座らせる。
「危なっかしいので座っていてください」
「そうそう。僕らはぬいぐるみなんだから」
先に小さなイスに座っていたクマのぬいぐるみもリュカに賛同し、「ねー?」とルイに同意を求める。
「ふふ、そうだね。でも、せっかくだから……」
立ち上がったルイはおもむろにデスクの引き出しから羽ペンと紙の束を取り出すと、手のひらに乗せフッと息を吹きかけ唱えた。
「`Olu Makana」
すると、むくりと起き上がった羽ペンに下部二隅を足のようにして立ち上がった紙の束。まるで命が宿っているかのように動いている。
ルイの手のひらの上で、横になった紙の束の上に飛び乗った羽ペン。二つは空飛ぶ絨毯のように宙を舞ってテーブルに辿り着くと恭しく頭を下げ、あっという間に小さなイスに二人並んで座るウサギとクマのぬいぐるみの似顔絵をかきあげたのだった。
これにはぬいぐるみたちもご満悦。表情は変わらないが、声は楽しそうに弾んでいた。
ルイは魔法使いだ。使うのは、“ともだちになる”魔法。動く彼らはみんなルイのおともだち。
そして、こぢんまりとした部屋の一角にはショーケースがあり、中には指輪、本、帽子、靴など持ち主のいない様々な”忘れ物”が並んでいる。
そんなここは、求める人、求められた人のみ辿り着くことのできる秘密の”忘れ物探偵事務所”。その名も『記憶のアトリエ』。
このアトリエに訪れたのなら、どんな”忘れ物”でも、小さな魔法使いが必ず解決してくれることだろう。
ルイは透明な瓶を開け中から金平糖を一粒取り出すと口に放る。
控えめなフリルがあしらわれた白の丸襟ブラウス、黒のサスペンダーハーフパンツ、長い靴下にガーター姿のルイは、自らの足で近づいてきてくれたコートハンガーからケープを受け取り羽織った。
金の装飾が施された夜空色のミドルケープは、国に正式に認められている魔法使いの証。
――カラン、カラン
アトリエの扉に付けられたベルが鳴る。早速お客さんがやってきたようだ。
「あ、あの、気が付いたらここにいて……」
恐る恐る扉を開いた女性に、小さな魔法使いルイは花が綻ぶように微笑んだ。
「ようこそ。“忘れ物探偵事務所”『記憶のアトリエ』へ」
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
不思議に溢れた秘密の”忘れ物探偵事務所”へようこそ。
次回『忘却の花畑』




