『笑わずの姫』(ルシア庭にて)⑤
エイカーは有能無能以前の問題で、あまり出来の良い侍女ではない。
それがルシアの率直な感想である。
しかし、良くも悪くも目敏い点、あまり関わってこようとしないという点では評価できる。
下手にカーサスとの仲を取り持とうなど、してほしくない。
空になった来客用のカップを見下ろたルシアの視線は、ただ無機質に下ろされていた。
来客はエルバーグリーク王妃アリーナの私書を持ってきていた使者だった。内容は娘を気遣うもの。
『ぜひ、今読んでそのお返事を聞かせて欲しいわ』
だから、使者にはこう言った。
『旦那さまにはよくしていただいております。お気遣い感謝申し上げます。時節柄、お義母上様もお身体おいたわりくださいませ』
おそらく、これはわたしへの監視の一環。使者と話したかどうか、話せる場所にいたかどうか、それを確かめているのだ。
しかし、内容は本当に破り捨ててもいいようなものではあった。
『旦那さまとは仲良くしてらっしゃるかしら?
陛下はまじめな男だと仰いますが、あなたは、私の大切な娘のひとりです。
何かあれば、すぐに言いなさい』
使者が去った今、エイカーには用なしになった来客セットのカップやお茶菓子を下げさせる。
「残ったものは、皆で食べるといいわ」
自分の感情を隠そうとしている様子は見受けられるが、嬉しそうにするエイカーが他の小間使いに与えるかは分からない。しかし、ルシアは何も言わず、彼女が去った応接室で大きく伸びをして、ふと肩の力を抜いた。
庭に行くための時間が取れた。
それだけが、今のルシアが取れる唯一の憩いの時間だった。
ルシアのいたセファゾドールの城にも庭があった。
家族でのピクニックをその庭を使ってよくしていたということもあり、思い出の中に逃げ込むルシアにとって、このダファーラの庭も大切な場所として存在するようになっていたのだ。
最初は小鳥に朝の残りのパンを与えることを楽しんでいた。しかし、そこで馬を見つけたのだ。
いや、馬の嘶きに誘われて見つけた憩いの場だった。
茶色の馬は、どこかやんちゃで甘えたな雰囲気を持っており、弟たちを彷彿させ、兄が大切にしていた黒馬、クラウディアを思い出させるのだ。
三番目の兄エヴァンが初めて自分の馬をもらったと喜び勇んでルシアに見せた時のことだ。
『ちぃ兄さま、お名前はわたしにつけさせてくださいませ。とても綺麗な毛並み。ねぇ、クラウディアはどう?』
と言うルシアに、クラウディアはやさしく鼻を鳴らし返事をしてくれた。
兄のエヴァンは、目を丸くして『それ、女の名前じゃないかよ。こいつ、オスだぞ』と非難したが、結局、『クラウディア』を自分は『クロウ』と呼ぶことで、折れてくれた。
ちぃ兄さまは、いつも優しかった。馬のお世話の仕方もちぃ兄さまが教えてくれた。
「あなたはきっと女の子の名前などはついていないのでしょうね」
耳の後ろを掻いてやると、茶馬はくすぐったそうに鼻を鳴らし、ルシアの頬にその温かな鼻息を吹きかけ、ルシアの反応を楽しむ。面白いのだろう。
「もう」
黒髪の悪魔、そんなふうに侍女たちが陰で呼んでいる少女は、無邪気に怒り、ふわりと笑っていた。














