エピローグ『陛下の見つめる先にあるもの』
晩秋の頃。夕暮れ近くになると急に冷え込むことがある。そんな中、エルバーグリークの王の姿が忽然と消えた。もちろん、失踪や拉致・誘拐の類ではなく。
時々、あるのだ。
彼が王冠を脱ぐ時が。
執務大臣らが、城中を駆け回り『王』を探し回っても、見当たらないということは、このバルコニーにいる。それは、妻の私にとって確信めいていた。臣下から見た彼が、まさか末姫だったジャクリーヌの部屋のバルコニーから、両腕に顔を埋め、落ちる陽を眺めているだなんて、思いもしない。
「陛下、皆が探しておりましたよ」
私の声に、アレキサンドルが振り向く。
「あぁ、夕焼けを見ていた」
夕陽を見ていたのではなく、彼はいつも夕焼けを見ている。
太陽ではなく、その太陽から滲み出される光そのものを。
重みのある毛布に近い、そんなマントを羽織りながら、金色の髪を黄金風に靡かせる夫。
絵にはなるな、と思いながら、彼の隣へと歩み寄る。
アレキサンドルは全く動じず、城下の向こうにあるものを眺め続けている。
「陛下には似合わないご趣味です」
私は静かに彼の隣で零した。
アレキサンドル・ダランベール・イル・エルバーグリーク。
彼が哀愁に耽る姿は、まったく似合わない。
彼の象徴は、猛禽であり、輝ける太陽なのだから。
時に獣の血肉を求め滑空し、太陽のごとく焼き尽くす。
しかし、猛禽も親であり、太陽のごとく何かを温めることもある。
少しの沈黙のあと、アレキサンドルが膨れた子のように、私を横目で非難した。
「そうか? 俺は意外とロマンチストだと思っているのだぞ」
膨れた子は、そう言うと背筋を伸ばし、落ちゆく太陽の残光を名残惜しそうに見ていた。それでも威厳はまだ戻らない。いつもは折れそうにないその背が、とても小さく、わずかな軋みで崩れ落ちていきそうな、そんな『陛下』を皆に見せるわけにもいかないだろう。
だから、私は彼がしていたように、バルコニーに体を預ける。
「ちゃんと知っております。アレクがロマンチストだということは。私もご一緒いたしましょう。后に付き合っていたとでも申せばよろしいでしょう」
私を見下ろす彼の瞳は、緑の瞳。
先祖より受け継がれているこの国の象徴の一つであり、猛禽の印とも言われる。
しかし、それはかつて人々に愛され、担がれ、優しさゆえに自国すら滅ぼしかけた英雄のものなのだ。
そして、まさか、もう一つの象徴、太陽である桃色の金髪が、衰退しゆく国を盛り返した王妃のものだったとは、今は誰も思ってはいない。
そう、何代も前の家臣から見れば、ジャクリーヌが恐れた『赤い髪の魔女』は確かにいたのだ。
そんな彼が自分のマントを少し広げた。
「来るか?」
「えぇ、ではお言葉に甘え」
もう少しこの時間を楽しむ。
彼の憩いの時間に付き合える、そんな自負とともに、私は彼の中にある太陽の温かさに包まれた。
このお話にでてきましたジャクリーヌとエヴァンは同じシリーズにあります『ワルキューレ〜死神と呼ばれた王女とエヴァンジルの庭』に登場する主人公です。
もしよろしければ、そちらにもお越しくださるとありがたいです。
最後までお付き合いありがとうございました。














