EX20-5 ネクスト・ジェネレーション! その5
翌日の朝、学校にて。
お手洗いの鏡の前にいたメルクに、金髪青肌の少女が声をかける。
「あらメルクさん、首のところ虫に刺されてますわよ」
メルクは即座に反応し〝虫さされ〟を手で押さえると、鏡越しに少女と目を合わせた。
マリア・アンビレン。
セーラ・アンビレンとネイガス・アンビレンの間に生まれた長女だ。
セーラから英雄マリアの名を与えられており、その影響か幼少期からマリアに憧れ、彼女を真似したような口調で話す。
金色の髪はセーラ譲りだが体型や肌の色はネイガスに似ており、その影響もあってかシルエットは英雄マリアによく似ている、と関係者は言う。
「う、嘘だよね……?」
「本当ですわ。絆創膏使います?」
「使う……ありがと……」
マリアは持っていたポーチから絆創膏を取り出すと、メルクの〝虫さされ〟を隠すように張り付けた。
「いやあ、ほんとに最近は温かくなって虫が増えてきましたなあ」
「確かに、ベッドに押し倒して首に吸い付く大きな虫が身近にいたら困りますわ」
「あはは、そんなことしてくる虫はいないよ」
「虫刺されはキスマークの隠語でしてよ」
「言ったら台無しだよ!」
「往生際が悪いからですわ。安心なさい、誰にも言うつもりはありませんから」
「むぅ……ありがと。しかし、それにしてはマリア落ち着いてない?」
「いずれこうなると思ってましたもの。おめでとうございます」
「……素直に喜べない」
友達にすら、いずれこうなると思われていたのだ。
なんだかメルクだけが取り残されているようで、困惑する。
「言っておきますが、わたくしだって普通ではないという認識はありますわよ。だって姉妹ですもの」
「だよね!」
「何で少し嬉しそうなんですの……ですがわたくしの両親もなかなかイカれておりますから」
「あー……セーラさんとネイガスさん。そういやネイガスさん、妊娠してるんだよね」
「ええ、五人目の妹ですわ」
「さすが魔族って言っていいのかな」
「セーラお母様も見た目が変わらないので、種族の問題ではないと思いますわ」
「それはマリアんちがおかしいだけじゃないかな……いやアタシらの周りの母親、やたらみんな若いけど」
ステータスと外見年齢に相関性があるなんて話は聞いたことがない。
だがそう思わなければ納得できないほど、メルクたちの母親は若かった。
思春期の娘からするとちょっぴりうざいほどに。
「昨日なんて、セーラお母様と歩いていたらついにお姉さん扱いされましたわ」
「あの人どうなってるの? 改造してる?」
「天然物でしてよ」
「魚みたいに言うじゃん」
「ネイガスお母様曰く、消費者としては天然か養殖かは重要だと言っていましたわ」
「絶妙に触れづらい言い回しだなあ……」
「まあ、そこに関してはわたくしも同意ですわね」
「マリア、ちっちゃいの好きだもんね」
「ええ……小ささは正義、幼さは真の美! 無垢なものを愛するのは人間の本能ですわぁ!」
突如として荒ぶるマリア。
そう、彼女はネイガスの趣味を引き継いで小さい女の子が大好きだった。
「英雄マリアはライナスって男の人が好きだったみたいだけど」
「確かにわたくしは英雄マリアの名を継ぐ者として、彼女に憧れを抱いていますわ。しかし憧れを上回る衝動がある……そう、これはこの世に生を受けたわたくしが背負うべき使命!」
マリアは自分の体を抱きしめると、くねくねしだした。
「あぁっ、愛しのツァール様! 今日の放課後は会えるのかしら。いえ、たとえ会えなかったとしてもわたくしが魔王城に出向き必ずその愛くるしいお顔を――」
「はいはい、もうホームルーム始まるから行くよー」
こうなるとマリアは話を聞かない。
メルクは彼女の腕を引っ張って、教室へ連行するのだった。
◇◇◇
教室に入ったメルクは、じとっとした視線に突き刺された。
発射元を確認すると、姉の席だった。
その隣には、呆れ顔のフェリシアの姿もある。
フェリシアとシエラ、メルクはそれぞれ三か月ほど空けて生まれてきたので、学年は同じなのだ。
加えて、今年は同じクラスであるため、毎日騒がしく過ごしている。
「やっと戻ってきたか。こっちはシエラが嫉妬モードに入ってめんどくさかったんだぞ」
「マリアとメルク、今日も仲良しですね」
シエラはじめっとしたオーラを纏っている。
しかしメルクがやってきて軽く頭を撫でると、そのオーラは一瞬で霧散した。
「友達に嫉妬してどーすんの。だいたい、マリアがアタシに興味ないことぐらいわかってるでしょ、射程範囲外なの」
「そうですわよ。メルクはいわば熟れすぎた果実ですもの」
「人を熟女みたいに言うな」
マリアは『あら、わたくしの中では同じですわよ』と言いそうな顔をしていた。
軽く恐怖を覚えたメルクは、逃げるようにシエラに話を振る。
「聞いての通りだから。そんな湿気を出さないでよシエラ」
「じゃあ……言ってください」
「何を?」
「私が一番だって、ここでみんなに聞こえるように言ってください。そしたら許します」
メルクの袖を引っ張りながら、上目遣いでねだる姉。
かわいいな……一瞬そう思ってしまった自分をメルクは叱責すると、友人たちに助けを求める。
「フェリ、姉がメンヘラ彼女みたいになったときってどうしたらいいのかな」
「独り身のわたしに聞くな」
「マリアぁ~」
「我が家では押し倒して抱けばだいたい解決しますわよ」
「これだからアンビレン流はー!」
誰も助けてくれなかった。
逃げるのを諦めてメルクは「仕方ないなぁ」と軽く息を吐き出すと、シエラの耳に口を近づける。
そして他の二人に聞こえないように囁いた。
「シエラ……あ、愛してるよ」
メルクの顔は、耳まで真っ赤になっていた。
常識人ぶって抵抗はしているものの、メルクが姉とそういう関係なのは紛れもない事実である。
二人きりになって雰囲気が盛り上がれば、なんだかんだ言いつつもメルクからキスをしたり、愛を囁くこともあるわけで。
というかここは家じゃないので親にバレる心配もないし、最悪友人にバレたところでいつものことと流されるだけ。
だから、少し大胆になれた。
しかしその行為はメルクの想像以上にシエラにクリティカルだったようで――
「~~~~っ!」
シエラは突如として立ち上がると、走って教室から出ていってしまった。
フェリシアとマリアは不思議そうにその背中を見送る。
「メルク、何をしたらシエラの顔はあそこまで真っ赤になるんだ?」
「追いかけたほうがいいんじゃないですの。こい……妹なのですから」
「ごまかすの下手くそか! というか、たぶんアタシが行ったら逆効果かも」
結局、担任が教室に入ってくる直前になってシエラは戻ってきた。
どうやら廊下に出て頭を冷やしていたらしい。
だがその後も一日中シエラの様子はどこかおかしかった。
◇◇◇
同日、十三時――フラムはキリルが営むケーキ屋を訪れていた。
人気店の店主として忙しく過ごすキリルだが、この時間ならちょうど昼休みで話す余裕もあるのだ。
といっても、週の半分はフラムの住む家にキリルたちも帰ってくるので、話すことは普段もできているのだが。
「私にしか相談できないことがあるって聞いたときは何事かと思ったけど」
キリルはサンドイッチに噛みつくと、ゆっくりと咀嚼し、間を空けて言った。
「娘二人が付き合ってるかもしれない、か。本当に私にしか相談できない内容だね」
「だから言ったでしょー」
フラムも同じく、ミルキットが作ってくれたサンドイッチを口に運びながら、気だるそうに答えた。
「どーしたもんかなー……はむっ」
「さすがに想像を超えてたから私から言えることはあんまりないけど、フラムはどうしたいと思ってるの」
「んぐ……あの二人には幸せになってほしいと思ってる。できれば、戦いとは無縁な人生であってほしい……けど、そういう関係もある意味で戦いって言えると思わない?」
「でもメルクは冒険者を志してて、フラムはそれを認めたと思ってたけど」
「まあね……夢だって言うんなら反対はできないよ。あの子の才能を考えたら、それが一番楽に稼げる方法だとは思うし。いやでもさ、そっち方面まで冒険することなくない!?」
「生々しい話になるけど、あの二人がそういう道を選ぶのなら、むしろ冒険者の方が平和かもよ」
「なんで? 〝むしろ〟なんてことある?」
「姉妹で付き合うとして、ハードルになるのは人付き合いだよね。その点、冒険者は実力主義で、力さえあれば人間関係をねじ伏せることができるから」
「あー……確かに、アウトローな仕事ではあるからねぇ」
他の冒険者が姉妹で付き合うことを揶揄したとしても、無視してやればいいだけではある。
いや、まず周囲にバレないのが一番だと思うのだが――最近のメルクとシエラの様子を見ていると、それも難しそうな気がしている。
「というかキリルちゃん、もう二人の関係を認める方向で話を進めてる」
「ミルキットも認めてるとなるとね、私がどう言ったところでって感じじゃない?」
「うぅ~、そうなんだよねぇ……」
ぐでーっと脱力して、机に突っ伏すフラム。
「二人の幸せがどこにあるのかははっきりしてる……じゃあこうやって悩むのって、母親としてよくないことなのかなぁ」
「そこはさすがに普通だと思う」
「だよねぇ!」
「問題は、フラムの境遇が普通ではないことだけど」
「だよねぇ……」
まず女性同士で子供を作る技術、というのをエターナが生み出したところから普通じゃない境遇は始まっている。
戸籍の問題だとか、倫理の問題だとか、色々と問題はあった。
なので技術以外の問題も解決するために、この技術が生まれるのに六年もの月日が必要になったのである。
それを差し引いても、フラムは普通ではない。
希少属性の持ち主で、世界を救った英雄で、たった一人で世界の軍事バランスを崩壊させかねない爆弾でもあり――ともかく、色んな〝異常〟が積み重なった存在なのだ。
「慣れたら、受け入れられるのかなぁ」
「ところで、メルクとシエラの関係はどこまで進んでるの?」
「……最後まで」
「わお」
「わおが出ちゃった」
「出るよそりゃあ。見たんだ」
「聞こえた。ミルキットが張り合ってた」
「モラル無いハウス爆誕だ」
「秩序よ! 君はいずこへ!」
「フラムとミルキットがいちゃついてた時点で風紀は乱れてたと思う」
「過去の私ッ!」
「今もね」
「すべての私ィーッ!」
祈るように天へ向かって叫ぶフラム。
その様子を見てキリルは肩を震わせ笑った。
フラムは冷静になると、ジト目でキリルを睨んだ。
「私、キリルちゃんに弄ばれてる?」
「弱ってるフラムはかわいいよ」
「奥さーん! キリルちゃんが私を口説いてます! 浮気してまーす!」
カウンターの奥にいるショコラに呼びかけるフラム。
ショコラはおもちゃで遊ぶ娘を抱いていたが、フラムの方を見ると余裕のある表情で微笑む。
「〝いつものことだから〟みたいな苦笑いをされた……!」
「フラム、私はね、勇者という立場から逃げられないのなら全力でそれを利用してやろうって決めたんだよ」
「悪い商売してるなあ」
「最近はミニ勇者人形付き勇者ケーキなんてものも販売を始めたんだ」
「ケーキ屋さんだよね……?」
「表情が百種類あってランダムで出てくる」
「本当に悪い商売してるなあ!」
「発案はショコラ」
「奥さーーーんっ!」
再び穏やかに微笑むショコラ。
あの母の表情の奥底には、実は邪悪な感情が秘められているのかもしれない。
「すごいよショコラは、私じゃ思いつかない案を色々出してくれるから。本当に助かってる」
「すっかりしたたかな夫婦になっちゃって」
「フラムたちと違って結婚まで時間がかかったからね。結婚してもこういう悪ノリみたいなのが抜けないんだ」
「悪友……いや戦友みたいな?」
「たしかに調理場は戦場かも」
繁忙期のキリルは、フラムに『オリジンよりクリームの方が怖い』と愚痴ることすらあった。
もちろん冗談なのだが、戦いとはまた違うしんどさがあるようだ。
それでも好きだからこそ修行を続けて、好きだからこそこうして独立して店を持ったのだが。
ちなみに師匠のティーシェは今も一人で中央区の店を切り盛りしている。
キリルのおかげで評判が広まったからか、結構な人数の弟子を抱えて、よく『もっと自由に酒を飲ませてくれー!』と愚痴っているらしい。
「しかし、メルクもシエラもあんなに小さかったのに、もう恋愛の話題かあ。うちのココもあっという間に大きくなるのかな」
ココ・スウィーチカは現在二歳である。
キリルはフラムたちより結婚が遅かった上に、結婚と独立の時期が重なったので子供が生まれるのもさらに遅くなったのだ。
「子供の成長は早いよお。大人なんて全然変わんないのに、こっちが置いてかれちゃう」
「確かに、私とフラムがこうやってお茶して駄弁ってるのも、あの頃といっしょだもんね」
変わりゆくものはある。
けれど、変わらないものだってある。
愛おしいものほど、案外変わらないものだ。
「エターナさんも変わらないし、セーラちゃんもあの頃のままだし……」
「うん、確かにセーラはそのままだね」
「……」
「……」
「……なんで?」
「わからない……」
ほのぼのとした雰囲気から、突如としてミステリーに迷い込む二人。
セーラ・アンビレン、見た目変わらない問題。
これは現在のコンシリアにおける最大の謎であった。
「セーラって、別に魔族とかではないんだよね」
「うん、私は一般的な人間だって聞いてるよ」
「魂を操作する魔法で……」
「あの魔法、セーラちゃんはあんまり使いたがらないって聞いてるよ」
「この場合、使ってない方が怖い」
「でもさ、ショコラに言わせると私たちも相当らしいからさ」
「それでもセーラと比べられたら……」
いくらあれが異常なのだと言われても、羨ましくはなる。
だがいくら話し合ったところで、謎が解けることはないだろう。
あのエターナやジーンをもってしても解明できなかったのだから。
なのでキリルは諦めて話を変える。
「セーラとは別の話になるけど、実際のところ寿命についてどう思ってるの?」
「どうって?」
「フラムがその気なら、不老不死にだってなれそうだけど」
フラムの反転は、死や時間の経過を消すこともできるだろう。
何なら、時間の逆行だって。
しかしフラムはあまり興味がなさそうだ。
「あー……まあ、ミルキットが望むならやってもいいけど」
「あんまり深くは考えてないんだ」
「今のとこは、二人で年取って行こうよって意見で一致してるから。私はね、おばあちゃんになったミルキットを見てみたいの」
「それはわかるかも」
「キリルちゃんだって、おばあちゃんになったショコラのこと見てみたいよね」
「フラムのも見たいな」
「奥さーーーん!!」
「ふふっ、今のぐらいじゃうちのショコラは怒らないよ」
余裕たっぷりにティーカップを持ち、コーヒーを飲むキリル。
すると奥にいるショコラが反応する。
「今のは問題発言だと思ってるよー」
穏やかさに少々の迫力がこもった笑み。
結構怖い。
「さっきのはアウトだったみたいだよ」
「……ラインがよくわからないな」
キリルの顔が軽く引きつる。
さすがの勇者パワーも、自分の奥さんには通用しないようだった。
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