【アニメ第7話放送記念】残骸7 奉仕者たち
フィノはフラムからの助言通り、リーチと接触を図った。
元々知り合いだったアデリッサのおかげもあり、話は順調に進んだが、どうやらリーチが多忙のため本人と会うことはできないらしい。
何でも、病に臥せった妻の看病に専念してたため、随分と仕事を溜め込んでいたのだとか。
結果として、フィノは代理の人間と会うことになった。
指定されたのは中央区のとあるカフェ。
フィノは先日とは打って変わって質素な服装を身にまとい、隅の席で一足先に紅茶を口に運んでいた。
派手な服装をしていたのはアデリッサを喜ばせるためで、普段はそうでもないらしい。
するとそんな彼女の席に、ハンチング帽を被った女性が近づいてくる。
彼女は帽子を脱いでフィノに軽く会釈すると、向かいの席に座った。
「兄さんと会いたがってたのはあなた?」
フランクな物言いとは裏腹に、育ちのよさを感じさせる所作をしている。
「代理って妹なの? リーチ・マンキャシーってもっとシビアな世界で生きてる人間だと思ってたけど」
「舐めてもらっちゃ困るなー、こう見えても新聞記者なんだから。ウェルシー・マンキャシーだよ、よろしくね」
そう言ってウェルシーはフィノにカードを渡した。
名刺かと思い受け取るも、すぐにフィノはそれが白紙だと気づく。
抗議しようと思ったが、直後にウェルシーがカードに手をかざした。
「バーンプロジェクション」
火属性魔法により文字とウェルシーの顔が浮かび上がる。
「ずいぶんと自己主張の強い記者さんね」
「あれー、みんな喜んでくれるんだけどな」
「時と場合によるわよ。記者にとって便利そうな魔法だとは思ったけど」
「なんだって私は、世界から真実を切り取る新聞記者だからねー」
「芸を見せてくれるのは嬉しいけど、あなたで本当に大丈夫なの? リーチ・マンキャシーは新聞社も経営してるって聞いたことあるわ、そこで雇われるんでしょう」
「コネ入社だって言いたいの? まあ、否定はしないけど、私なりに正義を持ってやってるつもり。じゃなきゃ、自分が住んでる東区の闇に斬り込もうなんて思わないよ。いやあ、まさかレデンプターの娘さんが西区で娼婦やってた女に貢いでるだなんてねー」
「……わかったわよ、認めるわ」
「それはどーも」
完全に弱みを握られているらしい。
とはいえ、アデリッサはリーチと知り合いなのだから、その妹ならば知っていてもおかしくはない情報ではあるが。
「しっかし、あのアンヴォロおじさんの裏の顔か。子供の頃から知ってるけど、そんな人だとはあんまり思いたくないな」
「お兄さんから聞いてるでしょう、人食趣味の変態貴族よ」
「うへえ、ひどい字面。でもまあ、善人の顔を隠れ蓑にしてる貴族って一人や二人じゃないのよね」
「他にもいるの?」
「アルフレッドって人は慈善活動家として有名なんだけど、裏の顔があるとか言って同僚が調べてる。まあ、私の見立てではほぼ黒だけど、証拠を集めるのは大変そうかなー」
「そんな話、素人に聞かせていいの?」
「アンヴォロってアルフレッドとも仲良いんだよね、だから裏で繋がってる可能性もあるかなと思って。まあ、念の為だから関係なかったら忘れてよ」
「アンヴォロのことも知ってるみたいだけど、あなたから見たアンヴォロってどういう男?」
「無私無欲。社員と弱者のために全てを捧げる胡散臭いほどの善人」
「吐き気がするペルソナね」
「まったくだよ。あいつらが被ってる仮面が精巧すぎる。本物の善人の面の皮を剥いで作ってるのかもねー」
ウェルシーがそう言って肩をすくめると、フィノは「ふっ」と僅かに表情を緩めた。
場の空気も和んだところで、ウェルシーは店員が差し出したばかりの冷水を一気に飲み干し立ち上がる。
「じゃ、とりあえず行きますかー」
「どこに?」
「兄さんから情報をもらってる。レデンプター家の元執事が、引退して今も王都に住んでるんだって」
そう言って、ウェルシーは住所が記されたメモをひらひらと振った。
◇◇◇
中央区の一角に、その木造アパートはあった。
中は一人暮らし用の狭い部屋だったが、周囲は静かなので、老人が隠居するにはちょうどいい場所なのかもしれない。
「それにしても新聞記者さんが来るとはねえ。お坊ちゃまが何かおいたを?」
テーブルが置かれた居間――その椅子に二人並んで腰掛けるフィノとウェルシー。
住民である老人は、丁寧な所作で二人の前に紅茶の入ったカップを置いた。
連続で紅茶か――と心のなかで思うフィノだったが、漂う香りは先ほどのカフェで出てきたものより明らかに芳醇だ。
さすが元執事、といったところだろう。
「いやあ、そんなんじゃありませんよー」
相手の警戒を解くためか、ウェルシーは営業用の笑顔を見せながら答える。
「アンヴォロさんは東区では人格者として有名ですからねー、彼の人となりを知りたいと思いまして。ねえ?」
「え、ええ。何でもいいから情報を知りたいのよ」
老人はぎこちない喋り方をするフィノを見て、ふっと微笑む。
「若いですなあ。まあいいでしょう……お坊ちゃまと言えば、やはり真っ先に話すべきは食事についてでしょうなあ。幼い頃は、それはもうよく食べたものです。食べても食べても終わることなく、ひどいときは一日中絶えず食事をしていたこともあるぐらいです」
「さすがにそれは、人間の体には無理なんじゃないですか?」
「体調は崩していましたねえ。しかし、それでもお坊ちゃまは食べるのをやめなかった」
フィノは人肉食に連なるルーツを見つけたような気がして、顔をしかめる。
「それだけ食べてたら、かなり太りそうだけど」
「太っていましたよ。当時のお坊ちゃまは、それはもう豊かな体の持ち主でしたから。ご両親が心配して薬師に相談する程度には」
「でも今は特別太ってないわよね」
「きっかけがあったんですよ。当時、レデンプター家では犬を飼っていたのですが、それが王都に侵入してきたモンスターに食われてしまったのです。幸い、お抱えの冒険者が退治して人間に被害はありませんでしたが、お坊ちゃまは目の前で愛犬が食べられる様を見てしまった」
そんな出来事があれば、間違いなくトラウマになるだろう。
しかしそれはあくまでモンスターが犬を食べた、という話だ。
それとも、その光景を見てアンヴォロもモンスターのようになりたいと思った――とでもいうのだろうか。
「それからというものの、お坊ちゃまは何も食べずに一週間過ごし、そこで倒れてしまったのです」
「倒れて当然ですねー、水を飲んでたとしても死んでておかしくない期間です」
「起きてからは普通に食事を摂るようにはなったのですが……明らかに以前よりは量が減っていました」
「だから今みたいに細い体になったのね」
「トラウマで食いしん坊が治った、ですか。精神面はともかく、肉体の方はそれじゃ満足できるものなんでしょうか」
「私が屋敷をやめるとき、お坊ちゃまに尋ねたことがあります。なぜ以前のように食べなくなったのか、と。するとお坊ちゃまは笑いながら言いました」
老人は少し間を空けて、どこか寂しそうに言った。
「食べても食べなくても、どうせ変わらないから、と」
「変わらない……」
反芻するフィノ。
それに気づいたというのなら、なぜ今は人間を食べることに至ったのか。
繋がりはわからない――が、アンヴォロの食事に関する感覚が、常人のそれとは明らかに異なることはわかった。
それからも老人の思い出話は続いた。
彼が知っているのはアンヴォロが子供の頃だけのようで、現在とは関係ない、微笑ましい話が続く。
そうしてアンヴォロの人間性が鮮明になるほどに、彼が完全なる善人だとわかるので、フィノの彼に対する嫌悪感は強くなっていった。
「お坊ちゃまの話を聞きに来たはずなのに、老人の思い出話に付き合わせてしまって申し訳ありませんなあ」
「いいえ、参考になったわ。ありがとう」
「また来ますねー」
軽く挨拶を済ませて、アパートを出るフィノとウェルシー。
少し離れた場所で、ウェルシーは取材結果に満足いかない様子で口を開いた。
「なかなか毒にも薬にもならない話ばかりだったねー。もう少し粘ってもよかったんじゃない?」
「慌てたって仕方ないでしょう。何か知ってそうな顔だったけど、取材は信頼関係を積み上げていくのも大事だと思うわよ」
「兄さんみたいなことを言ってる。私もわかってるけどさ、あのおじいさんこっちを試してたようにも見えて」
「試してたんじゃない? 信用できるかどうか、今後も根気強く来てくれるなら教えてあげてもいいよ、みたいな感じに」
「やっぱり。じゃあ、結局あのハートフルエピソードの数々には、何の手がかりもなかったと」
「あったわよ。アンヴォロが食事に執着してるのは間違いない、ってこと。食べる必要がないってことは、リスクを犯してまで人肉を食べるのは体質の問題ではなく、精神的、あるいは儀式的な意味があるってことでしょう」
「性癖ではなく?」
「それだけと言い切るには、アンヴォロの行動は大掛かりすぎるのよ」
「確かに、フィノさんの人生を歪めた上で食べようとしてたんだっけ」
「ええ、つまりもっと彼にとって重要な、人生そのものにまつわる理由があるはずなのよ」
ハーヴェストという物々しい計画まで動いているのだ。
少なくとも教会は彼の思想に共感し、協力している。
ならばそれだけの価値がある〝何か〟がそこにあると考えるのが自然だろう。
「それに、アンヴォロを失脚させるための情報には、彼が東区で築き上げた信用を打ち砕けるだけの信憑性が必要よ。過程だったり、人格形成の経緯だったり、そういうものも大事なの。だから今日のハートフルエピソードも無駄ではなかったって思ってるわ」
「まあ、証拠集めも取材も同じで地道だよねー。その間にも犠牲者が増えるって思うと、どうしても焦っちゃう」
「あたしはあたしが復讐できればそれでいいから」
「そこの割り切りの違いか。達観してるね、アデリッサちゃんのこと以外」
「それはもういいから!」
生身の感情で頬を赤らめるフィノを見て、ウェルシーは『やっぱり記者は向いてないのかも』と考えを改めるのだった。
◆◆◆
アデリッサは、レデンプターの屋敷に居心地の悪さを感じるようになっていた。
自分の家なのに、この場所には無数の欺瞞が漂っているから。
父の尊敬していた部分は、悪人の顔を隠すためのフェイクだった。
母はそれを知っているのだろうか? 知っていて変わらぬ日常を過ごしている?
それに自分が娼館に足繁く通い、フィノと交際しているという事実――あれはバレていないのだろうか。
何が本当で、何が嘘かもわからない。
変わらぬ日常が、途端に胡散臭いものに思えてならない。
ただ家で過ごすだけの休日さえも――
「アデリッサ、待ちなさい」
ある日の昼、廊下を歩いていたアデリッサを父が呼び止める。
彼女の肩が、緊張に僅かにこわばった。
しかしすぐに彼女はいつもの彼女の表情を装い、父と向かい合う。
「なんでしょうか、お父様」
アンヴォロは振り返ったその笑顔に疑問は持たないはずだ。
変わらぬ笑顔だから。
気づかない。気づいていない……きっと。
だってアンヴォロ自身も、いつもと変わらぬ〝父〟の顔をしていたから。
そしてその表情のまま、彼は口を開く。
「フィノ、という女性を知っているかな」
アデリッサは、反応しそうになる己をぐっと押さえ込んだ。
しかし片手を強く握りしめたことに、気づかれてしまったかもしれない。
なぜ父がフィノの名前を?
清廉潔白な貴族であるアンヴォロが、西区で働く娼婦の名など知るはずもないのに。
もっとも、それはあくまで表面上の話。
フィノは断片的にだが、アデリッサに〝真実〟を伝えはじめている。
それはおそらく、アデリッサが身を守るための情報でもあるのだろう。
現に今、役に立っているのだから。
(お姉さまのいた娼館のオーナーはお父様だった。なら、どんなに変装をしていても、わたしが通っていたことを知らない方が不自然です)
そう、おそらくアンヴォロは知った上で問いかけている。
自分が食べたフィノという娼婦。
そのフィノに入れ込んでいたアデリッサ。
(そしてここで知らないと言えば、わたしが何かを隠していると悟られる……けれどただ知っていると言うだけでは、問い詰められるだけ)
もっと言えば、問題はそこから先だ。
フィノの生存を、アンヴォロは知っているのか――
(ここでお父様がお姉さまのことを聞いてきたということは、お姉さまの今の居場所を知らない? それなら)
実の父とこんな腹のさぐりあいはしたくない。
だが、先に踏み込んできたのはアンヴォロだ。
血縁者に刃を向ける罪悪感は、彼が抱えるべきなのだから、迷う必要もない。
「なぜ……お父様がその名前を……?」
声を震わせ、涙目になりながらアデリッサは言った。
(わたしも知らないフリをして、涙を使ってお父様を揺さぶってしまえばいい!)
それはある意味でアデリッサの甘さでもあった。
アンヴォロに、父としての情も存在することを前提とした作戦だったから。
しかしそこは親子。
彼も同様に甘いのだろう――年頃の娘の涙を前に、露骨にたじろぐ。
「そう怯える必要はない、ただ聞いているだけなんだ」
「お父様こそご存知なのですね? なぜお父様が? あの方は今、どこにいるのですか!?」
アンヴォロにしがみつくアデリッサ。
「落ち着きなさい、アデリッサ」
彼女はさらに感情的な己を演じる。
「落ち着けません! 急にいなくなって……わたし、あの方の身に何かあったのではないかと……! お願いしますお父様、何かご存知なら、ほんのわずかな手がかりでもいいのです、教えてください!」
アンヴォロは困り顔で、助けを求めるように周囲に視線を向けたが、誰もいない。
仕方なく、苦笑いしながら誤魔化しにかかった。
「私は――お前がそういう名前の女性と一緒に行動しているところを見た、という話を聞いてな。その真偽を確かめたかっただけなんだ」
「本当に知らないのですか? 何も?」
「ああ、知らないよ。行動を共にしていたのは事実なんだな」
「……はい。大切な、方です」
「そして今は会っていないと」
アデリッサはうつむき、こくりと頷く。
「それならいい。今後も会わないようにしておきなさい、これはアデリッサの幸せのために言っているんだ」
「そんな……」
アンヴォロは娘の頭をぽんと撫でると、横を通り過ぎていった。
取り残されたアデリッサは、顔を伏せたまま、誰にも見えないようほくそ笑む。
(これでわたしは……〝言い訳〟を得た、でいいんですよね。お姉さまに執着するわたしが、お姉さまの手がかりを捜すためにお父様の部屋を暴く。これなら、怒られはするけれどお父様の裏の顔について調べていると疑われることはない)
父は思わせぶりな態度を取った。
アデリッサは冷静さを欠いた姿を見せた。
シナリオは成立する。
狂乱するアデリッサが父の部屋の鍵を破壊し、フィノの手がかりを探し回るわけだ。
(お姉さまの役に立つチャンス……!)
彼女は一旦、自室に戻った。
そしていつも通り、父が外出する時間を待ち、事を実行に移した。
◇◇◇
物置から手斧を持ち出し、父の部屋の前へ。
扉に斧を叩きつけ穴を開けたら、腕を突っ込んで鍵を開く。
その際、木片が腕を傷つけわずかに血を流した。
痛いには痛いが、演出としては悪くないと開き直った。
そして遠慮なしに父の部屋の引き出しの中身を探っていく。
「……あった!」
そこには、ハーヴェスト計画の文字がある書類束があった。
「この前は急いでいたから一枚しか取れませんでしたが、これだけしっかりした書類なら内容だって書いてあるはずです……お父様が、何をしようとしているのか!」
アデリッサはあえて持ち出さずに、その場で中身を確認する。
そしてページをめくるうちに、困惑した。
「え……えっ……?」
信じがたい内容に戸惑い、そして表情が引きつっていく。
恐怖への変遷だ。
「なに、これ……ハーヴェスト……収穫、って……」
言葉の意味を知る。
知ってはいけなかったこと。
踏み込んではいけない領域に。
そして絶望に心を引き込まれている間に――誰かが、アデリッサの背後に迫っていた。
ぽん、と肩に手が置かれる。
「っ!?」
びくっと体が跳ねた。
振り返る。
そこには――
「見たのね」
「お母様!?」
父ではなく、母デルーナの姿があった。
まあ、母に対しても同じ言い訳を使えば誤魔化せるだろう。
だが今は、そうやって目を背けることができる状態ではなかった。
アデリッサは後退り、母から距離を取る。
「お母様は、これを知っていたんですか。お父様が教会と手を組んで、こんな計画を動かしていることを!」
「あの人から聞いたわけではないわ。ただ、知ってしまっただけよ。アデリッサと同じね」
「だったら止めるべきです!」
「どうして?」
「どうして……? なんでそんなことを言えるんですかッ! だって……だって、これは……」
アデリッサは手に持った書類の束をくしゃりと握りしめながら、声を荒らげた。
「お父様が、わたしを食べるための計画じゃないですかッ!」
そして投げ捨てた。
書類が部屋に舞う。
そんな中、デルーナは無表情のままそこに立っていた。
「わたしを培養ってどういうことですか? わたしは、娘ではなく、肉だったんですか? 食べるために育てていた? それを知ったうえで、そんな親みたいな顔をして……ッ!」
「愛情は本物よ。家畜だって、愛情を込めて育てられているものでしょう」
「わたしが家畜だと言うんですか!?」
「そうではないの、私は娘か夫かを選んだのよ。選んで、気付いたの。あなたがそのために生まれてきたと受け入れたのなら、あなたの人生を完成させることこそが、母としての義務だと」
「わけがわかりませんッ! わたしは……わたしです。わたしが幸せになるために生きています!」
「パパとママが幸せになれば、あなたも幸せでしょう?」
両親に感謝はしている。
しかし――ここまで命を好き勝手にされて、お利口に従えるほどアデリッサは聖人ではない。
「ふざけないでッ!」
「お願いよ、決してこれは悪いことではないの。将来的には世界を救うことになるかもしれないわ!」
「誰が人肉なんて食べたがるんですか、どうかしています!」
「礎よ。ゆくゆくは人だけでなく、様々な食料を増やしていくの」
「その言い訳の犠牲になれと?」
「お願いアデリッサ、あなたにしかできないことなの。あなたでなければ、アンヴォロは……彼は……」
娘に手を伸ばすデルーナ。
それに対しアデリッサは部屋の窓に駆け寄り、開け放つ。
そして窓枠に足をかけた。
「待ちなさいアデリッサ、ここは三階よ!?」
「だから何だって言うんですか。食われて死ぬか、飛び降りて死ぬか、だったらわたしは飛び降りる方を選びますッ! 死んだあとに好きに食べればいい!」
「それでは意味がないのよ、収穫しないと!」
「結局はそれですか! お父様もお母様も、私を娘として見ていない――」
「見ているわ、娘だからこそと言ったでしょう? 優しくてかわいいアデリッサ、あなたしかアンヴォロのことを救えないの! 私ではいけないのよ!」
「余計にタチが悪いんですよッ!」
アデリッサの怒りはあまりに正当だった。
二人の言い争いを聞いてか、他の使用人たちも集まってきた。
お嬢様、おやめください、冷静になって――そんな声が聞こえてきたが、アデリッサが止まるはずもない。
なぜなら、この場において最も冷静なのは彼女だったから。
「わたしの幸せは、お姉さまの元にある……こんなところでぇぇぇッ!」
「アデリッサッ!」
娘は飛び降り、母の悲痛な声が響いた。
デルーナは窓に駆け寄り、下をみやる。
同時に、ゴスッという鈍い音がした。
「ぅ、ぐぅぅ……あ、が……」
下は土だったが、さすがにこの高さからの落下に人体は耐えきれない。
アデリッサの手足はありえない方向に曲がっており、特に左足のふくらはぎからは折れた骨が飛び出し、出血もしていた。
芋虫のように悶え苦しむアデリッサ。
食肉になるのと、芋虫のように死ぬの、どちらが惨めだろう――ふいにデルーナの脳裏にそんな考えがよぎったが、彼女はそれを振り払って部屋を飛び出す。
使用人たちと共に階段を駆け下り、裏庭に出て娘を捜した。
「アデリッサ、アデリッサぁっ!」
きっと娘からしてみれば、そうまでして必死に名前を呼ぶ理由はわからないだろう。
なぜなら彼女は、娘を父に食わせようとしていたのだから。
だがアデリッサがそんな疑問を懐く余地はなかった。
なぜなら、飛び降りた彼女がいたそこには――
「……いない?」
血痕と落下の形跡以外、何も残っていなかったのだから。
「あの傷で、今の間に出ていけるはずなんてないわ! どうなっているの!?」
髪を振り乱し、大声をあげるデルーナ。
すると少し遅れてやってきた使用人が、彼女に報告した。
「あの、私は奥様が到着するまで上からお嬢様の様子を見ていたのですが」
デルーナはその使用人に掴みかかる勢いで駆け寄り、肩に手を置いた。
「娘はどうなったの! どこに行ったの!?」
「ローブ姿の女性が連れ去ってしまいました。おそらく、風魔法の使い手かと」
「誰よそれはぁっ!」
「わかりません。頭まで深くフードを被っていたので。ただ、すごいスピードでしたので、おそらくSランク以上の冒険者ではないかと!」
「ギルドに問い合わせて、風属性のSランク冒険者の動向を探りなさい! 今すぐによッ!」
使用人たちは「はいっ!」と声を揃え、怯えながら駆け出す。
その場に残ったのは、デルーナと専属の使用人のみとなった。
途端に彼女の体から力が抜け、膝から崩れ落ちる。
使用人は心配そうに寄り添ったが、デルーナは邪魔くさそうに振り払った。
「どうしてこんなことにッ! アデリッサ、あなただって命を賭けてでも、父親を幸せにしたいって思うでしょう? 同じではないの……?」
そして彼女は本気の涙を流し、地面を濡らすのだった。
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