朔の日(三)
その声は、佳月の姉の陽名だった。
必死に佳月を探していたのだろう。
薄っすらと額に汗を書いて、小さな肩を、息切れで上下させている。
それでも、アーモンド型をした黒目がちな眼は、生気がみなぎるように、キラキラと輝いていた。
「佳月!」
陽名と二人して、駆け寄った。
だが、何故かその距離は中々、縮まらない。
こんなに近くに居るのに。
鳥居の目の前に、佳月は立っている。
今にも、その足を一歩踏み入れようとしていた。
その時、蒼一の目には、鳥居の向こうから、黒いモヤの様な物がこちら側に流れ込んで来ているのが見えた。
そのモヤは、人の腕の様でもあり、動物の顔の様にも見える。
佳月は、それを受け入れるかの様に、小さな手を差し出した。
蒼一は、恐怖感で胸がいっぱいになった。
何処か、自分の手の届かない所へ、佳月が連れて行かれそうな気がしたからだ。
もがきながら、佳月に駆け寄ろうとする蒼一の横を、陽名がすり抜け、佳月の身体を抱きとめた。
あっという間の出来事だった。
おおおぉぉぉん、山が鳴る様な音、いや、声がして、そのモヤは消えた。
今まで中々、前に進めなかったのが嘘の様に、蒼一の身体がすっと動いて、佳月と陽名に追いついた。
「佳月!陽名!」
見れば、佳月は気を失っている様だ。
佳月を抱きとめている陽名も、支えきれないでいる様で、足元がフラフラしている。
「バカ蒼一!なんでこんな所に佳月を連れてきたの!?」
陽名は、気丈にも、生気に満ちた眼で、蒼一を睨みつける。
「ごめん」
蒼一は、佳月の喜ぶ顔が見たくて、子猫を見せたかった。
だが、佳月にとって、ここはイケナイ場所だったのだ。
「ごめん、陽名」
陽名が来なかったら、今頃、佳月はどうなっていたんだろう。
鳥居と大注連縄の向こう側にいる何かに、連れて行かれていたんだろうか。
陽名の腕の中で眠っている様に、気を失っている佳月を見ながら、蒼一は今更ながらに凍りついた。




