終わりのはじまり
ーー 地獄があった
いや。
地獄とは生易しい言葉かも知れない。
だが、それしか言い表す言葉が浮かばない光景が、目の前にあった。
半ば溶けた元は人間だったモノがゴロゴロと転がっていた。
爆風で身体の一部が千切れているモノもあった。
その惨状に残された片目を覆う事が出来たら、少しはマシだったのかも知れない。
だが、自分には覆う片手が無かった。
自分は失敗したのだ。
「祭」をしくじった。
半身である姉を亡くし、護りとなる男を失ったあの時から、この結末は変えようが無かったのだ。
穏やかな春の日差しのように、優しかった姉。
明るく真っ直ぐな、得難い友。
(奪ったのは誰だ?)
守りたかった人を、奪い去った本当の大元は。
半笑いに歪んだ表情には、蔑みが、虚無が、悲しみが塗り込められていた。
「ふ、ふふ…ふ、はははっ」
答えるものも、一人も居なくなった廃墟に嘲笑が響く。
歩みは自然とある場所に向かっていた。
オオオンと、阿鼻叫喚とはこんな「音」を言うのだろう。
今や制御出来なくなった「それら」は、贄を求めて蠢いていた。
「この国を喰らってなお、飢えがおさまらないとみえる」
この世の憎しみ、この世の恨み、妬み、嫉み、欲望、悲しみ。
負のそれらを全てここに集めたて留めてある。
だが、それももう終末が近づいていた。
ふ、と。
命尽きる間際、心に忍び込んだドス黒い感情は、喪失感で空っぽな身体を埋め尽くした。
「我が身を喰らえ、そして願いを聞き届けろ…化け物ども」
その声に応える様に、怨嗟の音は響き渡る。
崩れ落ちそうな身体を引き摺り、玉砂利を敷き詰めた空間に倒れこむか様にして、身を踊らせた。
狂女の嗤い声が聞こえた気がしたが、それも幻聴だったのかも知れない。
「…呪われろ…驕れる…」
ここに、ひっそりと蠱毒の法は成立した。
時は、昭和二十年八月。
この国にきのこ雲が立ち上り、事実上、戦争が終わった日の事だった。