第8話 忍術(ステルス)〜リュウ
ドリームメーカーにより、夢世界王国を築き上げたマウは、高層ビルの最上階から世界を見下ろし、
「俺の時代が訪れた。。。だが、、、仮想現実だけでは何か足りない・・・やはり、この現実世界を支配してこそが世界征服なのか・・・。」
そう言いながら、一本100万円は下らないと云われている、ウィスキーシングルモルト山﨑50年ものをバカラグラスに注ぎ、ハーフ-ロックで喉に流し込む。
そして、食道を流れる原液を体の内側で感じながら、クラシック音楽の静かな音色を目を閉じて嗜んでいた。
その時、乾いたノック音と同時に
「マウ様。」
と、扉の向こう側から、潤った甲高い声でメイドが呼びかけてきた。
「なんだ。」
至福のひとときを殺伐とした機械音が水を刺したことで、マウは機嫌を損ねていた。
「夜分遅くお寛ぎのところすみません。。。お客様が来られていますが、いかがいたしましょうか。」
「客人?」
ふと時計に目をやると、既に日付を超えて1時間ほどが経過した深夜1:00。。。
「こんな時間にか?礼儀を弁えろ、と伝えておけ。」
「それが・・・。BJEの幹部の方で・・・。緊急要請を出されております・・・。」
「BJE幹部が緊急要請!?」
マウは怪訝な表情を浮かべながら、少し考えこみ、数秒ほど経って、羽織りものにサッと腕を通した。
そして、重厚な部屋の扉を開け、メイドの目を覗き込み、軽い目配せで、客人を中へ入れる様に伝えた。
ドリームメーカーの件以降、著作権を巡り、BJEとは確執があり、ライバル会社となっている。
それほど対立した企業からの緊急要請ともなれば、相当な出来事なのだろうと考え、マウは、客間へ忙しく足を運び、
(どれ、BJE幹部とやらの顔を拝見してやろうか。)
そう、心の奥底で躍動していた。
長い廊下を抜けて客間を跨ぐと、既にソファーに腰掛けた、ボディガード風で30歳そこそこの、顔全体を黒い布で覆い、高そうなスーツの上からでもわかるガッチリした体型の男性と、執行役員を彷彿とさせ、50歳程度の、恰幅の良いオーラが凄まじい、端正な顔立ちの男性、この二名が、すっと、ソファーから腰を上げた。
「夜分遅くに大変な御無礼をお赦しください。」
開口一番、役員風の男性から、一礼をしながらのお詫びの挨拶があった。
「夜分は遅く、日付も変わったところで、よほどのご事情かと存じ上げますよ。偶々(たまたま)起きていたものですからね。お話は拝聴させて頂くつもりですよ。」
マウは「この時間、普通なら訪問を控える時間だぞ」、と皮肉を込めた、含みのある言い方で応えた。
「それでは、早速本題に。」
しかし、今はそんなことで議論してる場合ではない、と言わんばかりに、役員風の男性は鋭い眼光で先を急いだ。
「結論から申し上げます。元当社社員のジンと言う男をご存知ですよね?彼を暗殺して欲しいのです。」
「…暗殺?」
マウは自分の耳を疑った。
「また、なぜ急に?その男性が何をしたと言うんですか。」
かつて、マウが唯一尊敬した頭脳の持ち主である取引先の男ジン、その彼を暗殺しなくてはならない。。。
「実は、彼がドリームメーカーの真の考案者だったことは、私たちも存じ上げております。しかし、その技術が、なぜ、あなたに流出したのか…それをいくら調査しても、コネクションの証拠がないのです。」
マウは、自分も疑われている対象であり、自分の命の危険もすぐ近くにあると感じ、ダークマターを発動しようとしたその時、
「斬!」
。。。
「お待ちください。話にはまだ続きがあります。」
ボディーガードらしき男が信じられない早さで、能力を発動しようとしたマウを一際大きな手で制止した。
(。。。イオか?!今、何が起こった?!俺が暗黒能力者と分かった上での対応か。。。何をされた!?)
マウは、相手の出方に気付かず、何かをされたのかわからない。
(動けない!?バカな!!)
マウは全て思い通りに出来る能力者だが、「ダーク」と呪文の様な掛け声をしなくてはならない。
(殺される!)
本能が恐怖を感じたのか?
どうしようもない状況になっている自分が、無敵と云われた自分が、ここまで脆いとは・・・。
本来、マウは、自分の命に危険を感じることなど、ここ10年程はなかったが、今、明らかに恐怖を感じている。
「危険な男たち」と体が無意識に反応している。
マウは、敗北を認め、話を聞くジェスチャーをすると、金縛りは解け自由に体が動く様になった。
しかし、相手の能力が未知数で、且つ、これだけ容易に術を解くことは考えずらい。
ここは、先ず、相手の話に耳を傾けながら、次の行動とスキを伺おうと、マウは思った。
「わかりました。では、話の続きを伺いましょうか。」
マウは覚悟を決めた様に応えた。
「実は、ジンは夢世界と現実世界を入れ替え、隣の彼のような、、、あ、失礼しました。実は、隣にいるのは、私の部下で、リュウと申します。彼の能力は、忍術。全ての事象に忍術を発動させる能力者です。彼の様な、特殊な能力者「イオ」を集め、「アルファ」とかいう組織をつくって、戦争を企んでいるようなんです。」
「ほぉ…それは恐ろしいですね。。で、そんな恐ろしい男を私に殺せと言う訳ですか。」
実は、この時、マウは久しぶりに高揚していた。
目の前にイオがいる。
しかも、あろうことか、この幹部は、互助丁寧に、彼の能力まで教えてくれた。
今まで敵なしだったマウにとって、多少なりとも、危険が迫っていたのは事実だが、今は状況が違う。
生きるか、死ぬか、この二択が迫った時こそが、唯一、人間が生きている実感を味わえる時なのだ。
これこそ、生きている醍醐味
「もちろん、破格の報酬は用意させて頂きます。」
「期待してますよ。その報酬とやらを。」
(報酬?そんなもの今の俺には全く興味がない。イオと対峙できること、それこそが生きがいなのだから。)
そう言いながら、マウは快諾し、遅い時間の来訪者達に敬意さえ抱くほどに、喜びが込み上げてきた。
「では、こちらの携帯電話へ次の情報を連絡しますので、お手数ですがお持ちください。」
と、Bluetooth程度の大きさのスマートフォンを渡された。
それをポケットへしまうと、
「すみませんが、常時、耳へ着用願いませんか。」
「耳に?。いや、もう、寝るんだが・・。」
と言いながらも、好奇心から、敢えて耳に装着した。
そして、それを確認すると、男たちは満足気に足早に玄関ホールへと向かい、帰り際に一言、こう言い放った。
「エネハーオール始動。また連絡します。」
マウは相当な違和感を覚えながらも、男たちへ、
「連絡を待っていますよ。」
と伝え、その日の仕事を終えた。