41.ジークinドリームランド
いつもより長いです。
タイトルから分かる通りのパロディネタです。
「ふれでりかぁあ、どこぉ?」
ジークベルトはまた嫌な夢を見てしまった。つい昨日、内緒で可愛がっていた子猫が無惨に殺されて、庭に転がっている所を見付けてしまった事が原因だ。
ジークベルトは犯人を見た訳でも無い、断末魔の決定的な瞬間を見た訳でも無い。それだと云うのに、夢の中で子猫は甚振られていた。殴られて、蹴られて、棒で叩かれて、叩き落とされて、ずっと悲鳴を上げて助けを求めていた。
そして今、猫では無くジークベルトが助けを求めていた。大きくて強くて、優しいフレデリカならば、何があってもジークベルトを助けてくれるからだ。
「ふれでりかぁ⋯⋯」
「まあまあ、ジークちゃま。どうしました?怖い夢を見てしまいましたか?」
「うん⋯⋯ねこが、ねこ⋯⋯」
思い出したら悲しくなって、ジークベルトはまた泣き出してしまった。
「ねこ⋯⋯わたしよりすっごくちいさいのに、なのに⋯⋯かわいそう⋯⋯きっとすごくいたかったよ⋯⋯」
「猫さんはジークちゃまに愛されて、とても幸せでございましたとも」
「⋯⋯そう、かな?」
「勿論でございます」
そう言って、フレデリカはその逞し過ぎる腕でジークベルトを抱き上げ、ゆらゆらとあやし始めた。
「さあ、もうおやすみください⋯⋯きっと今度見る夢では楽しくてわくわくする事が起きますよ」
「ほんとう?」
「ええ、それはもう。ジークちゃまが大好きな夢になりましょう」
***
「大変だ大変だ!」
「えっ⁉︎」
ジークベルトの目の前を、年上の綺麗な男の子が横切った。あんまりにも綺麗だから、女の子だと思いもしたが、何故か男の子だと強く感じた。
「お、おにいさん、どうして大変なの?」
ジークベルトが小走りで追い掛けながら尋ねると、その男の子は脇目も振らずにこう答えた。
「商業区画3番地にある商店で、夕方のタイムセールがあるんだ!これに間に合わないと暫く粗食になる!」
「そ、しょく?」
「待ってろ僕の卵!砂糖!袋詰めの特用パン!」
「ひゃ⁉︎」
そう叫ぶと、男の子は編んだ銀髪を靡かせて、とんでもない跳躍力で門塀を飛び越えて行った。
「す、すごいはやい⋯⋯あれ?」
ふと、男の子が去った後の地面に何かが落ちている事に気付いた。何だろうと拾い上げてみると、キラキラ光る蜂蜜色の透明な宝石だった。
「あのおにいさんが、おとしたのかな⋯⋯?」
キラキラが綺麗だから、自分のポケットに仕舞いたくなったが、ジークベルトは誰かのものを盗むのはいけない事だと知っていた。それにジークベルトが泥棒になったら、きっとフレデリカが泣いてしまう。
(とどけてあげなきゃ)
男の子が走って行った方をジークベルトは見詰めた。商業区画3番地の商店と言ってた。1人で町を歩くなんてとても恐ろしいが、きっとあの男の子は困る。それにジークベルトが頑張れば、褒めてもらえるかもしれない。
見付からない様に門扉を開き、ジークベルトは敷地外へと第一歩を
「あれ?」
そこでジークベルトは、自分が貴族家のお茶会に出ている事に気付いた。白昼夢を見ていたのかと考えたが、キラキラの石を握り締めているのは変わらない。
(⋯⋯さっきのおにいさん、もしかしてここにいるのかな?)
ぼんやり立ち尽くしていると、ジークベルトの周りを色々な花々が埋め尽くした。
「まあ、ジークベルト様」
「ごきげんよう、ジークベルト様」
「今日はとても良い日ね、ジークベルト様」
煌びやかなドレスが花びらの様にひらひらと舞う。しかし、美しいのは見た目だけ。
ジークベルトより少し背の高い花々は、毒々しい息を吐き散らしながら、鋭い言葉をジークベルトに刺していく。
「ジークベルト様の髪は煤を被ったよう」
「あら貴女、煤だなんて知っているの?」
「知らないわ。でも鴉の色って言うよりはいいでしょ?」
ジークベルトの母は海外から来た女性だった。その母譲りの黒髪と黒い瞳は、何処へ行っても揶揄される。
珍しいその髪を揶揄うくらいなら良いが、大人に見付からないように引っ張る子供もいるので、お茶会は嫌いだ。
「あら、見てこのお菓子。とっても美味しい」
「本当。幾らでも食べてしまえるわ」
ジークベルトもテーブルの上を見た。いつもなら高さのあるティースタンドに、色取り取りのケーキやサンドウィッチで溢れている筈だ。所が、そこには味気ないショートブレッドが大量に並べられているだけだ。この毒花達ならば、怒り狂っても可笑しくない。
(びっくりするくらい、おいしいとか?)
ジークベルトはそのショートブレッドを手に取って、まじまじと見詰めた。『EAT ME』と刻印されたそれは、貴族が口にするには素朴過ぎる。
試しに食べてみようかと、ジークベルトがショートブレッドを口に放り込もうとした時である。
テーブルを挟んで向かいにいた花の一輪が、風船みたいに膨らみ出したのだ。
「ええっ⁉︎」
周囲を見ると、見た目だけは美しかった花々が、全て醜く膨張していた。それでも「美味しい、美味しい」とショートブレッドを貪り続けているのだから、不気味である。
「あら、ジークベルト様?お食べにならないのならくださいな」
「わあっ⁉︎」
横から不意に手が伸びて来て、ジークベルトを持ち上げた。ぶくぶくに膨らんだ指で軽々とジークベルトを摘み上げたのは、真っ白い顔の無い巨大な化け物。目も無く鼻も無いが、歯並びの良い大きな口だけがそこに有った。
「ま、まってよ!まさか、わたしごとたべるの⁉︎」
「だってジークベルト様、その方が手っ取り早いと思いませんか?貴方を丸ごと食べて仕舞えば、貴方の全ては私のものですよ」
無茶苦茶だ、そんな訳無い。そう叫びたいのに、あーんと大きく口を開けている怪物には恐くて何も言えない。恐怖のあまり、ジークベルトはぎゅうと目を瞑った。
そして、急に訪れる浮遊感。怪物がジークベルトを口に放り込んだのだ。
「ううっ!⋯⋯⋯⋯わっ⁉︎」
急に尻に衝撃を受け、ジークベルトは思わず目を開けた。
「ひぃっ⁉︎」
また場面が変わっている。此処は壁一面に瓶が置かれている、薄暗い部屋だった。中央に金属製のキラキラしたテーブルが置かれて、ジークベルトはその上に尻餅をついていた。そしてテーブルを囲うように、奇天烈な帽子を被り眼鏡を掛けた男と、うさぎの耳を付けた表情の変わらない男、そして何かYに似た長い棒を背中に括り付けた小さな女の子が、それぞれティーカップを持ってお茶を楽しんでいた。
なんとも可笑しい状況だが、なによりも壁に飾られた瓶が恐ろしくて堪らない。その瓶の中には、見た事も無いグロテスクなものが詰められていて、ジークベルトは泣きそうになった。これなら、さっきの白い化け物の方が怖くないと思えるくらいだった。
「なんだいなんだい?キミは新しい客人か?見ない顔だな」
「えっ?」
帽子を被った男が、ジークベルトの顔を覗き込んだ。
「まあいいや。今日はお祝いなんだよ!なんてったって記念すべきツチノコを解剖出来るんだからね!」
「ツ、ツチノコ?か、かいぼう?」
「そうとも、あの伝説的生物さ!売れば城をまるまる買い取れるかもしれないけど、私は豪快に解剖しちゃうんだ!だって中身が気になるからね!」
「ザレンはさわってみたいのでしゅ!ぷにぷになのか、ぷわぷわなのか、きになるのでしゅ!」
「うんうん、それは大切な興味だよ?キミは研究者向きかもなぁ!」
「ツチノコ、バンザーイ!」と、謎の掛け声で3人はティーカップを高く掲げた。いや、うさぎの耳が付いた男は、何も喋っていない様だったが。
「と、言う訳なんだ。ツチノコパーティーにキミも参加したまえよ」
「え、席は⋯⋯」
「そこで構わないよ!椅子出すの面倒だしね!」
帽子の男は、ジークベルトがテーブルを占拠している事なんて気にもならない様だ。さあさあと、うさぎ耳に新しいお茶の用意をさせ始めた。
「どうせキミ、暇なんだろう?」
「そ、それは⋯⋯」
確かに、ジークベルトが毎日する事なんて無い。勉強も手習いも何となくやっているだけだ。やりたい事も無いから、何となく。ただそれだけだ。
うさぎ耳から問答無用でティーカップを受け取らされた時、ジークベルトは自分がまだ石を握り込んでいる事に気付いた。
手を開くと、石は明るく光り輝いて、薄暗い部屋が一気に真昼の様に明るくなった。その明るさは、暗い所が嫌いなジークベルトには救いになるものだったのだが、3人は慌てた様に叫んだ。
「まぶしいのキライでしゅ!」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯‼︎」
「太陽は駄目だ‼︎」
「え?たいよう?」
「まさか知らないのか⁉︎」
帽子の男は壁際へ走り、扉を開いた。扉の先は真っ暗な深淵。その先は何も見えない。うさぎ耳がジークベルトを抱え上げた。
「ホルマリンに日光は厳禁だ!覚えておきたまえ!」
「ひぃやあああ⁉︎」
掛け声と共に、真っ暗な世界へ問答無用でジークベルトは放り込まれた。
すぐに地面に叩き付けられると思っていたジークベルトだったが、意外にもその空間は水の中の様に上下が判らない場所だった。
体を痛める事はせずに済んだが、道標も無いこの空間で、ジークベルトは途方に暮れた。進むどころか、帰る方法も判らない。
(⋯⋯わたしは、どうしてここにいるんだろう?フレデリカ、たすけて⋯⋯)
持っている石が唯一の慰めだ。こんなに真っ暗なのに、この石だけが星の様に明るく輝いている。涙がぽろぽろ溢れて、ジークベルトは膝を抱えた。
──ああ、大変だ大変だ。
地面の無い場所なのに、足音が聞こえた。気付けば、ジークベルトは見た事も無い街中で蹲っていた。訳が分からない事ばかりで、もう涙も引っ込んでしまった。それに、この声は。ジークベルトは、握り込んでいた石を見詰めた。
「⋯⋯そうだ、あのおにいさんのおとしもの⋯⋯」
辺りを見回すと、道の角をキラキラの銀髪がちらりと見えた。ジークベルトはその影を必死で追い掛けた。
──大変だ大変だ、早く帰らないと。
「ま、まって」
──早く帰らないと、お師匠様が寂しくて泣いてしまう。
「泣かないよ!大人なんだから!」
──泣いて、酒場に迷惑掛けるに決まってる。
「掛けます、ごめんなさい!」
銀髪の男の子は、ジークベルトがよく知る建物に飛び込んだ。帰ったのだ。だってあそこは、ジークベルトとその子の家だ。
「ただいま!」
男の子に続いて、ジークベルトも家へ飛び込んだ。
しかし、また場所が違った。
この場所を、ジークベルトはよく知ってる。何百年と磨き上げられた建物は重厚で格式高く、品が良く設られた家具は一級品だ。
そして追い掛けていた筈の男の子は、銀髪では無く白金の髪をした成人男性に変わっていた。
穏やかな顔で、その男性はこう言った。
「おかえり、ジークベルト」
***
「おはよー、ジークベルト」
シャルールは魔法が解けたのを見計らって、ジークベルトに声を掛けた。
フレーヌには安請け合いしたシャルールだったが、悪夢を見せるノウハウしか無い。取り敢えずピンクとかオレンジをイメージした夢を送り込んだ。悪夢は見てない筈である、多分。
「魘されてたから、ちょっと心配なんだけどー⋯⋯どうだったぁ?良い夢⋯⋯⋯⋯あらっやだ⋯⋯」
ジークベルトは静かに涙を流していた。
「⋯⋯⋯⋯やっば⋯⋯ごめんね?配分間違えてたかしら⋯⋯?悪夢見せちゃった「ち、違う」⋯⋯のね?」
ジークベルトは涙を流しながらも、はっきりとシャルールを見た。
「ありがとう、本当に良い夢だった⋯⋯⋯⋯⋯⋯最後だけな」
最後だけ。と云う事は、殆ど悪夢だったと云う事である。シャルールは申し訳なくなった。
「今度は上手くやるわよ、見てなさい!」
「もうするなよ!フレーヌ、早く帰って来てくれ‼︎」
間話扱いでも良いかな?とは思ったのですが、結構核心に迫ってる気がしたので本編です。




