シーン50 前触れ
水が枯れたという、あまりにも衝撃的な事態は、ただでさえ浮足立っていたレバーロックの住人を打ちのめした。
責任者というワケでは無いのに、町の人々の矛先はアブラムに向いた。
レバーロックの宇宙船に隣接した彼のエネルギー供給所には大勢の人々がつめかけて、理不尽な怒号にも似た大声が飛び交っていた。
アタシ達はひとまず手に入れた物資を雪路の所に運ぶことにした。
水が補給できないというのは死活問題だ。
これからの生活に対する不安は隠しようもないが、かといって、アタシに今何ができるかといえば、答えはない。
とりあえず、雪路の診療所には医療用の簡易製水機があるから、最低限の水分は大気中の成分から生成できる。
今は彼女の所に早く戻って、町の状況を伝えるのが先だと考えた。
バロンがトラックのハンドルを握ってくれた。
一緒に戻るものと思ったら、ジェリーが先に行ってくれと言い出した。
彼もまた、アブラムに用事があるらしかった。別に同行する理由も無かったので、そのまま別行動になった。
ってコトは、診療所までの短いドライブは、久し振りにバロンとの二人きりだ。
なのに、何だかお互いに言葉数が少なくなって、なんだか会話も弾まなかった。
車内は重い雰囲気のまま。
ま、いくら親しい仲でも、時にはこういうもある。
なにしろ、水が枯れたって事実が、どうしても心にのしかかってくるし、なんだか首元を締め付けられているようで、自然と胸が苦しくなる。
アタシはトラックから降りる直前に、ちょっとだけバロンの袖を引いた。
吸盤のついた手に触れて、その感触を確かめる。
彼は無言のままだったが、指先が絡んで、すぐにまた離れた。
診療所には、まだ水が枯れたという情報は届いていなかった。
まあ、伝わったとして、パニックとまではいかないだろう。カーゴシップにも宇宙船同様に製水機はあるし、節水に気を配る必要はあるが、この診療所だけに限って言えば、当面は凌いでいけるだろう。
とはいえ、こういった簡易製水機で生成できる量には限界がある。
一つの町が成り立っていくには、やはり本格的な水源か、製水施設などの設備が要るのだ。
出迎えたマリアに仔細を話して、それから雪路の元へ向かった。
彼女は自室で、食事をとっている時間らしかった。
雪路のプライベートルームのドアを、ついノックも無しに開いた。
このあたり、普段お世話になっている宇宙海賊船での癖が出てしまう。なにしろ、あの船ではノックをするという習慣が無いのだ。
開けた瞬間、ちょっとだけ目を疑った。
ベッドの上に、半裸になった女が一人座っていて、その胸のブラジャーを、後ろから雪路が優しく外している・・・ように見えた。
なんだか倒錯的で、アタシは見てはいけない光景を見てしまったような気がした。
「って、雪路さんにルナルナ、二人とも何してんの!」
アタシが声をかけると、半裸の女・・・ルナルナが振り向いて、顔を真っ赤にした。
「ばっ、ばっきゃろー、何いきなり入ってくんだよ!」
「雪路さん、こ、この状況って?」
「あら、戻ってきたのね」
けろりとした表情で、雪路がアタシ達を見た。
雪路は手にした下着をポイッと捨てて、部屋の隅を指した。
クローゼットがあった。
「三段目の引き出しから、新しい下着をとってちょうだい」
彼女はそう言うと、再びルナルナにを向けた。
「どうせなら、下も履き替えようか?」
「先生、そっちはもう自分で出来るって」
ルナルナは真っ赤になったまま、自由になった腕で胸元を隠した。
あ、そうか。
アタシは雪路が捨てた下着の正体に気付いて、ようやく納得した。
下着に見えたのは、拘束着用のアンダーサポーターだ。布ずれで皮膚に炎症を起こさないように着る、専用の保護服。
さすがに自分では脱げないだろうから、雪路が手を貸していたのか。
「ラライもマリアも、同じ女なんだし、そんなに恥ずかしがることもないじゃない」
どこか楽しげな口調になって、雪路がルナルナに下着を手渡した。
ひったくるように奪って、慌てた様子で見に着ける。その仕草が妙に可愛らしく思えた。
「なんだよ、ジロジロ見てんじゃねえよ」
ルナルナがアタシに向かって言った。
「別に同性の裸なんて、見たくてみてなんかないわよ」
「バカ。お前じゃねえよ。そっちのタコ! そいつ、男だろ」
「へ?」
あ。
アタシは真横を向いた。
ついつい忘れてた。
そういえばバロンも一緒だったっけ。
彼はちゃっかりとアタシの横に立って、雪路の室内に穏やかな視線を送っていた。
うん。
あられもないルナルナの肢体に、彼の頬筋が緩んでいるのがわかる。
彼はアタシの視線に気づくと、何事も無かったように微笑んで、そっと後ろに後退った。
・・・。
誤魔化されるもんか。
「バロンさんっっ!」
「いや、あっしは何も見てないでやんすよ!」
こら、堂々と嘘をつくな。
アタシの目に宿った殺意に、彼はすぐに気付いた。
「ラライさん、これは不可抗力ってやつでやん・・・ぐはっ」
渾身のローリングソバット。
基本的に攻撃力のないアタシだが、たまに勝手に体が動くのだ。
階段の手前まで蹴り飛ばされて、彼は恨みがましい声をたてた。
まったくもう、こんな事をしてる場合じゃないのに。
アタシは気を取り直して、再び室内に目を向けた。
「そんな事より、町が大変な事になってるのよ」
「町がどうしたって?」
「水が、水源が枯れたの」
「なんだって!!」
ルナルナの顔色が変わった。
アタシは手短に、町で目にしてきた内容を語った。
町から人々が離れ始めたという話は、ルナルナには予想の範疇だったようだ。だがこと水源の話になると、さすがの彼女も顔色を青くした。
雪路も同様だった。
だが、ルナルナほどの狼狽は見せなかった。驚いてはいるようだが、静かに腕組みをしてアタシの言葉に耳を傾けていた。
一番あからさまに動揺を見せたのは、マリアだった。
最初はアタシの話を信じ切れず、状況を理解するのに時間がかかっている様子だった。
それが、ようやく事態を飲み込むと、一瞬の失望の後、その感情を怒りへと転化させた。
思い返せば、彼女はこの中で、唯一この星で育った人間だった。
それだけに、この町に対する思いが人一倍強いのだろう。
もともと気の強い性格ということもあり、例え困難が迫ろうとも、こうもあっさりと街の営みを放棄して逃げ出していく人々の行為を、無責任と感じ取ったに違いない。
黙っていれば美しい表情に、明らかな怒りと侮蔑の表情を浮かべ、マリアは「信じられない」という言葉を繰り返した。
だが、そんな彼女も、水源が枯渇したという話になると、顔面蒼白になって言葉を失った。
「それ、マジな話だよな」
ルナルナが、ベッドの上で怪我のない方の片足を立て、その膝を抱いた。
「冗談なんて言ってどうするの。町はもうパニックになってるわ。アブラムさんの所にも大勢の人たちが詰めかけててね・・・」
「親方の所か・・・」
ルナルナは思案顔になった。
「水の管理は、アブラムさんの仕事じゃないんでしょ」
「そうだな、だけど、レバーロックの生活機能を実質上管理しているのが親方だからな」
「宇宙船の管理ね」
「そうだ。想定していなかった事態だが、こうなると頼みはやっぱりレバーロックの宇宙船になるな」
「それはどうして?」、
「いくら過去の遺物でも、宇宙船である以上は製水装置くらいはある。町の連中もそいつを稼働すればって考えたんだろう」
「そっか、あの規模の船なら、それなりの製水能力はあるだろうしね。ああ、それでアブラムさんの所に詰めかけたのか」
「もしその装置を探り当てて、ちゃんと稼動させることができりゃ、町全部は無理でも、ある程度しのげるくらいにはなるだろうしな。だけどよ、そう簡単にはいかねえと思うぜ」
まあ、そうだろう。
宇宙船の整備ってのは、口で言うほどに簡単じゃない。
アタシはレバーロックの宇宙船を思い浮かべ、内部構造を想像した。
レバーロックの宇宙船は、まがりなりにも軍艦クラスだ。
地中に埋もれている部分を想定しても、おそらく全長で数キロの巨大さがある。機能をフル稼働させれば、おそらく数万人の兵士を養うだけの居住能力が期待できる。
だが、問題は、あまりにも巨大すぎるという点だ。
システムは巨大なパズルといってもいい。製水機能を見つけ出す事だけでも大変だし、何よりも困難なのは、内部でガードシステムが生きている事だ。
機能にアクセスするには、降りてしまっている隔壁を開け、艦内の中枢コントロールシステムを復旧させる必要がある。これは、その辺の技師に簡単にできる事ではない。
アブラムは、せいぜいエンジンに付随する予備動力のユニットにアクセスして、それを独立した外部エネルギーとして取り出しているに過ぎない。
外から手を加えられているのが、貨物室と、何ヵ所かの砲台だけなのは、結局、どう頑張ってもその位しか中にもぐりこめないという現状でもあるのだ。
もちろん。
アブラムのような、普通の人間の技術力では、という前提の話だが。
「今までが恵まれ過ぎていた町だもの、こうなると大変だわね」
雪路がまるで他人事のように洩らした。
「雪路さん」
無意識に抗議するような口調で、アタシは彼女を見た。
彼女は軽く肩をすくめてみせた。
「私も心配はしてるわよ。だけど、どうにも出来ないじゃない。ブルズシティに行けば家庭用の製水機くらいはあるかもしれないけど、かといって、町の住民にいきわたる程の数は期待できないでしょうしね」
「この状況を知れば、間違いなく足元を見てくるだろうな」
ルナルナが口を挟んだ。
雪路は頷いた。
「こうなると、持っている奴が頼られる・・・か」
「もしくは、狙われるかね」
「狙うって、そんな・・・!」
マリアが顔面蒼白になった。
「可能性の話よ、ただ、流れ者が多い街だもの、そういう事もあり得るわよ」
「外の敵だけじゃなく、今度は町の中でも気をつけないといけなくなる、ってこと?」
アタシが訊ねると、ルナルナは軽く肩の力を抜くように笑った。
「ま、こういう状況が長引けば、そういう事もあり得る、ってレベルの話さ。オレが知る限り、そこまでの悪党はこの町にゃいねえよ」
「良かった」
「まあ、どこにどれだけの製水装置があるか、街として把握する必要はあるだろうさ。情報があればあるほど、パニックってのは抑えられる。逆もまたしかりだけどな」
ルナルナの口調に、微かに灰色の月の面影が滲んだ。
「貴女の言う通りね。私は医療用に備えていたけど、ルナリーのお店はどう?」
雪路が訊ねた。
「商売柄必要なんでね、オレの店には、一台置いてある」
「マリアの所は?」
「無いです。お爺ちゃんが、製水機よりも、この星の水の方が美味しいっていうから。・・・その、ミネラルが入ってる方がユーグに飲ませるにも良いって」
「まあ、普通はそうよね」
マリアは申し訳なさそうに、しゅんとして肩を落とした。
あらためて、これはなかなか由々しき事態だとアタシは再認識した。
全員が、無意識に無言になった。
嫌な沈黙が数十秒続き、なんとなく気分を変えようと、ルナルナのベッドサイドに置かれた小さな花瓶に目を向けた。
その時だった。
花瓶が小刻みに揺れ始め、最初、アタシの目がおかしくなったのかと思った。
だが、次第にその揺れが大きくなり、アタシはそれが現実であることに気付いた。
花瓶が落下し、床面で大きな音を立てて割れた。
突然、地の底からゴゴゴゴゴという音が響きだした。
足元が震えていた。
一瞬何が起きたのか分からなかった。
だが、周りの家具や壁面に掛けられた水彩の額縁までがぐらぐらと揺れ出したのを見て、アタシはそれが地震だという事に、ようやく気付いた。
アタシは悲鳴を上げていた。
とりあえず一番身近にいたマリアにしがみついた。
自慢じゃないが、アタシは地震というものが苦手で、この世の中では蛇と借金取りに続いて三番目に嫌いだった。
元々が地震とは無縁の宇宙生活者だし、足元が揺れるという自然現象は正直慣れない。
少し前、ちょっとした異世界に迷い込むという経験をした時に、やはり地震が起きて怖い思いをしたけれど、かといって耐性がついたわけではないのだ。
とはいえ。
地震に耐性が無いのはマリアも一緒だった。
彼女は、今までの彼女には想像もできないほどの狼狽を見せ、情けなく悲鳴を上げた。
地面が揺れ始め、それが大きくなるにつれて、彼女も立っていられなくなった。
腰が抜けたようになり、しがみついたアタシと抱き合うような形になって、その場に二人でへたり込んだ。
それは、時間にすればほんの数秒ちょっとの出来事だったのかもしれない。
だが、アタシ達にはものすごく長い時間に感じられて仕方なかった。
ようやく治まっても、アタシとマリアは半分涙目になってその場で震えたまま動けなかった。
一番冷静だったのは、またしても雪路だった。
彼女は軽い腕組みをしたままその場に立っていて、地震が治まると、落ち着いた様子で部屋のドアを開放した。
ドアの向こうにはバロンが居た。
アタシ達の姿を見て駆け寄ってこようとしたが、懸命にも部屋に入る直前で踏みとどまった。
「ラライさん、大丈夫でやんすか。すごい悲鳴が聞こえたでやんすけど」
「大丈夫」
ちっとも大丈夫じゃないが、そう答えた。
「ちょっとビビっちゃった。すぐに立てるわ」
これも嘘だ。
腰が抜けてしばらく立てそうもない。
「なら、良かったでやんす」
それ以上心配する様子もなく、バロンはあっさりと背中を向けた。
「それにしても、また大きな地震だったでやんすね、全く、この数日どうなってるでやんしょ? だんだん大きくなるみたいでやんす」
「この数日?」
「あ、ラライさん、もしかして知らなかったでやんすか?」
「いったい、何の話?」
アタシはマリアと顔を見合わせた。
ルナルナもきょとんとした表情になっていた。
「そういえば、ちょうど、ラライさん達がエルドナに向かった日の朝からでやんすもね。レバーロックじゃあ、何回か、こういった地震が続いているでやんすよ」
「ええっ!?」
驚いて声が大きくなった。
「彼の言う通りよ」
雪路が言葉を引き継いだ。
「二日、三日前くらいからね、地震が繰り返し起きてるの。今のはその中でも一番大きく感じたけど。・・・いままでこんな事、私がこの星に来て以来、一度もなかったのに」
視線がルナルナに向いた。
「オレもこの星じゃ経験ねえ。マリアは?」
「地震なんて、お爺ちゃんの昔話で聞いた事があっただけで・・・、今のが、本物の地震なんですか」
マリアもまだ動揺を隠せない様子だった。
アタシはまたしても、形のない不安が胸の奥で渦巻くのを感じた。
レバーロックが大変なこんな時に、・・・地震なんて。
何だろう、この感じ、すごく変な違和感がある。
単なる直感に過ぎないかもしれないけれど、これは偶然に起こった事なんだろうか。
何かの前触れ、じゃ、ないといいけど・・・。
もしかして、ヴァイパーがエルドナ山の地殻を壊した事とも関係があるだろうか?
アタシはそれを考えて、すぐにそれが間違いであることに思い至った。
それだとすると、時系列がおかしい。
地震が起きたのは、アタシ達が出発した日の朝だと雪路もバロンも言った。ヴァイパーが粒子砲を撃ったのは、その日の夕方だった。
つまり、原因は他にある。
「なんだか、イヤな感じがするな。ラライ、お前もそう思うだろ」
ルナルナの呟きが、やけに重く感じられた。
階上で足音が響いた。
雪路が真っ先に気付いて、廊下へと続く扉に顔を向けた。
「先生、そこに居るかい?」
大きな声が響いてきた。
なんとなくホッとする声だった。
さっきまで震えて頼りなげになっていたマリアの表情に気色が戻った。
間違いない、ジェリーの声だ。
「皆ここにいるわ、あっ、ちょっと待って」
マリアは慌てて干してあった大判のタオルを手に取り、ルナルナに手渡した。
ルナルナは仕方無さそうに胸元に巻き付けた。
程なくジェリーが階段を降りてきて、バロンと合流して室内に姿を見せた。
「戻ってきたのね。町の様子はどうだった? アブラム親方には会えた?」
マリアが口早に聞いた。
「どうもこうもねえ、まあパニックだよ。こりゃあ、本気で近い将来、レバーロックから住人が消えちまうかもしれねえぜ」
「そんな・・・」
「親方も流石に打つ手なしって顔だった。それでな、伝言を持ってきた」
「伝言って、誰に」
「ルナリーさんさ」
ルナルナがきょとんとして、「えっ、オレ?」という顔になった。
「ああ。今夜な、町の主要な連中を集めて話し合いをしたいんだと、それで、場所を貸してほしいって」
「場所って、もしかしてオレの店か? 別にかまわねえが、オレはまだ戻れねえぜ」
・・・だよな、先生? と言いたげに、ルナルナは雪路を見た。
雪路は「当然です」と頷いた。
ジェリーはその答えを予測していたようだった。
「親方が言うには、場所だけで良いってさ。まあ、少しくらい食べ物が出りゃあ最高だって言ってはいたけどな」
「ったく、あの旦那は」
「とりあえずOKってコトでいいな」
「その話し合いって、ジェリーも参加するの?」
心配そうにマリアが口を挟んだ。
「いや、俺はいかねえよ。伝言ついでにアコからクスリを頼まれてきたから、もう一回町には戻るつもりだが、すぐ戻ってくる。先生、アコのいつものクスリってなんだ? そう言えばわかるって話だが」
「ああ、あれね。了解。ちなみに中身はプライバシーだから教えられないわ」
「分かれば良いんだ、別に興味があるわけじゃねえし」
「なあジェリー、アコに会うなら、オレからも伝言を頼む」
ルナルナが口を挟んだ。
「もし今夜、親方たちのために店を開けるなら、オレの部屋にウォータータンクが4つある。厨房に運ぶにゃ重いかもしれねえが、それを使ってくれ」
「ああ、ウォータータンクか。準備が良いなルナリー」
「昔から備えは十分にしておく性質でね」
にやり、とルナルナは笑った。
と、それまで黙って話を聞いていたバロンが、おもむろにルナルナに顔を向けた。
「それなら、あっしが運ぶでやんすよ」
「バロンさんも街に戻るの?」
アタシは彼に尋ねた。
「店を開けるなら、あっしの腕が役にたつでやんしょ。それに、アブラムの親方たちがどんな話をするのか、気になるところでやんすし」
「まあ、そう言われればそうね」
彼の言うのももっともだ。
ここまで関わってきちゃった以上、今後の方針くらいは共有しておかないとね。
「なら、そっちは頼む」
ジェリーがバロンに向かって言った。
「正直、俺はこれ以上深く足を突っ込みたくはないんでな」
「任せるでやんすよ」
彼はいつものように軽い調子で答えた。
それから、ジェリーも加わって話は続いた。
といっても、アタシ達に特別何かが出来るわけもなく、気付いたらマリアはジェリーと連れだって居なくなってしまった。
外は夕暮れに近づいていた、
ルナルナは雪路に出された薬を飲んだ後、ころりと眠ってしまった。
雪路も患者の見回りに向かい、アタシとバロンは結局二人だけに戻った。
新鮮な空気を吸いに外に出ると、空の色がやけに気持ちをざわめかせた。
「ラライさんも、体はもう大丈夫でやんしょ。一緒に町に戻らないでやんすか?」
彼が聞いてきた。
アタシは頷こうとして、後ろ髪を引かれた。
エルドナから救出してきた人たちの声が耳に入ったからだった。
誰の声かはわからないが、苦しそうに呻く声だった。
そうなんだ。
まだ、この診療所の人たちの中には、多少なり看護の必要な人が居る。
なんとなく、この場を雪路にだけ任せて戻るのが、後ろめたい気持ちになった。
「とりあえず、アタシはしばらくここにいるわ」
アタシの答えは、彼には予想外だったみたいだ。
彼の唇が、動揺したみたいに半開きになる。
ごめんね。でも。
「看護が必要な人達もいるし、アタシなんかでも一応は役に立てるみたいなんだ。ルナルナもまだ自由に歩けないの、バロンさんも見たでしょ」
「まあ、・・・確かにそうでやんすね」
一瞬だけガッカリした顔になったが、バロンはすぐに感情を隠してにこりと微笑んだ。
「それじゃあ、ルナリーさん達の看護、よろしくでやんす」
「任せてよ。バロンさんも、お店の方をお願いね」
「もちろんでやんすよ。それもまた、なかなかの大役でやんすよね」
「そうね。頼りにしてるわよ、マスター」
バロンはそう言ってから、急に周囲を気にする素振りになった。
あ、この感じは。
ピンときた。
そわそわして、微かに目が泳ぐこの感じ。
アタシにキスをしたいんだな。
彼の考えは読み取れたが、かといってアタシには躊躇われた。
残念、どうしてもこの場所には人目が多い。
一応、アタシにだって恥じらいってものはあるし、人前でキスをするのは、ちょっとまだレベルが高い。
アタシは人差し指をそっと彼の唇に押し付けて、「また今度ね」と、小さく呟いた。
彼はぽかんとして、それから残念さを隠そうともせず、小さく頷いた。
また今度。
アタシは何気なくその言葉を呟いた。
また今度。
・・・。
また今度、か。
アタシはそれが当たり前に来るものだと信じていたし、それを信じない理由も無かった。
けど。
・・・・。
だけど。
それは誰にも約束されてはいないのだ。
彼が町に戻るのを見送った時、何かが胸の中で小さく疼いた。
その感情の意味さえも、アタシにはまだ、理解する事が出来なかった。




