シーン51 宣戦布告は突然に
慌ただしくケガ人の世話をしているうちに、あっという間に日は暮れた。
忙しくなったのには理由がある。
あの後すぐマリアが町に戻ってしまって、結局、アタシ一人で雪路のアシスタントをしなければならなかったのだ。
マリアが戻ったのは祖父を案じてのことだ。
アブラムの会合とやらに、祖父のリップロットが顔を出すと聞いて、彼女はどうにも心配になった。
リップロットさんは元々が短気な性格だし、それに加えて、酒の席での失態は数えきれないほどあるらしい。
あのアブラム親方の事だから、こういう非常事態だからといって、アルコールを控えるとは思えず、となれば、聡明な孫としては問題児の祖父を捨て置くわけにはいかなかった。
辺りがすっかり暗くなったころ、アタシは雪路の部屋で、ようやく汗まみれのナース服を脱いだ。
簡易の光シャワーを浴び、キュートなボーダーの柔らかい服を借りる。
雪路は軽い食事を用意してくれていた。
まだ安静を余儀なくされているルナルナがベッドの上で半身を起こした。
一緒に温めたパンをかじると、自分でも思っていた以上に空腹だったことに気付いた。
非常用のパックを開封しただけのものだから、この間までルナルナの店で食べていた本物とは比べようも無いが、今この状況では文句は言えないし、なによりそれでも十分に美味しいと感じた。
人心地がつくと、アタシ達3人は患者の様子や、町の様子などを話し合った。戻ってきたジェリーから聞いた話もあったが、どうにも胸のすくような内容は無かった。
「サバティーノさんが居なくなったって」
アタシの言葉に、ルナルナが首を傾げた。
「昼の話だと、逃げ出したのはゴディリーの方だったんだろう」
「そうなのよね、怒りながら店を出てくのはアタシも見かけたんだけど」
「親方の所に行ったんじゃなかったのが?」
「ところが来ていないらしいの、それで、アブラムさんが探していたみたい」
「昔からマイペースな野郎だからな」
ルナルナは怪訝そうに片方の眉を吊り上げた。
「あれでも、けっこう協力的な奴なんだぜ。・・・少なくとも、挨拶も無しに出ていくような奴じゃねえ。きっと何か他に用事があるのさ」
ルナルナは複雑な表情になっていた。
言葉とは裏腹に、不安と、それに微かな懐疑心が混じって見えた。
「町はパニックになってるんだろ」
「動揺が広がってるわ。なにしろ水の供給が止まるんだから」
「それさ、どの程度確保できそうなんだ?」
「思ったよりも製水機が少ないみたい。当面、新しい製水機を仕入れるにしても20日はかかるって」
「20日か・・・」
「たった20日、と思うのか、20日もかかると考えるかよね」
「どうせなら、何台でも多く手配したいところだよな」
「うん、だからアブラムさんはサバティーノさんを探してたみたい。なんだかんだ言って、そういうのは一番頼りになるからって」
「ブルズシティも足元を見てくるだろうな、背に腹はかえられないって言ってもよ」
ルナルナは苦虫をかみつぶしたような顔になった。
「問題はその先よ」
それまで静かに話を聞いていた雪路が、突然口を挟んだ。
「飲料水や生活用の水なら、製水機で多少はカバーできる。だけど、本当に水が必要になるのはそこだけじゃないのよね」
雪路は食後のティーをカップに注いで、アタシ達に手渡した。
貴重な水だという気持ちが、唇をつけるのを一瞬だけためらわせた。
「この地域にもせっかく事業が生まれ始めたのに、そっちへのダメージの方が深刻ね」
「それって、カルツ酒の醸造とか、そういうのですか?」
「そうね、でもそれだけじゃないわ。自然栽培の農業や酪農にも水は必要だし、最近盛んになってきた加工産業にだって、水は欠かせないわ」
「工業用の大型製水機が必要になるってコトね。想像もつかないけど、きっと、すごく高いんだよね」
アタシはルナルナに顔を向けた。
「金額はもちろんだが、それ以前に、手に入るかどうかが問題だ。こんな辺境の星じゃ、そうそう流れてくるもんじゃない。まともに稼動するのを手に入れるのは至難の業だ。下手すりゃ、宇宙船を買う方が簡単かもな」
「げ」
「少なくとも、この辺の人間にとっちゃ、個人で買えるような代物じゃねえよ」
ルナルナはお手上げだとでもいうように肩を竦めた。
酪農や産業か。
きっと、リップロットさんのやっていたユーグの放牧なんかにも、大きな影響が出てしまうんだろうな。
それと、あの美味しい自然のパンだって、水が無ければ作れなくなるんだろう。
みんな、あんなに真面目に、楽しそうに仕事をしているっていうのに。
「水か・・・」
何気なく呟いた時だった。
アタシ達は階上が騒がしい事に気付いた。
足音が幾つか聞こえて、診療所のドアが開く音がした。
雪路がピクリと反応して、腰を浮かせた。
当然ながら、アタシも気になった。
「おい、ラライ今のって!?」
「ルナルナ、ちょっと待ってて」
立ち上がりかけた彼女を制して、アタシはドアに向かった。
雪路が先に立っていた。
階段を駆け上がると、診療所の入り口が開いたままになっていた。
何人かの患者が立っている。
皆一様に、茫然とした様子で、そこから空中を見上げていた。
アタシと雪路は患者の間をかき分けるように外に出た。
何か起こったの?。
アタシは空を見上げた。
もう太陽は山の向こうに沈んでいた。
蒼い闇が天空を覆い尽くし、目が慣れるまでに少しだけ時間がかかった。
そこに光の点滅が見えた。
明らかな、人工の光だった。
「あれは・・・」
雪路が絶句した。
その正体を知って、アタシも言葉を失った。
それは、アタシがつい先日目にしたばかりのモノだった。
あの時よりも、ずっと近い。
まるで、そのまま大地を押しつぶしてしまうのではないかと思うほど巨大な宇宙船の機影が、レバーロックの上空に覆い被さるように浮かんでいた。
間違いない。
こいつはエルドナの鉱山を破壊した、あの宇宙船「テンペスト」だ。
光っているのは、その宇宙船が放つ識別灯の点滅で、空がこれほどまでに暗いのは、機体が全ての星の光を隠してしまっているからだ。
誰もがその正体に気付き、絶望と恐怖に表情を凍らせていた。
まるで心身を喪失してしまったかのようになって、茫然と立ち尽くしている。
ついに、奴らが来た。
ストームヴァイパー。いや、ディープパープルと呼ぶべきなんだろうか。
アタシは拳を握りしめた。
それは、存在だけで恐怖だった。
こんな巨大な宇宙戦艦に、どうやって立ち向かえるっていうんだ。
自分でも気づかないうちに、足が震えて治まらなくなった。
一体、今度は何をするつもり?
レバーロックを・・・、もしかしてあのエルドナをそうしたように、凶悪な砲撃で破壊してしまうのか。
不気味な程の沈黙は、どれ程続いたのかわからなかった。
打ち破ったのは、拡声器から響き渡る、女の声、あのテシーア・ベントの声だった。
『レバーロックの住民に告げる』
と、声は前置きをした。
『繰り返す。レバーロックの住民に告げる。これは警告である』
声はどこまでも冷徹だった。
感情の一つも感じさせず、淡々と流れた。
『我々ストームヴァイパーは、これより7日の後に、この地の占拠を開始する。繰り返す。貴様らに残された猶予は、7日である』
「占拠? 猶予? 何を言ってるんだ?」
周囲に居た患者やエルドナの避難者たちが、口々にひそひそと呟き始めた。
ざわめきが、不安の色とともに周囲に広がった。
『7日の後、我々はこの地に駐留部隊を派遣する。レバーロックの住人に告ぐ、それまでにこの地からの退去を完了せよ』
「退去だって!? 馬鹿な」
誰かが叫ぶように言った。
『7日以内にこの地を離れるものに対しては、我々は一切の関与を行わない。その者たちの命と安全を保障する。我々も、無駄な殺戮を望んでいる訳ではない。この7日の猶予は、我々の慈悲である』
ざわめきが、一気に大きくなった。
『しかし、もし7日の後、この町に残る者があるとすれば、我々がその者たちに一切の容赦をすることはない。焼き尽くし、殺しつくす事を宣言する。我らに歯向かう事の愚かさを、エルドナの惨状をもって知るが良い。愚かなる過ちが、再び繰り返されることのない事を我々は望む』
・・・エルドナがどうしたって?
アタシは何かがおかしい事に気付いた。
テシーアの言葉を鵜呑みにすれば、ストームヴァイパーはエルドナに対しても、同じように宣戦を布告したようにも聞こえる。
だけど、アタシが知る限り、エルドナに対する襲撃は不意打ちそのものだった。
アタシは炎に包まれたあの光景を思い出し、悔しくなって、奥歯を噛み締めた。
悔しい。
悔しいが、この脅迫は効いてしまうぞ。
アタシは、町の住民が、どういう思いでこの声を聞いているのかを想像した。
その結果がどうなるか、答えは、火を見るよりも明らかだろう。
レバーロックの住民は、エルドナがどうなったのかを、もう既に知っている。
・・・そうだ。知っているのだ。
アタシは背筋が寒くなった。
そうか・・・。
もしかして・・・、いや、間違いなくそうだ。
ストームヴァイパーがエルドナの町を高粒子砲で破壊せず、あえて爆発テロという形で原始的に破壊したのは、生存者を残すためだったんだ。
恐怖の記憶を植え付けた人間を生き残らせて、この町に伝えさせるため。
そうとしか考えられない。
エルドナを壊滅させたのは、レバーロックを手に入れるための布石か。
それにしても、奴らは何故、こんなにもこの町に固執しているんだ。
テシーア・ベント。
アタシは、もう一度その名前を心の中で繰り返した。
なんて残忍で嫌な奴。
だが、彼女の凶悪さは、アタシの想像をはるかに超えていた。
警告は、ただの脅しに留まらなかった。
『これより、我らに歯向かう事の恐ろしさを示す。この町には、愚かにも我らに抵抗の意志を見せる者たちがいる。見せしめとして、その者たちに最初の死を与える。見るがいいレバーロックの住民よ』
アタシは、彼女が何を言い出したのか分からなかった。
だが、次の瞬間、その言葉が紛れもない真実である事を知った。
街の中央で、光が起きた。
赤く、大きな光。そして、遅れて響く轟音。
まるで肺腑の底まで響くような、薄気味の悪い振動。
これは、爆発の音?
『これは警告である。繰り返す・・・』
テシーアの声はまだ響き続けていた。
だが、アタシにはその声が聞こえなくなっていった。
アタシは気付いた。
今の爆発。
その方向が指し示す場所を・・。
ストームヴァイパーに歯向かう者達・・・、つまりアブラム親方やマリア達。
彼らは今、ブルーウィングに集まっている・・・。
「まさか、バロンさんっ!!!」
アタシは悲鳴を上げ、気付けば無我夢中で走り出していた。




