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シーン45 破壊と絶望

 「皆さーん、慌てないでこっちに来て! カーゴシップはすぐに戻ってくるわ。そこの人、向こうの彼をお願い、怪我してるみたいだから!」


 アタシは広場の中央から大声を上げて、町の生存者たちに呼びかけた。

 街のあちこちから立ち上る煙が、ちょっと油断をすると気管に入って、すぐにむせかえる。

 時には煙に紛れて、強烈な異臭も漂ってきた。

 ただ、その場に立っているだけで、アタシは頭がくらくらして、眩暈を起こしそうになった。


 『他に生き残っている人はいますか! 救助します、中央広場へ集まってください!』


 マリアもまた、トルーダータイプの拡声機能を最大にして、破壊された街並に呼びかけを続けていた。

 一見無駄にも思える必死の叫びは、それでも幾人かの生存者に届いた。

 瓦礫の向こうから、一人、また一人と生き残った者達が姿を見せた。

 五体満足な人もいれば、足を引きずったり、顔中を血まみれにした男もいる。

 それぞれが恐怖に怯えた表情をしていたが、アタシ達の姿を認めると、その瞳に一縷の希望を浮かべて集まってきた。


 ざっと4~50人かな。

 この位の人数なら、なんとか荷物を捨てなくてもカーゴシップに乗せられそうだ。


 それにしても。


 アタシは町並みを見回して、あらためて身震いした。

 この炎と黒煙の中に、どれ程の犠牲者がいるものだろうか。

 想像するだけで、全身の毛が逆立つほどの恐怖と怒りが体内を駆け巡る。


 このコミュニティの規模からすれば、少なく見積もっても、数千人の鉱夫が生活圏を築いていたはずだ。

 それを。

 こんな一方的に破壊し、殺戮するなんて・・・。


「ラライさん、貴女、ラライさんね!」


 思いもかけず名前を呼ばれて、アタシは驚いた。

 声のした方角を探すと、集まってきた人々の間から、見覚えのある顔がのぞいていた。


「ミュズさん!」

 アタシは、声を上げて駆け寄った。

 男達をかき分け、よろよろと歩み出してきた彼女の手を握りしめる。

 思いのほか柔らかく、暖かなぬくもりが伝わってきた。


「無事で良かった~」

 心底から安堵感を覚えて破顔すると、ミュズは嬉しそうに頷いた。


「あっそうだ、確か息子さんを探してたんですよね。・・・それで、ちゃんと会えたんですか?」

 アタシは何気なく訊ねた。

 てっきり、良い返事が返ってくるものと、根拠もなく思ってしまった。

 ミュズの表情がみるみる曇り、それから、今にも泣きだしそうに歪むのを見て、アタシはその話題に触れてしまった自分のデリカシーのなさに後悔した。


「ええ、会えたわ。でも・・・ね」

 声がかすれて、その続きは途切れた。


 そんな、もしかして。

 嫌な予感が胸の奥で渦巻いた。

 そして、それはどうしようもなく現実のようだった。


 突然、男の声が割って入った。


「ちょっとばかり遅すぎたんだよな」

「えっ!?」


 アタシは声の主を探した。

 若い男が、少し離れた所に立って、こっちを見ていた。


「死んじまったんだよ。・・・ああ、今回の爆発のせいじゃない、もともと大怪我をしていて助かる状況じゃなかったらしい。この町に来るちょっと前、、町の診療所で息を引き取ったらしいぜ」

「そんなっ!」


 絶句するアタシを嘲るように、男は伏し目がちに口元を震わせた。

 ウォルターだった。


 彼は出会ったころとあまり変わらない様子で、どこか陰気な瞳を周囲に巡らせた。


「なあ、レバーロックに連れてってくれるんだろ」

 声をひそめて、彼は訊ねてきた。


「まあ。そのつもりだけど」

「なら助かった。もう、こんな最低な所にはウンザリしてたところなんだ」


 ホッとしたようにこぼす彼の態度が、妙にシャクに触った。


 何だこの野郎。

 周りが、大変な事になってるっていうのに、一人だけ関係が無いような顔をしやがって。

 イラっとして怒鳴りつけようとすると、ミュズが口を挟んだ。


「ウォルターさん、そんな言い方はないですよ」

「けっ」


 たしなめるように言うミュズに、ウォルターは唾を吐いた。

 またまたムッときたが、ミュズはすまなそうに肩をすくめて、アタシに「いいのよ」と、小さく言った。


 アタシは不思議な気持ちになって、二人を見比べた。


「あのウォルターさん、口は悪いけど、意外と良い所もあるんですよ」

「え!? あいつが」

「そう。息子を無くして、途方にくれた私を心配してくれてねえ、町の居留者施設に連絡してくれたの・・・おかげで大分助かったわ」

「へえ~。人は見かけによらないわね~」


 アタシはミュズを、それからウォルターの顔を見比べた。


「うるせえババア、別に親切でやったわけじゃねえ。ただ、施設を利用するのに、アンタが居ると都合が良かっただけだ。俺だけだと、利用条件に合わなかったからな」

 ウォルターは噛みつくように言って、それからぷいと顔を背けた。


「で、レバーロックの方は無事なのか?」

 ウォルターが照れくさそうに話題を変えた。

 アタシは頷いた。


「ストームヴァイパーとの小競り合いはあるけど、今のところは無事よ。それより、この町の状況ってさ、やっぱり奴らの襲撃があったの?」

「奴ら・・・ストームヴァイパーか?」

「他に誰か居るの」

「ああ・・・、多分、・・・仕掛けたのは、そうなんだろう」

「多分って?」

「正直、俺にもよくわからねえんだ」


 ウォルターはそう答えると、同意を求めるように周囲の男達に顔を向けた。

 うずくまるようにして座っていた名前も知らない男が顔をあげた。


「その兄ちゃんの言う通りだ。俺達にも、何が起きたのかよくわからねえ」

 また別の男も口を開いた。

「突然町のあちこちから火の手が上がってよ、と、思ったら次々に爆発が起こり始めた。俺も、飯を食おうと思って店に入ろうとしたら、中からボカンときやがって、俺は吹っ飛ばされて頭を打っただけだが、先に店に入った連中は全滅さ」


 生存者たちが、めいめいに状況を語り始めた。

 皆、突然周囲の建物が、爆発を起こしたと語った。

 プレーンやホバーマシンが襲撃してきたわけではなく、本当に不意に、その悲劇は起こったのだ。

 公会堂だったり、教会と呼ばれる地球系独特の宗教施設だったり、とにかく公共の建物を中心に爆発が起こり、それが幾つも連鎖して、この小さなコミュニティ全体を火の海に変えていった。


 これは・・・。


 アタシはそのやり方を想像して、どこかでこれとよく似た状況を見たことがあると思った。

 かなり前の話だ。

 まだ、アタシが「ライ」を名乗っていた頃の事件。


 そうだ。

 準惑星アルカスの衛星を巻き込んだ、爆発テロ。

 犯罪組織エンプティハートのドラッグ工場があるという情報を掴んで潜入捜査をしていた時、その街全てを犠牲にして、アタシを殺害しようと追い詰めてきた、あの忌まわしい出来事だ。


 その時のやり方と、今回の爆発の起き方は、とても良く似ている。


「いったい何のため、・・・・何でここまでしなくちゃならないんだ」

 無意識に、アタシは独り言をつぶやいていた。


 その時だった。

『ラライさん、戻ってきたみたいです』

 トルーダータイプからマリアの拡声音が響いて、アタシの意識を引き戻した。


 轟音が迫って切るのが見えた。

 ジェリーのカーゴシップだ。この様子だと、どうやら引き返してきたようだ。


 それにしても、随分と早い?


 そんなアタシの疑問に答えるように、ジェリーの声が聞こえてきた。


 『駄目だ、シェルターは全滅だ!』

 拡声器から放たれた声が、広場に集まった人々の表情を、更にひきつらせた。


「全滅って、一体何があったの!?」


 カーゴシップはアタシの目の前で停止すると、周囲の安全を確認しようともせずに、後方のハッチを開き始めた。


 『シェルターの内部にも爆発物が仕掛けられてたんだ。ハッチを開けた瞬間に、バックファイヤーが起きて、危うく俺も死にかけたぜ』

「内側からって・・・」

 『とにかく、シェルターに逃げ込んだ奴らは、全員死んだ。おそらくデビーもだ。途中で拾った奴が、デビーがシェルターに入ったのを見てる』

「そんなあっ! せっかく来たのに」

 『いずれにしても、この町はもう駄目だ。早く連中をカーゴに乗せろ、レバーロックまで逃げる』

「わ、わかったわ!」


 アタシは集まった生存者たちを貨物室に誘導した。

 アタシとジェリーのやり取りは周囲にも聞こえていたので、人々は我先にとカーゴシップへと詰め寄せて、あやうくちょっとしたパニックになるところだった。

 かと思うと、中には、なぜか船に乗りたがらない人なんかもいて、救出活動は思いのほか時間がかかった。

 突然振りかかった悲劇に頭の中が恐慌状態になっていて、正常な判断が出来なくなってしまったのだろうが、それも仕方ないと思わざるを得なかった。


 中が人で溢れかえったのを見て、マリアはトルーダータイプでそのまま移動すると言い出した。

 状況が状況だけに、反対する理由はなかった。

 トルーダータイプのホバー能力なら、十分カーゴシップと並走できる。だったら、いざという時の護衛にもなる。


 アタシは乗り遅れた人が居ないことを確認して、別のハッチから船に乗り込んだ。

 貨物室は通らず、そのままジェリーのいるコクピットへと向かう。

 副操縦席に座ろうかと思ったが、そこにはすでにルナルナが乗り込んでいた。

 彼女は腫れあがった足のほうだけはブーツを脱いで、一応自分で軽くテーピングを施していた。


「交代する?ルナルナ?」

「いや、シートベルトがある方が楽でいい。すまねえな、ラライは後ろの部屋で休め」

「休める気分じゃないわよ」

「そりゃ、そうだろうけどよ」

「二人とも、出すぞ!」

 ジェリーが操縦桿を握りしめた。


 カーゴシップの機体に振動が生まれ、それから再び動き出した。


 燃え盛る街並を抜けて、機体はエルドナを後にした。

 滞在時間、僅か一時間・・・くらい。

 どうしてこんな事になってしまったのか、アタシは茫然としたまま、遠ざかる街に目を向けた。


 少なくとも、爆発や炎上による危険は届かないところまで脱出した時だった。


「おい、あれは何だ!?」

 ルナルナが突然叫んで、空中を指さした。


 空中?

 ・・・。


 空中、だって?


 アタシは彼女が指さしたモノを見止めて、愕然と目を見開いた。


 エルドナ山の上空に、「それ」は浮かんでいた。

 プレーンではない。もっと遥かに巨大で、さらに言えば、もっと遥かに凶悪なものだ。


 アタシはその形を知っていた。

 兵器マニアのアタシが見間違うはずはない。


 あれは、第二次トーマ戦役でドゥの駐留軍に対抗するため、エレス連合がトーマ自治政府に支援した宇宙船「テンペスト」型じゃないか。


 特殊環境にカスタマイズ可能、汎用型としては優秀な中型戦艦で、戦役中に建造された数は、ざっと数千機とも言われている。

 一部は現役でエレス宇宙軍での運用も続いているが、大半はその任務を終え、廃艦として処分されたはずだ。

 とはいえ、そういった機体の横流しってのは、昔からよく聞く話だ。


 それにしても、まさかこんな辺境の惑星で、その実物を拝むことになろうとは。


 アタシ達の存在をせせら笑うように、「テンペスト」は、ゆっくりとエルドナの上空を、その巨体で覆い尽くしていった。


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