シーン44 エルドナ鉱山の惨劇
アタシは浮遊感とともに、己の無力を呪った。
あーあ。
毎度のことだけど。
どうしてアタシってば、最後の最後に後先考えなくなっちゃうんだろう。
バッカみたい。
だけど。
アタシより先に、アタシの知ってる誰かが死ぬところなんて、絶対に見たくないしなあ。
不思議と絶望感とか、恐怖とかは無かった。
そんなもの、考える暇すら無かっただけかもしれない。
アタシは墜落を覚悟して、目を閉じた。
「ラライっ!!」
声がした。
次の瞬間、足首を掴まれていた。
千切れるほどの力で、アタシの体を必死につなぎとめる。
アタシの体は足首を軸に振り回され、そのまま砲塔の側面に顔面から打ちつけられた。
激痛が、この奇跡のナイスキャッチが現実である事を教えてくれた。
鼻血が噴き出して、前歯が折れたかと思った。
後で確認したら、幸いにもそこまで大事には至らなかったが、その時は本気で顔面整形が必要になるかと考えてしまった。
アタシは咄嗟に砲塔に抱き付いて、滑り落ちる体を支えた。
「そのままだッ、手を離すな!」
アタシの足首を渾身の力で捕まえたまま、ルナルナが桃色の髪を振り乱した。
良かった。
目を覚ましたんだ。
無事、だったんだ。
アタシは自分達の悪運が、まだまだ尽きていなかったことに感謝した。
彼女は苦しそうに顔をゆがめていた。
いくらアタシが軽量だと言っても、さすがに腕一本で人間一人を支えるのは、辛いに決まってる。
少しずつ体をずらして、ようやく狭いデッキの上に体を乗せると、ルナルナは力尽きた様子で手を離した。
後方で大きなクラッシュ音が響いた。
ハッとして視線を向けた先で、マリアのトルーダータイプが、敵機にダメージを与えたところだった。
敵プレーンの反撃が来ないことを確認して、機体を素早く正面に戻す。
片足をついて倒れたフロッガータイプが、みるみる遠ざかっていった。
「やったな、マリア」
状況を把握して、ルナルナがほっと溜息をつき、それから、ぐったりと砲台のへりに体をもたれさせた。
視線が合って、どちらからともなく笑いが漏れた。
アタシはさっき彼女が見せたように親指をあげて、お互いの健闘をたたえた。
数分後。
アタシとルナルナは、お互いの体を支え合いながら、カーゴシップの船内に戻った。
ルナルナは足首をねん挫したようだった。
といっても、よりひどい怪我に見えるのはアタシの方だ。
実際にはたいしたことが無いものの、鼻血を噴いたせいで、顔面は血まみれ。遅れて戻ってきたマリアが、一目見て血相を変えたほどだった。
『マリア、それにルナリー、おかげで助かった』
ホットタオルで顔面の血を拭い取っていると、すぐ隣のコクピットから、わざわざ船内無線でジェリーの声が届いた。
おいおい、アタシにも感謝してよ。
アタシの奮闘は見てないんですかー。
側面のセミプレーンを戦闘不能にしたのは、誰でもないこのアタシだぞ。
思ったが、大人げないので、余計な事は言わなかった。
マリアが救急セットを出してきた。
お互いの傷を確認し、交互に治療を行う。
マリアの肩の傷は、幸いにして軽い裂傷と打ち身程度だった。
やや上下に動かすと痛むようだが、まあその程度で済んだというべきだろう。
アタシはご存じの通り、顔面打撲と後頭部のたんこぶくらいで、これまた軽傷で済んだ。
問題はルナルナだった。
ルナルナは足の捻挫がひどく、ブーツを脱がせると、かなり内出血もしていて、ぞっとするほど青くなった肌が、パンパンに腫れあがっていた。
「大丈夫だ。折れてねえ」
彼女は強がって見せたが、湿布を張っただけで、彼女にしては珍しく悲鳴を上げて、まなじりを潤ませた。
「こりゃ、戻ったら雪路さんに見てもらわないと駄目ねー」
「げ、冗談だろ」
「ルナルナ、無理は良くないわよー」
「無理はしねえけどよ、雪路の手を煩わせるほどじゃ・・・」
「そんなコト言って、こういうのって意外と後で酷いわよ。歩けなくなったりしたらどうするの?」
「んな深刻な怪我じゃねーっ、痛ててっ、何すんだこのっ」
「ほーら、やっぱり痛いんじゃない」
軽く触れた程度でこの様子じゃ、強がるのも今のうちだけかな。
この分だと、しばらく自力で歩くのも大変かも。
エルドナでの交渉に、支障が出ないと良いのだが。
アタシはうっすらと不安を覚えつつも、彼女の足を優しくタオルで包んだ。
ともかく。
これで一応は、当面の危機を脱したと思いたい。
マリアがコクピットとの扉を開放状態にした。
こうすると、多少大声をあげれば、コクピットのジェリーにも声が届く。
ルナルナは、さっきまでのアタシみたいにソファに横になったまま、そこから大きな声をあげた。
「ところでさ、ジェリー、どう思う?」
「どう思うって?」
ジェリーの声が返ってきた。
「今の襲撃だ。ストームヴァイパーの連中、なんでこっち側のルートに網を張ってた?」
「・・・」
ジェリーは思案するように、小さく唸った。
「狙いは何だ。エルドナを孤立させる気か」
なおもルナルナが聞いた。
「そんな事をして、何の得がある? 俺はヴァイパーじぇねえし、そんなこと知るもんか」
「そいつは百も承知さ。けどよ、ブルズシティへのルートを占拠して、今度はこっちだ。どうにも妙な動きじゃねえか。まるで鉱山一帯を掌握する感じだぞ」
「実際、それを狙ってるんじゃねえか。鉱山資源は、まあ宝の山みたいなもんだ。・・・奴らにとっても資金源にはなるだろうしな」
「だとしても、やり方が乱暴すぎる」
「相手は追い詰められた武装勢力だぜ、手段なんか選ばんさ」
「暴力で街を支配して、強制労働させるってか? 時代遅れもいい所のやり方だ。非効率にもホドがあるぜ」
「だが、それ以外に理由が見えねえ」
「・・・」
ルナルナが、どこか納得できない顔をした。
アタシはルナルナの言葉を頭の中で反芻した。
確かに、鉱山の利益ってのは、後ろ盾のない・・・、いや、現実にはあるかもしれないが、少なくとも無いと仮定すれば、ストームヴァイパーにとっては大きな資金源となりえるだろう。
だが、鉱山で実際に資源を採取するには、やはり設備や労働力ってものが必要になる。
もし武力制圧して、現在の労働従事者をそのまま強制労働させるとしたら、その状況を維持するために、どれだけの恒常的な兵力の確保と、それを養うだけの資金が必要になるだろうか。
武力による支配や征服ってのは、頭で考える以上に難しいのだ。
そんなことに力を使うくらいなら、もっと賢い略取の仕方なんて、他にいくらでも考えられる。
でも、だとしたら。
ルナルナの言う通り、ストームヴァイパーの狙いはどこにあるんだろう。
「もしかして」
アタシは脳裏に浮かんだ考えを、なかば無意識に口にした。
「狙いは鉱山そのものじゃなくて、流通ルートにあるのかも」
ルナルナがアタシを横目に見て、微かに眉を震わせた。
「流通ルートか。まあ、それなら考えられるな」
ジェリーが首を縦に振った。
「つまり、ストームヴァイパーの狙いは、エルドナを孤立させることでは無くて、エルドナに出入りする運び屋そのもの・・・つまり、俺達そのものってコトか」
アタシは頷いた。
「そう考えると、ナントカいう商団が襲われたことだって、説明がつくでしょ」
「まあな。・・・だとしたら、サバティーノ商会の鉱夫が襲われたのも同じ理由になるな。あいつらも立派な流通パイプになっているからな」
「そこまでは考えなかったけど・・・。確かにそうよね」
アタシは自分の推測に満足したが、ルナルナの表情は厳しかった。
・・・そう簡単な事には思えない。
彼女は口にこそしなかったが、そう考えているのは明らかだった。
アタシは彼女の表情を見たら、それ以上口を挟むのがためらわれてしまった。
再び窓の景色に目を向けた。
森の緑が薄れて、ごつごつとした岩肌の目立つ山岳地帯に入ってきていた。
いよいよ、目指すエルドナは近そうだ。
「そろそろ、見えてくる頃かな?」
半分くらい独り言のように呟いた時だった。
「なんだ、ありゃ!?」
ジェリーが頓狂な声をあげた。
マリアもアタシも、もちろんルナルナも一斉にコクピットの方に目を向けた。
正面のパネルに、アタシの眼は釘付けになった。
目指す方向、つまりエルドナのコミュニティがある辺りから、明らかに異常なほどの黒煙が立ち上っている。
「こいつは・・・」
唸るように、ジェリーがこぼした。
アタシは、それが何を意味するか、やや遅れて理解した。
あれは、決して正常な生活の中で生み出される煙じゃない。
間違いない。
エルドナの町が、焼けているのだ。
「くそ、飛ばすぞ、少し揺れる!」
「マリア、サポートお願い」
「はいっ」
マリアはサブシートに滑り込んだ。
アタシはルナルナの肩を押さえて、彼女の体がソファから振り落とされないように支えた。
「ラライ・・・」
ルナルナがかすれた声で言った。
「どうやら、お前の推理は外れたな。奴等の狙いは、流通ルートなんかじゃねえ。エルドナそのものだ・・・」
アタシの喉はからからに乾いて、息が苦しくなってきた。
カーゴシップはエルドナのコミュニティの自治区内に突入した。
本来なら、区域内に侵入する際には、確認の為の通信が入るはずだが、セキュリティがどうなっているのか、ノーチェックのまま通過する事が出来た。
それは、岩山の谷間に作られた、自然の要塞とも言うべき町だった。
切り立った岩山が、町を外壁のように包み、正面に作られたゲートが侵入者を食い止める。
だが、そこまで進んでもなお、町はアタシ達のカーゴシップを無条件で受け入れた。
いや。
もっと正確に言おう。
アタシ達がついた時には、町は既にその防御システムを失っていた。
その凄惨な光景と、立ち込める熱気、そして様々なものが焼ける強烈な臭いは、しばらくの間、皮膚にまで染み込んで、離れなくなりそうな程だった。
焼き尽くされ、破壊された街並。
明らかに殺すために襲われ、命を奪われた者たち。
視界に飛び込んでくるのは、殆どが既に取り返しのつかない状態になった者達だけだった。
「このままデニーの所へ直行する。確か集会場の地下にシェルターが作られているはずだ。町の主要な連中が無事なら、そこに逃げ込んだに違いねえ」
ジェリーが歯ぎしりをしながら叫んだ。
地下シェルターか。
確かにそこなら・・・。
と、思ったアタシの眼が、破壊された町の中で、動くものを見つけた。
あれは・・・人?
「ジェリー、ちょっと待って、まだ街にも無事な人が居るみたい」
「あン?」
アタシは窓に顔を張り付けて、外を見た。
煙が立ち込める路地の奥から、このカーゴシップを見つけたのか、幾人かの町の住人と思われる人々が、転げるようにして飛び出してくるのが見えた。
「けが人もいるみたい、ねえ、あの人たちも助けないと」
「んな事言って・・・、まだ何が起きたかだってハッキリしねえし、こんな所で外に出るのは危険だぞ」
「あの人たちが危険なんて、とても思えないわよ」
飛び出してきたのは、殆どが鉱夫に思えたが、中には女や老人の姿も見えた。
「何が起きたか、それこそ聞かなくちゃ、ねえ、止めて、救出できない?」
「ジェリー、私からもお願いするわ。いったん止めて!」
「マリア?」
マリアの声には、さすがにジェリーもスピードを落とした。
「手分けしましょう。私とラライさんで、生き残った人たちを集めておく。ジェリーはシェルターを確認して、それからここに戻ってきて。貨物室を全部開ければ、百人以上は乗せられるでしょ」
「ちょっとまて、それって荷物を捨てて行けってコトか」
「人命の方が大切じゃない。それに、荷物なら後で取りに戻ってくればいい」
「そんな簡単な」
ジェリーは天を仰いだが。
やはり彼も、戦火を生き延びてここに辿り着いた人間だった。
ふうと大きく息をつくと、覚悟を決めた様子で、カーゴシップを止めた。
「仕方ない。少し手前に広場があったな。そこに生き残りを集めておけ」
「ジェリー、ありがとう」
「お礼なんかいい、それより、一人はトルーダータイプで出ろ。何があるかわからん」
アタシとマリアは頷き合って、急いで貨物室に向かった。




