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シーン43 死闘はつづくよどこまでも

 格納庫への扉を開けた瞬間、焦げ付いた匂いが鼻孔を襲った。

 思った以上に広い庫内には、生活物資の入ったコンテナが左右に詰まれ、外部ハッチに近い所には、ランナーが数台と、壁面にはジェリーのセミプレーンが立っている。

 ジェリーのトルーダータイプだ。


 トルーダータイプは一般的なセミプレーンよりもさらに小型で、身長は4メートルもあるだろうか。

 ボディの殆どがコクピットという感じではあるが、実際には機動性も高く、人に近い動きが出来る事から、白兵戦術機として高い評価を得たマシンである。


 それも、「赤目28式」と呼ばれた、特務専用機じゃないか。

 マニアにはたまらない機体だぞ、こりゃ。


 アタシは半円形の丸い頭部に光る赤いスコープ型の外部モニターを見て、思わず涎がこぼれそうになった。


 ともかく。

 今は眼福に浸っている場合では無かった。


 案の定、ハッチには亀裂が入り、薄暗い庫内に光が差し込んでいる。


 アタシとマリアは亀裂に向かって走った。

 外を窺うと、何かが光った。


「危ないっ!」


 叫ぶと同時にマリアを押し倒そうとして、逆に押し倒された。

 反射神経は、どうやら彼女の方が上だったようだ。


 背後で爆音とともに、ハッチの亀裂がさらに大きくなり、外装が内側に向かってめくれた。


「あたた、マリア、大丈夫!?」

 アタシは受け身をし損ねて後頭部をちゃんと強打したが、これまでに経験した打撲に比べると、まだまだ軽い方だった。


「私は大丈夫です・・・うっ」

 マリアは答えてから、決して大丈夫そうには思えない苦悶の声をあげた。


 体を離して、彼女は苦し気に肩を押さえた。

 破壊された何らかの破片が強打したのだろう。プレーンスーツ代わりにもなる厚手の飛行服の肩口が破けて、うっすらと血が滲むのが見えた。


「マリア、下がって」

「でも、私、このくらい、まだまだ」

「いいの、後方から支援して。・・・ありがとう、助かった」


 アタシは彼女を後方に配して、再び広がった亀裂へと向かった。


 外を見た。

 真後ろに、二人乗りのホバーマシンが一台迫っていた。

 ルナルナの機銃は、左右に向かって掃射を続けている。

 この背後の一台には手が回っていない。

 と、ホバーマシンが急速に接近し、ランチャーを背負い、凶悪そうな銃を持った男がこちらに飛び移ろうと機体の上に立ち上がるのが見えた。


 させるもんか。


 男が体を伸ばしてくる直前、アタシは逆にこっちから半身を乗り出した。

 男がぎょっとした顔をした。


 あらよっと。


 アタシの麻痺弾を込めたルガーP08がオーバーすぎる銃声を放った。

 一発は乗り込もうとした男を、もう一発はホバーマシンの操縦者を正確に撃ちぬく。


 猛スピードで迫っていたホバーマシンは制御を失って側面の森に突っ込んで大破し、男の体が地面を激しく転げ落ちていくのが見えた。


 殺すつもりはないけど、結果としてヤバいかも。

 アタシは今更ながらに、ちょっと青ざめた。


「やりましたね、ラライさん」

 敵の安否など微塵も気にする様子もなく、マリアが嬉しそうに声をあげた。


「やったけど、まだ敵はいるわよね」

「そうですね。って、あれ」

「えっ、どこ!?」


 アタシより先に、気付いたマリアが森を指さした。

 その時だった、ブラスターの一撃がカーゴシップを襲って、明らかな振動が機体を大きく揺らした。


 直撃? どこにくらった?


 アタシは直後、イヤな予感に襲われた。


 ルナルナの機銃が沈黙した。

 これって、まさか。


「ラライさん、後方、来ます!」


 敵は好機を見逃さなかった。

 五月蝿かった機銃の迎撃が治まるとともに、背後に数機の機影が集まった。

 2台はさっきと同じホバーマシンだ。

 だが、問題は最後の一機だ。


 フロッガー。

 ストームヴァイパーの軍事用セミプレーンか。


 どうする。アイツと戦うには・・・。

 でも、ルナルナの安否も気になる。


 アタシは咄嗟に、壁面にあるジェリーのプレーンを見た。

 アレを借りるしかないか。


 走り出そうとしたその肩を、マリアが抑えた。

 振り返るアタシに、マリアは真剣な眼差しを向けた。


「私が戦います、ラライさんは、ルナリーさんの様子をお願いします」

「だけど、マリア、プレーンの腕はアタシの方が」

「あのマシンなら、昔ジェリーに使わせてもらった事があるんです。やらせてください」


 アタシは一瞬だけ悩んだ。

 だが、それほど時間も無い。

 アタシは彼女に賭けてみるしかないと、咄嗟に決断した。


 彼女も彼女なりに、戦いたいという気持ちがあり、その理由だってある。

 もしかしたら、アタシなんか以上に、彼女の方が真剣なんだ。


「いいわ、任せたわよ。破壊するなんて考えなくていい。足を止めてさえくれればいいわ」

「出来ます!」


 マリアは言い切って、トルーダータイプへと走った。

 こうなれば、アタシはルナルナの方だ。


 後ろ髪をひかれながらも、機内へと駆け戻り、ルナルナが乗っているであろう上部デッキの機銃砲塔へと向かう。

 潜水艦のハッチのような入り口を押し上げてデッキに登ると、そこはデッキというには非常に幅の狭い天面になっていて、その先に機銃を備えた砲塔が一基見えた。


 黒煙がその側面から立ち上っていて、アタシは心臓が破裂する程に動悸した。


 走行による風と振動に振り落とされそうになりながら、アタシは必死に砲塔へと向かった。

 ようやくたどり着くと、ブラスターの直撃による被弾が外装を溶かして、本来360度回転するはずの砲台を、無残にも斜めに固定してしまっていた。


 アタシは5段ほどの足場をよじ登り、砲台の中を覗き込んだ。


「ルナルナっ!」


 アタシの声に、ピンク色の髪が風になびいた。

 ルナルナのかたが、微かに上下して、まだ息のある事を教えてくれた。

 気を失っているのか、その体は力なくシートに崩れている。

 狭いシート内に滑り込み、彼女の体を起こそうとすると、砲台を回転させるための足のペダル部分が被弾のショックで内側に押しあがってきて、彼女の足を無情にも挟み込んでいた。


 折れてなきゃいいけど。


 アタシは渾身の力でペダルを引き離した。

 ほんの少しだけ隙間が空いて、彼女の足に血流が戻るのがわかった。


 他に外傷はないみたい。

 きっとショックで意識を失っているだけだ。


 ホッとするのもつかの間、背後で、激しい銃撃の音が始まった。

 マリアのトルーダータイプだった。


 迫りくる3機の敵機を、こちらのカーゴシップを庇いながら、見事な操縦で牽制しているのが見えた。


 やるじゃない。

 アタシは内心舌を巻いた。


 彼女の動きが、以前とはまるで違って見えた。

 無駄が無くなっているというか、そう、あの動きはアタシに近い。


 ちゃんとタメを作って、引きつけてからの回避と反撃。


 アタシはその光景を見て、なんだか嬉しくなった。

 アタシとの僅かなマンツーマンの特訓が、ちゃんと生きている。

 マリアはちゃんと吸収してくれたんだ。


 トルーダータイプのマシンガンが、ホバーマシンを撃墜して、ついに敵機は例のフロッガータイプ一台になった。


 一対一なら、勝てる・・・か?

 アタシはそう思って、直後、妙な違和感に襲われた。


 待てよ。

 何かがおかしい。


 この砲台を撃ったブラスターは、この破壊力から見ても、間違いなくセミプレーンの放った高火力の一撃だ。

 だけど、マリアと戦ってるあのフロッガーは、さっきから実弾式のミサイルしか使っていないぞ。


 だとすれば。

 もう一台居る!


 アタシはその事に気付いて、砲台の上に体を起こした。


 素早く周囲を見回して、遂にそれに気づいた。


 森の中を、猛スピードで並走する機体の陰が見える。

 そうか。

 ルナルナが左右に銃撃を行っていたのは、あいつを牽制していたんだ。


 まずい!

 マリアはもう一台に気付いていない。


 そして、敵機の方は明らかに目障りなマリアを先に潰す気だ。

 森の中を走る機体が、一気に距離を狭め、マリアの死角から彼女の機体を狙い始めた。


 アタシは機銃に手をかけた。

 だが、ちくしょう、ダメージのせいで、向きを変えられない。

 何か、他に手は・・・。


 アタシの眼がルナルナにとまった。

 彼女が担いでるのは、そうだ、ミサイルランチャーだ。


 破壊するには弱すぎるけど、当たりドコロが良ければ、何とかなるかも。

 フロッガータイプの弱点は、コクピットの真後ろ。たった15センチくらいの廃熱口だけど、直接ミサイルをぶち込めれば・・・。


 考えている暇はない。

 アタシは彼女の体からミサイルランチャーを奪い取って肩に担ぎ、スコープを目に当てた。


 幸いにして、こっちの方が高い位置にいる。

 背の低いフロッガーの上面を、ちゃんと狙えるじゃない。


 タイミングを計り、撃とうとして、アタシは咄嗟に指を話した。

 機体が大きく揺れたのだ。

 アタシは砲台から降り落とされそうになり、必死に片手でヘリをつかんでしがみついた。


 くそ。さすがにあたしでも、ここまで揺れると、照準があわせられない。

 ってーか、立ってるのだって難しいくらいだ。


 やば。


 マリアが背後のフロッガーに対し、防戦一歩になり始めていた。

 彼女は逃げながら戦っているのだ。これがどれだけ難しい戦いなのか、アタシにはよくわかる。

 むしろ、ここまで耐えて逃げきっているマリアを褒めるべきだ。


 だけど、そんなマリアをあざ笑うように、もう一台のフロッガーがブラスターを構えた。


「ちっくしょーっ、やらせるもんかー!」


 アタシは叫んで、再び砲台に仁王立ちになった。

 もうこうなりゃ、撃った反動で落っこちようが構うもんか。

 今度こそ死ぬかもしれないけど、アタシの命なんて、昔っから運任せみたいなもんだ。


 一瞬で照準を合わせ、トリガーを引く。


 間一髪、その一撃は放たれた。

 思った以上の反動と轟音をあげ、ミサイルが炎を上げた。


 どうだ。

 これぞアタシの腕よ。


 ミサイルは僅か15センチの的を、それも猛スピードで移動中のその場所を的確に貫いて、炎を吹き上げた。

 フロッガータイプが前方にバランスを崩れて転倒し、そのまま勢いよく手足が折れて宙に舞う。


 撃破を確認し、アタシはガッツポーズ。

 ・・・を、作る事も出来なかった。


 ミサイルを撃った瞬間、アタシの体はふわりと空中に浮いた。


 反動と機体の容赦ない振動、そして吹き付ける突風は、決して重くないアタシの体を簡単に弾き飛ばした。


 あ。


 さすがに今度こそ無理。

 この高さ、このスピード。


 落ちたら、終わる!


 アタシは訪れる死に、恐怖すら覚える事が出来なかった。


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