02 奄美剣星 著 ノート 『半径七十メートルの物語』
ぱくたそ/© Mizuhoさん
恋は、半径七十メートル内の出会いで始まると心理学者は言う。
同じ学校に通っていれば、当然、少年少女は巡り合いもする。
紅葉の季節というのは、先月だか先々月だかを指すわけだが、里山が色づくのはずっと後で案外と今ごろだったりする。椿や小菊だけが咲いている。残り僅かになった花々に、今年最後の仕事だと言わんばかりに、蜜蜂がせっせと飛び回っていた。
立冬を迎え、だいぶ朝は冷えて来たが、まだ息は白くならない。とはいえ虫の音はさすがに聞こえなくなっていた。
「遅刻する」と、通学路を駆けて行く青少年であるところの恋太郎が、時計を見て一息ついた。校門まであと数百メートルというところまで来たのだ。するとだ、自転車で後を追い駆けて来たノッポな愛矢が、籠に収めたノートを引き抜いて、恋太郎に渡した。
「昨日、うちに遊びに来て忘れただろ」
「見たな?」
「見た」
「変態め」
「変態はないだろう」
愛矢がよこしたノートを、ひったくるように受け取って、「ありがとう」と言う。恋太郎の顔は(紅葉ほどではないのだけれど)真っ赤だ。
男の子のノートには、時として、宝島の地図が描かれていることがある。数式だったり、元素のイメージだったり、詩だったり、はたまた……。ノートの余白には、鉛筆で描かれた、トンボに蝶、スニーカー、自転車、そして、微笑する少女の横顔があった。
二人が教室に入ると、ノートに描かれていた少女がいて、「おはよう」と声をかけた。雫だ。
恋太郎は、その日の美術の時間に彼女を描いた。雫は長い髪をリボンで止めていた。眉は細く、ぱっちりした目をしている。唇の動きが気になる。薄紅色のそれは、笑うとアヒルのようになって、またキュートだった。授業の終わりに見せてやると、モデルも気に入った様子。なかなかの出来なので、額装して彼女に贈ってやることにした。
「日曜日に、映画にでも行かない?」
「恋太郎さんと行った映画で外れたのはなかった。ぜひ……」
映画館に限らず、恋太郎に誘われると、雫はだいたいついて来た。恋太郎はホラーが苦手、コミカルな演出も嫌いではないが、絶対に感動がないといけない。映画館ではポップコーンを食べないが、飲み物くらいは口にする。コーラもいいが紅茶だとなおありがたい。そういう好みは雫も同じだった。
*
映画館を出た二人が、城址の堀端を歩く。鴨の群れが水面を泳いでいるのをぼんやり見ていると、川鵜がいてふいに水中に潜った。その奥では、鷺が岩の上で羽づくろいをしていた。夏目漱石なら、このタイミングで、「月が綺麗ですね」と書くところだろうか。否、まだ日は沈んでいない。だから、ストレートに、「雫は可愛いから好きだ」と言う。すると、「恋太郎さんこそ可愛いから好き」という答えが返ってくる。
デートのとき、相手の手に触れるとき、付き合い始めは男が先にやるのだが、結婚すると、女が先に手を触れようとするのだという。結婚はしていないのだけれども、雫が先に手を触れてきた。
声と表情で相手の好意が判る。恋太郎の心臓が高鳴った。
――キスはいつごろできるかなあ。
夜、雨が降って、翌朝の月曜日は、水溜りが初霜と初氷になった。
そんな日曜日の出来事を、恋太郎は一日遅れで日記につづった。
ノート20171128




