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自作小説倶楽部 第15冊/2017年下半期(第85-90集)  作者: 自作小説倶楽部
第89集(2017年11月)/「南瓜」&「ノート」
27/38

02 奄美剣星 著  ノート 『半径七十メートルの物語』

挿絵(By みてみん)

ぱくたそ/© Mizuhoさん



 恋は、半径七十メートル内の出会いで始まると心理学者は言う。


 同じ学校に通っていれば、当然、少年少女は巡り合いもする。

 紅葉の季節というのは、先月だか先々月だかを指すわけだが、里山が色づくのはずっと後で案外と今ごろだったりする。椿や小菊だけが咲いている。残り僅かになった花々に、今年最後の仕事だと言わんばかりに、蜜蜂がせっせと飛び回っていた。

 立冬を迎え、だいぶ朝は冷えて来たが、まだ息は白くならない。とはいえ虫の音はさすがに聞こえなくなっていた。

「遅刻する」と、通学路を駆けて行く青少年であるところの恋太郎が、時計を見て一息ついた。校門まであと数百メートルというところまで来たのだ。するとだ、自転車で後を追い駆けて来たノッポな愛矢が、籠に収めたノートを引き抜いて、恋太郎に渡した。

「昨日、うちに遊びに来て忘れただろ」

「見たな?」

「見た」

「変態め」

「変態はないだろう」

 愛矢がよこしたノートを、ひったくるように受け取って、「ありがとう」と言う。恋太郎の顔は(紅葉ほどではないのだけれど)真っ赤だ。

 男の子のノートには、時として、宝島の地図が描かれていることがある。数式だったり、元素のイメージだったり、詩だったり、はたまた……。ノートの余白には、鉛筆で描かれた、トンボに蝶、スニーカー、自転車、そして、微笑する少女の横顔があった。

 二人が教室に入ると、ノートに描かれていた少女がいて、「おはよう」と声をかけた。雫だ。

 恋太郎は、その日の美術の時間に彼女を描いた。雫は長い髪をリボンで止めていた。眉は細く、ぱっちりした目をしている。唇の動きが気になる。薄紅色のそれは、笑うとアヒルのようになって、またキュートだった。授業の終わりに見せてやると、モデルも気に入った様子。なかなかの出来なので、額装して彼女に贈ってやることにした。

「日曜日に、映画にでも行かない?」

「恋太郎さんと行った映画で外れたのはなかった。ぜひ……」

 映画館に限らず、恋太郎に誘われると、雫はだいたいついて来た。恋太郎はホラーが苦手、コミカルな演出も嫌いではないが、絶対に感動がないといけない。映画館ではポップコーンを食べないが、飲み物くらいは口にする。コーラもいいが紅茶だとなおありがたい。そういう好みは雫も同じだった。

          *

 映画館を出た二人が、城址の堀端を歩く。鴨の群れが水面を泳いでいるのをぼんやり見ていると、川鵜がいてふいに水中に潜った。その奥では、鷺が岩の上で羽づくろいをしていた。夏目漱石なら、このタイミングで、「月が綺麗ですね」と書くところだろうか。否、まだ日は沈んでいない。だから、ストレートに、「雫は可愛いから好きだ」と言う。すると、「恋太郎さんこそ可愛いから好き」という答えが返ってくる。

 デートのとき、相手の手に触れるとき、付き合い始めは男が先にやるのだが、結婚すると、女が先に手を触れようとするのだという。結婚はしていないのだけれども、雫が先に手を触れてきた。

 声と表情で相手の好意が判る。恋太郎の心臓が高鳴った。

 ――キスはいつごろできるかなあ。

 夜、雨が降って、翌朝の月曜日は、水溜りが初霜と初氷になった。

 そんな日曜日の出来事を、恋太郎は一日遅れで日記につづった。

     ノート20171128

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