43:かたちづくるもの
強い日差しで汗ばむようになった頃のこと。こう暑い日が続くとなかなかに疲れるので、シムヌテイ骨董店のレジカウンターの上には、毎年のように氷の詰まった器が置かれていた。氷の中には、やはりいつものようにカネット瓶が二本。今日淹れているお茶は、自家製のティーシロップを薄めた物だ。
「ふう、甘いジャスミンティーも良い物ですね」
クリスタルガラスのタンブラーを傾け、真利が呟く。タンブラーの中からは甘い砂糖と、爽やかな花の香りがする。
ふと、ちらりとレジカウンターの上に乗せている古びた時計を見る。針はおやつ時を少し過ぎた頃を指している。
今日は初めてのお客さんが数人来たなと思い返していると。店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
そう声を掛けて入ってきたお客さんを見ると、根元から毛先にかけて青から桃色のグラデーションになった髪を、編み込んで纏めている女性が立っていた。服装は、夏らしいキャミソールワンピースにジーンズだ。
「真利さんおひさー。またなんか珍しいカボッション的な物入ってる?」
「彼方さんもお久しぶりです。
カボッションですか? クリスタルガラスの物が少し前に入りましたね」
倚子から立ち上がり、真利は棚の引き出しを開く。引き出しの中に被せてあるアクリルの板を外して、布で蔽い細かく区切られている引き出しを、彼方に見せた。彼方が引き出しを覗き込むと、先日買ったような、青いきらめきの入ったドラゴンブレス以外にも、色とりどりの透き通った半円形のガラスがたくさん入っていた。
「へぇ、きれいなクリスタルガラスだけど、どこのメーカーとかわかる?」
まじまじと見ながらそう問いかける彼方に、真利は視線を斜め上にやって思い出しながら答える。
「そうですね、メーカーのわからない物も勿論有りますが、大体はオーストリアのメーカーの物ですね」
「オーストリア? あー、なるほど」
納得した様子の彼方に、真利はカボッションを手に取って見てもらう。今回も、六ミリから二十ミリの間で色々と取りそろえているので、何かしら気に入る物が有るだろう。
ふと、彼方が真利の方を向いた。
「所で、サフィレットってもう在庫無かったりする?」
「サフィレットですか?」
彼方はだいぶ前に、かなりの数のサフィレットを買っていったはず。まさかそれで足りなくなっているとは思っていなかったので、驚いた。しかしそれはそれとして、引き出しの中に入っている、手の平に乗るほどの黒いケースを取りだし、開いて彼方に見せて言う。
「一応、六ミリくらいの物が幾つか残っているのですが、カボッションでは無く、ポイントバックのカットなんですよ。
それだと、彼方さんが使うのには向かないかと思うのですが」
ケースの中には後ろが円錐型になりカットが施された、青の中にモーブが浮かぶガラスが五つほど入っていた。それを見て彼方は難しい顔をする。
「んんん、カットかぁ。
サフィレットで作るアイ結構気に入ってるから、また作りたかったんだけどなぁ」
やはり、彼方はサフィレットを人形の目にするつもりだったようだ。心底悔しそうな顔をするカナタを見て、真利は困ったように笑って言う。
「そうですね、サフィレットはまた仕入れることもあるでしょうし、ドールアイを作るのに良さそうな物が入ったら、ご連絡いたしましょうか?」
真利の言葉に、彼方は表情を明るくする。
「ほんと? やったぜ。
それじゃあその時はよろしく」
「はい、かしこまりました」
今回はこれで彼方の用事が済んでしまっただろうか。真利がそう思っていると、彼方はまた、引き出しの中を見て難しい顔をしている。
「ねぇ、どれがお人形の目に入れるのに良いかなぁ」
「どれが良いかですか? どのようなお人形かにもよりますねぇ」
「そっかー。うーん、難しいな」
悩み始めてしまった彼方に、真利はにこりと笑って声を掛ける。
「取り敢えず、ずっと見てると段々こんがらがってくるでしょう。一旦お茶を飲んで落ち着きませんか?」
「うーん、一杯いい? それじゃあ、お言葉に甘えて」
「はい、少々お待ちください」
真利はレジカウンターの裏から木製の折りたたみ椅子を出し、広げて彼方に勧める。それから、レジカウンターの裏にある棚から白いグラスを出し、氷の入った器に刺さったカネット瓶を一本抜き、グラスの中に若草色のお茶を注いだ。
「どうぞ。よく冷えてますよ」
そう言って彼方にグラスを手渡す。
「ありがと。じゃあいただきます」
彼方はグラスに口を付けると、ぎゅっと目をつむってからこう言った。
「あー、美味しい。外暑かったから助かるわ」
「そうですね。ここは冷房が効いていますので、ゆっくりしていってくださいね」
ふたりでゆっくりお茶を飲んで、話をして。その中で、今度彼方がアート作品の集まるイベントに出ると言う話を聞いた。
「それで、そのイベントに合わせて何体か新しい子作りたいんだよね」
「なるほど、それで目に入れるカボッションが必要なんですね」
「そうなの。どんな子にするかのイメージはもう固めてあるから、合うアイを作れたらなって」
人形の話をして居る時の彼方は、とても楽しそうだ。その楽しい気持ちに華を添えられているのなら、それは喜ばしいことだと、真利は思ったのだった。




