44:夏のある日
うだるような暑さが続くある日のこと。冷房を効かせて涼しく冷やしてあるシムヌテイ骨董店で、真利はいつも通り、指定席に座って冷たいお茶を飲んでいた。
涼しくしてあるとは言え、氷を詰めてある器はじっとりと汗をかいている。
「はぁ……こう暑いとたまりませんね」
気怠げにそう呟き、クリスタルガラスのタンブラーを傾ける。口に含んだお茶からは、爽やかな苦みと素朴な甘みが感じられた。
こんなに暑いと、昼間この店まで来るのも大変だろう。そんな事をぼんやりと考えていると、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
そう声を掛けて入ってきたお客さんを見ると、ショルダーバッグを肩から掛けた理恵が立っていた。
「真利さん、こんにちわ」
「こんにちわ。夏休みの宿題は、進んでいますか?」
倚子から立ち上がり、真利はレジカウンターの裏から木製の折りたたみ椅子を取り出す。それを広げて置き、理恵に声を掛けた。
「外は暑かったでしょう、どうぞお掛けください。
お茶も、冷たいのがありますよ」
「はい、それじゃあいただきます」
理恵が倚子に腰掛けたのを確認し、真利はレジカウンターの裏にある棚から白いグラスを出す。それから、氷に刺さっているカネット瓶を一本引き抜き、グラスの中に琥珀色のお茶を注いで理恵に渡した。
「どうぞ、お待たせしました」
「ありがとうございます」
真利が倚子に腰掛け、理恵がグラスに口を付ける。すると理恵は、驚いた顔をして言った。
「えっ、これなんか苦いんですけど、何のお茶ですか?」
そう言えば理恵にこのお茶を出すのは初めてだった。そう思いながら、真利はにこりと笑って答える。
「苦丁茶という苦いお茶に黒糖を足した物です。
体を冷ましてくれる効果があるらしいので、こう暑い日は偶に淹れてるんですよ」
「なるほど、そうなんですね」
「お口に合いませんか?」
少しだけ申し訳なさそうに真利がそう言うと、理恵は空いている方の手を振って返す。
「いえ、そんな事はないです。ただ、変わった味だなって思って」
「そうですか? もし飲むのが辛かったら、いつでも言ってくださいね」
理恵はああ言ったけれども、少し飲むのが辛そうだ。やらかしてしまったと思いながら、真利は理恵に訊ねる。
「ところで、今日は木更さんはどうしました? 林檎さんの所に行っているのでしょうか」
その問いに、理恵はこりと笑って答える。
「はい、林檎さんの所に行っています。林檎さんと話したいって」
「なるほど、そうなんですね」
ふたりで歓談しながらお茶を飲む。けれども理恵をよく見ると、お茶を飲むのが辛そうだった。
理恵がお茶を飲み終わった頃合いに、真利がこう言った。
「よかったら、かき氷でも召し上がりませんか?」
「かき氷ですか?」
「はい。かき氷器があるのですけれど、最近使っていないなと思いまして」
その申し出に、理恵は嬉しそうに答える。
「それじゃあ、かき氷もいただきます。
あ、折角作るんだったら、木更と林檎さんも呼んできますか?」
「そうですね、みんなで食べた方が楽しいでしょう」
真利の言葉に、理恵は早速席を立って店から出て行く。理恵が呼びに行っている間に、真利はかき氷を作る準備を始めた。
レジカウンターの上に置かれたかき氷器。その下には、水滴がレジカウンターを濡らさないようにタオルが敷かれている。しゃりしゃりと氷を削る音。音が鳴る度に、かき氷器の中に置かれた萩焼のカップに、薄い氷が降り積もった。
「お待たせ致しました。こちらが林檎さんの分です」
缶詰のみかんとシロップを氷に掛け、林檎に渡す。これで、女性三人分のかき氷が揃った。
「それではみなさん、お召し上がりください」
真利がそう声を掛けると、三人ともいただきますと言って、かき氷を食べ始めた。その中で真利は、自分の分のかき氷を削る。
かき氷を食べながら、林檎が理恵に訊ねた。
「そう言えば理恵さんは高校で美術はやってるの? 木更さんは音楽を取ったって聞いたけど」
それに、理恵はこう答える。
「私も音楽なんですよ。やっぱりなんか、絵を描くのって苦手で」
理恵の言葉に、真利が驚いたような顔をして言う。
「え? 絵が苦手なんですか?
中学の時に、夏休みの宿題で熱心に描いていたのに」
作り終わったかき氷を持って椅子に座る真利に、木更がにまっと笑って返す。
「そりゃあ、このお店の絵だからでしょ?」
「そうなんですか?」
木更の言葉に、理恵は顔を赤くして、林檎はくすくすと笑っている。
一体何が有るのだろうとは思ったけれども、そこまでこの店を気に入って貰えているのは、素直に嬉しかった。




