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シムヌテイ骨董店  作者: 藤和
2007年
39/75

39:毒の金属

 吹く風も柔らかくなり、桜のつぼみが膨らみ始めた頃。その日シムヌテイ骨董店の入り口には『CLOSE』の札が掛けられていた。

 特に休業日というわけではないのだけれど、少しの時間、真利が隣のとわ骨董店へとお邪魔しているので、その札が掛かっている。


「あらー、今年もクッキー焼いてきてくれたの?」

「はい。先日チョコレートをいただいたので、そのお礼です」


 ふたりでお茶を飲みながら話をする。真利が林檎に渡したのは、ワックスペーパーの紙袋で、その中にはチョコレートと銀色のアラザンで彩られたクッキーが入っている。そして、それを同じ袋が三つ。林檎と、理恵と、木更の分だ。


「あの子達、今日来るかしらね」

「どうなんでしょうね。そろそろ卒業式ですし、木更さんももう受験が終わっているでしょうし」


 取り敢えずクッキーの袋は開けずにレジカウンターの上に置き、雑談をする。その中で真利がこう訊ねた。


「そう言えば、先日の仕入れで何か珍しい物は有りましたか?」


 すると林檎は倚子から立ち上がり、展示用棚の引き出しを開けて何かを取り出した。


「これかしらねぇ。これだけ状態が良いのは、なかなか珍しいわよ」


 そう言って真利に見せたのは、所々が金属光沢を持ち、虹色に光る、小さな硝子の瓶だった。


「ああ、銀化ガラスですか。確かにこれだけ状態が良い物は珍しいですね」


 とわ骨董店では、東洋骨董品以外にも林檎の趣味で鉱物やそれに近い物が置かれていることがある。シムヌテイ骨董店にも宝石やそれに準じる物を置いていることはあるけれども、基本的に装飾用に加工された物ばかりだ。けれどもとわ骨董店には、割る以外に人の手が加えられていない石があるのだ。

 銀化ガラスは、鉱物とは言えない。けれども、長い時を地中で過ごし、虹色の輝きを纏った銀化ガラスは、琥珀に似た雰囲気を持っていた。

 林檎から受け取った銀化ガラスの瓶を眺めている真利が、ふっと視線を上げて言う。


「そう言えば、今日はお香を焚いていないのですか?」


 それに、林檎は悩む様子を見せて答える。


「まだ焚いてないのよね。

一度、お香の焚き方をあのふたりに見せたいから、来たら焚こうかと思ってるんだけど」

「なるほど。何を焚く予定で?」

「うーん、沈香かコパルかって思うんだけど、どっちが良いかなぁ」

「難しいですね。どちらかというと、コパルの方が珍しい感じはしますけれど。

コパル自体は簡単に手に入りますが、お香になると言うことを知っている人は案外少ない気がするので」


 真利の言葉に、林檎は納得したようだ。銀化ガラスの瓶を真利から受け取り、また棚の引き出しへと戻している。


「そう言えば」


 林檎が思い出したように声を上げる。


「だいぶ前に仕入れたんだけど、ずっと棚にしまいっぱなしの石があるのよね」

「そうなんですか?」

「うん。これなんだけど」


 そう言って、林檎がティッシュを使ってつまみ、真利に見せたのは薄い金色の、水晶に似た結晶の石。余りにもきれいな形の結晶なので、真利は思わず見入ってしまった。


「随分ときれいな石ですね。

見た感じ、金属質に見えますが」

「そう。この石は金属なの。硫砒鉄鉱って言うのよね」

「初めて聞く名前ですが、なんでこの石を棚にしまいっぱなしなんですか?

出しておけば欲しいお客様も沢山居るでしょうに」


 林檎が個人的に所蔵しておきたいだけなら、既にこの店には無く林檎の家に置いてあるはずだ。にもかかわらず店の棚に入れていると言うことは、多少なりとも売りたい物であるはずだった。

 真利の問いに、林檎は困ったような顔をする。


「そうなんだけど、この石の表面は毒が付きやすいから、気をつけた方が良いって悠希さんに言われて。

それで、そんな注意するほど危険な毒が付くとなると、本当に売っちゃっても良いのかって言う気もして」

「毒? 一体どんな物ですか?」


 真利は思わず眉を顰める。悠希は随分と鉱物に詳しい。そうでなくとも冗談や冷やかしでその様なことを言う人物では無いので、疑問に思った。林檎は硫砒鉄鉱を引き出しに戻しながら言う。


「酸素に触れた表面の部分に、砒素化合物が出来るんだって。この硫砒鉄鉱自体、砒素が混じっている物だから。

悠希さんがはじめこの石を見た時、妙に怯えていたから、その時に聞いたのよ」

「なるほど、確かにそれだと売って良いのかどうか迷いますね。

でも、辰砂はどうなんですか? あれも確か、水銀だったはずなのですけれど」

「辰砂は触っても害になるほどは水銀が付かないみたいよ」

「なるほど……」


 鉱物も案外、取り扱いが難しい物だなと思いながら、真利はひとくちお茶を飲む。林檎も自分の倚子に戻って、アルコールティッシュで手を拭いている。

 ぬるくなったお茶をふたりで飲み、暫し鉱物の話をする。危険な物が有るというのがわかっても、林檎にとって魅力的な物であることには変わりがないようだった。

 カップが空になり、ティーポットが空になった頃に、とわ骨董店の扉が開いた。


「いらっしゃいませ」

「お待ちしておりました、お嬢様」


 林檎と真利が挨拶をすると、晴々とした顔の木更と、嬉しそうな顔をした理恵が入ってきた。

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