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シムヌテイ骨董店  作者: 藤和
2007年
40/75

40:春から始まる

 桜の花も散り、暖かな陽気が続くようになった頃。その日は薄曇りで、吹く風が少しだけ冷たかった。

 シムヌテイ骨董店では、いつも通り真利が赤い倚子に腰掛け、お茶を飲んでいる。今日のお茶は、スミレと苺の香りが芳しい、渋めのお茶。静かな店内で、今日はどんなお客さんが来るかと、ゆったりと待つ。こう言うことは焦っても仕方の無いことなのだ。

 カップもティーポットも空になり、一度バックヤードへ行って茶葉を捨てる。それからティーポットを軽く洗ってしっかりと拭き、店内に戻り、また同じお茶を淹れようと茶葉をティーポットに入れた。お湯を注ごうとポットを持ったその時、店の入り口が開いた。


「いらっしゃいませ」


 一旦ティーポットの蓋を閉め、挨拶をする。入ってきたのは柔らかい桃色の髪の毛を三つ編みにし、肩から垂らしている女性。柔らかな雰囲気のマキシスカートとレースのロングカーディガンが春らしい。


「お久しぶりです」


 彼女がふわりと笑ってそう言うと、真利もにこりと笑って返す。


「お久しぶりです、聖史さん。

最近お仕事が忙しいと思うのですが、折角いらしたのですから、ゆっくりなさってくださいね」

「はい、ありがとうございます」


 聖史が品物が置かれた棚を見る。特に見ているのは、木箱の中に立てかけられた博物画だ。様々な植物が描かれたそれはとても緻密で、繊維の一本まで余さず描いているかのようだった。聖史は博物画を二枚ほど取りだし、真利に訊ねる。


「これに合う額縁はありますか?」

「額縁でございますか? 少々お待ちください」


 見せられた博物画を見て、真利は倚子から立ち上がり、棚の下に置かれた箱を見る。その中には、大小様々な額縁が入れられていた。丁寧な手つきで、シンプルで縁が細い真鍮の額縁と、少し塗装が剥げている、縁が太めな紺色の額縁を取り出す。


「こちらの額は如何でしょうか。

アネモネの絵にはこちらの真鍮の物が、種の発芽の絵には、こちらの紺色の物がお勧めです」


 額縁を受け取った聖史は、絵と額縁を合わせて見て、にこりと笑う。


「そうですね、これが良さそうです。

こちらをいただきますね」

「かしこまりました。ありがとうございます。

それでは、お会計はこちらで」


 真利は一旦博物画と額縁を受け取り、聖史をレジへと通す。電卓に合計金額を打ち込んで提示し、支払いの準備をしている間に博物画と額縁を梱包する。博物画は薄い生成りの紙袋に入れ、額縁はクラフト紙の紙袋に入れる。博物画が入った袋も、額縁と同じ袋に入れた。それを赤い紙袋に入れ、入れ口の部分を『C』の文字が入った封蝋風のシールで留める。

 会計を済ませ、紙袋を聖史に渡しながら、真利が訊ねる。


「もしお時間があるようでしたら、お茶を一杯如何ですか?

今丁度、淹れようとしていたところなんです」


 それに、聖史は答える。


「はい、いただいていきます。ありがとうございます」


 真利はにこりと笑って、レジカウンターの裏から折りたたみの木製の倚子を出し、広げる。それを聖史に勧めて、レジカウンターの裏にある棚からカップを取りだした。グリフィンの絵が描かれたカップだ。

 カップをふたつ並べ、真利はティーポットにお湯を注ぐ。スミレと苺の香りが立った。


「随分と甘い香りのお茶なんですね。

何のお茶ですか?」


 少し驚いた声を出す聖史に、真利が答える。


「スミレと、苺の香りがついた物です。それ以外に、薔薇と葵も入っています」

「少し、緑茶の香りもしますが」

「はい。紅茶と緑茶がブレンドされた物です」


 そんなやりとりをして、暫しお茶を蒸らす。しっかりと蒸らしてから、お茶をカップに注いだ。

 グリフィンの描かれたカップを聖史に渡し、真利もチャイナボーンを手に持って自分の倚子に座る。熱いお茶に口を付けた。

 真利が聖史に言う。


「今のお仕事は、色々と言われることも有るでしょう。お疲れでは無いですか?」


 その問いに、聖史は真剣な顔をして答える。


「大変ですが、疲れたどうこう言っていられる物ではありません。

私は、職務を果たさないといけないのです」


 強気なことを言っては居るけれども、聖史の顔にはどこか疲れが見えた。


「そうですね、聖史さんの仕事はとても重要な物です。

ですけれど、今ここに居る時間はお仕事では無いのですから、少しでも疲れを取っていってくださいね」


 真利がくすりと笑うと、聖史の表情も和らぐ。


「そうですね。新年度が始まって大変ですが、ミスが無いように疲れを取るのも大事です」


 ふたりで、静かにお茶を飲む。去年の初めにここに来て以来、聖史には会っていなかったけれども、彼女が今何をして居るのか、真利は知っていた。いや、真利だけで無く、知っている人は沢山居るだろう。聖史が背負う重責を思うと、今ここに居る時だけは、安らいで欲しいと思うのだった。

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