一過
第6話です。色々とキナ臭い事情は残っていますが、間立高校の件は収束をむかえました。晴馬も片桐もそれなりに無茶をしたので、そのツケをどうするかってところに暫くフォーカスが当たると思います。
第6話 いってらっしゃい
今日も平穏な日々が流れる、私立間立高校。
その昼休みに片桐は一人、教室の窓から外を眺めていた。
窓の外では、屋外で食事をする生徒や、談笑する生徒、軽いスポーツを励む生徒など様々だった。各々が眩しい青春を送る。
反面、その輝かしい青春を眺める片桐は呆けていた。
それは、ここ数日で体験した濃い世界からの反動でもあった。あの体験から約二日間、検査入院となったが、さほど日常生活に支障はなしとのことでその翌日に退院となった。
そして、濃い世界の体験と目の前の平和な日常。本来ならば、享受できれば後者の方がいいのだろう。しかし、片桐はどうにも煮え切らなかった。この平和の裏側では、晴馬を始めとした多くの知らない人たちが人命を賭しているのだと思うと、素直に現在の平和を享受しきれなかった。
と、言うのは片桐の中でも建前だった。本当は…、
「や、片桐」
「よう、晴馬」
ふいに後ろから声がかかる。振り返ると、ここ数日で片桐に濃い体験を魅せた男が立っていた。晴馬は片桐の後ろの席に腰を掛ける。
「体調はどうだ?」
「大丈夫、問題ないよ」
晴馬の気にかけに、自身の身体を軽く見渡し快調を披露する片桐。自身に例の魔属の一部が宿っている事実に変わりはないが、実感がないほど、片桐は以前と変わりなく生活を送れている。
「そういえば、まだ夜の校舎には行ってるのか?」
入院してたこともあって、片桐は晴馬の動向をよく知らなかった。聞いたところでロクに生かせもしないが、一応この件に関わった者として聞いておきたかったというところだ。
「ああ。本命は片がついたが、新たに魔属が発生しないとは限らないからな。警戒期間てところだ。あと5日前後で何もなければ晴れてお役御免だな」
その答えを聞きつつも、片桐はなぜか軽く吹き出しに近い形で微笑んだ。
「なんだ?」
「あー、いや、なんか晴馬がタメ口使ってるの違和感がすげーなーって思ってさ。仕事やってる時は、めっちゃ敬語じゃんか」
「……笑ってくれるなよ。それなりに苦労してんだぞ…」
「すまんすまん。大丈夫、事情は知ってるから」
「事情知ってるなら、なおさら笑うなっての…」
事情とは、普段は敬語の晴馬が生徒として学校にいる際には、年相応の学生として見せようと言葉を崩していることだった。
同年代にしてみれば、普通は逆だろうと思うが、そういう人もいるものかと片桐は納得している。
片桐との意地悪にも近いやり取りをしつつ、昼食がまだだったのか右手に持参していたパンの包みを開けて一口含む晴馬。
「なぁ、晴馬」
「ん?」
一旦、少しの時間窓の外を見てからふと晴馬へ話しかけた片桐だが、思わず晴馬を二度見してしまった。
晴馬は片桐に答えつつ、先ほどまでパンを包んでいた袋を両手で残骸に変え、教室に備え付けのごみ箱に入れようと席を立つ。パンは既にその姿を消していた。恐らく、彼の食道を通っていると考えられる。
その証拠に晴馬の口元にはパンの残骸が残っていた。
問題なのは、先ほどパンをほんの一口に含めてから現在まで、3秒前後あったかどうか。片桐が思わず二度見してしまったのはそのためだ。
「……食べるの早くない?」
さすがに尋常ならざる食スピードに、思わず口をはさむ片桐。
「そうか?別に普通だろ。まさか、要件はソレか?」
「すまん、さすがに別件」
片桐もここ最近、自身の常識がひっくり返る世界にいたため、この程度で一喜一憂することはやめていた。晴馬が席に着くタイミングを見計らって片桐は喉を整える。
「なぁ、俺って異常か?」
「異常だな」
とてつもなく、なんの迷いもない晴馬のレスポンスに、思わず首をガクッと落とす片桐。その姿に苦笑いを浮かべる晴馬。
「そりゃ、こうも非常識的な世界に嬉々として首を突っ込んできたんだから、異常としか言えないだろ」
「それもそうだよな。我ながら」
初日に魔属に襲われかけ、その上で協力の申し出を晴馬に提案、魔属との戦闘にも実質的に関わったのだ。普通ならありえない。
再び窓の外を眺める片桐。その姿を少し見つめる晴馬。片桐がなんらかの葛藤を抱えていることを、晴馬はなんとなく感じ取っていた。そして、その正体も。
「話は変わるが、俺も片桐に要件があって来たんだ。場所を移してもいいか?」
「ああ、もちろん」
二人は校舎裏の、あの魔属が封印されていた地下室のある裏庭に場所を移した。
例の地下室はあの件の後、晴馬によって元々の大きな木のカモフラージュが施されて、一般人には分からないようになっていた。理由はもちろん、学生や教師など、一般人が発見して下手に勘繰ることがないようにするためだった。
あの地下室には魔属や濃い霊気など、一般人に悪影響を及ぼすものは何もないが、騒ぎを起こされるのも面倒である。
ただ、幸いというべきか、元々生徒や教師などの学校関係者がほとんど立ち入らない場所でもあった。かの魔属がうまいこと霊気を調整していたのだろうか。一般人にとっては「不気味な場所」として認識されていたからだ。
裏庭にたどり着いた二人。晴馬が右手で『印』を結び、とある結界を展開する。なんとなく感覚で結界が展開されたことに気が付き、片桐は自分の周囲5m前後を見渡す。
「この結界は、視覚誤認と防音の結界です。誰かがこの結界に触れない限り、外からは我々の姿は認識されないし、話し声も外には漏れない」
前述の通り、学生や教師などの一般人はあまり立ち入らない場所である。その上、晴馬は結界を張った。ここで周囲への警戒に油断すれば、もし2人の会話を聞かれていた場合、『詰めが甘い』という決まり文句と共に、情報統制などの面倒な代償を支払わなければならなくなるかもしれないからだ。そして、これから念を押して準備するに値する話が繰り広げられるということでもある。
「さて、本題です。この間、伏魔師の組織の話し合いがありましてね。もちろん、今回のことについてですが、片桐さんにも伝えておきたいことがあります」
願ってもない進展に、表情が変わる片桐。
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ちょうど、片桐が退院する前日。晴馬はとある建物のエレベーターを降りていた。
その建物は、晴馬の所属する伏魔師の本部。周りを森に囲まれ特殊な結界によって、関係者以外は見ることも触れることもできない特殊な建物だ。
非常に静かに目的の階層へと着地するエレベーター。ドアが開いた先には、広大で近未来的な光景が広がっていた。ガラス張りで、5階層まであるその建物はやや高級なショッピングモールと遜色ない光景だった。その光景に心情の動かない晴馬は、煌やかな世界へ足を進める。
建物の中には、白衣や軍服、和服の装いの人たちが目まぐるしく歩きまわっていた。言うまでもなく、伏魔師の組織の関係者たちだ。晴馬がその渦中を歩いていると、周りから視線を向けられた。
「ねえ、あれって……」
「ああ。多分、天津晴馬だ」
「あの噂って本当なのかな」
「大君級の案件を一人で解決したってやつだろ?普通はありえないからな」
「でも、そのことで評議会がピリピリしてるって聞いたけど」
「おいお前ら、変な勘繰りはやめとけ。触らぬ神に祟りなし、だぞ」
視線と共に、ひそひそと声が晴馬にかかる。当の晴馬本人は、どこ吹く風だが。
そのままエレベーターを使用し、5階層目のとある場所にたどり着く。その場所は荘厳な扉の前だった。その扉の前には、黒いスーツを身にまとった筋骨隆々の男性が一人。その男性の元に立つ晴馬。
「天津晴馬です。召喚命令にて参上しました」
黒いスーツの男性は軽く晴馬へ会釈し、インカムで誰かと会話を始めた。ほんの数秒して男性はインカムから手を離し、扉の取っ手に手をかける。
「評議会より許可が下りました。どうぞ」
同時に男性は扉を開け、その先の光景を晴馬に披露する。
眼前に広がったのは、中央に円卓を携える、荘厳な一室。
その円卓には、すでに10名前後の男女が座していた。その男女より、晴馬へ各々の様々な感情を含んだ視線が向けられる。
晴馬が扉より中に入り、静かに扉が閉まる。そこから数歩、円卓に向かって歩き出し、両足を肩幅より少し狭い状態で開き、両手を後ろで組んで立つ。さながら軍隊の姿勢だ。
「階級と名前をどうぞ」
円卓の上座方面、晴馬と同年代と思しき青年より、晴馬に名乗りの要請が入る。
「《特・二等師》の天津晴馬です」
伏魔師の組織には階級がある。下から数えて、
《三等師》
《二等師》
《一等師》
となっている。
晴馬が属する伏魔師の組織にいる以上は、基本的にいずれかの階級に割り当てられる。一部例外もあり、晴馬の《特・二等師》はまさしくその例外の一つ。
ちなみにこの円卓、評議会員は基本的に一等師である。というか、評議会員になるための条件の一つが、一等師であるとも言える。
「さて、天津殿。今日呼んだのは無論、先日の間立高校での件です」
晴馬もその心構えだった。
「まずは、その件の解決、ご苦労様です」
荘厳な雰囲気とは打って変わって、笑顔で労苦を労う上座の青年。
評議会員の一人で、至印将の一角、《壊紫将》でもある《成宮紫無介》。
黒い髪に紫色のメッシュを輝かせ、やや垂れ目と共に晴馬へ笑顔を向ける成宮。今回の間立高校の件を、晴馬へ託すことを起案した人物でもある。
「ありがとうございます」
特にリアクションや表情を変えることなく、軽く頭を下げて労いに応える晴馬。
「成宮殿。友人贔屓はその辺にして、本題に移りませんか」
やや低めの声で、円卓より成宮に声がかかる。声を出したのは初老の男性。
評議会員の一人、《椿六郎》。
晴馬へ今回の案件を託す際に、ギリギリまで反対した男だ。
そして、若干不機嫌だった。
「別に贔屓しているつもりはありませんが…。まぁ、いいでしょう」
友人贔屓と称するにはあまりにも一般的な労いの範疇を出ていなかったが、ここで変に荒立てるつもりもない成宮。それに実際、労いだけで済ませる案件でもない。
「ひとまずの解決には至りましたが、のっぴきならない事情もついてきましてね。葉乙女さん、説明をお願いします」
円卓に座する葉乙女。成宮からの指名に「はーい」と、眠たそうに応えて立ち上がる。
「今回の件で問題なのは、例の魔属を封印するために協力してくださった一般人の片桐招也さんの身体に、魔属の一部が宿ったということです。それに、その一部も魔属の魂の半分となっていまして、ご存じの通り霊気など魔属の力の根源ともされている部分なります。幸い、現在、片桐さんの心身に異常が起こっていることはありませんが、今後はどうなるかというところです」
葉乙女からの説明に、円卓の面々は渋い顔をする。
「その状態では、どんなことが想定されるのですか?魔属の受肉などの危険性はございませんの?」
円卓の内、やや年配の一人の上品な女性が葉乙女に問いかける。
「うーん…。現時点の研究では、少なくとも受肉とはいかないかと。魔属の魂が半分になったので、単純に力が半分になってますから、受肉するだけの力はないみたいです。形容するなら、片桐さんの身体に魔属の魂の半分が実質的に封印された形だとご想像いただければ」
このことは、片桐が検査入院をしている際に判明したことだった。
葉乙女の見解を聞き、渋い顔の面々を代表するかの如く、評議会員の一人である椿六郎が軽く咳払いをして注目を集める。
「天津殿…。確かに今回、貴殿が成し得たことは素晴らしい。しかし、一般人をこうもこちらの世界に引き込むことになったのはいかがなものか?そもそも、最初は情報提供が主であったはず。それがなぜ、これからの彼の人生を左右しかねない事態まで巻き込んだのかね?」
椿が強い叱咤を以て、晴馬に詰め寄る。
明らかに晴馬や成宮と関係がうまくいっていないと察することのできる椿だが、私情を含んだ嫌味の類で言っているわけではない。むしろ、理屈としては椿が正しい。というか、私情を挟んで嫌味を言うには事態が前代未聞である。要は、嫌味を含ませる余裕がないのだ。
そんな椿に対して、晴馬は顔色や心拍を変化させることはなかった。
「ご指摘はごもっともだと思います。しかし、案件が案件です。報告書にも明記しましたが、魔属の気配の隠し方が非常に巧妙でした。その中で、唯一の鍵となるのが片桐さんでもありました。そして、彼も自ら今回の件に首を突っ込んだ身。であれば、内容がどうあれしっかりご協力いただくのが筋だと思った次第です」
淡々と自分の考えを示す晴馬。晴馬の言っていることを円卓の面々は理解できるが、理屈で理解したからと言ってオールオッケーなわけではない。その思いを含んだ手のひらを円卓の机へ叩きつける椿。
「だからと言って、嬉々として一般人を巻き込んでいい理由にはならないだろう!そもそも、なぜ十分な支援申請すらしなかったのだ!?彼からは情報のみを得て、我々の支援などを受ける選択肢もあったはずだ!そうすれば、こうも一般人を巻き込むような事態は避けられたのではないかね!?」
通常、魔属への仕事の手順として、
1、現場の調査
2、推定難易度の選定
3、準備
4、作戦開始
5、アフターケア
と、いうのが正確なセオリーだ。場合によって手順を飛ばすこともあるが、できるだけ飛ばさないのが賢明だ。今回の晴馬も、大きな定義で捉えれば手順を踏んでいる。
1、校舎内を練術などを使用して調査。
2、気配隠匿などの巧妙さから、幻妖~大君級と推定難易度の選定。
3、片桐からの情報を主とする協力。
4、作戦開始。
5、アフターケア。
という手段を一応は踏んでいる。
問題はもちろん、それぞれの実行した内容だ。今回の椿の意見だと、手順3の準備段階にて晴馬の準備内容が不適切であったという意見だ。
「支援申請」は、主に手順3の段階で行うこと。推定難易度から人材の派遣や支援物資など、作戦遂行のための支援を組織に申請し、支援を受けること。場合によっては、この支援申請を行う暇もない事態に直面することもある。
では、今回の晴馬の場合はどうだったのか。結論から言えば、一応、支援申請はしていたつもりだった。それは、片桐の申し出を受け入れる許可をもらうことだった。
晴馬にしてみれば、支援申請の定義は解決に必要な「最低限」の要素を揃えること。それが物資にしろ人材にしろ、そして、他者からの協力にしろ。
そして、その定義は何もセオリーとして上がるものだけではない。今回の片桐という一般人がいい例だ。
反面、評議会としてはもちろん、これまでの前例に沿った人材派遣や物資支給などだと思うだろう。
しかし、セオリーが頭にないほど晴馬も馬鹿ではない。
そもそもあの決戦の夜、片桐の案内で例の地下室を見つけた段階で引き返し、椿の言う支援申請をすることも可能だった。
付け加えるならば、今回の件が前例にない不気味な案件であり、少なくとも幻妖、場合によっては大君級ということも想像は可能。
それでも晴馬はセオリー通りの支援申請をせず、片桐を巻き込む形で作戦を実行した。
では、なぜか。
「確かに支援申請をする暇はありました。しかし、支援申請を行い、作戦実行に移すには相応の日数が必要となります。その間に、日中の学校への影響が出ないとも限りません」
案件の大きさや、支援の内容によっては相応の日数がかかることがある。
場合によっては数日、休校させて作戦を実行可能性もあったからだった。実際、日中は活気ある進学校。影響は大きいだろう。
「それに…」
あらかたの理屈を並べた後、少し口ごもる晴馬。少し椿に向けて怪訝な雰囲気を漂わせる。
「人材であれば、集まれば集まるほど個人の感情や考えも増えていきます。《三人寄れば文殊の知恵》とも言いますが、逆に、そういった意見や感情が、場合によっては私情による作戦への支障材料になりかねませんので」
最後の晴馬の意見に、椿を始めとする円卓の面々が、眉をひそめて晴馬を瞳に捉える。
「それは…、我々の派遣する人材が信用ならないと言うことかね?」
眉間にしわを寄せ、明らかに苛立ちを含んだ声色で、晴馬に真意を問い詰める椿。ただ、椿の苛立ちは尤もだ。
当然、支援申請に対して適切な援助で応えるのは、評議会の仕事だ。そしてその評価は、支援を受ける現場の人間によって行われる。物資の質はもちろん、派遣される人材の能力や働きぶりも含まれる。そこを疑われては、評議会の仕事の出来を信用していない。
と、捉えられてもおかしくはない。
青筋を浮かべた椿の睨みが晴馬に降りかかる。しかし、晴馬は至って冷静だ。
「失礼しました、やや語弊がございました。様々な意見や知恵を持った人たちが集まれば、相応の数のアイデアや、私の作戦に対しての意見などが出る可能性があります。本来ならば生かすべきところではありますが、複雑な案件であればあるほど、ノイズにもなりかねません。先程も申し上げましたが、そのノイズによって、作戦実行までの時間がかさむ可能性もありました。であれば、私の中で勝算がある段階で作戦に出るべきだと判断しました」
かなり対外的に言葉を選んでいるが、評議会の面々には、晴馬の真意は分かっていた。
変な対抗意識や、嫉妬心を持った有象無象を送り込まれても邪魔なだけだ。余計なことをするな
と、言ったところだ。
そんな可能性を容易に想像できた椿は、一旦黙り込むこととなった。
そもそも、至印将という伏魔師の上階級が実質的に失敗した案件だ。その上で晴馬に託されたと言うことは「ある程度の手段を選ばないやり方」をすることを覚悟で晴馬に託した、と言う真意はある。
「正直、貴殿の言うことは一理ある。だが、やはり一般人の人生を左右しかねない事態に巻き込んだ責任自体はあるのではないかね?」
椿も受け入れることは受け入れた。変に突っかかっても、自身の器を小さくするだけだ。それはそれとして、筋という意味であれば評議会としてもこのままお咎めなしというのは看過しかねる。
「天津殿。もう一度言うが、貴殿の今回の功績は確かに賞賛に値する。作戦遂行のため、ある程度のリスクをとることも場合によっては必要だろう。だが、今回は部外者の人生にも関わってきている。さすがに事が大きすぎるのだ。成果や天津殿の考えがどうあれ、相応の責任を果たすべきだと評議会員と天津殿にもご理解を頂きたいところだ。よって、天津殿には相応の処罰を与えるべきだと考える」
椿の考えに、円卓の面々は思考に入り込む。
「椿殿の言い分は尤もだな」
ずっしりと重く、低い声が円卓に轟く。口を開いたのは、御戒千太郎。既にピリピリした雰囲気の円卓だったが、千太郎の一言でさらに引き締まる。
「リスクは本来、結果たるリターンと同じでなければならない。今回で言えば、私個人としては、リスクとリターンは同じに見える」
千太郎の言うリスクとリターンとは、片桐を大いに巻き込んだことと引き換えに、今回の件を解決したことだ。前代未聞の事態には前代未聞のリスクが、といったところだ。
「だがね、状況から見るに、椿殿の言う通り、相応の責任を問われても致し方ないように思う。そこはどう思うかね?天津君」
千太郎の重い視線と、円卓の面々が向ける視線が晴馬に突き刺さる。尤も、ハナから晴馬は精神力ダメージを負ってはいない。なぜなら、
「椿様と御戒様の仰っていることは御尤もだと思います。私としては、こなした仕事に対して評価をいただけただけで十分です。一般人を巻き込んだ責任についても、重々承知しております。なので、評議会の皆様が私に下される結論及び、責任の内容についてどのような内容であったとしても異議はございません」
どうでもいいからだ。
やることはやった。それだけで晴馬は十分だった。それに、実際に何かしらの処罰を下されるとしても、さほど重くはないだろうと考えていたからだ。
それは、至印将が実質的に失敗した案件を晴馬に託したという事実があるからだ。
前任者が実質的に失敗した内容を考えると、他の至印将を後任にしなかったわけを評議会が一番良く分かっている。その上で重い処罰をしたら、それこそ評議会の器の大きさが知れるというもの。
それに、大抵の思いつく限りの処罰は、晴馬にとっては痛くも痒くもない。降格にしろ減給にしろ、分かりやすい数字で示される価値など、他者からの評価への執着はもう 3年前に捨てている。
「さて、評議会の諸君。これ以上、この場で天津殿に責任をとやかくいうのは詮なきこと。彼にも彼なりの考えがあり、理解はできる事情もあったハズだ。後は我々で具体的な責任の内容について議論し、追って天津殿に通達するというのはいかがかな?例の一般人への今後の対応についてもだ」
千太郎の提案に、頷きをもって同調を示す円卓の面々。椿も渋々ではあるが頷く。
「成宮殿」
千太郎は全員の同調を確認した後、成宮へ進行再開を促す。
「一旦の決は出たところで、他に何もなければ天津殿にはご退室願いますが、いかがですか?」
成宮の提案に声を上げる者なし。よって異論なし。
「では、決は後ほど通達しますので。ご苦労様でした」
成宮からのねぎらいと退室要請に対し、晴馬は上半身を90度に曲げて礼をし、円卓を後にする。
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その後、晴馬は今回の件に関する様々な手続きを迅速に行い、近未来かつ美麗な建物を後にする。
その足取りはギリギリ自然に見える範囲で回転を速めていた。そう、何かから逃げるように。そういった場合、大抵は網に足をとられると相場が決まっている。
「よう、晴馬。久々に顔を見せたと思ったら、挨拶もなしに退散か?」
エレベーターに乗る直前、晴馬の背中に、男声の煽り口調がのしかかる。
晴馬は気が付かれない範囲でため息を漏らす。どうやら、エレベーターという救済の手段を利用する前に、遭遇したくなかった相手に絡まれてしまった。
晴馬はゆっくりと振り返り両手を後ろで組む。
「これはこれは、ご無沙汰しております、《如更己》様」
棒読みと社交辞令のギリギリの抑揚で、男性へ挨拶する晴馬。
「……相変わらず他人行儀だな」
口にした言葉以上に、様々なことを言いたそうな男。
彼は至印将の一角、《双越将》を担う《如更己巧海》。
少し寂し気な表情と、微笑を浮かべている。
「聞いたぜ?大君級を単独で解決したんだってな」
眉をひそめつつ、どこか寂しさが垣間見える表情の如更己。
「はい。おかげさまで。正確には、幻妖級のやや上位体ではありましたが」
反面、冷たい表情と淡々とした表情の晴馬。
「そうか。じゃあ、今度メシでも行こうぜ。大君級の解決祝いだ」
笑顔を作っていることが、なんとなく垣間見える如更己の表情。対して、晴馬は冷徹な表情を崩さない。
「ありがたいですが、暫く先の任務の後始末が残っていますので、またの機会にお願いします」
「……そうかよ」
筋の通っている冷たい晴馬の返答に、嘲笑の顔を浮かべて目線を外す如更己。
やや重苦しい雰囲気が漂う中、ヒールの音を響かせ、二人の前に歩み寄る女性が一人。
「あら、私は仲間外れかしら?」
評議会員にして至印将、早瀬沙月だった。
髪をかきあげるその右手には、まるで二人の小人が踊っているような印字がされている黒いグローブを纏っている。
「評議会は終わったのか?」
「ええ、思ったより早く片がついたのよ」
如更己の問いに、疲労を吐き出すように軽く息を吐く早瀬。
いくら才女とは言え、齢16での評議会員はさすがに心身ともに応えるものがあるのだろうと、晴馬は客観的に自己補完している。
(まったく。会いたくない人には尽く見つかる…。新手の厄日ですね…)
絡んできた2人のやり取りを見つつ、晴馬は心の中でため息を吐く。表沙汰にはノーリアクションだが。
「ところで」
如更己との短いやり取りを終え、早瀬は晴馬へ視線を向ける。
「なんの挨拶もなしにそそくさと帰るなんて、随分冷たくなったものね。晴馬」
寂しさと少しの怒りを含んだ圧で、晴馬に詰め寄る早瀬。
対して晴馬は「めんどくさい」という心中を含んだ冷たい目線を返す。それもそのはず、如更己と同じように晴馬がそそくさと帰りたかった要因の二人目が来たのだから。
「滅相もございません。早瀬様におかれましては、評議会のお仕事でご多忙と存じますし、私如きの挨拶に割くお時間すら貴重だと思いまして」
字面だけ見ればかなり気を遣った返答である。しかし、どうにも言われた本人はお気に召さなかったようだ。
「ホント、同期だって言うのに冷たいわね」
先ほどの如更己の時もそうだが、なぜこうも三人に温度差があるのか。
まず、この三人が同期だからだ。年齢も同じ。ただ、同期にしては晴馬の対応がいささか他人行儀すぎる。これは単純明確なことが理由。
「何卒ご容赦を。お二方は一等師かつ、至印将。対して私は二等師ですので」
立場の差だ。
いかに同期といえど、階級が違えば立ち振る舞いも異なる。階級的な意味合いであれば、晴馬の振る舞いは正しい。ただ、やはり同期に接する態度としては早瀬の言う通り冷たい。
説明すれば単純な温度差のカラクリ。基本的なベースは説明した通りだが、それとは別に過去の出来事に厄介な要因がある。それらが合わさって、同期でありながら非常に歪な交友関係となっている。
それ以上に、やはり如更己と早瀬の表情に寂しさが見えるのは、決して気のせいではない。
そんな地獄の空気に、場違いな声が遠くから近づいてくる。
「ハァァァァァァァァァールゥゥゥゥゥゥゥーさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーん!!!」
その声の主は、如更己の後ろから猛然と迫り、如更己が座していた晴馬の目の前という座標を、全身全霊を以て「突進」という行為で奪っていく。
先ほどまで座標を独占していた如更己の身体は、遠くから来た声の主の突進により、エレベーター方面へ移動を余儀なくされる。無論、筆舌に尽くしがたい身体への刺激を伴った凄まじい勢いで。
吹き飛ばされた如更己の身体が、エレベーターの扉にぶつかる直前、かなりいいタイミングでエレベーターの扉が開く。談笑しながら下降するエレベーターの中を楽しんでいた数名の職員の中に、突如として如更己の身体が舞い込む。当然、エレベーター内は人間が次々と倒れこむカオス状態。
形容するならば、
「あら、ストライクね」
というボウリングに例えた早瀬の評価が妥当だ。
突っ込んできたのが如更己という至印将であったこともあり、各々が軽い悲鳴と、短く謝罪の言葉を口にし、急いでエレベーターから出る職員達。
そんなことはつゆ知らず、如更己をふっとばした犯人は、求めていた人物に正面から抱き着き再開を謳歌していた。
「ハルさん!ハルさん!久しぶりー!」
その人物は、那須霜司。至印将の一角、銀弓将である。
190cm近い身長のまま晴馬へ抱き着き、身体を預けていた。
晴馬の身長は180cmとそこそこ高いが、さすがに相手が190㎝となると身体的にキツいものがある。ひとまず那須を地面に着地させ、自分の安全を確保する晴馬。
「お久しぶりです。那須様」
丁寧な口調は変わらないが、如更己や早瀬と違ってかなり柔らかな雰囲気で挨拶をする晴馬。
「いやだなぁ、ハルさん!前みたいに「霜司」ってよんでよ!それより、大君級を解決したんだって!?やっぱりハルさんは凄いなー!!ねぇねぇ、話聞かせてよ!どうやったの!?どんな練術使ったの!?ねぇねぇ!」
出会いがしらでマシンガントークを浴びせる那須。
さすがの晴馬もたじたじだが、好意1000%ということは言うまでもない。話に花を咲かせる晴馬と那須だが、その数メートル離れたエレベーターの外で、額に青筋を立てる者が一人。
「大丈夫かしら?いいボウリングの玉になってたわよ」
「…っるせぇ……!」
早瀬の心配、もとい揶揄に対し、如更己の額の青筋が脈打つような鼓動に呼応する。
「霜司!テメエ!」
当然と言えば当然の怒りである。190㎝の高身長に吹き飛ばされ、ボウリングの玉と化したのだから。晴馬と相対していた時とは打って変わって、怒気を隠さない如更己。
「まだ俺が話してただろうが!」
「怒るとこそこなの?」
早瀬が思わずツッコんでしまう。どうやらボウリングの玉になったことより、話を中断されたほうが地雷だったらしい。
「えー。だって、二人がハルさんと話しても、変な空気にしかならないでしょう?だったら、その時間を僕にくださいよー」
遠慮なしに二人に軽く喧嘩を売る那須。
図星かつバツの悪い二人は、苛立ちながらも顔を逸らす。
一応那須は晴馬、如更己、早瀬より年下である。しかし、如更己や早瀬と同じ至印将。遠慮しなくても違和感はない。
「だったら後にしやがれ…!今、ソイツと話してんのは俺だっつってんだろうが…!」
額の青筋を増しながら、ゆっくり晴馬と那須に近づく如更己。それに対し、那須は晴馬から顔を外し煽りを含んだ目線を向ける。
「せっかく言い方を工夫したのに、分かんないかなぁ…?」
両者、少しずつ近づいていく。早瀬と晴馬は静かに見守る。
「ハルさんには、重い空気に付き合ってる暇はないって言ってるんですよ」
「そいつは、俺に喧嘩売ってるってことでいいか?あ?」
「勝手な曲解はやめてくださいよ。こっちのIQまで下がるじゃないですか」
額が接触する直前まで近づき、嘲笑いを浮かべる那須と、怒りを宿す如更己。
両者、自身の右手に意識と殺意、練気を集中させる。
那須は、弓の絵が印字されてある黒いグローブを纏った右手の人差し指と親指を伸ばして、銃の形を作る。
対して如更己は、螺旋状でまるで腕の方にに上がっていくような魚の印字がされてある黒いグローブを纏った右拳を握る。
それぞれの手に纏われる練気。両者の唯一の心情的共通点は一つ。目の前の同業者への戦闘意思。両者がそれぞれの右手を動かす、
直前、
「若い者は元気がいいな」
ずっしりと重く、低い声が蔓延る殺意をを鉛の如く押しつぶす。
合計四名の若者が見据える先、歩いてきたのは御戒千太郎だった。思わず若者四名は姿勢を正し、軽く会釈をする。千太郎は右手を胸の高さまで軽く上げ、四名の会釈に応える。
「元気なのはいいが、TPOは弁えるべきだと思うがな、至印将?」
「「申し訳ございません」」
千太郎の指摘に、同音の言葉を返す那須と如更己。バツの悪くなった騒動の主犯二人に、やや蚊帳の外の晴馬と早瀬。尤も、後者は精々「めんどくさい」くらいに思っていたが。
「時に、少し天津君と話したいんだが、同窓会はこのくらいにしてもらってもいいだろうか?」
千太郎からの依頼、もといほぼ命令に対して晴馬はもちろん、他三名も反対する余地はなかった。その場を去る千太郎と晴馬。
その後、残った三名も晴馬がいなくなった以上、ここでいざこざを続ける気もなく互いに睨み合いながら解散となった。
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「改めて例の件の解決、見事だったな」
「恐縮です。御戒様がお口添えをしてくださったおかげです」
伏魔師本部の一室。デフォルトで防音などの結界がかかっている客室で、評議会員クラスの人物の用件でしか使用できない部屋。そこで互いに向かい合い、ソファに座る千太郎と晴馬。
「なに。君なら成し遂げられると信じていたからな」
あくまで社交辞令ということは両者理解していた。片桐との協力関係を締結するにあたり、評議会の許可の場にて千太郎から晴馬に一任する旨の意見、もといほぼ結論、その真意。
なにかあったら、すべてお前の責任だ
しかし、両者共ここでそのことについて言及するような野暮な性格ではない。
「それで、何かご要件がおありでしょうか」
切り出したのは晴馬。
先ほどの至印将数名からの、パワハラという名の襲撃という名の愛の鞭から救ってくれた恩義はある。しかし、あの三名よりも影響力のある一名に呼び出されたとあっては、別の側面で警戒はする。
「ああ、要件は三つだ。一つ目は先ほどの評議会の結果を伝えようと思ってな。君の処遇についてだ。本来は後日通達のはずだったがタイミングが合ってな」
今回の任務に際して、片桐という一般人の人生が左右されかねない事態にまで巻き込んだ責任に対して、ということだ。少し晴馬の肩の力が緩む。
普通、逆では?
という疑問が出てくるのが一般的な感性だろうが、晴馬からすれば、地位も富にもさほど興味はないからだ。晴馬にとって、千太郎からの呼び出しに際し、想像できる要件の中では最もリラックスして臨める内容だ。
「結論からすると、降格、減給を始めとする罰則は無しだ」
少しキョトンとする晴馬。さほど興味ないとはいえ、減給くらいは想像していたからだ。
「……思い切りましたね」
思わず本音が漏れ出る晴馬。
「椿は降格を望んでいたが、成宮と葉乙女が処罰に反対してな。元々、評議会の他のメンバーも処罰するべきかどうか悩んでいたところで、実質的な多数決となったわけだ。ただ、決め手となったのは、やはり至印将が失敗した案件を解決したという揺るぎない功績があってのことでもある。一応、成宮と葉乙女には礼を言っておくべきだろう」
晴馬は成宮と葉乙女に感謝の気持ちを持ちつつ、結論を出せなかった他の評議会員に対して、
(結論を出すのを逃げたな)
と、嘲笑を浮かべた。
「二つ目は、 その彼の対応についてだ。一週間後に間立高校で、学校関係者と今回についての説明や今後の対応について話し合うことが決まっている。そこで、同時に彼の今後についても相談することになった。学校での話し合いが終了し次第、その結果や対応などを彼に伝える予定となる」
「かしこまりました」
ここまでは、組織的に必要な話だ。大きな案件だからこそ、アフターケアの手間も相応に必要となる。なにも精錬で消毒して終わりではない。ましてや、今回は片桐という一般人の対応も長期的になる見込みだ。
「さて、三つ目だ」
千太郎は、印などを使わずノーモーションで二人がいる部屋にさらなる防音と視覚誤認の結界を張った。この部屋は既に防音の類の結界が張り巡らされているが、千太郎はその上で結界を張った。
確かに、デフォルトで結界が貼られているのは、セキュリティでは万全に思える。
しかし、デフォルトで結界が張られている部屋であることが、既に知られていることになるとも言える。要は、結界が張られていることを前提としての盗聴などの外的要因の可能性がある。それのための対策だ。
言い換えれば、それだけ聞かれてはマズい話が繰り広げられるということだ。
これまでにないほど、晴馬の精神が緊張する。やや睨みともとれる目線で千太郎を見つめる晴馬。千太郎はそれを敵対意思とは受け取らない。こういった目線になる理由は十分に分かっていたからだ。
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「と、言うわけで、学校側と話し合いの場が設けられることになりました。そこでの結果を後日、片桐さんへお伝えする予定です。片桐への相談日時は、学校側との話し合いが終了し次第、また日程をお伝えします」
今回の評議会の内容と、片桐へのアポ取りを伝える晴馬。固唾をのんで聞いていた片桐。
幸いだったのは、専門用語のオンパレードはなく、片桐にも理解できる内容であった。
「わ、分かった…!頼むよ…!」
力強く、いや、緊張の面持ちで、晴馬へ返事を返す片桐。それを察知してか、晴馬は少し微笑み、片桐の肩に手を置いた。
「大丈夫。悪いようにはなりませんよ」
そのまま片桐を後にする晴馬。直後、片桐は詰まった息を吐き、青空を見つめる。予想はしていたが、大きな事態になってきたことを実感する片桐。
片桐の緩みを待っていたかのように、昼休みが終了するとチャイムが鳴り響く。少しそのチャイムを聞きながら、現実に心身を寄せる。
次の授業の準備を済ませるため、片桐は中庭を後にした。そして、多くの生徒が青春を謳歌する姿の見える輝かしい校庭を一瞥し、背を向けた。
ご覧いただきありがとうございます。
新キャラ紹介!前も少し登場しましたが、那須君です。晴馬の一つ下の年齢ですので15歳です。15歳で190㎝あります。水色の髪でスタイル抜群、超イケメンです。ありえねえだろ!!
如更己君です。晴馬や早瀬と同い年かつ同期です。晴馬に少し怖そうにしていましたが、晴馬が避けているのが不機嫌の要因ですので、本来は明るく優しい人です。陰キャに優しい陽キャです。
2人とも至印将です。べらぼうに優秀ですね。がっつり関わるのは先になりそうです。
そんなこんなで、第6話 お疲れ様でした。




