大君
第4話です。
ついに晴馬の任務に進展が見られました。果たして吉と出るか凶とでるか。
晴馬は合理的な人間です。ちょいちょい「コイツ頭おかしいんじゃね」と、思われるかもしれませんが、彼にとって最短で合理的に結果の出せる方法を良くも悪くも躊躇なく選択していきます。ええ、良くも悪くも
第4話 いってらっしゃい
御戒千太郎。彼は伏魔師の組織、その上位意思決定機関、評議会の一員である。また、伏魔師の祖、戒源一郎の子孫にあたる。
今、彼が座している書斎の机には、彼の正面のスペースを空にして、左右両側に山積みの書類が積まれている。彼は一つ一つその書類に目を通して、物によっては筆を走らせ、物によっては自身を証明する判を押す仕事をしていた。いずれの書類も伏魔師の組織に於いて、重要かつ千太郎が最終の承認者である。彼は時間をかけて確認し、丁寧に処理していく。
その作業の最中、書斎の扉が外側からノックされた。
「はい。どうぞ」
誰がノックしたかはなんとなく分かっている。それに、千太郎の書斎を擁するこの屋敷には、千太郎よりも地位の高い人間はいない。それでも誰がノックをしようと、端的かつ丁寧な返事を返すことは千太郎にとっては常識だ。
「失礼します」
千太郎の返事を受け、静かにゆっくりと扉を開けて入る、執事姿の青年。端正な顔立ちに水色の髪の毛が目を引く青年。
彼は《那須霜司》。至印将の一角である《銀弓将》。至印将でありつつ、千太郎の執事としても活動している。
「千太郎様。お茶を淹れましたので、一息つかれては如何でしょう」
那須は恭しく頭を下げて、千太郎へ休憩を提案する。那須の提案を受け、千太郎は書斎に備え付けの時計に目を移す。
かれこれ3時間近く、書類と格闘を続けていたことに気がついた千太郎。
「そうだな、そろそろ一息つくとしよう。持ってきてもらえるかな」
「かしこまりました」
千太郎の返事を聞き、那須は扉の外側より光沢の輝くカートを書斎の中に入れる。
「失礼します」
「ありがとう」
千太郎の机に、飲むにはちょうど良い温度のお茶が千太郎のお気に入りの茶碗に入れられて用意される。千太郎は那須の仕事に端的に感謝を示しつつ、少し口をつける。いつも通り自分の舌に合った、慣れ親しみつつも絶品の茶だ。
千太郎は茶の味を楽しみつつ、前日の評議会の内容を頭に浮かべる。
「千太郎様。何か、ご興味を惹かれる事でもございましたか?」
那須より、千太郎へ問いかけが入る。どうやら気が付かぬ内に、千太郎の頬が少し緩んでいたようだ。それに気がつく那須も那須だが。
「ああ、まぁな」
千太郎は机に備え付けの引き出しから、数枚の束の書類を取り出して、那須に差し出す。
「失礼します」
閲覧許可が降りたことと解釈して、那須は丁寧に書類を手に取り、少し眺める。
「あ!これ、ハルさんが担当されている案件に関してですよね!」
「そうだ」
先ほどの冷静沈着な所作とは打って変わって、まるで新しいゲームを前にした子供のように、テンションを上げる那須。
ちなみに「ハルさん」とは晴馬のことである。そのまま一心不乱に書類を読み進める那須。
「へぇ…!一般人と情報の取引ですか…!さすがハルさん…!やることが前代未聞だ…!」
「相変わらず、面白い男だろう?」
内容は前代未聞だが、目を輝かせて資料に目を通す那須。その姿を見て、茶を啜りながら微笑む千太郎。資料の最後のページまで読み終えた那須は、ふと首をかしげる。
「どうした?」
那須の動作に、千太郎も気がついて問いかける。
「あ、いえ、ハルさんも大胆で面白いんですが、それ以上に取引相手の一般人が気になりまして」
千太郎へ丁寧に資料を返却し、一般人に対して思慮を続ける那須。千太郎も興味深そうに、那須の見解を聞いていた。
「多分、この取引、一般人から持ちかけられたものですよね?」
「なぜそう思う?」
「ハルさんの性格的に、他者に協力を求めるのは考えにくいからです。ましてや相手は一般人ですから。詳しい事情は分かりませんが、一般人からハルさんに取引を持ちかけたという方が、まだ納得できます」
那須の見解に、千太郎も真剣にうなずく。
「まぁ、それはそれで不気味ではありますが」
「それは私も気になるところではあるな。確か母親がジャーナリストという身辺調査の結果だから、その姿を継いでいるという見方が一番自然だろう。しかし、ここまで首を突っ込んでくる者だ。多少の警戒はするべきだろうな」
千太郎は那須の思慮に対し、自分なりの見解を示しつつ茶を啜る。
「なんにせよ、あの男がなんの考えもなしに一般人の協力を受け入れるとも思えん。いずれ、何かしらの答えは出るだろう」
空の茶碗を那須に差し出し、千太郎は書斎から窓の外を眺める。外は曇天で、昼間であるにも関わらず、太陽からの光が制限される景色を魅せていた。
(「異端」には「異端」が集まる、というわけか)
書斎の窓に、数粒の雫が張り付く。やがて千太郎の景色は、ガラス越しの大粒のカーテンに包まれた。
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黒い沼のような床に包まれた先、晴馬のたどり着いた場所は、灰色の景色を擁する荒野のような場所。晴馬の見据える先、黒い岩でできた椅子のようなところに座す魔属。
「どうも、お初にお目にかかります」
「お前…、イカれてんのか…?」
魔属に挨拶をする晴馬。その魔属は晴馬の挨拶に対し、嘲笑を含んだ笑いを浮かべる。
その魔属は、人間の形をしながら全身は黒く、上背も3mはあろうかという高さだ。特徴的なのは、腰付近まであろうかと思われる美しい白い長髪。目は見当たらずに、全身の黒さとは対照的に口角を上げる口から見える歯が、これまた白く輝く。また、両手は太く鋭い爪を携えていた。
「心外ですね。せっかく貴方の挑戦状を受けてあげたというのに」
「あー、すまんすまん。何せ、あんなに分かりやすい罠に引っ掛かるなんて思わなくてよ」
そんな人外の存在を相手に、臆することなく自分の意見を述べ続ける晴馬。両者、あくまで自分のペースやスタンスを崩さない。
「では、そろそろ仕事にかかっても?」
「おいおい。まぁ、待てよ」
戦闘態勢に入る晴馬に、黒い魔属は制止をかける。やや面倒くさそうに戦闘態勢を解く晴馬。
「せっかくおいでになったんだ。少しくらい、世間話に付き合ってくれてもいいんじゃねぇの?」
黒い魔属に対して、晴馬は少し考え込む。といっても、3秒あったかどうかの時間だが。
「そうですね。報告書に書く内容もそれなりにほしいですし」
晴馬の言葉に、眼を欠いた顔が眉を顰める。
「お前、ここから生きて帰れると思ってんのか…?」
「当然でしょう。勝算がなければここには来ませんよ」
晴馬の言葉は、あくまでここを生きて帰ることを前提としたもの。それが黒い魔属にとっては信じ難い自信だった。晴馬も真剣な眼差しで黒い魔属を見据える。両者の間にピリついた空気が流れる。
「ま、それはこれからの結果を見ればいいだけだ」
「それもそうですね」
一転、フランクな雰囲気へ戻る両者。
「んじゃ、話を変えて。お前、俺の目的はもう分かってんだろ?」
「ええ、《受肉》でしょう?」
「まぁ、あんだけヒント出てりゃな」
そのフランクなまま会話を続ける両者。
《受肉》
それは、端的に言えば魔属が人間の身体を乗っ取ること。
過去にも実例数は非常に少なく、片手の指で数えられる程度。
過去の実例と研究結果からすると、恐らく最も練気を扱える人間の身体に魔属が入ることで、通常ではありえないほど強力な個体と成れる。
そのカラクリの根幹にあるのが『練気』
練気というのは、主に伏魔師が練術や身体強化に使用する際に必要なエネルギーである。
元をたどれば「練り上げる」という意味で、術の素や人間の身体の強さを文字通り「練り上げる」ことができる。
本来なら、魔属が持つ霊気とは相反する力ではある。が、人間の身体と豊富で質の高い練気、魔属の魂が同時に合わされば、霊気にも反することなく練気の性質が適応される。
これが魔属の身体に適応されるとなると、魔属の力の源である霊気も練り上げられることとなる。もたらす脅威は言うまでもない。実際、過去の受肉の例では壊滅的な被害を招いている。当然、ランクの高い魔属であればあるほど顕著となる。
魔属にとって非常に魅力的な手段ではあるが、前例はそうそうない。相応の条件が必要となる、本来は罷り通らない願いだからだ。
その条件は大きく分けて四つ
一つ。言わずもがな魔属の身体と魂。
二つ。質が高く、膨大な《練気》。
三つ。現在、晴馬達が誘われた場所。
ここは、高ランクの魔属が有することのある《裏界》と呼ばれる固有の空間。作り出した魔属にとってのホームグラウンドといったところだ。正確には、この裏界に入らずとも受肉自体は可能。だが、前述の通り本来は許されない非常にシビアな儀式。この場所であれば、より受肉の精度は高まる為、より着実な場所を選定することは実質的に必要な条件と言えよう。
そして四つ。
「彼が《器》というわけですか」
晴馬が指した対象は、黒い魔属の隣に浮かぶ形で座す水晶。その中で眠るように存在している片桐だった。
受肉には、その魔属に適した生命体の器が必要。器に練気を流し込み、そこに受肉する形となる。そう、この黒い魔属が片桐を呼んでいた理由はまさしく、彼が黒い魔属の器だったからだ。
「そ。かなり待ったんだぜ?器となる存在と、相応の練気を持った奴が来るのを」
「そのようですね」
質と量を伴う練気。即ち、優れた伏魔師と同義。そして、晴馬はそれに当てはまる。加えて器となる片桐が揃った。今が黒い魔属にとっての好機というわけだ。
ここで、晴馬の影から飛び出てくるヤミ。
「ほう!それはもしや、《練成体》か!?」
出てきて早々、黒い魔属に目をつけられて、晴馬の背後に隠れるヤミ。
「あまり怖がらせないでください。貴方が自分の見た目をどう認識しているか知りませんが、客観的に見て単純に怖いですよ、貴方」
「そうか?自慢じゃないが『泣く子も黙る』ってのが当てはまるくらい、チャーミングだと思うんだがなぁ」
「それ、自分で怖いって言ってるのと同じですよ」
なんとも呑気なやりとりだ。
ここまでのやり取りで、確かに魔属の目的などは理解できた。ただ、それらに関して晴馬にはとある別の疑問がわいていたが、それは後回しにすることに。
なぜなら、そもそも魔属を倒して生きて帰らなければ、答えのない疑問がそのまま冥途の土産となるからだ。
「さて、世間話は十分ですか?こちらとしては、報告書に書ける内容は十分にいただきましたので」
「せっかちなやつだなぁ。ま、いいや。俺もそろそろ腹が減ってきたところだ。せっかくなら、受肉した身体で久々にうまいもんでも食うとしようか」
互いの雰囲気が『雑談』から『戦闘』へ変わったことを、両者感じ取った。
前述の通り、裏界を作り出せるほどの魔属が受肉を完了させた場合は驚異的な存在が誕生する。その場合、周囲はまさしく地獄絵図と化す。現時点で最も避けるべき事態だ。
「シンプルにいきましょう。貴方が私に勝てば、晴れて受肉。私が貴方に勝てば、貴方の命は少なくとも私の掌の上です」
「ああ、そうだな。世の中、表も裏も行き着く先は暴力よ。
なぁ、
そうだろォッッ!!?」
【黒海嘯】!!
【属性系練術・風 北風】
黒い魔属と晴馬の術がぶつかり合う。黒い魔属は黒い津波のような術。晴馬はその波を弾く、冷たい暴風のような術をぶつける。
拮抗しあう黒い津波と暴風。しかし、晴馬はその物量で勝負するだけとは考えなかった。
晴馬は低い姿勢を取り、足に力をこめて自身で作り出した暴風の中に突っ込む。風に乗り、拳を構えて突進。そのまま先制の拳を喰らわせる、
つもりだった。
同じことを思ったのは、何も晴馬だけではないらしい。
突如、晴馬の眼前に現れた黒い魔属。彼も、自身の作り出した黒い波に乗って、晴馬へ奇襲しに来た模様。お互い、やや驚きを表情に映し、咄嗟に両者拳を構え、互いの拳が互いの頬に激突する。
クロスカウンターとなった両者の身体は、大きく後方へ飛ばされる。黒い魔属は立ったまま地面に着地し、自分の身体を払う。
対して晴馬は片膝をつきつつ受け身をとり、地面の終着点を迎える。
(さすがは、と言ったところですね)
晴馬は自分の口の中に広がる鉄分の味を感じ取り、唾と共に吐き出した。
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《対象推定難易度》
それは、伏魔師の案件において推定の難易度を示す。魔属を討伐することが多い世界で、ここでは魔属のランクとほぼ同じとなる。そもそも、魔属には伏魔師が定める基準となるランク付けがあり、これによって適切な伏魔師が任務にあたることとなる。
ランクは大きく分けて四段階。
《雑魔》
人に対して、イタズラ程度の力しか持たぬ魔属。軽く怪我を負わせることはできるが、喰らうまではいかない。
《妖》
一般人を食らうなど、一般人にとってやや脅威の可能性のある魔属。伏魔師はこの妖クラスを相手取ることが多い。
大抵は、雑魔と妖の二つのランクを相手取ることが多い伏魔師の仕事。一般人にとっては脅威であっても、それなりに実力のある伏魔師であれば難なく対処は可能。
しかし、ここから上のランクは話が異なってくる。
《幻妖》
高い知能を持ち、人語を話し、相応の術も使う強力な個体。魔属の組織態を作り出す、頂点個体もこのランクが多い。この幻妖ランクとなると、至印将が対処をすることを推奨される個体も存在する。
組織体まで含めると、この三段階に分かれることが大半だ。
そう、大半。そして、魔属のランクは四段階。
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黒い魔属の拳を食らい、後退を余儀なくされた晴馬。口の中の血を吐き出して、改めて対象を見据える。
「晴馬様!」
ヤミが晴馬の元へ駆け寄る。ヤミは晴馬の邪魔にならないよう、晴馬の術の影響外へ離れていた。
「問題ありません。軽いご挨拶と言ったところですよ。それにしても、さすがは《大君》級と言ったところですね」
《大君》
幻妖を上回る強力な個体で、討伐には至印将数人を含めた相応の人数でなんとか対処するレベル。
過去の目撃例は少なく、長い伏魔師の歴史を見ても、両手の指を使えば数えることが可能な程度。大君の目撃例が少ないこともあり、実質的な頂点のランクは幻妖ではあるが、いずれも間違いなく幻妖を上回る。
校舎内で確認した加護も、この大君級から持ちうる権能である。
ただ、本来、大君級は晴馬であっても一人で挑む相手では到底ない。片膝をついて距離をとりつつ、冷静に作戦を整える晴馬。
(技も肉弾戦も手痛いですね…)
「晴馬様…」
普段から冷静で口数の少ない部類である晴馬だが、ヤミには今回はそれ以上に、晴馬に緊張が走っているように思えた。
晴馬はどんな案件でも気は抜かない。相応の準備と実力、アイデアをもってこなしてきた。
しかし、今回のは今までにない様子。たとえ油断していなくても、万全の準備をしていたとしても、行動一つ間違えればゲームオーバー。そんな緊張感が漂っていた。
「大丈夫です。たとえ大君級だとしても、勝算はあります。変に尻込みする必要はありません」
立ち上がり、自身の軍服についた埃を払う。
「むしろ、噛み千切る勢いで行きましょう」
軽く息を吐き、緊張の面持ちの晴馬。対して口角を上げてその場に留まる黒い魔属。
かかってこい。そう言わんばかりだ。
晴馬は身体と術の体勢を整え、大君に向かって走り出す。
大君は、向かってくる晴馬に対し、押し寄せるように黒い波をぶつける。晴馬は突発的な風を発生させる練術をぶつけて対応。波と風がぶつかり合い、凄まじい轟音が響く。
それでも、晴馬は走りを止めることなく、大君に近づく。
(こんなんじゃ、コイツは止められねぇか)
晴馬が近接戦闘の構えを見せると、大君も 拳を構えた。
肉薄する晴馬。その拳には風を纏わせ、待ち構える大君の拳には黒い水のような物を纏う。
【属性系練術・風 颯拳】
【渦纏】
風と水を纏った両者の拳がぶつかり合う。正確には、それぞれ纏った風と水がせめぎ合っていた。拳に呼応するように押し寄せる波と、それを弾く突風のような風が衝突する。一見すると互角だが、それぞれの内心はそうではない。口角を上げて拳を押し付ける大君に対し、少し歯を食いしばる晴馬。
元々の腕力や術の出力もそうだが、それぞれの術の燃費も関係していた。
大君の水は継続的に相手に押し付けるような技であるのに対し、晴馬の風は瞬発的な火力を出して水を弾いていた。
最初の黒海嘯を弾いた北風を除き、一回一回火力をこめて繰り出す晴馬の術は、想像以上に練気を消耗するものだった。晴馬の風も継続的な火力を押し続けることも可能ではある。しかし、それでは大君の波には押し負ける。瞬間、瞬間に火力をぶつけることでこの均衡は成立していた。
このままでは晴馬が押し負ける。ただ、無策なわけではない。晴馬はなにもタイマンではないからだ。
晴馬はとある存在に意識を飛ばす。
(ヤミさん!頼みます!)
ぶつかり合う両者の上空。そこに浮遊するヤミ。その小さな手で結界陣を構築し、2人に向けて放つ。
【結界術・奏箱】!
上空から舞い降りたのは、二人を取り込む透明な箱のような結界術。
結界術は、基本的に二つの役割を担うことが多い。
一つ目は結界内に入れないこと、逃さないこと。要は外界からの断絶だ。
二つ目は結界内の条件を変更すること。
構築が簡単かつポピュラーなのは、視覚誤認や音声遮断などがあるが、戦闘系に置き換えると、その条件の中で多いのが結界内の存在に対する強化と弱体化。俗っぽい言い方をすれば、いわゆる「バフ」「デバフ」というやつだ。
ただ、今回のヤミが展開した結界内には今のところ何も起こっていない。
無論、それで終わりなわけがない。結界が展開された直後、晴馬が変化を加える。
両手の拳を開き、風を纏った手のひらで魔属の両手を掴む。正確には、自身の風をもって大君が纏う水ごと、拳を間接的につかんでいる。更に迸る、互いの風と水。
「なんのつもりだ」
さすがに不気味がって、引きはがそうとする魔属だが、晴馬はそれを許さない。不気味な状態に苛立ちを隠せない大君は、自身の比較的自由の利く足を使って、晴馬の腹部、正確には鳩尾付近に蹴りを加える。
晴馬の身体に走る激痛、口角からは血があふれ出る。しかし、晴馬は大君の手から離す気はなく、悲鳴を上げる様子もない。
「オラ、
オラ、
オラ、
オラオラオラァ!!」
次々と晴馬の腹部付近に打ち込まれる大君の蹴り。晴馬の口からどんどん泡を含んだ血液があふれ出る。
だが、依然として晴馬は離す気はない。
そして、好機は訪れた。
何か鳴動するように、結界内に練気が迸る。晴馬が大君に肉弾戦を挑む前、ヤミにとある作戦を伝えていた。
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「…と、いう作戦なので、ヤミさんには結界をお願いしたいです」
「待ってください!それじゃ、晴馬様も無事では済みません!」
ちょうど、魔属とのクロスカウンターの直後の会話。
魔属を見据えつつ傍らのヤミに、自身の作戦を伝える晴馬。ただ、何やらリスクを伴う非常に危険な作戦の模様。
「それは百も承知です。ですが、相手は格上。そんな存在を相手に、なんのリスクも負わずに勝利というのはあり得ません。一緒に腹を括りましょう」
ヤミは苦渋の表情で、晴馬の作戦に賛同した。
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「テメェ…!まさか…!」
「せっかくの機会です。共に歯ァ、食いしばりましょう…!」
ヤミは少し躊躇するが、決死の覚悟で作戦を遂行する。
【積鬼共鳴】
結界内に降り注ぐ、強大な練気の嵐。その練気の嵐を受ける両者。
晴馬はダメージを負いつつも、ある程度の準備ができていた模様で何とかしのぐ。
対して魔属にとってはまさに不意打ち。もろに練気の嵐を食らう。
魔属が使う霊気とは反対に位置する練気というエネルギー。これは本来、魔属が苦手としているエネルギーでもある。それをもろに食らう魔属。練気の嵐が過ぎ去り、片膝をつく晴馬と、全身に傷を負い膝から崩れ落ちる魔属。
「テ…メェ…!」
「お味は……、いかがでしたでしょうか…!?」
満身創痍の両者。
晴馬のこの一連の目的は、自分の身を犠牲にした攻撃。ヤミの展開した結界は、結界内で発生した練気及び霊気を吸収し、呼応する量の練気を無差別に結界内に放つこと。
利点として、結界内に発生した練気と霊気に比例して場合によっては自分で出せる以上の火力を出せること。
欠点は、まさしく無差別ということ。
また、この結界は何も外界から断絶されているわけではないという点。要は、侵入したり、逃げることもできる。
晴馬の憶測では、魔属が直前に結界の仕組みに気付けば、瞬時に結界外へ逃げることが可能。つまり、誰かが足止めする必要があった。よって、晴馬は自爆のような形で練気をぶつけることにしたというわけだ。
しかし、問題はここからだ。魔属はダメージこそ負ったが、致命傷にはなっていない。現に、晴馬の前で立ち上がる大君。大君の目の前には、膝をついた伏魔師。結界での自爆に近い攻撃の直前にも魔属からの攻撃を食らっていた晴馬。
魔属にしてみれば、ここで手を下せば、もしかしたら殺せるかもしれない。しかし、今しがた自爆のような攻撃を食らったばかりだ。何かしらまだ作戦を持っているかもしれない。
そこで、魔属は別の方法をとった。本来の目的、と言い換えてもいいだろう。魔属は大きく跳躍し、自身の鎮座していた岩の座、その傍らにある片桐の入った水晶のそばに来る。
そう、受肉。
それが叶いさえすれば、少なくとも今の晴馬は恐らく瞬殺可能。魔属は片桐の入った水晶に手を伸ばす。紫色に輝きだす水晶。
晴馬にとって厄介なことに、受肉の条件が整っていた。受肉に必要な条件は、魔属本体と魂、練気、器たる片桐。この内、晴馬との戦闘前で二つがそろった以上、必要なのは練気。
更に、晴馬は自身の作戦とはいえ実質的な自爆行為の直後。相応にダメージを蓄積させており、十分なパフォーマンスはできないと思われる。
そして実はこの裏界、晴馬が入ってから晴馬より少しずつ練気を吸収していた。もちろん、気が付いていた晴馬だったが、それを承知で魔属の土俵に乗ったのだった。
そして今、練気が揃い受肉が開始された。
絶体絶命。
その姿を見て、冷静に自分の腰に手を伸ばす晴馬。取り出したのは一枚の札。それを魔属に向かって投げる。まるで吸い寄せられるように、その札は魔属に向かっていく。
晴馬が待っていたのはむしろ魔属のこの行動、受肉を開始すること。
過去の受肉の情報によると、受肉を行う際、自身の魂を器に移動させる必要がある。そして、魂は移る瞬間が脆い。受肉を完遂させてしまうとアウトではあるが、逆に千載一遇のチャンスでもある。
晴馬の投げた札、【封印札・崩意】
それは『封印』に重きを置いた札。
対象を檻のような札に封じ込めるためのもの。現状の伏魔師にとって、最も強力な封印方法の一つがこの《崩意》。理論上はどんな魔属にも有効な代物だが、やはり相応に対象を弱らせる必要がある。
晴馬は初めから討伐を目的にしていない。前述の通り、今回の魔属を相手にほぼタイマンは無謀だ。であれば、隙をついて『封印』にて対処する。
今がそのチャンス。
札が輝き、光輝く檻のような骨組みが札から出現し、大君に向かっていく。タイミングは完璧。後は対象が封印圏内まで弱るのを練術でカバーする。そんな心持ちで準備する。
しかし、現実はうまくいかない。
突如、魔属が触れていた水晶の輝きが消失。そして、魔属は水晶から目を離し、札に目を移す。
その表情は恍惚に満ちていた。
「かかったなぁ」
魔属はそのまま、自身の力をもって、札と檻を破壊した。受肉をしようとした動きはダミー。晴馬を誘い出したのだった。魔属は高笑いを上げる。
「残念だったなぁ!!つくづくお前は罠にかかるのが好きなようだ!!」
「……」
魔属の高笑いに、晴馬は黙って見つめていた。
「でも、やっぱり凄かったよ、お前。一歩間違えてりゃ負けていたのは俺だ」
魔属は再び水晶に手を伸ばす。輝く水晶と、魔属の身体から徐々に魂が延び、水晶に溶け込む。魔属の魂が歓喜の産声を上げ始め、徐々に器である片桐へ流れ込んでいく。
この時をどれほど待ち望んだか。
何年、何十年、何百年、いや、この際、歳月などどうでもいい。
いまここで、全てが叶う。
この力があれば、きっとヤツを…。
裏界に響く力の波動。
着実に片桐との受肉を進めていく。
そんな姿を、晴馬は満身創痍の身体で見つめていた。
「……仕方ありませんね」
ついに始まった、今回の任務の元凶である大君級の魔属との戦闘!中々に痛々しい戦い方をする晴馬ですね。彼に痛みや苦しみはないんでしょうか。もちろんあります。それ以上に着実に迅速に任務を終了させたいんですね。全く、せっかちさんだこと。
今回の大君級の魔属の出生などにも多少のからくりがあります。それが分かるのはずっと先の話の予定ですので、真実を知れる方はこの作品を見続けてくださった方!是非ともよろしくお願いいたします。
第4話 お疲れ様でした。




