DAA
第12話です。今回は片桐が伏魔師としての任務に向かいます。どうなるでしょうか。
新キャラも出ます。
第12話 いってらっしゃい
伏魔師協会の総本山たる本部。そこは、とある山中に陣を構えている。山中という立地条件に加えて結界を使用して視覚誤認を施しているため、無関係の人間はそうそう辿り着くことはできない。
その敷地の中には、山中とだけあって相応の標高に位置する場所もある。最高峰はまさしく雲の上。絶景ではあるが、道中が険しくその場所自体も岩肌が乱立する場所につき、基本的には立ち入り禁止である。
時折風に吹かれた小石が、岩肌と自由落下との共演による黄泉への旅路を余儀なくされる光景が見られる立地ゆえ、そもそも好き好んで行く場所でもない。
「………」
そのハズなのだが、とある日の朝方、岩肌に纏う雲海へと向かって漂う白い息が一つ。その主は岩肌に座り込み、雲海と他の山々を眺めていた。標高が高く、気温が低い場所でありながら、なぜか上半身半裸でズボンもスポーツウェアの装いをしていた。
しかも、時刻は午前6時。おおよそTPOに適しているとは言いづらい。
男性の名は《荒木天征》。伏魔師養成機関・本部特進科の生徒である。
養成生でありながら、その実力と実績は一等師と同格である。本来なら既に一等師として活躍してもおかしくはないが、養成機関を卒業できずにいた。
にも関わらず、彼は本日の授業にも出る気はなかった。評議会員や至印将、同じ特進科の同級生からの憂いや叱咤、場合によっては激怒があっても、それは今の彼の心を動かすことはできない。
様々な心情を肺の中に溜め、少しでも心理的爽快感を得られるように雲海に向かって白い息を吐き出す。
「いい眺めですね」
「ッ!?」
突如として、天征の背後よりかかる男性の声。思わず肩が5cmほど飛び上がる。振り返った先にいたのは、同年代ほどの灰色の髪の男性。伏魔師協会の制服を纏っていることもあり、当然ながら協会の人間だ。
「びっくりしたぁ…。え、誰、アンタ…?」
「ああ、突然失礼しました。私、6月より本部特進科の担任教師となりました、天津晴馬と申します。どうぞよろしく、荒木天征さん」
「天津晴馬って…、あの天津晴馬…?」
「ええ。恐らく、その天津晴馬です」
晴馬は伏魔師の世界であればかなりの有名人。天征も実際に会ったことはなかったが、名前は良く知っていた。
「へぇ…、特進科の教師ね…。聞いてた話、あんまり教師って感じはしないけど、意外だな」
「全くもって同感です。不本意ながら、色々あって教師となりましてね」
「ふーん、大変だね。こんなところまでまで来たのも、教師の仕事の内ってわけ?」
「ええ。担任でありながら、生徒と面識がないというのもまずいでしょう?」
「そりゃそうだ。つーか、なんで俺がここいいるって分かったの?結構頑張って気配消してきてるんだけど。それにここ、立ち入り禁止だし。練術使ったって、見つかりにくいと思うんだけどな」
立ち入り禁止の場所に自分がいることを棚に上げ、晴馬がここに来たカラクリを探る天征。今更ながら、人気のない場所と見つからない手段を用いてここにいるため、見つかることは想定外である。
それに、立地も立地だ。一歩間違えれば奈落の底に真っ逆さまな断崖絶壁に近い岩肌を乗り越えなければ、この場所に辿り着くことすらできない。
「気配を断てば、断ったなりの状況が生じますから。どこの事件現場にも証拠が存在するように、いないようにしたら、したなりの景色は見えてくるものです」
「ハハッ、意味わかんねー」
今回の場合、天征の感想が一般的、伏魔師限にらずな正解である。言うは易しというのはまさしくこのこと。伏魔師だろうがなんだろうが、どんな超人でもそんなことはそうそうできはしない。無論、晴馬のとった手段について議論するつもりは、天征にはない。
「んで、他にご用件は?顔合わせだけ?」
「ええ。顔合わせがメインですので、ひとまずノルマは達成といったところです。欲を言えば、今日からでも授業に復帰してもらいたいのですが」
晴馬の回答を聞き、嘲笑気味にため息をはく天征。
「やっぱりそれね。ま、担任教師にしてみればそれが自然だわな」
「では?」
「悪いけど、戻る気はないよ。つーか、なんなら除籍にしてもらっても構わない。こんなやる気のない男に時間割くくらいなら、その方が都合いいでしょ?俺1人が消えたくらいで、協会は困らないと思うけどな」
これまた嘲笑気味に笑いつつ、座っていた岩肌から腰を上げて、晴馬の横を通り過ぎる天征。
「なんてな。じゃ、縁があったらまた会おう、先生」
そのまま険しい岩肌を足場に伝いながら、軽々と降りてゆく。
「…ふむ」
その姿を見つめる晴馬。追う理由と追えるだけの実力が晴馬にはあった。しかし、今追ったところで、彼の心を引き付けるだけの準備はしていない。今はその準備期間といったところ。
このファーストインプレッションもその一歩である。今回は挨拶をできただけ自身に及第点を与え、別の視点に目を向けた。
それは、彼が座っていた場所や装い、それに至るまでの道中と思われる岩肌の景色。そして、現時刻。
(やる気のない男、…ね)
天征が嘲笑しながら口にした自己評価を、頭の中で再生する晴馬。自己評価自体は否定するつもりはないが、それを素直に受け取るには無理のある、とある状況証拠が晴馬の脳内には浮かび上がっていた。
ただ、現時点でそれを何かに利用することはできない。あくまでこれからの、晴馬と天征との駆け引きにも近いやり取り次第となる。
ファーストインプレッションのノルマやあらかたの思慮を終え、帰りの岩肌を前にする晴馬。
誰しもが身もすくむ絶景を前にし、晴馬は躊躇なく飛び込んだ。そして、天征と同じような岩肌を足場に降りるのではなく、もはや岩肌を飛び越える要領で雲海と霧の空中を駆けていった。
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本部特進科は晴馬の就任と片桐の入学を経て、約一週間前後が経過していた。今日も授業となっており、既に午前中に座学を終え、午後から校庭にてフィジカルトレーニングと対面での近接戦闘訓練を行っている。
時刻は14時前後。フィジカルトレーニングを終え、近接戦闘訓練の真っ只中。対人での近接戦闘訓練となっているがその組み合わせはというと、
「片桐さん!遅い!隙ができたらすぐ追撃!」
「ぐっ…!」
晴馬vs晴馬のあしらうような足技を両腕をクロスさせたガードで受けるも、後方に後退させられる片桐。
「アリサさん!剣術の型を意識しすぎない!適切な攻撃ができていなければ持ち味半減です!」
「あいたっッ…!」
&剣を持っている右手の手首を掴まれ、投げ飛ばされるアリサ。
「統さん!攻撃参加が消極的!観察と行動のバランス!」
「がっ…!」
&晴馬の隙を観察しているところに、晴馬の腹パンを喰らう統。
と、なっている。
そう、教師である晴馬とその生徒である三名との1vs3である。尚、多勢に無勢という言葉が適切かどうかは、ある意味で火を見るより明らかだ。
三名はもちろん、本気で晴馬を相手にしている。なんなら殺す気かもしれない。訓練でそれは大袈裟かと思われるかもしれないが、この訓練を初めてすぐに解った。
殺す気でやらなきゃ自分が死ぬ。
現に3名は汗を流しながら、懸命に自分の攻撃を晴馬に当てようと必死だ。
では、三名の対戦相手はというと、
(ふむ…。初日よりはマシですが、まだまだ動きにムラがある)
余裕とまではいかないが、懸命とは程遠い。いや、懸命のリソースを戦闘より思考に回していると言った方がまだ正確だ。ただ、その状態で三名の攻撃を汗ひとつかかずにいなしていることも、また事実だが。
「そこまで!」
一定の戦闘時間が経過した段階で、生徒三名の耳に、晴馬の号令が響く。三名は汗だくで息を整えつつ、運動場の芝の上に仰向けで転がる。
「鬼…!」
「マジ鬼…!」
「鬼…、強い…!」
片桐、アリサ、統による晴馬の強さに対しての三段活用
かたや、そんな生徒三名の相手を一人で続けていた教師の晴馬は、汗ひとつかかずに涼しい顔で戦闘風景を撮影していたタブレットを操作している。
「皆さん、お疲れ様でした。そのままでいいので、総評といきましょう」
担任教師である晴馬が、タブレットを持ちつつ三名の眼前へ差し出す。そこには、三名の戦闘に関するデータなどが記載されていた。
基本的に戦闘訓練は、このような流れで進行していく。
こういった授業を、晴馬が着任してからほぼ毎日繰り返されている。尚、初日からここまでで、晴馬に一撃でも与えられたことがないどころか、汗をかかせたことすらない。
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授業を終え、自身の職員室に戻る道中の晴馬。養成機関の職員室は、一般的な高校などの職員室とは異なり、教師それぞれに一室あたえられている。
そもそも職師の数が少ないこともあるが、伏魔師としての才能の原石を育てる役職は貴重だ。ましてや晴馬は、特進科という未来の伏魔師を背負って立つことが確約されているような生徒達の相手。相応の待遇とも言えよう。
その道中、軍服を着た伏魔師が晴馬の前に現れる。その人物は偶然居合わせてたのではなく、晴馬を待っていたようだ。
晴馬を見るなり丁重に頭を下げ、その手にはとある封筒があった。
「お待ちしておりました、天津殿」
「……任務ですか?」
「はい。本部長から、いえ、学長とお呼びするべきでしょうか。任命書をお預かりしてまいりました」
その人物は、伏魔師協会本部長の御戒千太郎からの遣いの者だった。
基本的に、養成機関の学長はそこの支部長が兼任することとなっている。
例えば、第一支部の支部長は成宮につき養成機関第一支部の学長も成宮になるというわけである。よって、本部の養成機関の学長は本部長の千太郎だ。
「どうも」
遣いから晴馬へ渡されたのは、とある封筒。その場で中から紙面を取り出し、内容を確認する。
(……げっ)
晴馬は紙面の内容を見た後、普段はあまり使わない類の言語を心の中で呟き、再び丁寧に封筒へ戻して懐へしまう。
「……承りましたとお伝えください」
「確かに。では失礼します」
遣いの者が去った後、晴馬は少し天井を見上げる。
懸念の人物を頭に浮かべ、前に向き直して再び職員室へ向かって歩き出した。
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「と、いうわけで、片桐さんへ任務の依頼が入りました。日時はちょうど一週間後ですね」
授業終わりに晴馬の職員室へ呼び出された片桐。特段予定もない為、素直に応じたものの、晴馬に呼び出されたとあっては優先して赴くつもりではあった。
晴馬から片桐に手渡された一枚の紙面。そこには、任務の内容や場所、そして参加するメンツの氏名が載っていた。
「早瀬沙月さん…。って、確か至印将の?」
「ええ。双影将を担う方です」
「へぇ…。なんかビッグネームと任務に行くみたいな?」
「まさしく、その認識でお願いします」
片桐の中で、至印将はまだビッグネームという認識しかない。伏魔師としては有名な名でもついこの間まで伏魔師の世界とは無縁の人間からすると、よく知らなくても無理もない。
その紙面の中、とある内容を見て「ん?」と、思わず声に出す片桐。
「これ、晴馬の名前がないけど?」
任務にあたる氏名欄には、早瀬と片桐の記載のみ。晴馬の名前はなかった。
「ええ。今回は、早瀬様と片桐さんの二名で行ってもらうこととなっています。顔合わせには立ち会いますが、以降はお二人で任務にあたってもらいますので」
「わーお…。いきなりだな…」
そう、この任務は晴馬に当てたものではなく、あくまで片桐と早瀬に当てられたもの。
尚、なぜ片桐本人ではなく晴馬経由なのかというと、片桐は養成機関生であり、晴馬は担任教師。より身近な管理者である晴馬から紙面を渡したほうが、連絡の漏れ防止などの面で都合がいい。また、受け取る方もいきなりでは混乱しかねない。
「今後もこういった機会は増えてくると思いますので、今のうちに慣れておきましょう。それに、至印将と仕事をするのは非常に有意義ですから、しっかり学んできてください」
「うっし!まずは伏魔師としての第一歩だな!」
「その意気です」
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一週間後、片桐と晴馬は伏魔師協会本部の駐車場にいた。本日、片桐と至印将である早瀬との合同任務となる為、待ち合わせをしている。
「やっぱり、カルボナーラが安定だよなぁ」
「タルタル唐揚げ丼も絶品ですよ。後はこの間、試作品として『シェフの気まぐれ南国風トロピカル甘辛うどん』なるものを食べましたね」
「……それ、うまかったの?」
「しっかりまずかったです」
「ですよねー」
その待ち時間、晴馬と片桐はというと、伏魔師協会本部にある食堂のメニューについての議論をしていた。
任務前にする会話として適切かどうかは議論の余地はあるが、変に気負うよりずっとマシという考え方もできる。むしろ、発端の晴馬もそれが狙いだ。尚、途中から単純にメニューの議論に本気になっていたことは否定しきれない。
「あら、随分と美味しそうな話じゃない」
男性二名に近づく、お淑やかで少し威圧感のある声。
晴馬達と少し違う軍服のデザインに、両手にはめた黒手袋の甲には、小人が踊っているような刻印がされている。そんな装いの女性が一人。
艶やかな黒いロングヘアに、170cm前後の背丈、非常に整った顔立ち、軍服の上からでもわかるほど抜群のスタイルを誇るその女性は、今回の片桐の合同任務相手である双影将、早瀬沙月。
「貴方が片桐君ね。初めまして、一等師の早瀬沙月です。今回はよろしくね」
お淑やかな笑顔で、手袋を外して差し出された右手。元々の顔立ちの良さから繰り出される破壊力抜群の微笑みは、容易に片桐の心の時間感覚を奪っていく。
「……片桐さん」
どこかデジャヴを感じつつ、片桐の心を現実に戻す晴馬。思わず「あ!」と、声に出して我に戻る片桐。
「片桐招也です!よろしくお願いします!」
現実に戻った勢いのままま割り増しで元気に挨拶し、早瀬の右手の握手に応じる片桐。
「晴馬もこの間ぶりね」
「…どうも」
「噂は聞いてるわよ。なかなかに良い指導ぶりをしてるみたいじゃない。ねぇ、先生?」
「…恐縮です」
早瀬のイタズラっぽく微笑みながらの雑談に、晴馬はあくまで事務的に接する。
「…相変わらず冷たいのね」
その対応に、少し苦情を漏らす早瀬だったが「さて」と、話題を切り替えにかかる。
晴馬の態度と早瀬の寂しげな表情を見つつ、この間会った如更己を思い出す片桐。
晴馬の妙に冷たい態度だったり、早瀬と如更己の表情が被ったりと、何かしら共通点がありそうな感覚を覚えていた。
「じゃあ、片桐君。そろそろ出発しましょうか」
「うっす!」
それはそれとして、今回はあくまで任務。片桐は晴馬に別れを告げ、社用車に乗り込んで駐車場を後にする。
その後姿を見つめる晴馬。
(やはり、極力あの二人には会いたくないもんだな…)
心の中で呟く晴馬の脳内には、フラッシュバックするように過去の記憶が流れる。
早瀬と如更己、晴馬、もしてもう一人のとある女性が笑い合う過去の映像。
その女性の目から、光が消えた瞬間。
晴馬を怯えた顔で見る、早瀬と如更己。
直後、首を横に振ってあまり思い出したくない光景を、物理的に記憶の彼方へ葬り去った。
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任務へ向かう車内、後部座席には早瀬と片桐が少しスペースを開けて座っている。
その空けられたスペースには今回の任務に関する書類が広げられ、軽い打ち合わせとなっていた。
「今回は、任務の中でも少し特殊寄りの内容なの。これは実際に現場を見てから説明した方が分かりやすいから、その時また説明するわね。途中から現場が二つに別れるから、各個対応する予定なのを一応頭に入れておいて。私も片桐君の動きとか周辺の魔属の動きとか見張っとくから、何かあったらフォローするわ」
「了解っす」
的確な指示を出しつつ、それをすんなり受け入れていく片桐。早瀬の内容が分かりやすいというのもあるが、やはり初の任務の内容を中断することなく落とし込み続けるあたり、やはり片桐も要領がいいのだろう。
「とりあえず、こんな感じかしら。何か分からないことはある?」
「いえ、今のところは大丈夫です。早瀬様の説明が分かりやすくて助かります!」
片桐の純粋無垢な回答に、思わず微笑む早瀬。
「さすがは晴馬の生徒といった感じかしら。ても、できれば『様』はやめてちょうだい。大方、晴馬にそう呼ぶように言われたんでしょうけど。ホラ、確か同い年でしょ?」
「そしたら、早瀬『さん』で、どうです?」
「うん。それがいいわね」
任務前とは思えぬほどほんわかした雰囲気の車内。早瀬も片桐も特に気を遣っているわけではなく、これが彼らにとっての自然体だった。
「そういえばなんだけど、晴馬の授業というか、先生ぶりってどんな感じなの?」
話題は晴馬の話へ。この二人のコミュニケーション能力であれば話題に事欠かないが、流石に分かりやすい共通の話題は拾わざるを得ない。
「うーん、そうですね。説明とか分かりやすくて、フィジカルトレーニングのメニューとか作ってくれて、後はやっぱり…」
「やっぱり?」
「鬼ですね!特にフィジカルトレーニングと戦闘訓練に関しては、鬼強いです!いつも俺と統、アリサの三人同時vs晴馬なんですけど、これがまた全然歯が立たなくて…。一発も攻撃当てられたことないですから…」
「へぇ…。流石は晴馬ってところね」
早瀬としては、片桐からの評価に納得と驚きが半々と言ったところ。
そうこうしてる内に車は現場の近くに停車する。運転手に礼をし、その現場へ向かう早瀬と片桐。
その場所は郊外からやや離れた廃墟に近い建物群。立ち入り禁止を表す『keep out』のテープが貼ってあるが、そもそも人は寄り付きそうにない。
「さて、片桐君はほとんど初めての現場かしら」
「そうですね。伏魔師としては初めてです」
一応、間立高校の件はあったが、あくまで一般人として例外的な関わりと認識している。今度はその現場を解決する立場だ。
「では、こういった光景も初めてかしらね」
二人が来たのは、とある建物の屋上。そこから建物の吹き抜けのような場所を見下ろせるような構造。
早瀬が指したのは、その吹き抜けの地面。そこには、おびただしい数の魔属が跋扈していた。
「うわっ…!なにこれ…!?」
流石に声を漏らす片桐。魔属は見たことはあるものの、驚愕するべきはその数。
「ここはね、魔属集約地区、通称《DAA》。関係者が定期的な任務などでのみ立ち入りを許可されている場所で、今回の私たちの仕事場よ」
「ここの魔属を討伐するってことですか?」
「ええ。こういう場所は各地区にあってね。ここに魔属を惹きつけて、結果的に他の地域への魔属の被害を抑えこむシステムなの。でも、定期的に掃除しなきゃ魔属が溢れちゃうから、伏魔師が掃討に向かうことになっててね。そして、今回の担当が私と片桐君ってわけ」
『魔属を惹きつける地区』、通称DAA。伏魔師の任務の中でも特殊よりの仕事場である。
早瀬の説明を聞きつつ、魔属の群れを見つめる片桐。狼のような魔属もいれば、人の形に近い魔属、ホラー映画に出てくるような異形の魔属まで様々だ。
その片桐を見つめる早瀬。
「怖い?」
早瀬からの短い問いに、思わず「え?」と、声を漏らす片桐。
「まぁ、少しびっくりはしましたけど、伏魔師の世界に来た以上、逐一尻込みしてらんないです。任務なら尚更」
片桐の答えに、早瀬は少し驚きつつも微笑む。
「ならいいのよ。じゃあ、下に降りて始めましょうか」
「うす!」
二人は廃墟の吹き抜けの入り口に場所を移す。その入り口にはやや大きな扉があり、その中心には紋章のような印字がしてあった。
「この扉は見た通り結界の扉になってて、基本的にここから入って魔属の掃討に向かうの」
扉の前に二人だが、すぐさま任務開始とはいかない。無論、事前の戦闘準備のためだ。
「片桐君は、何か武器とか練術とか持ってるかしら?」
「あ、そういえば、晴馬からもらった物がありました」
片桐は軍服の懐から、とある札を取り出す。
「汎用戦式ね。使い方は分かる?」
「はい。えっと確か、こうやって…」
片桐は取り出した札を握りしめ、そこに練気を流し込む。すると、片桐の両拳に纏う、白い装甲のような武器が出現。
片桐が晴馬からもらっていた物は、正式名称を《汎用型戦具生成術式》、通称《汎用戦式》である。更に短くして《戦式》という言い方でも通じる。
『汎用』の名を冠する通り、多くの場面や人材に対応できる、武器などを生成できる代物である。
特筆すべきはその生成の簡易性。練気を戦式に流し込めば、誰でも札などに内蔵された武器を生成可能。
片桐がもらったのは、見た通り拳で戦うための戦式。装甲を纏った拳を突き合わせ戦う意思を早瀬に示す。
「やる気十分って感じね。じゃ、私も」
その様子に、早瀬は微笑み自身も戦闘の準備を始める。
早瀬が懐から取り出したのはキーホルダーのような物。どうやら、黒い鎌のような形状をしている。
早瀬はその鎌の柄の先端についているリングを右の人差し指にかけ、反時計回りにクルクルと回していく。
一定の回数を回した段階で、鎌に違和感が生じる。徐々に徐々に、その鎌が大きくなっていった。そして、最終的に早瀬と同等の等身サイズはあろうかという大きさまで拡大。
その大きさで改めて見ると、まさしく黒い鎌。先端には鎌特有の三日月が如く刃が光沢を放つ。
「スッゲェ…!それも戦式ってやつですか?」
「ええ、その一種ではあるわね。だだ、汎用戦式ではなく特注の私専用の戦式だけど」
【影の臣鎌】
早瀬の所有する術式のポテンシャルを跳ね上げる、早瀬専用の戦式である。
通常、汎用戦式をはじめとする大半の戦式が片桐がもらったような札の形である。しかし、早瀬のように専用の特注型の戦式も存在する。
汎用戦式はその簡易性と引き換えに、基本的に形成できる形や武器の耐久性、性能などは一定だ。早瀬を始めとする至印将などが所有する相応の戦闘力や術式の性能を活用するためには、汎用戦式では力不足なことがある。
ゆえに、人によっては特注の戦式を用いている人もいる。
「じゃ、開けるわね」
「うす…!」
早瀬は扉の前に立ち、右手で『印』を結んで扉の紋章に触れる。扉は木造特有の動作音を立て、その先の景色を早瀬と片桐に見せる。
吹き抜けに跋扈する魔属が、次々と扉の向こう側にいる早瀬と片桐を捉えた。
唸り声を上げる獣型、うめき声を上げる人型など、様々な魔属が敵意を徐々に表している。
早瀬と片桐はゆっくりと前に進む。
「簡潔に説明するわね。まずはここの魔属を全滅させることを目標とします。片桐君はひとまず好きに戦ってみて。危ない時は私がフォローします。いい?」
「うっす!」
片桐は両手の装甲をかちあわせ、大きく深呼吸をする。魔属を見据え足に力を込め、
「いきます…!」
勢いよく飛び出した。
それを見た魔属も、片桐に向かって一斉に飛び出す。
片桐は右手の装甲に練気を込め、先頭の魔属に拳を叩き込んだ。喰らった魔属は血を吹き出して吹っ飛び、後方の魔属を巻き添えにする。
その光景を見た周りの魔属は、一斉に片桐へ飛びかかる。片桐は焦ることなく冷静に、かわしつつ一体づつ撃破していく。
(初心者にしてはいい動きじゃない。変に焦る二等師よりかはずっと動けている)
後ろから片桐の動きを評価する早瀬。無論、ただぼーっと見ているわけではない。
片桐が一体撃破する間に、早瀬は10体近く撃破しつつ片桐を評価していた。影の臣鎌を優雅に振り回して、自身を襲おうとする魔属はもちろん、片桐がギリギリ対処しきれていない周りの魔属すらも撃破していく。
そんな中、あらかたの魔属を撃破し終えた片桐は少しだけ強い個体との勝負を迎えていた。時間を要されるが、討伐できないわけではない。現に片桐が優勢だ。
そのまま少し強めの個体を倒した直後、片桐の死角から別の魔属が勢いよく飛び出してくる。迎撃の構えができていなかった片桐は、咄嗟に防御の構えへと移行。
しかし、その魔属は飛び出したまま空中で撃破された。その致命打は鋭い斬撃によるもの。
「油断大敵よ。目の前の相手に集中することと、周囲を警戒しないのはイコールではないわ」
早瀬の鎌の斬撃が、魔属の身体を真っ二つにしていた。
「すいません。助かりました」
息が少し乱れている片桐。二人が全滅させた魔属はどれも雑魔~妖ランク。つまり、よっぽどのことがなければ負けることはない相手だった。それでも、数が多ければ疲労も当然。
しかし、早瀬は違った。
「でも、まずはお疲れ様。ひと段落ね」
汗一つかかず呼吸も乱さずに片桐を労う。呼吸を整えつつ、早瀬の凄さを少し実感する片桐。なお、早瀬が片桐の取りこぼしを撃破していたことに片桐は気がついていなかった。
「初めてにしてはかなりいい動きだったわ。魔属に慄く様子もなかったし」
二人は少し休憩しつつ、戦闘の評価をしていた。確かに魔属単体の強さはそうでもない。しかし、やはり数が多い上に片桐にとってはほぼ初めての現場。十分な動きをできない可能性もあった。
結果は見ての通り。周囲への警戒や油断など危うい部分は捨て切れないが、しっかりと仕事を果たせてはいる。合格点には十分だ。
「ありがとうございます。なんというか、晴馬との戦闘に比べたらあんまり怖さを感じなかったところはありますね」
「なるほど。一番納得できる理由ね」
養成機関入学前の特訓もそうだが、日々、あの鬼のような強さの男と対面していれば大抵の魔属はとるに足らない。
晴馬が狙っていた特訓の成果の一つは、この時点でしっかりあげられたと言えよう。
休憩と雑談もほどほどに、最後の場所へと向かう二人
「さて、車内で言っていた二手に分かれる場所がここよ」
それは、廃墟内の二つの建物だった。立地は隣接しているわけではなく、吹き抜けを中央に両隣に分断されている状態。
早瀬は建物の見取り図を広げる。
「建物は高さ約20mの6階建が二つね。中は普通のオフィスビルのような造りと思ってもらっていいいわ。見た目は廃墟もいいところだけど」
特に伏魔師や一般人に垣根のある話ではないため、容易に想像できる片桐。
「事前に言ったとおり、片桐君には片方を1人でお願いするわ。二人で行ってもいいんだけど、狭くてね。どのみち二つやんなくちゃいけないから、各個対応ってことにします。いいかしら?」
早瀬の提案に、片桐も頷きで同意を示す。早瀬の言った通り、この建物の中は元々はオフィスビルのような構造。当然だが、戦闘などたくさん動き回るための設計などされておらず、二人で戦闘するには狭いのも道理。
よって、今回に限らずこの場所は二手でやるのが通例である。
片桐と早瀬がそれぞれ建物の入り口に立ち、顔を見合わせて頷く。そして、扉を開けて中に入って行った。
想像通りと言うべきか、片桐の視界には相応の数の魔属が映る。ほぼ全ての魔属が片桐を認識し、すぐさま戦闘へと突入。
やはり魔属単体の強さはそうでもない。一体づつ撃破していく片桐。確かに2人では狭い立地でも、建物の構造などを利用しての戦いようはある。
その調子で片桐は2階へ向かった。かたや早瀬はというと、
「うん。順調、順調」
その評価対象は、自分にではなく今し方1階の掃討を終えた片桐に向けられていた。では、早瀬本人はというと、その座標は早瀬が担当した建物の屋上にあった。
片桐が1階の魔属を半分程度減らしていた段階で、早瀬は建物内全ての魔属を全滅させていた。息を荒げたり、もちろん傷も負っていない。急いで全滅させたわけでもない。これが早瀬の普通である。
風に当たりながら、吹き抜けを挟んだ隣の建物の片桐を見る早瀬。実際に物理的な視覚で見ているわけではなく、片桐の練気や魔属の霊気などを建物越しに観て判断している。
結果、特に問題なく討伐できていることが分かった。確かに早瀬は先に終わらせたが、それを基準に片桐を評価しているわけではない。
そのまま6階まで問題なく来れた片桐だが、ここからが本番。奥の部屋にやや濃い霊気を放つ個体が一体。
その一室を占領するが如く、大柄な体格をした人型の魔属。その手には、頭部を噛みちぎられた魔属が握られていた。魔属が一箇所に集まった際の性質の一つである《共食い個体》だ。
「ラスボスってわけ?」
呟く片桐をその魔属の眼が捉える。右手に持っていた魔属の亡骸を片桐へ投げつけ、宣戦布告となった。片桐はその投擲を避け魔属に肉薄する。
大柄な魔属は片桐を眼で追いつつ両手を必死に向けるが、体躯と比例するようなノロイ動きは片桐がかわすには十分だった。
そして練気を拳に込めて放つ一撃。
【基礎体術・点掌】
打ち込まれた練気が魔属の身体を駆け巡り程なくして爆散させる、
その予定だった。
魔属に打ち込まれた練気の流れが途中で消える。思考する間もなく、片桐に魔属の手が迫る。少し呆気に取られたが、すぐさま後退して回避に成功。
(あっぶねぇ…。多分、デカすぎて効かないってところか)
片桐の推測は正解の一つではある。正確には片桐の練気の練度や膂力を含めた実力不足というのもあり、魔属の質量に負けてしまっている。これでは多少、打ち込んでも効果は薄い。
あらかた思考している片桐に対し、魔属がその大柄な体躯を動かし周りの建物の一部を破壊しながら迫る。
「その身体で動けんのかよっ…!」
油断していたわけではないが、魔属が動けないことをアドバンテージにできないか考えていたこともあり、早々にプランが崩れ去る。
逃げる片桐と追う魔属。そして、その光景を眺める早瀬。
「さ、どうする?片桐君」
影の臣鎌を右手に持ちつつも、手を出す気はない早瀬。
逃げ回りつつ数発の攻撃を当てていくものの、やはりほぼ効いていない片桐の拳。
どうにも打開できそうにない中、どうにか別の手段を考える片桐。
そんな時、天啓と言わんばかりに片桐の記憶に蘇る、晴馬とのとある会話。
「やってみるか…!」
片桐はとある作戦を頭に、魔属に向き合う。魔属も向かってくる片桐に攻撃的な姿勢を見せるが、やはり動きが質量に比例してノロい。
落ち着いて、魔属のとある部位に狙いを定める片桐。
【基礎体術・点掌】
練気を込めた拳を打ち込む。やはり点掌の特徴である魔属の爆散には至らない。
当然、魔族も黙ってはいない。片桐に手を伸ばすが、片桐は冷静にかわしていく。状況はあまり変わっていないように見えるが、片桐はすぐさま結果を出すために動いているわけでもない。
片桐は引き続き、魔属に注意しつつ同じ部位に点掌を打ち込んでいく。
(ふーん…。古典的で単純な手ではあるけれど…、ま、いいんじゃないかしら)
それを見ていた早瀬も、片桐の狙いに気がつく。
片桐はそのまま、魔属の同一の部位に向かって点掌を叩き込んでいく。そう、初めに片桐が点掌を打ち込んだ場所だ。
片桐が思い出した、打開策となる晴馬との会話は至ってシンプル。
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「魔属の中には、かなり大柄な質量を持った個体もいます。共食い個体に多いですね。そんな相手には、生半可な攻撃では決定打には至らないことがある。仮に点掌を使っても同じ。では、こういう時どうしたらいいと思いますか?」
「うーん…。有効な練術とか使ったり?」
「あればいいですが、現時点での片桐さんのケースで考えてみましょう」
「うーん…、うーん…。お手上げ!逃げるか、助けを呼ぶで提出します!」
「それらも一種の手段であることは間違いありませんね。では、私からの答えをお伝えましましょう。端的に言えば『削る』です」
「削る?」
「どんな相手に対するどんな攻撃でも、決定打には至らずともノーダメージというのはよっぽどの実力差がなければありえません。『雨垂れ石を穿つ』というでしょう?一定の部分に攻撃を続ければ、少なくともいずれはその部分は破壊される。そこから見えてくる光明もあるというもの」
「難しそうねぇ…」
「うまくいくかはその時次第ですけどね。知っているのと知らないのとでは、手段が格段に違ってきます。是非ともご留意を」
「はーい」
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数撃目にして、片桐が打ち込んだ魔属の部位が綻び始める。魔属も身体の崩れに対して呻き声をあげた。
(うし!もうちょっとか…!?)
しかし、魔属もおめおめと敗北宣言するわけでもない。怒り狂ったように凄まじい咆哮をあげ、周りの建物に地団駄を踏む。
そのままの勢いで突進してくる魔属。片桐はギリギリで避けていく。
確かに片桐の予想通りあと一歩ではあるが、相手も正念場のようだ。
これまで以上に苛烈になる魔属の動き。なんとか避けるが、魔属がやや優勢。
このままでは、その一歩を踏み出せない。
このままでは…、
そう、このままでは。
では、やり方を変えればいい。
自分が必死に動けばその分視野もブレるなどの要因を始め、相手の動きが活発になった以上、それでは思い通りにはならない。
一か八か。
片桐はゆっくりその場に止まり、すぐに動けるように構えて魔属に向き合う。
一切のアクションを起こさず、ただひたすら轟音と共に迫る魔属を待ち受ける。
魔属がギリギリまで来た瞬間、片桐は最低限の動きで姿勢を低くして魔属をかわす。
突然の動きを見せた片桐に、魔属は対応が遅れる。魔属が片桐を捉えた時、片桐はすでに行動を終えていた。
魔属の傷ついた部位に、片桐の右拳が打ち込まれる。
もう何度目かの正直かは分からない。しかし、実際の現場に三度という制約も三度で終わるという保証もない。最終的に勝利を手にすれば、何度目でもいい。
【基礎体術・点掌】
放たれた片桐の拳と練気は傷口から魔属の身体へ巡り、奥へ奥へと広がる。
そしてついに、爆散となった。
「や、やったぜ…」
自身で討伐の実感を噛み締める片桐。しかし、ここで終わりではなかった。ここで新たな魔属が数体、片桐に迫っていた。
この魔属は片桐が戦闘を始める前から潜んでいたが、大柄な魔属の強い霊気に気を取られて見落としていた。
単体ではそこまで強くない。ただ、一戦闘を終えた上に不意打ちに近い状況をくらった片桐は、十分な対処をしきれる状態ではなかった。
「マジかよ…!」
なんとか防御姿勢をとる片桐。腕の一本や二本の損害を覚悟する。
「あらあら。頑張った殿方に対していけない子達ね」
隣の廃墟の屋上、早瀬が影の臣鎌を両手で持ち、三日月が如く刃を後ろに引いて助走をつけるように構える。
早瀬は左手に力を込め、助走をつけた構えから力強く左手のみで影の臣鎌を虚空に向かって振るった。
黒い練気を帯びた影のような三日月の刃が放たれ、片桐を襲わんと飛びかかる魔属に迫る。
しかし、片桐と群がる魔族は建物の中。早瀬が外から練気を飛ばしても外壁に物理的に阻まれてしまう。
だが、それを失念する早瀬ではない。
早瀬が放った黒い練気は、まるで影のように外壁の隙間から中に侵入して片桐と魔属の間に割って入った。
【黒薔薇】
その影は飛びかかる魔属の前で無数の薔薇の棘の如く鋭い刃に成り変わり、魔属を残らず貫いた。
【影の女帝】
これは早瀬の練術の総称であり、彼女が呼ばれている二つ名でもある。
特徴的なのは、今し方早瀬が放った練気のように影のような性質を持つこと。様々な形への変形を可能として、物理的な遮蔽物に遮られにくく汎用性が非常に高い。
無論、今回の練術はあくまで彼女の初歩的な技の一つである。
そんな彼女の御業を前に呆気に取られる片桐。程なくして現れたのは、影の臣鎌を片手に優雅に髪をかけ上げる早瀬の姿。
元々の容姿やスタイルの良さ、艶やかかつミステリアスな雰囲気に加え、黒い鎌を片手に構える彼女の姿に人間とは思えぬ妖艶さを感じ取る片桐。
「お疲れ様」
「ありがとうございます…。またまた助かりました…」
早瀬から差し出された右手を取り、ゆっくりと立ち上がる片桐。
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任務を終え、車で本部帰ってきた2人。そこに待っていたのは、授業を終えた晴馬だった。
「お疲れ様でございます」
車から降りた早瀬と片桐を出迎える晴馬。
「ただいまっす」
「どうも」
少し疲れ気味の片桐と、余裕綽々の早瀬。
「どうでした?初任務は」
「マジ疲れました…。でも、大半は早瀬さんにやってもらってたくさん助けてももらったし、まだまだっすね…」
「でも、最初にしてはよくできてたと思うわよ。課題は山積だけどね」
「精進しまーす…」
反省会はほどほどに、片桐は疲れを癒すために入浴と食事に向かう。
晴馬と早瀬は少し駐車場に残っていた。
「いかがでしたか、片桐さんは」
「……珍しいわね。いつもならそそくさと逃げるのに。ましてや晴馬から話しかけてくるなんて」
晴馬の問いかけに、少し呆気にとられる早瀬。年相応というべきか、少し恥ずかしそうにしながら髪をいじる。
「逃げるだなんて、そんな滅相もございません。担任ですから、生徒の客観的評価はお伺いしておくべきかと」
当然の回答に、少し残念そうな早瀬。すぐさま咳払いをし、頭の中に片桐の評価を並べる。
「片桐君にも言ったけど、初任務にしてはいい感じね。変に尻込みする二等師よりはマシ。でも、流石に一等師には程遠いわ」
同感なのか、黙って聞く晴馬。
「度胸とか冷静さはあるけど、周りへの警戒、特に細かい霊気の感じ取りはこれからってとこね。それと、やっぱり決定的なのが火力不足。普段から晴馬を相手にしてるからか、確かに動きはいい。けど、それを活かす火力が足りない。メインウェポンが点掌は流石に通用しなくなる」
現に、点掌を何発か放ってようやく共食い個体を倒している。
「でも、それに関しては当てはあるんでしょう?」
具体的根拠はないが、早瀬から見た晴馬への評価の一つだ。分かりやすい課題を放置して何もしない晴馬ではない。
「ええ。あるにはありますが…」
言い淀む晴馬。その原因には早瀬も勘付いている。
「例の魔属の一部のこと?」
「…ええ。練術の当てはあるんですが、それが例の魔属に関連する可能性が高いんです」
「なるほど。慎重になるわけね」
片桐の身体にある魔属の一部の研究を担当している至印将の葉乙女によれば、今のところ最も危惧されている魔属の受肉は起こらないとされている。しかし、それ以外の危険性が消えたわけでもない。
いや、そもそもどんなことが起こるか分からないのだ。
片桐の身に危険が及ぶことはもちろんだが、周囲に被害が及ぶことになれば尚のこと。その時のために晴馬が担任となっていることもあるが、前例がないのはどうしたって恐ろしくもなる。
「ま、彼とは今回の任務での縁ができたことだし、何か困ったことがあったら相談して」
「ありがとうございます」
見た目の妖艶さに反して、年相応な可愛らしい表情で言葉をかける早瀬。一般的な美的感覚を持つ男性なら頬を赤らめてしまうような笑顔だが、晴馬は心拍数を上げることなく礼を尽くす。
それを見て、再び寂しそうな表情を浮かべた早瀬であった。
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「……あのさ、晴馬」
「はい?」
夕食を共に終えた晴馬と片桐は、それぞれの自室に戻るべく本部寮の廊下を歩く。
声をかけたはいいものの、言い淀む片桐。
「あ、いや、その…、そ、そうだ!今日、早瀬さんの練術とか見たんだけど、俺もそろそろ練術とか使いたいなーって思ってさ」
先ほど、駐車場で車から降りてきた2人を見た時も違和感を感じていたが、明らかに何か本命を押しのけた苦肉の発言だということを、晴馬が見過ごせないはずがない。
「……ええ。分かっていますよ。ちょうど来月には《新星祭》も控えてますから、そこに標準を合わせていきましょう」
「お、おう!」
心当たりはあるが、それを引き出そうとするほど晴馬も野暮ではない。
そのまま2人は自室に戻ったのだった。
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時間は遡り、DAAでの任務を終えて帰りの車内。
「あの、早瀬さん。ちょっと聞いてみたいことがあったんですけど」
「何かしら?」
「早瀬さんと如更己さんと晴馬って、昔ながらのお知り合いなんですよね?」
「……ええ。いわゆる同期ね」
少し重い雰囲気を纏う早瀬。ただ、ここで変に終えては空気が重いままで切り出したのが台無しだ。
「なんとなくなんですが、同期にしては晴馬って早瀬さんと如更己さんに冷たい気がするんですけど…。晴馬はあくまで立場が違うからって言ってたんですが、どうにもそれだけに思えなくて。前に何かあったんですか…?」
「…………」
想像通りというべきか、重い空気で言い淀む早瀬。
「あ!いや!もし言いづらいことなら無理しなくても!」
「……いえ。大丈夫よ」
慌てふためく片桐に対し、美しさを含んだ憂いのある表情で微笑む早瀬。
言い出すのに神経を削るのだろう。少し深呼吸して口を開く早瀬。
「私たちが悪いの…」
「え…?」
思わぬ言葉が早瀬の口から漏れる。
「晴馬が『異端』って呼ばれているのは知ってる?」
「え、ええ…。なんとなくは…」
早瀬の懺悔に近い呟きが頭に新しい中、なんとなく聞いていた晴馬の噂話に移る。
「あの時から、全部狂ってしまったの。私たちの関係も、これからの未来も。…いえ、都合が良すぎるわね。私たちが晴馬の本質を受け入れきれなかっただけ」
美しい容姿が霞むほど、やつれにも近い表情を浮かべる早瀬。
驚愕し、混乱し、恐怖し、そしてそれら全てを後悔した。
そして、懺悔するには遅すぎる。
「ごめんなさい。今はこれ以上、答えられないわ。晴馬がいないところで勝手にあの時のことを語りたくないの。っていう変な矜持も勝手かしらね。いずれ晴馬の口から聞けることを祈ってる。中途半端で申し訳ないのだけれど、今回はこれで手打ちにしてちょうだい」
片桐から目を逸らし、車内の窓から夕暮れを見つめる早瀬。夕焼けに照らされた美しい瞳には、哀しみが宿っている。
それでも尚、その哀しみが負の潤いをもたらすことはなかった。
いや、言い聞かせているに過ぎない。
晴馬に灰色の心を作らせるきっかけになった自分に、負の潤いで心身を満たす資格などないのだから。
ご覧いただきありがとうございます。
ちょいちょい名前は出ていた人物、荒木天征が出ました。なんとなくわかるかとは思いますが、不登校です。理由は次章でわかるかと思います。
そして、無事に終えた片桐任務。早瀬も少し戦いました。やっぱりべらぼうに強いです。影系の練術使いますね。まだまだ実力の序の口ですが。
そしてそして、ちょっと見えてきた晴馬の過去。「異端」と称されるのはなぜか。やっぱり追ってご覧ください。
第12話 お疲れ様でした。




