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舞踏会に補助魔法は必要ですか

 王都ルミナールの夜は,舞踏会の灯りで完成する.

とりわけ王城主催の夜会は,貴族社会そのものを映す鏡だった.

豪奢なシャンデリア,絹と宝石,誇示される家名と魔力量.

そして,誰が誰と踊るかで,翌月の勢力図が変わる.


 そんな場所に,リリーは立っていた.


「……なぜ,私はここにいるのでしょう」


 純白のドレスはよく似合っている.

だが本人の表情は,完全に困惑していた.


「当主命令だ」

 隣でガレオンが短く答える.

正装の軍服は体格にぴたりと合い,周囲の視線を一身に集めていた.


「ガレオン様が呼ばれたのは分かりますが,

 私は補助魔法しか使えませんよ」


「だからだ」


「?」


 意味は通じていない.


 会場に入った瞬間,空気が変わった.

ざわめき.囁き.好奇と警戒.

ガレオン・アルスティアの名は,社交界でも有名だ.

強すぎる騎士.近寄りがたい男.

そして――隣にいる少女は誰だ,という疑問.


「……あの子,アルスティア家?」

「聞いたことがないわ」

「愛人? いえ,若すぎる……」


 リリーは,まったく気づいていなかった.

代わりに,真剣な顔で周囲を見渡す.


(魔力の流れが,ずいぶん乱れていますね)


 舞踏会では,無意識に魔力を誇示する者が多い.

それが衝突し,空間の流れが歪む.

結果,転倒や失言,小さな事故が起きやすくなる.


「……これは,危険です」


「何がだ」


「社交界です」


「全部だな」


 リリーは,ガレオンの袖をそっと引いた.


「少しだけ,補助をかけますね」


「待て.ここは戦場じゃない」


「戦場より複雑です」


 彼女は,静かに術式を組む.

光は出ない.誰にも気づかれない.

だが,会場全体の魔力が,ほんのわずかに整った.


「術式二八番,緊張緩和.

 術式四一番,感情の尖り除去.

 術式五九番,転倒予防.」


 その結果,どうなったか.


 ワインを零しかけていた令嬢が,何事もなく笑顔を保つ.

言い争い寸前だった貴族が,急に話題を変える.

ヒールを引っかけた少女が,優雅に着地する.


「……今,何かしたか」


「少しだけです」


「少しの規模じゃない」


 ガレオンは低く呟いた.

だが,誰も異変の原因に気づかない.

補助魔法は,成功すればするほど,目立たない.


 そこへ,一人の青年貴族が近づいてきた.

柔らかな笑み,洗練された所作.

魔力量も高い.


「失礼.あなたが噂の補助魔法士ですか?」


「噂?」


 リリーは首を傾げる.

青年は,楽しそうに続けた.


「訓練場で,新人二人を壊さずに済ませたとか」


「壊れる予定だったのですか?」


「普通は」


 青年は笑い,リリーに手を差し出した.


「一曲,踊っていただけませんか」


 その瞬間.

ガレオンの周囲の空気が,凍った.


「彼女は,踊らない」


「ガレオン様?」


「……忙しい」


「補助魔法士は,踊ると魔力制御が乱れますか?」


「乱れる」


「嘘ですよね」


 青年は,楽しそうに目を細めた.

ガレオンは,完全に詰まった.


 リリーは,二人を見比べ,ぽんと手を打つ.


「分かりました.では,補助をかけてから踊ります」


「なぜそうなる」


「ガレオン様が安全です」


「俺は踊らない!」


 しかし,社交界の流れは容赦ない.

気づけば音楽が始まり,視線が集まる.

逃げ場はない.


「……一曲だけだ」


 ガレオンは,低く言った.

誰に向けた言葉か,自分でも分からない.


 踊りながら,リリーは真剣だった.


「重心,安定.

 視線誘導,最小.

 踏み間違い防止……」


「踊りを楽しめ!」


「はい.楽しいです」


 全然伝わっていない.


 周囲の貴族たちは,息を呑んだ.

最強騎士が,誰よりも丁寧に少女を導いている.

まるで,壊れ物を扱うように.


「……あのガレオンが」

「表情が,柔らかい?」


 曲が終わる.

拍手が起きる.

ガレオンは,完全に疲弊していた.


「……二度と,社交界に来るな」


「来ます」


「来るな」


「信仰の布教です」


「布教するな!」


 リリーは,きょとんとした.


「ガレオン様.

 先ほど,胸の鼓動が少し早かったです」


「……っ」


「緊張ですね.

 次回は,事前に補助を強めます」


 ガレオンは,天を仰いだ.

これが戦場なら,逃げられた.

だが社交界では,逃げ場がない.


 その夜,王都では噂が広がった.

最強騎士の隣にいる,名もなき補助魔法士.

踊りもせず,目立ちもせず,

けれど空気そのものを支配していた少女の話が.


 ただ一人,その当人だけが知らない.

自分が,世界をどれほど安定させているかを.

そして――

最強騎士の心を,どれほど乱しているかを.


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