外側から見えるもの
アメリア・クロフォードは,自分が「巻き込まれ役」になりつつあることを,自覚していた.
望んだわけではない.
ただ,二人の近くにいたら,そうなっただけだ.
(……本当に,厄介)
訓練場の観覧席に腰を下ろし,腕を組む.
視線の先では,ガレオン・アルスティアが剣を振っている.
正確で,無駄がなく,隙がない.
噂通りの最強.
若くして騎士団長に就いた男の姿だ.
――ただし.
(前より,空気が柔らかい)
それは,強さが落ちたという意味ではない.
むしろ逆だ.
張り詰めすぎていたものが,わずかに緩んでいる.
そしてその原因が,観覧席の隅にいる少女であることを,
アメリアは見逃さなかった.
リリーは,いつものように静かに立っている.
半径三歩.
だが,以前とは違い,踏み込まない.
かといって,離れもしない.
(……選んでる)
誰に言われたわけでもない.
自分で決めた距離だ.
模擬戦が終わり,騎士たちが一斉に動き出す.
その瞬間,空気が変わった.
ざわめき.
視線.
ひそひそと交わされる声.
「……やっぱり,すごいな」
「団長,今日も一切隙がなかった」
「補助なしで,あれだぞ」
その「補助なし」という言葉に,アメリアは眉をひそめた.
言葉自体は称賛だ.
だが,含意は別だ.
(ああ,これ)
「支えがあって当然」という認識.
それが,静かに形を変え始めている.
ガレオンは,部下たちの報告を聞きながら,短く頷いている.
団長としての顔だ.
余計な感情を見せない.
弱さも,迷いも,そこにはない.
だが.
報告が一段落した瞬間,
彼の視線が,無意識にリリーを探す.
(……完全に重症)
アメリアは,ため息をついた.
その日の午後,学舎の中庭で,アメリアはリリーを捕まえた.
逃げられないように,真正面から立つ.
「ねえ」
「はい」
「自覚は?」
「何のですか」
「団長のこと」
リリーは,少し考える.
だが,首を傾げた.
「団長,ですか?」
「……そこからか」
アメリアは,頭を抱えた.
「いい?
あの人はね,若くして騎士団長になったの」
「実力だけじゃない」
「象徴なの」
「象徴?」
「ええ」
「王都にとっての,安全装置」
「貴族社会にとっての,安心材料」
リリーは,真剣に聞いている.
評価も分析もしていない.
ただ,人の言葉として受け止めている.
「だから」
アメリアは,少し言い淀む.
「団長が揺らぐのは,許されない」
「……」
「それを,一番分かってるのが,本人よ」
リリーの胸が,少しだけ締まる.
昨夜の会話が,よみがえる.
『最強で居続けなければならないと感じてしまう』
あれは,個人の悩みではない.
立場の重さだ.
「……私は」
リリーが,小さく言う.
「団長を,揺らしているのでしょうか」
アメリアは,即答しなかった.
代わりに,正直に言う.
「揺らしてるわね」
「……」
「でもね」
アメリアは,視線を逸らしながら続ける.
「それが,悪いとは限らない」
「どういう意味でしょう」
「人はね」
「揺らいだままでも,立てるの」
その言葉に,リリーは目を見開く.
補助魔法の理論には,存在しない概念だ.
「立つ,とは」
「壊れない,ってこと」
その夜.
王城では,非公式な会合が開かれていた.
名目は,次期防衛計画のすり合わせ.
だが,実態は別だ.
「……アルスティア団長の最近の動きについて」
「問題はない」
「むしろ,安定している」
「だが,補助が減っている」
その言葉に,沈黙が落ちる.
「団長は,常に万全であるべきだ」
「個人に依存しない形が望ましい」
そこに,セシルの声が静かに割り込む.
「逆です」
「何?」
「団長は,個人だからこそ,万全でいられる」
誰も,すぐには反論できなかった.
「今の彼は」
セシルは続ける.
「支えられているのではなく,
自分で立ち続けることを,選び始めている」
「それが,危険だと言っている」
「いいえ」
セシルは,はっきり言った.
「それが,人間です」
会合は,結論を出さずに終わった.
だが,水面下で何かが動き始めているのは,誰の目にも明らかだった.
一方,リリーは自室で,術式ノートを閉じていた.
今日は,開く必要がなかった.
(私は……)
支えるために,ここにいるのではない.
最強で居続けさせるためでもない.
それでも,そばにいたい.
その理由を,まだ言葉にできない.
だが,逃げてはいない.
窓の外では,王都の灯りが静かに揺れている.
団長の背負う世界.
自分が生きる日常.
それらは,完全には重ならない.
それでも,交差している.
(……難しい)
アメリアの言葉が,胸に残る.
『揺らいだままでも,立てる』
リリーは,小さく息を吸った.
半径三歩は,まだある.
だが,その意味は,もう一つではない.
誰かを支える距離.
そして,自分が立つ距離.
その両方を,これから学ぶのだと,
ようやく,そう思えた.




