Ep2-12 漁夫の利
灰羽派と激しい戦闘を繰り広げるノクターナル。一方その頃、レムナンツ・ハンズも裏口ルートから最奥部の祭壇へと肉迫していた――
***
「まずいな。こりゃ……」
「不味いっすね」
「なんだよ、何が見えンだよ。オレにも見せろって」
「しー、騒ぐな」
階段を上りきったところにはがっしりとした木の扉があって、覗き窓には鉄格子とガラスがはまっていた。
最初にカサギさんが覗き込んで中の様子を観察していたが、途中から無言の手招きでトオノさんも参加した。
何やら人の気配があって、いくつか会話も聞こえてきたがくぐもっていて最後尾で息をひそめている俺には何を話しているのか聞き取れない。やがて大きな音がして、銃声が鳴り響き……。この時点でもう俺はこの階段を引き返したくて仕方がなかった。
メイさんがいたらきっと意気投合していただろう。
メイさん、逃げるなら誘ってくれればいいのに……。
「やはり非正規参加者どもだな。それも結構強力な」
「ですね。察するに、ここの本来の持ち主ですか」
「何だ、アイツら。銃で撃たれても復活しやがる。根性あんなぁ。面白れぇ、どっちが根性あるか試してヤんゼ」
「こら待て、ケイタ。勝手なことをするな」
「けどよォ、リーダー。ここまでろくに戦闘してねぇじゃん」
「何度言ったら分かる。レイドは喧嘩じゃないんだ。お宝を手に入れてなんぼのもんなんだよ」
「あらら、苦戦しているよ。あんな大勢の中に飛び込むなんてウチらで歯が立つわけないっしょ」
「ンだとぉ。舐めんな。ようし、オレ様の実力を証明してやる」
「やめろって、馬鹿。トオノも煽るな。いくらおまえが強くても多勢に無勢だ。こっちに気づかれて通路に攻め込まれてみろ。俺たちはともかく、シロウトの英太は無事では済まんぞ」
こくこく。さすがリーダー。大人な判断、最高っス。
「おまえ、守るって決めたヤツを放り出して好き勝手に暴れるってのか?」
「それは……。すまねぇ、英太」
「あー、いや、自重してくれてありがとう」
そもそもこのレイドに連れ込まないでくれたらありがたかったんだけど。
そのとき、扉越しでも眩しくて目が眩むような光が階段を昼間のように照らした。
「なんだ?」
「ちょっと待て、直視したら目をやられるぞ。トオノ。ドローンは入れられないか」
閃光の第二弾を警戒したカサギさんがのぞき込もうとするケイタを止める。
「今なら少しくらい扉を開けても気づかれないかも」
ケイタが飛び出さないように階段を少し下がった位置で俺と一緒に待機し、カサギさんが扉を少し開けた隙にトオノさんがヤモリ型ドローンを奥の部屋に放った。
「あー、コレ、お宝じゃない?」
「どれ。ほう、確かにそれっぽいな。『天使の遺灰』か。もっとこう、骨壺みたいなのをイメージしていたが」
中は礼拝堂のようだった。カルト団体の信者だろうか。不気味な扮装をした多数の人間が入り乱れる映像のあとに、祭壇のような台に乗った黒焦げの死体のようなものが映り込んだ。
不自然なほど大きな翼が背中から飛び出しており、形から言えば天使といえなくもない。だけど、黒焦げになって死んでいる天使というのがちょっと想像できない。天使は死なないというか、黒焦げになるような肉体を持っているんだっけ?
「もうちょい、近づいてっと……おっと、あぶねー」
ドローンのカメラの目の前に、灰色の羽根が突き刺さる。画面に目を凝らしていた俺は思わずのけぞった。
「ゾンビみたいな連中に天使との空中戦か。さすがのノクターナルも厳しいな」
カサギさんが扉の覗き窓を見ながらつぶやく。
「えっ?ノクターナルって、片梨さんも中にいるの?」
思わず俺も覗き窓に取り付く。
中では想像以上の修羅場が繰り広げられていた。
折り重なるように倒れている多数の灰色のローブの人影。
その中からときおり起き上がる者がおり、立ち上がるや否や、祭壇の周辺で防衛戦を余儀なくされる三人の戦闘服姿の人影に向かって迫っていく。それらの者はすぐにマシンガンのようなもので撃ち倒されるが、しばらくするとまた別の人影が向かっていくという状況が繰り返されていた。
戦闘服のひとつは真っ赤な色合いが目を惹く小柄な姿で、上空の敵を睨みつけながら右に左にと俊敏に動き回っている。
彼女は何かの術式?的なもので空中に浮かぶ敵の遠隔攻撃に対抗しているようだ。
「助けないと!」
「馬鹿。おまえに何ができンだよ」
「でも、敵が多すぎるよ。せめて援護しないと」
「勘違いするな。ノクターナルも俺達にとっちゃ敵だ」
「えっ、でも……」
「何度でも言うが、レイドってのはお宝を手に入れた者が勝者だ。敵を妨害しようが強奪しようが何でもいい。お宝を持ち帰ることがすべてでそれ以外は全部クソだ。連中もそれは分かっている。助けたところで感謝してもらえると思うな」
「けど、知り合いが困っているんです。見過ごせって言うですか?」
「ああ、見守って連中が敵と共倒れになるのを待つんだ。俺達のような弱小チームがレイドで勝つには漁夫の利を狙うのが一番成功率が高いのさ。それが現実だ」
「ケイタも同じ意見なのか?」
「まあ、ちょっと違うけどオレもカサギさんの意見に反対するつもりはないね。オレぁ俺より強いヤツとバトルできればいい。共闘よりもタイマンのほうが好きかな」
「トオノさん……」
彼も肩をすくめて言った。
「誤解しないでほしいんだけどさ。きれいごととかそういうんじゃないんだよ。みんな覚悟をもってやっているってことさ。協力したいなら最初からチームを組めばいい。別チームで参加したなら、レイドの間は敵同士ってことさ」
「でも、命の危険が……」
「基本、レイドでは殺傷力のある武器は禁止されているし、大きな事故とか滅多なことがなければ死者は出ないよ。危ないと思えば撤退すればいいんだし。そこも含めてチームとして危機管理をするのがレイド参加者の最低条件さ。連中もまだ大丈夫だと思っているから撤退せずに戦闘を続けているんだし、僕たちだっていざとなったら逃げる手段は用意してある。ね、リーダー」
「む、うむ、ああ」
「ちょっとぉ、そこは自信をもって答えてよー」
「そうかもしれないですけど、それでも彼らが負けたら、それこそ俺たちに勝ち目はないんじゃないですか?」
「……まあ、そうだな」
「じゃあ、彼らに、ノクターナルに手を貸したほうがレムナンツ・ハンズにも利になるんじゃ?」
『その通り!』
「誰だっ?」
突然ドローンの動きを追うモニタから聞き覚えの無いボーイソプラノの声が響いた。
『こんばんわ、レムナンツ・ハンズの皆さん。おっと、新顔君もいっしょなんだね』
「どうなっている?」
「くそっ、ハッキングされてる。僕のマシンが乗っ取られるなんて……屈辱だっ」
トオノさんが制御コンソールの小さなキーボードを必死に叩いてハッキングを遮断しようと試みる。
『そんなに慌てないで。別に君の聖域を冒すつもりはないよ。ちょっとしたアドバイスをしようと思って音声回線に割り込んでいるだけさ』
「それで、あんたは誰なんだね」
『さすが、リーダーの笠木鉄郎さん。大人の対応をアリガトウゴザイマス』
丁寧な語り口だが、どこか相手を見下しているようなニュアンスを感じる。
『ボクはリヴィオ。OZのチームリーダーを務めさせていただいております。以後、お見知りおきを』
「あんたがOZの……。噂は聞いている」
『あれぇ、どんな噂ですかぁ?気になるなぁ』
「いいから本題に入れ。レイドの残り時間も少ない」
『ですね。コホン。こちらには秘策がありまして。あの人外の者を無力化する方法だよ』
ぴくりとカサギさんの眉が動く。
「かー、ちゃっかり映像も覗いてんじゃん。音声回線だけって言ったくせに……」
トオノがブツブツと文句を垂れる。
『天使の遺灰はね、高次元情報体を封印したものなんだ――』
モニタから響く声が告げたのは、驚くべき事実だった。
***
「レイドはお宝を持ち帰ることがすべて」と無情に告げるリーダーに食い下がる英太。そのとき、予想外の闖入者の声が狭い階段通路に響く――




