Ep2-13 高次元情報体
OZが告げた高次元情報体とは?ノクターナルと異形の者との戦闘が始まる――
「痛っ」
怪人の羽ばたきから巻き起こされる突風にまぎれて無数の羽根が飛来する。
ショーは避けきれずに腕に羽根弾を一本受けてしまった。
羽軸が血を吸い上げるように赤く染まってゆく。すぐに灰色の羽根全体が鮮血に染まり、霧状に血液をしぶかせて消滅する。腕に残された羽軸からはじくじくと血液が流出し続けている。
羽軸を引っこ抜くショーの顔が不快に歪む。羽軸には細かい逆刺があり、抜くときに傷口を広げるような構造をしている。
「ヤバいぜ、漣。直接的なダメージはさほどでもないが、喰らうと血を取られちまう」
上空の怪人から遮蔽物になるようなものはほとんどなく、柱の陰に何とか半身を隠しても反対側の敵からは丸見えの状態だ。漣とショーで射線を交差させた弾幕を張って何とか攻撃をやり過ごしているが、いつまでももつものではない。
桔花は左右に飛んだり跳ねたりして躱しつつ、火炎の方陣で羽根弾を焼いて防御している。
「この、この、このっ!」
次々に飛来する羽根弾を燃やしつつ、迎撃する火炎方陣の設置位置を次第に押し上げていく。敵に近い位置で火炎方陣を生成することで下まで届く羽根弾の数が減っていく。
上空からの攻撃に対して余裕が出てきたが、今度は二酸化炭素中毒で昏倒していた信徒たちが少しずつ起き上がって戦線に復帰してきた。
折り重なるようにして倒れていた信徒の一人がぐいんと上半身を起こす。すぐにゆらりと立ち上がり、祭壇付近に立つノクターナルに向けて血走った眼をカッと見開いて全力疾走で迫る。
そこへ真正面からアサルトライフル型デバイスの速射をお見舞いする。
ガガガガ
直撃を受けた信徒は手足の骨を砕かれて動かなくなった。
処理できなくはないがコストパフォーマンスが悪い。立ち上がるローブ姿の数も次第に増えてきているようだ。またしても千日手、いや、こちらのジリ貧だ。
「おお、おおおぉ。よい。よいぞ。苦痛が流れ込んでくる。力が漲る」
「いい加減、気色悪いのよっ!」
桔花の火炎方陣の弾幕がついに灰羽派に到達し、突き出した腕が炎に包まれる。
「ぐぉぉぉ」
死漏のような腕がオレンジ色に燃え上がり、皮膚が瞬時に焼け爛れてめくれ上がる。
一矢報いたことに気を良くした桔花がニヤリと笑う。
「良い炎だ。よくぞ我が身に届かせた。褒めてつかわそう」
灰羽派が自分の足下に向けて羽根弾の雨を降らせる。
「ひぎぃ」「ぎゃあ」
倒れていた信徒たちに羽根弾が突き刺さり、血飛沫がはじけ飛ぶ。
苦鳴に呼応して怪人の火傷が回復し、爛れた皮膚の下に新しい滑らかな皮膚が形成されていく。
「何て奴だ……」
ショーが思わず声を漏らす。
「桔花、やつらはすでに人の範疇を外れている。人外の者として扱え」
それは相手を人間として扱うことを止めるという指示だ。ここからは魔物退治だと宣言されたのだ。
「オーケイ、リーダー。リミッター解除で行くわよぉ」
ガツンと拳と拳をぶつける。
ガントレットに山吹色のラインが奔り、握り込んだ手のひらからオレンジの光が漏れる。
「とぉりゃーぁ!」
桔花が一気に飛び上がり、数メートル上空で滞空する灰羽派の怪人に肉薄する。
殺到する羽根弾をすべて拳で叩き落とし、燃やし尽くす。
「調子に、乗るなぁっ」
空中でステップを踏んだ桔花が瞬時に怪人の側面に回り込む。電光石火の動きについてこれない無防備な顔面に、渾身のフックを叩き込んでそのまま床に向かって打ち下ろす。
「むっ」
もう一人の怪人が微かに眉を上げて振り返る。
「遅い!」
そのときにはすでに桔花が灰羽派の背後に回っており、組み合わせた両こぶしを大きく振り上げて脳天から振り下ろした。
ドォーン。
先に床に叩き落とされていた怪人に重なるように落下し、這いつくばる。
「痛い、痛いぞぉ、ハハハハ」
ありえない方向に曲がった腕をぶらぶらさせて灰羽派の怪人が嗤う。
「熱い、熱いなぁ、ヒヒヒヒ」
桔花に殴られた場所から炎を上げながら灰羽派の怪人が嗤う。
嗤いながら周囲に羽根弾をばら撒き、信徒たちを贄として自分の体を回復させていく。
「回復できないように一瞬で消し炭にしてあげるわ」
桔花が手で九字を切り、自身の最強術式をくみ上げていく。
「臨める兵、闘う者、皆陣を張り列を成して前に在れ――」
見えない結界が灰羽派の周囲に立ち上がる。
「劫火請来!」
術式の完成と同時に結界の中が白熱する炎で満たされ、数千度の煉獄と化す。
「「おおぉぉぉ……」」
二体の影がもつれ合い、ねじれるようにして炭化していく。
桔花は十秒近い間術式を維持したのち、手に組んでいた印を解いた。
さすがに息が荒い。
動きを止めた灰羽派信徒の残党を警戒しつつ、漣とショーが桔花のもとに集まる。
「インフェルノでも燃え尽きないだなんて、なんてやつらよ」
結界のあとには奇妙な形に合体した二人の遺体が残っていた。
立ち尽くす一体の胸部を貫いてもう一方の体が突き出ている。まるで仲間の体を食い破って背中から出てきたような格好だ。
「何かおかしい。油断するな」
立ち姿の炭化した首がボロリと崩れ落ちる。
背中から突き出ているほうの顔が、うっすらと目を開く。
ニイッとつり上がった頬が炭の粉となって崩れ落ちる。
「ず、ばら、じい。ごの゛ような煉獄を味わえようとは。感謝だ。感謝するぞ、試練の使徒」
かすれ、こもっていた言葉が次第に流暢になっていく。炭化して失われたはずの頬肉が早くも薄皮を張って再生してる。
「インフェルノが効かなかったの?そんな馬鹿な……」
「こいつらは数千度で焼かれる苦痛を再生の力に利用したようだな」
「そんな……。じゃあ、どうやって倒せばいいのよ?」
「むっ、回避!」
漣の号令に三人は大きく飛びのく。
灰羽派の怪人が身震いをするように四枚になった翼を震わせると、表面を覆っていた黒い鱗状の断片が周囲に飛び散る。
「ぐえぇ」「ごふっ」
それらが床に倒れていた信徒たちをバラバラに切り刻む。
床にあふれた血が、怪人の足下に集まり吸収されていく。
灰羽派の怪人の体が二回りも大きく膨らみ、炭化した表皮がバリバリと砕けて周囲に零れ落ちる。
腕がさらに長くなり、前かがみの姿勢では床に着くほどだ。
手指も異様に伸びて爪がめくれ、指の骨が皮を突き抜けて鉤爪状になっていく。
牙が再生したばかりの唇を突き破り、額からは左右で長さの違う角が伸びだす。角は人間の皮膚に覆われており、頭髪がまばらに残っている様子が見える。
四枚に増えた翼はしかし、鳥のそれではなくなっていた。
太い骨が背中から突き出し、曲がり、病的な肌色の膜に覆われててらてらと明かりを反射している。
瞳だけが人間らしさを残してるのがかえって不気味だ。
その瞳には狂気の黄色い炎が踊っていた。
「ついに、ついに我は天使の高みへと到達した。感謝しよう、試練の使徒よ。褒美として死の苦痛を授けよう。そなたらの苦痛を我が糧とし、魂を天国へと導いてやろうぞ!」
「どこが天使よ。見たまんま悪魔じゃない。あんたの天国なんてろくでもないところに、勝手に招待しないでよね」
気丈に啖呵を切る桔花だったが、打つ手のない状況に冷や汗が額を伝う。
「さあ、唱え。主を讃える歌を。聞かせよ。甘美な悲鳴を」
灰羽派の慣れ果てた姿がわずかな翼の動きで重力を無視するようにふわりと浮かび上がる。
頭上に二重の光の輪が出現し、無数の光の矢となってノクターナル目掛けて降り注ぐ。
「防御結界!」
桔花が両手を広げて広範囲の防壁を作り出す。
だが、それも無限に降り注ぐ光の矢に削られて次第に面積が小さくなっていく。
「くっ、そう長くは持たないわ」
ショーは防壁の後ろで弾倉を通常弾に換装した。銅合金で被覆された弾で弾芯には鋼鉄が挿入されている。
ジャキンッ。
初弾をチャンバーに送り、銃口を不気味に揺れる怪人に向ける。
ガガガガガガガッ。
ショーがフルオートで叩き込んだ弾丸が怪人の皮膚を裂き、筋肉を断ち、骨を砕いた。だが銃弾にえぐられた傷はすぐに修復されていく。まるで逆回しのフィルムを観ているかのように、砕かれた骨がつながり、千切れた筋繊維が両側から伸びて絡まり、破れた皮膚が盛り上がって新たな皮を生成する。
「チッ」
狙いを変えて頭部に弾丸を集中させる。
銃弾は眼窩を穿ち、角を粉砕し、頭蓋骨を貫通して脳髄をぶちまける。
だがそれらの傷はすぐに塞がり、折れた角はにょきりとねじくれながら伸びていく。
怪人の口角は徒労を嘲笑うかのように吊り上がっていた。
「くそっ、ダメだ。こちらの攻撃は効いちゃいない」
漣は何かを思案するように『天使の遺灰』が乗る祭壇を見つめた。
物理攻撃はおろか、高位術式による燃焼攻撃さえも無効化してしまう難敵を前に、漣が取った行動は――




