熱と御礼
「うわっ、苦い!ぺっぺっ」
「もうヴェネット、何やってるの」
隣にいたハンナが心配そうに声をかける。
今は実習の時間。前回の野外活動で採取して、乾燥させた植物をすりつぶし、混ぜたり、水に溶かしたりして染料を作っている。この染料は古くから伝わる国の伝統文化のひとつだ。
あまり器用ではないヴェネットはすりつぶす際に力加減を間違えて、植物のカスが飛びはね、誤って口に入ってしまったのだった。
「ヴェネット嬢、念のため口をゆすいで来たほうがいい」
「ええ、そうするわ」
オーランドに言われヴェネットは水場へむかう。
野外活動に引き続き、実習の授業も同じグループで行っている。
ちらりと実習室の同じ机で作業するテオドールを見る。
こちらのことは興味がないようでまったく視線が合わない。
「テオドール様、少し教えてほしいんだけどいいかしら」
「どうした?」
今回もちゃっかりテオドールの隣をキープしているフロレーラにはちゃんと目を合わせて丁寧に教えてあげている。
「………」
(……あれ?)
授業終了後、移動するテオドールをヴェネットは急ぎ呼び止めた。
「テオドール様。ちょっと失礼します」
「な、何を――」
ヴェネットはテオドールの手を握った。一方、テオドールはヴェネットの行動にぎょっとして固まっている。
握ったテオドールの手はとても熱かった。
「やっぱり…」
「ヴェネット嬢、離すんだ」
「テオドール様、熱があります。今すぐ医務室に行きましょう」
「このくらい平気だ」
「駄目よ。昔そう言って倒れたことがあったじゃない」
実習の時間、いつもよりテオドールの顔色が悪いことに気がついたヴェネットはどうしても心配だった。彼は昔から熱が出ると手が人より熱くなる。
無理やり医務室まで連れていって、養護の先生に報告した。
「熱があるわね。少しここで休んで、今日はもう帰りなさい」
「…はい」
熱が上がってきたのか、いつもよりぼんやりしているテオドールが医務室のベッドに横になるのをヴェネットは静かに見守る。
「ヴェネット嬢、世話になった。もう大丈夫だから教室に戻ってくれ」
テオドールが言った。
「でも心配で…」
「君がいないほうが落ち着いて休めるんだ」
「そ、そう。それじゃあ、お大事にね」
そう言われてしまったら仕方がないと、ヴェネットは医務室をあとにした。廊下を歩いていると、前方からフロレーラがやって来た。
(もしかしてテオドール様の様子を見に来たのかしら?)
フロレーラはヴェネットに気がつくとペコリと軽く礼をして急ぎ足で通りすぎて行く。
やはり向かう方向は医務室のようだ。
ヴェネットには居ると落ち着かないからと教室に戻るように促したテオドールだけど、フロレーラが来たらどうするのだろう。
彼女が自分を心配して様子を見に来てくれたことを喜んだりするんだろうか。
わからないけど、きっとヴェネットのようにさっさと追い返したりはしない気がした。
(2人っきりにさせたくないな…)
そう思いはしたが、実際はどうすることもできなくて。ヴェネットは諦めて教室へと戻るしかなかった。
テオドールは翌日は学園を休んだものの、その次の日には回復したようで学園に来ていた。
(元気になったみたいでよかった)
本当は声をかけたいけど、迷惑がられたらと思うとどうしても近づけない。
「あー、ヴェネット嬢」
放課後、帰宅しようとするヴェネットにテオドールから珍しく声がかかった。
それだけで嬉しくてゆるみそうになる表情を必死に抑える。
「あ、テオドール様。もう体調は大丈夫なの?」
「ああ。すっかりよくなった」
「それはよかったです」
「ところで一昨日は世話になった。その御礼で何か贈りたいんだが欲しいものはあるか?」
「そんな、御礼なんていらないわ。元気になって本当によかった」
「何も、ないのか?」
「ええ」
「……それならこちらで何か用意させてもらう」
テオドールがぼそっと言った。
ひょっとしてヴェネットに下手に借りを作って、後々面倒ごと、復縁を迫られると困るとでも心配しているのかもしれない。
「………。あ、思いついたわ!」
「なんだ?」
「その…もしよかったら花をもらえない?」
「花?」
「テオドール様の屋敷の庭園の白い薔薇、確か今が見頃だったでしょ?久しぶりに見てみたいなって」
「……構わないが。それでよければ、明日束ねて持ってくるよ」
「本当?ありがと―――」
「え!テオドール様の屋敷の庭園の薔薇が見頃なんですか?ヴェネット様が行くのでしたらぜひ私もお邪魔させてください」
中途半端に聞き耳をたてていたらしいフロレーラがヴェネットがテオドールの屋敷を訪ねると勘違いして話に入ってきた。
結局、テオドールが了承したため、後日なぜか野外活動のグループメンバーでテオドールの屋敷を訪ねることとなった。
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