庭園の白薔薇
テオドールの屋敷を訪れたヴェネットたち。
案内された庭園には見事な白い薔薇の花が咲き誇っていた。
「綺麗ね…久しぶりに見たわ」
「去年まで君はいくら誘っても全然来てくれなかったからな…」
「……」
その通りすぎて返す言葉もない。好きな人に冷たくする呪いにかかっていたヴェネットはテオドールが何度誘っても花を見に彼の屋敷を訪れることはなかった。
「テオドール様、本日はお招きいただきありがとうございます。よかったらこちらもらってください」
フロレーラが手土産らしき小さなかごをテオドールに渡す。
「気を使わせてしまったね。ありがとう。ところでこれは何だい?」
かごからは断続的にリーリーと虫の鳴き声のような音が聞こえていた。
「昆虫が、好きだと聞いて。うちの領地で採ったリンリン虫です。気に入ってくださるといいんですが」
「え…?そ、そうなんだ。ありがとう」
少し首を傾げつつもテオドールはかごを受けとる。
どうやらフロレーラもヴェネットが流したテオドール昆虫オタク(嘘)の噂を耳にしたらしい。
だが残念ながらフロレーラは昆虫が苦手ではないようだ。せっかく女生徒避けになると流した噂がフロレーラには効果なしでヴェネットは少々落胆した。
「なかなかの強敵ね」
ぼそりとヴェネットだけに聞こえるよう隣にいるハンナが呟く。
何か他にフロレーラでもテオドールに引くような情報はないだろうか、思案したが全然思い浮かばなかった。本来、優しくて格好いいテオドールに女性が引いてしまうような部分は全くない。
その後、テオドールの案内のもと庭園を見てまわり、休憩にお茶をすることになった。
庭園を見てまわる間もほとんどフロレーラがテオドールの隣にいて、ヴェネットは話しかけることもできなかった。
もしフロレーラがひとりでテオドールの屋敷を訪ねたいと言ってもテオドールは了承するのだろうか。もし、今、ヴェネットが同じことを言ったら彼はどうするのだろう。
ついつい思考も暗くなる。
休憩のため、みんなでテラスへと移動しようとした時―――
「あっ、ごめんなさい!」
フロレーラの服の袖にちょうど同じ高さに咲いていた花が引っかかり、ポキリと茎の部分から折れまがってしまった。
「気にしないで」
「でも、せっかく綺麗に咲いていたのに…」
涙目になって折れてしまった花を悲しげに見つめるフロレーラ。
「じゃあこうすればどうかな」
テオドールは庭師を呼び、折れた花を切るよう言った。庭師からその花を貰うと彼はそのままフロレーラの髪にそっと挿した。
「よく似合う。これできっとこの花も浮かばれる」
「あ、ありがとうございます」
フロレーラは頬を赤く染めて嬉しそうに笑った。
「おい、お前ら2人の世界に入り込みすぎだぞ。俺らがいること完全に忘れてるだろ?」
スコットがぼやいた。
ヴェネットは棒立ちで2人の様子を見ていることしかできなかった。
それはまるでお似合いの恋人のようで――
できることならヴェネットだってテオドールに同じようにしてもらいたかった。フロレーラが羨ましくてたまらない。
本当は友人なんかじゃなく、本心ではずっとテオドールの婚約者の立場に戻りたかった。
でもきっと二度と戻れない。
「えっ、ヴェネット嬢どうしたの!?」
「あ、え?」
スコットがヴェネットの顔を見て驚いている。気づかないうちにヴェネットの瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちていた。
泣いたってしかたがない。それなのに涙腺がおかしくなったようで涙がとまらない。
5年前、ヴェネットは代償より自分の命を優先した。きっと今同じ状況になっても同じ選択をする。
テオドールの心を傷つけるとわかっていても。
だから自分には彼の婚約者に戻る資格なんてないのだろう。
でもこのままテオドールとフロレーラの距離が近づいていくのを見ているのはとても耐え難い。
「どうした?」
離れた位置にいたテオドールが振り返る。
その前に、サッとオーランドが背でヴェネットを隠してくれた。
「ヴェネット嬢大丈夫か?」
「え、ええ。でも今日は帰ろうかしら…」
小声でオーランドと話す。
「テオドールすまない。ヴェネット嬢が少し体調が悪いみたいだから、彼女を送っていくよ。ここで失礼する」
「あ、ああ。ヴェネット嬢大丈夫か?」
涙が止まらないヴェネットはテオドールに返事ができない。その様子を見たオーランドが代わりに答えた。
「大丈夫だ」
―――
――――――
帰りの馬車、オーランドは屋敷までヴェネットを送ってくれた。
「オーランド様、ありがとうございました」
「気にするな」
「オーランド様には泣き顔ばかり見られてるわね」
「別に構わない。俺たちは仲間なんだろ?仲間の前でなら泣いたって愚痴を言ったっていいんじゃないか?」
「…ありがとう。オーランド様がいてくれて本当によかった」
◇
翌日、学園に来たヴェネットは昨日途中で帰ってしまったことをテオドールに謝ろうか迷っていた。
「ヴェネット嬢」
そんなヴェネットにテオドールから声がかかった。
「あ、テオドール様。昨日はせっかく屋敷に招待していただいたのに、途中で帰ってしまってすみません」
「いいんだ。体調は大丈夫か?」
「ええ、もう大丈夫です」
「それならよかった。…それとこれ…」
テオドールが差し出したのは白い薔薇の花束だった。
「えっ?これ…」
「約束しただろう。御礼に花を渡すと」
ヴェネットは差し出された花束を、宝物のように大切に受け取った。
まさかわざわざ学園に持ってきてくれるなんて思いもしなかった。テオドールはやっぱり優しい。
嬉しくて涙が出そうなのを必死に堪える。
「とても、嬉しい。ありがとう」
「……ああ」
(やっと受けとることができた)
ヴェネットの誕生日、テオドールが用意してくれた花束を「いらない」とはたいて床に散らばせたことずっと後悔していた。呪いのせいだとしてもテオドールにひどいことをしてしまったことに変わりはない。
今なら勇気を出して気持ちを伝えられるのではないかとヴェネットは思った。テオドールもいまなら聞いてくれるかもしれない。
「テオドール様。本当はずっと私、あなたのことがすっ……ゴホッ…すっ…ゲホッ、グエッ…??」
「ヴェ、ヴェネット嬢どうした!?大丈夫か?」
「ええ、なんでもないわ。少しむせてしまったみたい。し、失礼しました…」




