第47話・非常に呆れた状況ですね
喫茶店の営業を終えた大英雄グラン・ポーツマスは、閉店早々に車を走らせていた。
夕方のラジオからは女性の声でニュースが読み上げられており、口調は淡々としている。
『警務庁は本日午後、三大闇ギルド一斉摘発作戦の準備に向け、9ミリサブマシンガンを用いた特殊部隊の訓練を公開しました––––』
ニュースの内容は最近話題になっている、“三大闇ギルド掃討作戦”について。
コミックフェスタ襲撃の件で危機感を抱いた王政府は、緊急で予算案を承認。
来たる日に向けて準備を進めてるといった形だ。
「戦争を知らない警務隊に、一体どれほど出来るんだか……」
ポツリと呟いたグランは、巨大な建物の前で車を一時停止させた。
看板には『アルト・ストラトス大使館』と書かれている。
「ご苦労さん」
いつものように許可証を見せ、アサルトライフルで武装した警備の横をすり抜けていく。
目的はもちろんここのボスにして、彼の恩人だ。
通路を足速に駆け抜け、トビラを叩く。
そして返事を待たずに彼は執務室へ入った。
「よかった、いらっしゃった……ジーク・ラインメタル大佐」
「……警衛から忙しない男が来たと電話を受けたが、まさか君とはな」
ちょうど書き終わった書類をしまい、ペンを置きながら大佐は続ける。
「どうした? ミリシアの紳士がそんなに慌ててらしくない。まぁ大方予想はつくが……一応聞いておこう、何事かね?」
席を立ったラインメタル大佐へ、グランは頭を下げた。
「かねてより監視していた三大闇ギルドが一角、『ルールブレイカー』に良からぬ接触を試みようとする者が出ました」
闇ギルド『ルールブレイカー』。
その構成員は300を越えると言われており、魔人級魔導士をも多数有する王国最強の闇ギルドだ。
隠れ家も不明な上、あまりに強大すぎる戦力から検挙がまったく進んでいない。
グランは大佐と協力して、この闇ギルドが運営する能力売買マーケットを監視していたのだ。
「ほぅ……、学園でやっと世紀の生徒会選挙が終わったと思ったら次はそっちか」
コツコツと室内を歩き、大佐はグランの肩を叩いた。
「あいにく紅茶を切らしていてね……ここじゃなんだ、射撃場に行こう」
大使館地下に造られた射撃場へ連れられたグランは、まず最初に的の奥へ注目する。
前までただの鉄筋コンクリートに砂を積んでいただけのところが、ゴツく変貌していたのだ。
「改装なさったんですね」
「どこかの竜王級がレンジを半壊させてくれたからね、今度はさらに金を掛けて凝ってみた」
見れば鉄筋コンクリートではなく、ティーガーⅡ重戦車の装甲板をさらに厚くしたレベルで造られた鋼鉄製の壁。
その手前は衝撃吸収性に富んだ、外国産の砂が大量に盛られている。
さらには防火システムまで一新されてるようだった。
「なんというか、二度と壊されてたまるかっていう気概を感じますね」
「ハッハッハ、そうだろう。本国から『お前は超弩級戦艦の攻撃にでも備えるつもりか?』と困り顔で聞かれたくらいだ」
「それ……絶対引かれてるじゃないですか。でもアルスくんの全力を想定するなら、これくらいで良いんじゃないですかね?」
互いに銃を撃ちながら、会話を進める。
「それが彼に貸したライフルですか?」
ラインメタル大佐が撃っていたのは、ズタズタになったKar98Kだ。
木製部分は焦げ、鉄製のアイアンサイトが歪んでいる。
「あぁ……銃剣は跡形もなく溶け落ちてる、とんでもない負荷で薬室やバレルもボロボロだ。10万発撃っても耐えられる品ですらこれだから、さすがは竜王級といったところか……」
発砲音が響く。
ラインメタル大佐の撃った弾丸は、的を大きく逸れて奥の砂へ突き刺さった。
「バレルも照準器もダメ、これは廃銃だな」
「ご愁傷様です、ちなみに大佐はアルスくんをどう評価しますか?」
「理性に満ちていて冷静だと思うよ、それこそ力に溺れる魔導士モドキとは正反対だ。倫理と規範を兼ね備えたまさしく竜王とも言うべき存在……生徒会長にもなるべくしてなったと、今は思ってる」
「自分も同意見です」
弾薬の置かれた台へ、グランによって数枚の写真が広げられた。
「『ルールブレイカー』にコンタクトを取ったのは、『神の矛』の魔導士ミリア。元魔人級魔導士で、現在は最底辺のヒューマン級魔導士へ格下げされた女です」
「魔人級からヒューマン級……? あぁ、イージスフォードくんに高位エンチャントを切られて本来の力に戻ったのか」
「えぇ、剣聖グリードに並んでとてつもなくプライドが高いと前にアルスくんから聞きました。そしてもう一つ––––」
ラインメタル大佐を見ながら、大英雄グラン・ポーツマスは呆れたように告げる。
「その剣聖グリードが……、再びアルスくんに接触を図ろうとしています」