第37話・とんでもない規模から始まる人脈作り
公式戦まであと2週間……、俺はナイトテーブルで店内の掃除をしていた。
この1週間、俺とミライの打ち出した選挙方針はかなりよく刺さったようで、狙い通り1〜2年の生徒に高い支持を得ることができた。
「ミライちゃんから聞いたよアルスくん、選挙は首尾よく進んでるみたいじゃないか」
床にモップをかけるマスターが、振り向きながら言った。
「そうですね……一応メディア部の予想では、俺とユリアがほとんど互角のようです。まだ油断はできません」
「っとなると、やはり公式戦が鍵になりそうだね」
最後のテーブルを拭き終わり、雑巾を絞る。
「えぇ、それまでに全ての準備を終えるつもりです」
「なるほど、それで今ミライちゃんから“色々”教わったりしてるわけか。ホントに今日は会わなくていいの?」
「あいつにはもう言ってあるので大丈夫です」
店内の掃除がひと段落し、仕事服から着替えた俺たちは陽の沈んだ大通りへ出た。
相変わらず行き交う人は多い中、マスターが車庫から車を出してくる。
「さて、じゃあ行こうか」
「……はい!」
こないだマスターの言っていた特別顧問、その人に今日ようやく会うチャンスが来たのだ。
助手席に座り、シートベルトを着用。
車はゆっくりと進み始めた。
「その人––––学園の特別顧問なんですよね? けれど校内でそれらしい方にはまだ会ってないです。どんな人なんですか?」
「前にも言ったけど合理主義の権化みたいな人でね、普段は本職の仕事をやっていて学園顧問は兼業なんだ。校内で会わないのはそのせい」
「なるほど、マスターとはどういう関係で?」
俺の質問に、数秒黙ったマスターはゆっくり口開いた。
「僕を救ってくれた恩師であり、僕が唯一勝てなかった相手だ」
マジか。
この人は王国で大英雄グラン・ポーツマスの名で知られており、数年前……2つの都市国家を壊滅させた“魔獣王”と呼ばれるモンスターを倒している。
そんなマスターが一目置くどころか、勝てなかった人間。
「今では一緒に“色々”やっててね、実は喫茶店地下にある重火器は彼から貰ったものが多いんだよ。きっと––––いや、君とは必ず良い関係になれる」
車は角を曲がり、1つの建物を正面に捉えた。
「っ!?」
思わず身を乗り出す。
ライフルで武装した兵士に守られ、重厚なゲートに仕切られた厳重な施設。
看板には『アルト・ストラトス王国 在ミリシア大使館』と書かれていた。
いや待て待て待て、俺はてっきり学校に行くのかと思ってたぞ。
「許可証をお見せください」
近寄ってきた警備は、ユグドラシルの動画でしか見たことのない銃を持っていた。
名前はたしか……『STG44』、向こうの国の主力自動小銃だ。
「これを」
マスターが許可証を提示すると、ゲートが開き奥へと誘われる。
そのまま降車し、オシャレな外装の大使館内へ入った。
「王立魔法学園の生徒会長になるなら、その時最強の人脈を持っているとより有利になるだろう。使えるカードは相手より強い方がいい」
1つの部屋の前で立ち止まり、マスターは2回ノック。
「入っていいかな?」
気さくな問いに、中からは「あぁ、いいぞ」と同じノリで返ってくる。
入室した場所は執務室––––整然としていて、部屋の主の性格がよく伺えた。
「ようこそアルト・ストラトス大使館へ、噂はかねがねそこのグランくんから聞いているよ」
奥の机に座っていた男は、真っ黒な軍服に身を包んだ金髪碧眼の男性。
年齢は20代後半だろうか……端正な顔立ちで、マスターに引けを取らない風格だ。
「初めまして、アルス・イージスフォードです。貴方が件の特別顧問という?」
「あぁそうだ」
席を立ち、前に出た男は俺と握手した。
「初めまして、王立魔法学園特別顧問 そしてアルト・ストラトス王国陸軍大佐 在ミリシア駐在武官を務める––––ジーク・ラインメタルだ」
海の向こうにある超大国––––アルト・ストラトス、そこの駐在武官って。
なんというか、とんでもない規模から人脈作りしようとしちゃってるなぁ……俺。