第258話・ユリアVS大天使スカッドⅠ
豪雨が降りしきる中を、ユリアは堂々と歩いていた。
広い道の真ん中、硬い舗装路が雨粒を弾いて吸い込み切れないのか、2センチほど水が溜まってしまっている。
ユリアの靴は水音を立てて、ゆっくり塔へ近づいていた。
そんな彼女を、“無数の少女”たちが見守っている。
左右の高層建築はおろか、道端にすら綺麗に整列してただ立っている。
全てが以前王都を襲った、第5世代ホムンクルスだった。
しかし誰もユリアを襲おうとはしない、もし戦ったところで勝敗など明らかだからだ。
それを察していたのか、“男”はゆっくりとホムンクルスの列の中から道へ出てきた。
黒が基調のコートに、背中から伸びた純白の翼は上位存在の証。
だがユリアは足を止めるだけで、表情は一切変えない。
「やぁエーベルハルトくん、君が来るだろうとは思っていたよ」
ルールブレイカーのマスターにして、大天使スカッドは正対した小柄な少女へ口開く。
両者の間には、雨粒以外遮るものはない。
この世の道理すら超えた存在を前に……真冬の雨の寒さではなく、純粋な畏怖から震えが出そうになる。
だがユリアは、自らの役割をキッチリ自覚し前を向いた。
「えぇ、会長は忙しいみたいなので……まぁこっちへ帰ってくるまでの代打です。どうせ今日で決着はつきますので」
いきなり現れた相手のトップを前にしても、ユリアは全く笑みを崩さない。
自分を止められる戦力は、もはやスカッド以外にいないとわかっていたからだ。
塔からは、不気味な鐘の音が鳴り始める。
時おり落ちるカミナリと合わさって、大変嫌な不協和音と化していた。
「あぁわかっているとも、今日全てに決着がつく。私が君をぶち殺し、竜王級を超え––––神の座に着いてこの世界すら変えることでな!」
「……叶わぬ願いですね、貴方があの人を超える日は決して来ません!」
上手くいくかはわからない、けれどわたしがやらねば誰がやる。
殺意を起こせ! 奮い立たせろ!
わたしはあの竜王級––––アルス・イージスフォードが最初に選んだ彼女なのだからッ。
「では決まりだな、エーベルハルトくんッ!」
両者は数秒拳を握った後––––示し合わせたかのように駆け出した。
地面に溜まった雨水を思い切り踏み潰し、ホムンクルスで装飾された道路を互いに走って距離を一気に縮める。
そして––––
––––ガギィンッ––––!!!
干戈が交わる!
ユリアは接触する直前に『インフィニティー・オーダー』を具現化、フェイントを混ぜて2刀短剣モードで斬り掛かった。
一方のスカッドは、なんと素手で宝具の連撃を軽々受け止める。
互いが先に致命傷を容赦なく狙い合い、心臓を集中的に攻撃の的にした。
雨粒がスローモーションに見えるほどに激しい攻防は、両者がより一層力の込もった攻撃を打ちつけ合うことで途切れた。
2人共に、後方へ吹っ飛んだのだ。
並の魔導士ならこの余波だけで死にかねない。
両者の力はほぼ互角……ユリアはギリギリのところで体勢を立て直し、コンクリートへスタリと着地した。
だが、
「ぬうぅッ!」
スカッドは着地に失敗。
コンクリートを抉りながら、数十メートル転がり続けた。
上げられた顔からは、込み上げる怒りの感情が見えるようだった。
「もう少しか……ッ」
翼が広げられ、スカッドは超高速でユリア目掛けて飛翔した。
ユリアも同じように『飛翔魔法』を発動し、2人はちょうど中間点あたりで激烈にぶつかった。
衝撃で雨水がドーム状に弾け飛び、一瞬だけ乾いた空間でユリアとスカッドは再び取っ組み合う。
見上げるホムンクルスたちへ、雨水が一斉に降り注いだ。
高層建築群の間––––空中を互いにもつれ合い、回転しながら豪雨を裂いてユリアは剣撃を放つ。
「っ!?」
だがおかしかった。
先ほどまで僅かにこちらが優勢だったのに、空中戦になってからまるで攻撃が届かない。
ユリアが困惑の渦にコンマ1秒飲まれたのを見逃さず、スカッドは彼女の剣を弾いた。
「クッ!」
「不思議かね? そうだろう」
「ガハッ!?」
ユリアの脇腹に、スカッドの尋常ならざる重みの蹴りがめり込んだ。
衝撃をそのまま受けてしまい、彼女は勢いよく建物へ激突した。
2つほど高層建築群を貫通し、3つ目の建物の壁を貫いてユリアは部屋へ放り込まれた。
周囲を柱だけで構成された無機質な空間だ。
「うぐっ、ハァッ……ハァッ」
久しく味わう痛みは、なかなかにキツかった。
でもおかしい……、時間が経つごとに力にドンドン差が出ている。
さっきまで確かにこっちが勝って––––
「ヤバっ!」
ユリアの視界に、ぶち抜かれた穴を縫って突っ込んでくるスカッドが映った。
すかさず天井近くまで飛び上がり、すんでで回避する。
振り返ったスカッドの顔には、挑発の笑みが宿っていた。
「この……っ」
魔力を全開にし、今度はこちらがスカッド目掛けて突っ込む。
大天使はその場で拳を振るい、ユリアの宝具を迎撃した。
「うあっ!」
「ぬぅッ!」
またも互いに後方へ吹っ飛ぶ。
しかしスカッドは軽く床へ倒れたのに対し、ユリアは柱に全身を打ちつけていた。
石造の柱が崩壊し、床に倒れたユリアの上へガラガラと崩れ落ちる。
一足先に立ち上がったスカッドは、瓦礫に埋もれる少女へ息も切らさず告げた。
「どんな足掻きも無駄だよエーベルハルトくん、私は既に儀式の真っ最中––––言うならば、1秒ごとに強くなっているのだから」




